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安倍晋三氏の「天性の人たらし力」だけではない…トランプ氏との外交を成功させた"影の立役者"の正体

プレジデントオンライン / 2024年8月29日 8時15分

2019年12月、トランプ米大統領(左)と安倍首相 - 写真=共同通信社

ドナルド・トランプ氏と安倍晋三氏は良好な関係にあった。それはなぜか。元外交官の宮家邦彦さんは「首相と大統領だけで日米外交を仕切ることは不可能だ。外交がスムーズに進むためには、首脳同士の相性だけでなく、事務方レベルの能力と相互信頼が最も重要だ」という――。

※本稿は、宮家邦彦『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■トランプ氏の「シンゾー」に対する惜別の辞

「安倍氏がどれだけ素晴らしい人物、かつリーダーであったかは歴史が教えてくれるだろう。彼は、他に類を見ない一体感をもたらす人であり、何よりも彼の偉大な国である日本を愛し、守り、育てた男だった。彼のような人は二度と現れないだろう」
(ドナルド・トランプ、SNS投稿、2022年7月8日)

「安倍元首相は私の友人であり、同盟相手で、素晴らしい愛国者だった。彼は平和と自由、そして米国と日本のかけがえのない絆のために力を尽くすことを惜しまなかった」
(同SNS投稿、同日の遊説演説での冒頭発言)

冒頭の安倍元首相に対するトランプ氏の惜別の辞をじっくり読んでほしい。短文ながら、まさに手放しの評価、トランプ氏の「シンゾー」に対する個人的心情が吐露されている。トランプ氏がここまで絶賛する外国の要人は他にあまりいないだろう。失礼ながら、トランプ氏のSNS投稿には胡散臭いものも少なくないが、これだけは「本物だ」と直感する。

G7(主要7カ国)諸国の友人からは「なぜ安倍元首相はトランプ氏と関係が良いのか? 秘密を教えてほしい」とよく聞かれたものだが、筆者の答えはいつも同じだった。「安倍さんの個人的な人柄だよ。彼はトランプ氏のような気難しい政治家の懐にも飛び込んでいける天性の『人たらし』なんだから!」と。

■「米国を守る」と言えなければならなかった

しかし、人柄やゴルフだけではトランプ氏を制御することなどできない。あの「アメリカ・ファースト」の大統領を黙らせるには、日本も同盟国として「米国を守る」と言えなければならない。それを可能にしたのが2015年の安全保障法制と憲法解釈変更だった。トランプ氏の当選は翌年だ。幸いにも、安倍元首相の努力はぎりぎりで間に合ったのである。

そうは言っても、首相と大統領だけで日米外交を仕切ることは不可能。とくに相手がトランプ氏であれば、なおさらだ。筆者の個人的経験でも、外交がスムーズに進むためには、首脳同士の相性だけでなく、事務方レベルの能力と相互信頼が最も重要だと思う。ここではトランプ政権で対アジア政策を仕切った功労者のなかから一人を挙げ、その重要性を説明したい。

その高官とは、マット・ポッティンジャー国家安全保障担当大統領副補佐官(当時)。1990年代後半から2000年代前半にかけて、ロイター通信と『ウォール・ストリート・ジャーナル』の記者として中国に駐在。2007年から2010年までは海兵隊員としてイラクとアフガニスタンに計3回派遣された異色の経歴の持ち主である。

■「トランプ政権にこんな優秀な男がいたのか」

NSCアジア上級部長として、対中国政策を含む政権のインド太平洋政策を担当したのち、2019年から2021年まで国家安全保障担当大統領副補佐官を務めた。同補佐官とは一度だけ、共通の友人の紹介で彼のオフィスで会ったことがあるが、「トランプ政権にこんな優秀な男がいたのか」と思うほど、見識と能力の高さに感銘を受けた覚えがある。

米国議会議事堂
写真=iStock.com/FotografieLink
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FotografieLink

余談になるが、ワシントンでは新政権が発足するたびに外国大使館員がすべきことがある。それは、ポッティンジャー氏のように、ホワイトハウス高官の政治任用職に登用される前に、その人物と個人的な友人関係を築くこと。そのためには将来「大化け」する優秀な人材を他の誰よりも早く見出し、友人となり、自宅に呼び、できれば配偶者とも仲良くなる必要がある。

誰でも簡単にできることではない。競馬で言えば、「万馬券」を、レースの1年も前から当てるような確率だ。幸い、筆者もワシントンで数人ながら本当の友人と知り合えた。一人は副大統領の安全保障担当補佐官、もう一人が中東担当のNSC上級部長だった。2024年も大統領選挙の年、ワシントンの各国大使館の若手外交官の奮闘が目に浮かぶ。

■ボルトン「暴露本」が描いた日米外交の舞台裏

NSCの話が出たついでに、トランプ政権で国家安全保障担当大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏の回顧録(邦訳『ジョン・ボルトン回顧録 トランプ大統領との453日』朝日新聞出版)の話をしよう。トランプ政権の後半の主要外交課題を、これほど詳細、かつ率直に書いた回顧録はおそらく他にないだろう。内容が内容だけに、日本では「ボルトン回顧録は、再選濃厚から一転して逆風が吹いていたトランプ氏に『とどめの一撃』か」といった報道すらあった。

