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楽天だけが「ポイント禁止」に猛反発…楽天経済圏を直撃、ふるさと納税の「ルール変更」を総務省が強行した理由

プレジデントオンライン / 2024年8月20日 10時15分

記者会見する松本総務相=2024年6月25日、東京都千代田区 - 写真=共同通信社

■寄付金は1兆円突破、利用者は1000万人超え

ふるさと納税の「寄付金=税金」が、2023年度に1兆円の大台を突破、利用者も1000万人を超えたことが8月初めに明らかになった。ふるさと納税の認知度は高まり、さまざまな地方自治体から肉や魚などの返礼品を受け取った読者も少なくないのではないだろうか。

もっとも、「ふるさとへの貢献」「地方の活性化」という制度の本旨もそこそこに、寄付額の3割相当額の返礼品がもらえる「ネット通販」と勘違いしている人もいるかもしれない。

ふるさと納税は、市場が拡大するにつれて制度の弊害も大きくなり、今や社会問題となりつつある。中でも、返礼品の仲介サイトを運営して多額の寄付金をかすめ取る民間業者の姿勢は看過できなくなってきた。その額は寄付金総額の約20%、2000億円規模にまで膨れ上がったともいわれる。

■新ルールに楽天は反対の署名活動を展開

そんな中、総務省は「ポイントを付与する仲介サイトを通じて寄付を集めることを禁止する」という新ルールを2025年10月から実施すると宣言した。ポイントをエサに集客する仲介業者にレッドカードを突きつけたのである。

突然の発表に仲介業者や仲介サイトに頼る自治体に衝撃が走った。悲鳴を上げたのが、仲介サイト最大手の「楽天ふるさと納税」を運営する楽天グループだ。三木谷浩史会長兼社長を先頭に猛反発、新ルールの撤回を求めて署名運動を始めた。

だが、制度の趣旨を置き去りにして、稼げるだけ稼ごうとするもうけ優先の仲介業者に理はない。

かねてから、筆者は、返礼品競争に明け暮れる自治体に乗じて、本来、地域に落ちるべき多額の寄付金を懐に入れてしまう仲介業者の存在を問題視してきた(参考:本サイト2023年11月28日付「得をするのは富裕層と仲介業者だけ…ふるさとが潤わない『ふるさと納税』の歪んだ構図 税金がかすめ取られる『返礼品競争』の大問題」)。

それだけに、1年後に導入される新ルールは、ふるさと納税を少しでも本来のあり方に引き戻すことが期待される。

■ふるさと納税は、なぜ「官製ネット通販」になったのか

総務省によると、23年度の寄付総額は、前年度から1521億円増えて1兆1175億円(16%増)と、ついに1兆円の大台を超えた。利用者も約107万人増えて1000万2000人(12%増)に達した。

22年度の住民税の納付義務者は6400万人余なので、ざっと6人に1人が利用したことなる。この数字を見る限り、制度が発足した2008年から15年を経て、すっかり定着したようにみえる。

しかし、当初の制度設計の狙いとは裏腹に、今や「官製ネット通販」と揶揄され、さまざまな弊害が取り沙汰されるようになった。

とくに指摘しておきたいのは、本来、地域に落ちるはずの寄付金が、自治体や地場の生産者ではなく、手数料などの名目で中央の仲介業者にかすめ取られてしまっている実態だ。

ふるさと納税は、大都市圏から地方に税収の一部を移転させる仕組みなので、寄付を受けた自治体や地場の生産業者が潤うなら制度の本旨に沿っているが、仲介サイト業者への巨額流出は制度の欠陥ともいえる。

ふるさと納税の現状は、自治体が仲介サイトに返礼品を掲載し、利用者がネットショッピング感覚で返礼品を選び、決済も仲介サイトで完結するスタイルが主流になっている。利用者が直接、自治体の窓口に寄付するケースはきわめてレアという。

返礼品競争をあおってきたのは、ほかならぬ仲介サイトなのだ。

【図表1】ふるさと納税の受入額及び受入件数の推移(全国計)
総務省「ふるさと納税に関する現況調査結果」より

■大きく変わった仲介サイトの勢力図

寄付受け入れ額上位の自治体の担当者によると、仲介サイトは、楽天グループの「楽天ふるさと納税」、ソフトバンク系の「さとふる」、IT企業アイモバイル系の「ふるなび」、老舗のベンチャーの「ふるさとチョイス」の4サイトによる寡占状態という。

