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台湾有事の際、誰が日本人を助けてくれるのか…米軍にとって「日本人は犬猫より優先度が低い」という現実

プレジデントオンライン / 2024年8月22日 9時15分

撮影=プレジデントオンライン編集部

海外に行く際、どんなことに気をつけるべきか。東京国際大学の武田康裕教授は「短期の旅行であっても有事など『もしもの場合』に備えるべきだ。特に韓国、台湾はそのリスクが、他国と比べて高い」という――。(前編/全2回)(インタビュー・構成=ライター・梶原麻衣子)

■人気観光地「台湾」「韓国」にある重大なリスク

――日本から台湾には年間500万人程度の観光客が、韓国には年間200万人程度の観光客が訪れています。

【武田】台湾や韓国は日本から近く、若者にも人気の観光地ですが、実際には特有のリスクがあることは知っておいた方がいいと思います。もし旅行先で何かあったとき、どのような行動を取ればいいのか。「何か」とはどういう事態なのかなど、事前に把握しておく必要があります。

日本政府による在外邦人保護が必要になる条件というのは主に2つあり、有事や災害が起きたからと言って、直ちに保護が必要になるわけではありません。

一つ目は、事態が非常に切迫しており、緊急事態にあるということ。
二つ目は、領域国、つまり滞在している国の政府が対応可能な状態にない場合。

通常の有事では第一に、領域国が滞在している外国人の保護に責任を持ち、それを超える事態になって初めて、それぞれの国の政府が自国民を保護・救出を担う事態になります。

この二つを前提として考えた場合、台湾・韓国はこうした事態に至るリスクが、他国と比べて比較的高いといえます。というのも、平時から有事への移行のハードルが低いという特殊な事情があるからです。

■「一つの中国」というやっかいな問題

まず、台湾のケースから言えば、台湾は1972年の日中国交正常化以降、日本との間に正式な国交がなく、中国からすれば台湾は「中国の一部」であると主張しているという前提があります。そのうえで、中国は「武力による台湾統一も辞さない」と言い続けており、そのタイミングがいつ来るかは測りがたい。

長期滞在者は台湾に存在するリスクをよく知っていると思いますが、特に若い世代の訪台観光客となると、政治的に複雑な状況があるところへ観光に来ている、という意識をそもそも持っていません。

そのため、「何か起きるかもしれない」という事前の想定がないことに加え、「何かあったときにはほかの外国と同じように、台湾政府が日本人を保護してくれる。それが難しくなっても日本政府が何とかしてくれる」と無条件に期待している可能性があります。

しかし、台湾の場合は事態が急に切迫する可能性があると同時に、中国が「一つの中国」を理由に台湾内の外国人保護の責任は自分たちにあると主張する可能性もあります。

その場合、台湾政府の動きは制限されるでしょう。また、日本政府が自衛隊を派遣し、船や飛行機で台湾から国民を日本へ帰還させようとしても、中国政府が自衛隊機の寄港を認めない可能性もあります。

■北朝鮮難民がソウルへ押し寄せる

また、韓国の場合も他国とは違ったリスクがあります。

第一に、1950年に勃発した朝鮮戦争が、1953年以降も休戦状態であること。つまり、平時でなく戦時が続いている状況にあるという点です。しかも首都ソウルは人気の観光地ですが、北朝鮮との軍事境界線から50キロしか離れていません。

もちろん、現時点で北朝鮮が韓国に地上侵攻を行う可能性は高くはありませんが、通常の砲弾が届く距離であることは知っておいた方がいいでしょう。

中央には朝鮮半島が見える地図
写真=iStock.com/bedo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bedo

もう一つ、考えておかなければならないのは北朝鮮の体制が突如崩壊するというケースです。北朝鮮は個人支配の国ですから、トップが機能しなくなった場合の政権移行手続きが明確ではなく、急にパタッと体制が倒れ、北朝鮮国内に混乱が生じることが予想されます。

その際に北朝鮮国民が38度線を越えて韓国に押し寄せる可能性もある。難民の中には武器を持ってやってくる人もいるでしょう。この場合には在外邦人、特に旅行者などは避難・帰国が必要になります。

いずれの場合も、急に事態が切迫した場合の避難や保護、輸送と言っても万単位の日本人が滞在しており、旅行者だけでなく長期滞在者の中でも帰国を希望する人がいる。

そのことを考えると、台湾や韓国で有事が発生した際の邦人保護(外交的・領事的な手段で邦人の安全を確保する)や、自衛隊が協力する邦人救出(安全な場所への退避)を行うとなると、かなり困難なオペレーションになるでしょう。

