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「憲法9条」でも「人員不足」でも「サイバー領域」でもない…私が考える日本の防衛上の最大の弱点

プレジデントオンライン / 2024年8月26日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

日本の防衛上の最大の弱点とは何か。国際法・防衛法制研究者の稲葉義泰さんは「防衛上のシステムも兵器も揃った。法律上の問題もない。あとは為政者の決断だけだ」という――。(前編/全2回)(インタビュー・構成=ライター・梶原麻衣子)

■相手のミサイル発射拠点を叩く「反撃能力」の大きな意味

――2022年12月、政府は、防衛費の大幅な増額や反撃能力の保有などを盛り込んだ新たな「安保3文書」(「国家安全保障戦略」・「国家防衛戦略」・「防衛力整備計画」​)を決定しました。

【稲葉】そのなかで注目すべきは相手のミサイル発射拠点をたたく「反撃能力」です。これは、これまで国会で長く議論されてきたものです。政府は「反撃能力の保有は国際法上も、憲法上も許される」としながらも、世論の反対を考慮して実際にその能力を持つことはしてきませんでした。

状況が変わったのは、2020年に退任後の安倍元総理が反撃能力について問題提起してからです。その後、菅政権、岸田政権が着々と準備を進めてきて「能力の保有を目指す」ことを決断し、2022年末に文書に書き込んだという流れになります。

反撃能力の保有は北朝鮮の核・ミサイル能力の向上に対抗するものであることはもちろんですが、中国の軍事力の拡大を意識したものでもあります。ミサイルの数で言えば、圧倒的に中国の方が多く保有していますから。

――しかし今なお、誤解に基づく解説や「相手のミサイル発射の兆候をとらえた時点で敵基地を叩くというが、そんなことは不可能だ」「それは事実上の先制攻撃だ」といった反対の声があります。

「ともすれば先制攻撃になりかねない」との問題点については政府も把握しており、よく見ていただくと「安保3文書」にもきちんと明記されています。

文書中に〈我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合〉とあるように、認められるのはあくまでも「反撃」です。

■「反撃=事実上の先制攻撃」ではない

相手が撃ってきたミサイルに対し、日本はミサイル防衛でこれを撃ち落とし、2発目、3発目のミサイルを相手に撃たせないように、反撃力によって出元を叩くことになる。その能力を持って抑止力とする、ということです。

もしこれができない、やらないということになれば、相手からのミサイルをミサイル防衛で撃ち落とすことしかできず、次々とミサイルが発射され、日本は甚大な被害を受けてしまいます。これを避けるために出元を叩き、発射装置を破壊することで追撃させない状況を作ろうというものです。

地対空誘導弾ペトリオット(PAC-3)
写真=iStock.com/petesphotography
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/petesphotography

当然、「兆候を察知して」「撃たれる前に」こちらから撃つことはできません。

反撃能力の行使はあくまでも「リアクション」です。

相手からの攻撃の「おそれ」があるという段階で攻撃を加えれば先制攻撃になってしまいますので、相手が攻撃に着手し実際に攻撃がなされた後、リアクションとして「反撃」を行うという順序です。その点で先制攻撃とは全く異なるものですから、論じる際には言葉の定義をきちんと確認する必要があると思います。

以前は反撃能力を「敵基地攻撃能力」と呼んでいたこともあって、「敵基地を先に攻撃するなんてとんでもないことだ」と解釈する人もいたようです。また「着手」という言葉が「攻撃の着手はしたけれどまだミサイルを撃っていない状態」という解釈から、誤認があり得る、または先制攻撃になりうるとして反対する意見もありました。

■法的にはまったく問題ないが…

しかし「反撃能力」という言葉になって、このあたりの誤解は生じにくくなったのではないでしょうか。

また各国との関係を見ても、日本が単独で反撃を行うことはなく、アメリカはもちろん、韓国とも連携して判断することになりますから、日本が「危ないと思って撃たれる前に勝手に撃った」というようなことにはなりえません。

まかり間違えば中国や北朝鮮から核ミサイルが飛んでくることになりかねないわけですから、相当な歯止めがあったうえでの話です。

――となると、かなりクリアな話ですよね。それでも反対論、慎重論が出るのはなぜなのでしょうか。

いろいろな観点があると思います。当然のことながら、法と能力というのは大前提であって、法的に可能でも能力がなければ反撃できず、能力があっても法的にできなければ、やはり反撃することはできません。どちらか一方が欠けていても、反撃はできないところ、その二つはそろったことになります。