ところが、最近は勢力図が大きく変わって、「楽天ふるさと納税」が圧倒的シェアを握るようになり、次いで「さとふる」が続き、「ふるさとチョイス」は影が薄くなっているという。

これは、寄付に伴い、独自のポイントすなわち「お得なおまけ」の付与を前面に打ち出す仲介サイトに人気が集まったためだ。

「楽天ふるさと納税」で寄付すると返礼品とは別に「楽天経済圏」の商品やサービスに使える「楽天ポイント」が貯まり、「さとふる」で得たマイポイントは「PayPayポイント」や「Amazonギフトカード」に交換できる。「ふるさとチョイス」が失速したのは、ポイント付与の特典が乏しいからにほかならない。

利用者は、お得なサービスに敏感に反応したのである。

■仲介業者の懐に入る寄付金は2000億円規模

自治体と仲介業者の関係をみてみる。

仲介サイトへの返礼品出品の仲介手数料はおおむね12%程度。これに、決済手数料、顧客リスト管理費、販売促進費、広告宣伝費などさまざまな名目の業務委託料を加えると、寄付金の約20%を仲介運営業者に支払っている計算になるという。

言い換えれば、本来、自治体が自ら処理しなければならない実務を、受け入れた寄付金の2割も払って、仲介業者に丸投げしているのだ。仲介業者にしてみれば、本業のEC(電子商取引)プラットフォームの延長戦上での事業だけに大歓迎だろう。自治体は面倒な事務手続きから逃れられる一方、仲介業者には多額の寄付金が転がり込んでくるという、という持ちつ持たれつの関係にある。

多くの自治体にとって、仲介業者はなくてはならないありがたい存在であり、仲介業者からみれば、自治体は絶好のお客さんなのである。

寄付金総額が1兆円を超えた今、仲介業者が手にするあぶく銭は単純計算で2000億円規模となりそうだ。ふるさとへ寄付したつもりの利用者にすれば、実に不快なカネの流れと言わざるを得ない。

【図表2】令和5年度におけるふるさと納税受入額の多い20団体
総務省「ふるさと納税に関する現況調査結果」より

■寄付額の半分しか「ふるさと」に届かない…

ふるさと納税の是正を迫られた総務省は、徐々に規制を強めてきたが、菅義偉前首相が総務相時代に肝煎りで始めた政策とあって、なかなか強硬措置を取れずにいた。

振り返ると、19年に、「返礼品は地場産品に限り調達費は寄付額の3割以下」(3割ルール)、「返礼品+経費の総額は寄付額の5割以下」(5割ルール)という「御触れ」を出し、ルールを遵守した自治体のみがふるさと納税を実施できる制度(指定制度)を導入した。

23年10月には、経費の算定基準を厳格化して、システム管理費や顧客情報管理費など「募集外(ボガイ)」と称するさまざまな経費や、自治体が発行する寄付金受領証やワンストップ特例に関わる事務費などの「隠れ経費」をすべて加えて「5割以下」とし、地場産品の基準も厳しくした「新5割ルール」の実施に踏み切った。

たとえば、寄付金が10万円の場合、返礼品の調達費は3万円以下、仲介サイトに支払う手数料や送料などを加えた総経費を5万円以下としたのだ。寄付額のせめて半分は自治体に入るようにという配慮である。

クレジットカードを手にパソコンを使用する女性
写真=iStock.com/Nastasic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nastasic

■「本気度がうかがえる英断である」

しかし、いずれも小手先の対策に過ぎず、「官製ネット通販」を本格的に抑制することはできなかった。

そこで導入したのが今回の新ルールで、ポイントで「お得感」を演出し利用者を囲い込もうとする仲介サイトの利用を禁止したのである。自治体と仲介業者との関係にメスを入れようとする試みで、過熱する「官製ネット通販」事情に水を差す効果を狙っている。

総務省は、民業である仲介業者の事業に口をはさむことは困難でも、自治体に仲介業者選びのガイドラインを提示することはできる。

松本剛明総務相は「ふるさと納税は、返礼品目当てではなく、寄付の使い道や目的に着目して行われることに意義がある」「(新ルールは)ふるさと納税の本旨にかなった適正化を目指すもの」と強調した。

本気度がうかがえる英断である。事実上、「楽天ふるさと納税」や「さとふる」の魅力をそぎ落とし、ポイントにつられる寄付者の心理を冷やす効果が確実にあるのではないだろうか。