■「自衛隊が必ず助けてくれる」とは言えない

――台湾・韓国ともに治安もよく「一番近い外国」「はじめての海外旅行先」というイメージでしたが、特有のリスクがあるのですね。

台湾や韓国は日本から近いだけに、何かあった場合に帰国しやすいという面はあります。しかし一方で、緊急事態時には邦人だけでなく、各国の外国人もひとまず日本に脱出する、という事態も想定されます。

その際には九州が中心になると思いますが、受け入れ態勢を整えることができるのか。事前にシミュレーションや訓練をしておく必要があるでしょう。

また、災害などではなく人為的な有事だった場合には、同時に「日本有事」にもなり得る点は注意が必要です。 

台湾であれ韓国であれ、軍事的な有事が発生すれば在日米軍が対処することになるのはもとより、その影響を考えた場合、自衛隊も有事対応で出動しなければならなくなります。その場合、自衛隊が在外邦人の救出にアセットを割く余裕がなくなってしまうかもしれません。

■犬・猫より日本人の方が下

海外で何かあったときに日本国民を連れ帰るにあたっては、外務省が第一義的な責任を負っています。防衛省・自衛隊は外務省主導の在外邦人保護のオペレーションを支援するというのが基本です。

救出が必要となった場合には自衛隊が前面に出てきますが、自衛隊単独ではできません。自衛隊はあくまで「支援」。特に台湾・韓国で有事が発生した場合に、自衛隊は安全保障面の対応に追われ、在外邦人保護に手が回らない可能性もあります。

また、米軍がどこまで協力してくれるかが、脱出までの時間やルート選定に関わってきます。ただしあくまでも米軍は「自国民最優先」であり、①米国市民、②その関係者、③ペットと来て、日本人は4番目。

自国民を守る責任は日本にありますし、国民自身も、自分でできることはする必要があります。

娘を抱きしめる制服姿の米兵
写真=iStock.com/jacoblund
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/jacoblund

――もし自分が観光客だったとして、「何か」が起きたときに、どうすれば帰国までたどり着けるのでしょうか。

従前から何らかの有事の予兆があれば渡航禁止などの措置が取られますが、事態が急に切迫するとなれば、そうした措置もとれません。

その場合には、外務省が提供している「たびレジ」というサービスが役に立ちます。

外務省海外旅行登録「たびレジ」
外務省海外旅行登録「たびレジ」

■海外に行くときに必ず登録すべきサイト

登録しておくと、海外安全情報を配信してくれるというもので、「どこで危険な事態が起きているか」や、邦人保護や救出が行われる際には「いつどこに集合すればよいか」などをメールでお知らせしてくれるというものです。

これに登録しておけば、自分から情報を探しに行かなくても逐次、情報を配信してくれるので、実際に救助・輸送活動が始まる際の連絡網になる、まさに「命綱」なんです。

――海外には何度も行っていますが、全く知りませんでした。

在外邦人保護の件で外務省の方と話すと「たびレジがあるから大丈夫です!」と胸を張られるのですが、国民にはあまり知られていないのが現状です。

外務省としても登録している旅行者には一斉に情報発信できるのですが、登録していない人を混乱の中にある現地で探し出すのは苦労しており、旅行会社をあたり、宿泊先を調べていちいち連絡をすることになるので、情報伝達が遅れますし、漏れも出ます。

外務省のホームページにも海外安全情報は掲示されていますが、あくまでもざっくりしたもの。たびレジを通じて送られる情報はもっと細かくリアルタイムに近いものです。旅行前に登録するのは当然として、よく海外に行かれる方は直近の具体的な予定がなくても登録しておくことをお勧めします。

また、在外公館が作成した長期滞在者向けのマニュアルなどもアメリカなどと比べるとあまり親切なものではないので、長期滞在者の方もたびレジに登録しておくと身を助けることになるでしょう。

■空港は真っ先に標的になる

実際に退避するときの流れを考えると、まず領事館から「たびレジ」を通じて事態の状況と、「輸送の準備をしている」旨の連絡が入ります。

台湾や韓国の場合、有事の際には空港や滑走路は真っ先に標的になりますので、実際の退避には飛行場は使えない状況になっている可能性が高い。

その際に、保護や救出が行われる場合、集合場所までどのようにたどり着けばいいかといった情報が、「たびレジ」を通じて旅行者に配信され、旅行者はそれを頼りに、集合場所へ向かうことになります。

ただし、有事発生時に通信網を遮断されてしまうと、これはもうお手上げです。最低限、スマートフォンなどの通信機器が使えなくなっても、領事館や港の位置などが確認できるような紙の情報を用意しておくと、備えとしてはさらにいいでしょう。