しかしさらにその大前提の先に、「実際にその能力を使うかどうか」という政治判断が存在します。法的に許された能力を持つことが、即、反撃に相当することを実施するという話になるわけではない点は、明確に分けて検討しなければなりません。

あるいは、そもそも日本は軍事力を一切持つべきではないと考える方なら、自衛隊そのものの存在が許されないことになりますし、日本の領土領海を超えて相手国の基地に届く能力を持つことに対する懸念もあるでしょう。

■感情が先か、論理が先か

もう少しロジカルな憲法学の理屈を考えてみると、「そもそも憲法は国の暴走を止めるためにある」という前提があり、政府も憲法上の制約から、自衛隊の能力を「国を守るための必要最小限度の実力にとどめるよう制限しなければならない」としています。

しかし、「自衛隊が持てる実力は必要最小限度」という言い方は、なかなか考え方が難しいのも確かです。

実際には、相手国の軍事的水準や周辺の安全保障環境の動向によって「どの程度が必要最小限度なのか」は変動するのですが、憲法が国の暴走を抑えるための「枠」だと考えると、枠が変動してしまうのはどうも心もとないんですね。

「状況次第で日本が持てる軍事力が上下するようでは、枠を嵌めていることにはならない」と。これはこれで、その理屈はわからないではありません。

――相手国の軍事増強を口実に、日本がものすごく軍拡を行うのではないかという疑いがある、と。

蟻の一穴で、少しでもその枠の拡張を許せば際限がない、と捉えている人もいるでしょうし、周辺国の軍拡は事実でも、それに付き合っていたら軍拡競争になるとの懸念もあります。

しかし軍事的には、相手が力を持っている以上、拮抗状態を保たなければ、いつかそのバランスが崩れて軍事侵攻が起きるとも考えられます。

また日本の場合、政府が攻撃的兵器は持たないという一線を引き、守っています。枠という意味で言えば、この枠は機能していますよね。

■攻撃的兵器ではない根拠

――軍事や兵器の素人には、攻撃的兵器とそうでないものの区別がつきません。「反撃とはいえ、敵基地を攻撃できるのに『攻撃的兵器ではない』とはいかに?」と。

確かにそれはあって、例えばいずも型護衛艦が多用途護衛艦に改修されるとなった際にも、「攻撃型空母になる。憲法違反だ」という意見が相当出ました。

海上自衛隊の艦隊(2014年)
写真=iStock.com/viper-zero
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/viper-zero

しかしこれも定義に照らせば誤りで、攻撃型空母というのは攻撃機を多数搭載し、相手国の領土にもっぱら壊滅的な打撃を与えるためのものです。いわば核搭載可能な航空機を多数、載せられるものを指します。ですが、改修後もいずも型はこれには当てはまりません。

詳しくない方からすると「兵器はどれも攻撃を行うもの、だから自衛隊が保有するのは憲法違反だ」となってしまうのは仕方がないかもしれませんが、国家の防衛政策を論じる際には、きちんと区別する必要があります。

■盾(日本)と矛(米国)の関係の変化

――日米同盟についてもうかがいます。「安保3文書」について、メディアなどでは日米同盟が「新たな段階に入った」「盾(日本)と矛(米国)との関係から、日本が矛の一翼を担うようになった」とする解説もありました。どのあたりが変わったのでしょうか。

構造的には必ずしも変わっていないと思います。いわゆる矛としての米軍というのは、言ってみれば核を含む圧倒的な軍事力で相手に対して打撃を加える能力を持つ、ということですよね。これは今も自衛隊は持っていませんし、持つこともできません。

反撃能力については国会で岸田総理も仰っていたように、「盾の役割は変わらない」。

有事になった際に自衛隊は盾として国民や本土を守るのに加え、米軍が作戦を展開する拠点、沖縄、岩国、横須賀などの防衛も担います。拠点を守ることで米軍が打撃力を行使できる状況を守る。つまりミサイルを撃たれるままにしていては、国民はもちろん、拠点も守れないので、反撃能力によって拠点を守る能力を高める。これはいわば「盾の補強」です。

――憲法議論になると、改憲派は「自衛隊は9条に手足を縛られていて何もできない!」という意見になりがちなのですが、実際のところはどうなのでしょうか。

もちろん、今の憲法解釈ではできないこともあります。ただ『ここまでできる自衛隊』(秀和システム)にも書いたように、あくまで我が国を防衛するだけであれば、相応のことはできるようになってきてはいます。