だが、この回顧録の最も凄いところは、従来はほとんど書かれることがなかった日米外交の舞台裏をボルトン氏が米側の視点で生々しく描いていることだ。ホワイトハウスの国家安全保障担当大統領補佐官が書いた回顧録は少なくないが、この種の書籍で日本に関して多くのスペースを割いた著作は決して多くない。

たとえば、ヘンリー・キッシンジャー氏のWhite House Yearsは全1521ページのうち、日本への言及は事実関係だけの160回、佐藤栄作首相が95回だった。オバマ政権でNSC補佐官だったスーザン・ライス氏の回顧録は全534ページながら、日本への言及はわずか10回、日本の首相に触れた箇所はゼロだった。まあ、普通はこんなものである。

■ボルトン・谷内協議の内容

ところが、ボルトン回顧録は別格だ。全584ページで日本への言及は153回、安倍晋三首相が157回もある。さらに、当時の谷内正太郎・日本版NSC局長への言及も21回に上った。一昔前の日米関係を知る者にとっては信じ難い回顧録である。

この暴露本によれば、ボルトン・ヤチ(谷内)協議はボルトン補佐官在任中、節目節目で頻繁に行なわれた。とくに、対朝鮮半島、イラン政策に関し、日米間でこれほど密接、率直かつ建設的な協議や意見交換が継続的に行なわれていたとは知らなかった。続いて、この二人が米朝首脳会談などについて行なった協議の内容を見ていこう。

・2018年4月12日午前、自分(ボルトン、以下同じ)は韓国の鄭義溶国家安全保障室長と会ったあと、ヤチNSC局長とも協議した。日本の立場をできるだけ早く伝えたいと前置きしたヤチは、「北朝鮮の核兵器開発の決意は固く、いまは平和的解決の最後のチャンスだ」と言う。韓国とは180度異なる、つまり自分に近い考えを伝えてきた。日本は(北朝鮮が提案する)「段階的な対応」も望んでいなかった。

・ヤチは、米朝協議開始直後に核兵器廃棄を始め、2年以内に終了すべしと言ってきた。自分は廃棄なら6〜9カ月で済むと伝えたが、ヤチはただ笑っていた。ところが、その翌週にフロリダで日米首脳会談を実施した際、アベは6〜9カ月での廃棄を求めてきた。また、ヤチは日本にとって拉致問題がいかに重要であるかにも言及した。

・同年5月4日、鄭義溶室長と南北首脳会談の結果について3回目の協議を行なった。同日、日本のヤチも南北首脳会談について議論しにやってきた。これは日本がプロセス全体をいかに詳しくフォローしているかを示すものだ。ヤチは韓国の「多幸感」と、北朝鮮の伝統的な「段階的アプローチ」に米側が惑わされないよう求めた。

・5月24日、(トランプが「6月12日の米朝首脳会談を〈いったん〉中止する」旨を述べたあと)、鄭義溶室長が自分に電話で「キャンセルは文大統領にとって政治的に大きな打撃だ」と伝えてきた。これに対し、日本のヤチは「シンガポール(の第1回米朝首脳会談)がキャンセルされて大いにほっとした」と伝えてきた。

宮家邦彦『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』(PHP新書)
宮家邦彦『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』(PHP新書)

・6月5日、(韓国大統領が6月12日にシンガポールまで来たがっていること、トランプが戦争終結宣言への関心をいまだ捨てないことについてトランプと議論した際)戦争終結宣言という譲歩について、とくに日本が困惑することは知っていたので、同日午後ワシントンにやってくるヤチがこれについてなんと言うか、早く話を聞きたかった。

・6月13日、シンガポールからワシントンに戻った。トランプの「北朝鮮の核の脅威はもうない」と綴ったツイートの発出は止められなかった。翌日、ヤチと話した。日本は明らかに、米側が何を北朝鮮に与え、その見返りに何を得たかにつき懸念していた。

・7月20日、ヤチと電話連絡した(マイク・ポンペイオ国務長官が7月6日から訪朝した際、北朝鮮は「非核化の前」に「安全の保証」を求め、「検証」は「非核化の後」だと主張した。これに対し米側は「北朝鮮が核兵器をどこかに隠匿しており、廃棄する気などない」との結論に至った。議論は平行線に終わった)。この結論はまさに日本の考えでもあった……。

■いかに苦労してトランプ氏に仕えてきたかを窺い知れる

長々と書いた理由は二つある。第一は、こうした記述から、トランプ政権の国家安全保障担当大統領補佐官がいかに苦労してトランプ氏に仕えてきたかを窺い知れるから。第二は、日本がNSCを設置後、外交・安全保障政策の質と量と影響力が飛躍的に向上したことを米側が評価していたと思うからだ。

ボルトン暴露本はこれ以外にも、中国やイランについて日米のNSCトップ同士が協議した一端を記述している。一昔前なら、信じられないような光景だ。

最後にボルトン氏の不幸を二つ。一つは、ネオコンと呼ばれながらも、共和党伝統的保守強硬派がトランプ外交を担当したこと。二つ目は直接のボスがドナルド・トランプ大統領自身だったことだ。

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宮家 邦彦(みやけ・くにひこ)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1953年神奈川県生まれ。78年東京大学法学部卒業後、外務省に入省。外務大臣秘書官、在米国大使館一等書記官、中近東第一課長、日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、在イラク大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任。2006年10月~07年9月、総理公邸連絡調整官。09年4月より現職。立命館大学客員教授、中東調査会顧問、外交政策研究所代表、内閣官房参与(外交)。

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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 宮家 邦彦)

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