■悲鳴を上げた楽天グループが猛反発

新ルールの導入に対し、悲鳴を上げたのが仲介サイト最大手の楽天グループだった。

ライバル社が容認の構えを見せる中、三木谷浩史会長兼社長は「自治体と民間の協力を否定するもので、地方の活性化という政府の方針に大きく矛盾する」と主張、撤回を求める署名活動を始めた。「楽天ふるさと納税」のポイント利用者への呼びかけはもとより、仲介サイトに出品する自治体にも署名を強く求めているという。

背景には、ふるさと納税を基点にした楽天経済圏の広がりにブレーキがかかりかねないという危機感がある。「楽天ポイント」という集客のための強力な武器を取り上げられては、ただの仲介サイトになり下がってしまう。

一方、ECプラットフォームの巨人・アマゾンが25年春にも、仲介サイト事業に参入する動きを見せており、勢力図が激変する可能性もある。まさに「前門のトラ、後門のオオカミ」状態なのだ。

楽天グループの猛反発ぶりをみると、濡れ手にアワで手数料を稼げるふるさと納税事業は、よほどおいしいビジネスなのだろう。楽天モバイルの巨額赤字を抱える中、むざむざ手放したくないという必死の思いが伝わってくるようだ。

■もうけ優先の民間業者に、ふるさと納税はそぐわない

だが、こうした楽天の振る舞いは、天にツバを吐くものといえる。「地方活性化に貢献したい」とふるさと納税の本旨に賛同するのであれば、ボランティア精神を発揮して、10%を超える高額の手数料をクレジットカード並みの3%程度に押さえてはどうか。

「それではビジネスにならない」というなら、さっさと撤退すればいい。

その結果、自治体の宣伝・広告媒体が大幅に縮小するかもしれないが、返礼品競争は落ち着くに違いない。「楽天ふるさと納税」がなくなっても、仲介サイトはほかにもあり、自治体も利用者も決定的に困りはしないのだ。

ふるさと納税はビジネスではなく、寄付であり、その元手は税金である。もうけ優先の民間業者は、ふるさと納税の舞台にはそぐわない。

総務省にケンカを売った形になった楽天だが、他人事ながら気になるのは損得勘定だ。

署名運動を始めた直後に事務次官に就任した竹内芳明氏は、前任の総務審議官(郵政・通信担当)時代に後発の楽天モバイルにプラチナバンドと呼ばれる使い勝手のいい周波数帯の割り当てを主導したとされる。楽天にとっては、よき理解者ということになる。

ところが、事務次官となれば、当然、ふるさと納税も重要な所管業務となり、楽天とは正面から対峙せざるを得ない。楽天は恩を仇で返すことにならないだろうか。依然として赤字を垂れ流している楽天モバイルに影響が出なければいいのだが…。

■次の一手は寄付上限の「定率」を「定額」に

寄付金をかすめとる仲介業者問題と並んで、ふるさと納税の是正策として簡略でかつ早々に実現可能なのが高額納税者ほど有利な節税対策問題だ。本稿では詳しくは言及しないが、「金持ちほど得をする制度」は改めなければならない。高額納税者を優遇する理由はまったくないのだ。

ふるさと納税寄附金受領証明書
写真=iStock.com/Yusuke Ide
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yusuke Ide

次の一手として、総務省には、ふるさと納税における住民税の控除の上限(寄付金の実質的な上限)を、2割という「定率」ではなく、一律の「定額」に改める決断をしてもらいたい。

「定率」の場合、高額所得者ほど寄付の上限額が飛躍的に高くなり返礼品の総額も大きくなるため実質的な節税につながるが、「定額」ならば納税額の違いによる格段の不公平は生じない。

約1000万人が1兆円超を寄付しているから、単純平均すれば1人当たりの寄付額は10万円程度。これは、年収約700万円世帯の上限額に相当する。この当たりが適当な上限額といっていいだろうか。

いまだ住民税納付義務者の8割、5000万人超がふるさと納税に参加していないだけに、市場は十分に伸びしろがある。

自治体も地場産業も寄付者も「三方一両得」というメリットの多いふるさと納税を維持し寄付文化を育むためには、抜本的に制度を見直さなければならない。

朝日新聞や毎日新聞などの主要紙は、寄付金1兆円突破を機に、社説で「返礼品廃止」を主張し始めた。

「廃止」の議論が本格的に巻き起こる前に、自治体はもとより、利用者も、仲介業者も、頭を冷やして制度の将来を探ることが求められている。

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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。名古屋市出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で博覧会協会情報通信部門総編集長を務める。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。新聞、放送、ネットなどのメディアや、情報通信政策を幅広く研究している。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。 ■メディア激動研究所:https://www.mgins.jp/

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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)

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