旅行前に有事を想定するということは、なかなか難しいことではあります。しかし、ホテルに着いたら非常階段や避難経路を確認するのと同じで、海外旅行に行った際には「もしもの場合、どこに向かえばいいのか」をまず確認する、ということを習慣づけておいた方がいいと思います。

■アフガニスタン撤退が失敗した理由

――2021年のアフガンからの撤退の際は、韓国はすぐに動いた一方、日本が輸送を実施したのはその1週間後でした。

この時の在外邦人保護は自衛隊が関わったとはいえ、「輸送」のみのミッションだったにもかかわらず、後れを取ってしまいました。

いきなりアフガニスタン政府が崩壊してしまったので、輸送に関して同意を得るべき主体がなくなったという難しい面はあったのですが、それは各国とも同じ条件です。

武田 康裕編著『在外邦人の保護・救出』(東信堂)
武田 康裕編著『在外邦人の保護・救出』(東信堂)

韓国などは特に早い対処ができたのですが、これはやはり「軍隊が動く」点での違いがあり、日本と差がついたのではないでしょうか。

特に日本にとって障害だったのは、輸送に関しては「安全でなければ自衛隊を出せない」という縛りがあったことです。韓国をはじめ、他国の派遣は決定が早く、安全性よりも迅速性を優先しており、その点に対する国民からの反発もありません。

「安全ではない」状況になっているからこそ、保護・輸送が必要になり、自衛隊が出動する事態になっているにもかかわらず、日本では危険なところに自衛隊を出すなという声があるために判断が遅れる。これは在外邦人保護だけでなく、自衛隊の海外派遣全般にかかわってくる大きな課題です。

■武器使用の正当性を裁く軍法がない

実はアフガン後に発生したスーダンでの邦人保護ミッションは、アフガンの事例が教訓となり、「安全かどうか」ではなく「適切な対処が取れるかどうか」という基準で検討し、奏功しました。

ただ、いまだに「やはり安全条件を残すべきではないか」「そうでないと、自衛隊が紛争に巻き込まれるのではないか」という観点からの反対論も根強くあります。

輸送ですらこの状況ですから、危険な状況下で邦人の生命を守りながら退避させる「救出」を実施するとなったら、よりハードルは高くなります。

というのも自衛隊の武器使用には「自己保存型」と「任務遂行型」があり、自分ではなくほかの誰かを守るために武器を使う場合、それが正当なものであったかどうかを裁く軍法が日本にはないのです。

これによって、政治決断が遅れる可能性が高くなります。国際法的には、武力の行使が禁止されている中で例外的に自衛権の行使を認めており、在外国民の救出も自衛権の行使として認められると解釈して活動を行っています。

■「実際にやれるか」は政治決断

しかし、アフガンのケースを見ても、日本が自衛隊を動かす際に「自衛隊に力を持たせ、使わせるのは危ない」という思想を持つ憲法9条や法律の縛りがあるため、どうしても判断の遅れが生じるのです。

――どうも憲法議論は低調ですが、「いざというとき、自衛隊に助けに来てもらえない」となれば、国民としてはこうした問題も「我がこと」になります。

アフガンからの輸送時も、本来は救出を考えなければならない場面でした。邦人を乗せ、空港まで向かうバスを外務省が手配しましたが、陸上輸送は外国の軍に守ってもらわなければならず、それなしでは空港までたどり着けませんでした。

法律自体は自衛隊が救出もできるように改正していたのですが、「実際にやれるか」は政治決断になります。ぜひ多くの方に「我がこと」として考えてもらいたいですね。

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武田 康裕(たけだ・やすひろ)
東京国際大学教授 防衛大学校名誉教授
北海道大学法学部を卒業。東京大学で博士号(学術)を取得。防衛大学校国際関係学科兼総合安全保障研究科教授などを経て現職。専門は国際関係論、比較政治、アジア安全保障。著書に『在外邦人の保護・救出』(編著、東信堂)、『論究 日本の危機管理体制』(編著、芙蓉書房出版)、『日米同盟のコスト』(亜紀書房)、『エドワード・ルトワックの戦略論―戦争と平和の論理』(共訳、毎日新聞社) 、『コストを試算! 日米同盟解体』(共著、毎日新聞社)『民主化の比較政治―東アジア諸国の体制変動過程』(ミネルヴァ書房、2001年/大平正芳記念賞)など。

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(東京国際大学教授 防衛大学校名誉教授 武田 康裕 インタビュー・構成=ライター・梶原麻衣子)

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