■「自衛隊は9条に縛られて何もできない」は本当か

現時点での問題は、集団的自衛権をフルでは行使できないことです。政府は2014年に閣議決定で集団的自衛権の行使を一部容認し、2015年に平和安全法制を成立させましたが、これは極めて限定的なものであり、その後の議論はあまり進んでいません。

国際法上の集団的自衛権とは「一国に対する武力攻撃について、その国から援助の要請があった場合に、直接に攻撃を受けていない他国も共同して反撃に加わるための法的根拠」ですが、日本の場合は援助要請だけでは武力を行使できないことになっています。

日本が現行憲法の下で武力行使ができるケースとして、日本の国土を侵され、国民の生命や財産が脅かされる事態から守るためである、との見解が1972年に出されています。しかし当時は他の国が攻撃されたときに日本国民の安全も脅かされるという事態は想定されず、ゆえに集団的自衛権は認められないとされてきました。

2014年の閣議決定で集団的自衛権の限定的な行使は認められる、と憲法解釈の変更が閣議決定されたのは、日本以外の国が攻撃されたからといって、日本国民の生命財産が脅かされないとは言い切れないのではないか、という観点からでした。

こうした事態に何もしなくていいのか、いや何とかしなければいけないということで、集団的自衛権は限定的であれば行使できるというロジックを編み出して、憲法上も問題ないということにしたのです。

■日本の一番の弱点とは

ただこれは論理としてはなかなか難しくて、日本が攻撃される前に、先に第一目標の国がやられ、次は日本が標的になるという場合に、第一目標の段階で攻撃を止めなければならない。日本への波及を止める必要があるということで、これを「存立危機事態」とし武力行使を容認することとしました。

しかし実際にはこういう理屈で現実に対処できるのかという問題は残っています。専門的には「接着事態」というのですが、個別的自衛権行使の事例と、非常に密着しているけれど個別とはいいがたい、というギリギリのところを「存立危機事態」として武力行使ができるようにしたもので、本来の集団的自衛権そのものに触れたかと言えば、そうは言いづらい面があります。

――集団的自衛権ひとつとっても、まだまだ決めなければならないことはたくさんある。日本の一番の弱点はどのあたりにあるのでしょうか。

率直に言って、実のところ一番心配なのは「いざというときに迅速に政治決断を下せるのか」という点です。

尖閣を例に考えてみると、今は中国海警の船などに海上保安庁が対応していますが、その能力を上回るような行動をとってきた時に、対処する主体を海保から海上自衛隊に切り替える、その判断・決断ができるのか。

■次の自民党総裁が担う重責

仮に、尖閣に海上民兵や海警局の人間が上陸してきた場合、現状では海上保安庁が警察権で対処することになります。不法入国として、入国管理法に基づく法執行活動として逮捕する。法的にもそういう整理ができます。

しかし、「我が国の領域に、他国の官憲が明らかに領有権を主張する目的で侵入してきた」となった場合、これを単なる不法入国としての位置付けで対処していいのかどうか。

本来なら国防の問題として対処しなければならないことを、世論その他を懸念して国防としてとらえたくない、自衛隊を出したくないというような判断で、海保に託し続けることになったら、それは健全なのかどうか。

映画『シン・ゴジラ』で描かれたように自衛隊はやれと言われればやります。ですが、やれと言われなければ一切動けません。為政者が国家として決断を下せるのか、が問われる局面になります。

――まもなく総裁選が行われますが、「その時」に誰がトップにいるかが大きく左右しそうです。

リーダーの下した決断が、向こう100年の国の安全を守ることになるかもしれないし、逆に安全を脅かすことになるかもしれない。しかしそれをすべて背負って「決める」ことができるのかどうか。世論はどちらへ動くのか。この点について非常に強い懸念を抱いています。

安全保障の問題は政治家の問題だけではなく、政治家を選ぶ国民の問題でもあるのです。

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稲葉 義泰(いなば・よしひろ)
国際法・防衛法制研究者、軍事ライター
専修大学在学中の2017年から軍事ライターとしての活動を始める。現在は同大学院に進学し、主に国際法や自衛隊法などの研究を進める一方、『軍事研究』や『丸』等の軍事専門誌で自衛隊の活動に関する法的側面からの記事を多数寄稿している。また、大手Webニュースサイト「乗りものニュース」にも法的見地から軍事に関する記事を多数寄稿するほか、2019年からはフランスを拠点とする海外の大手軍事ニュース媒体「Naval News」に日本人として初めて執筆中。

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(国際法・防衛法制研究者、軍事ライター 稲葉 義泰 インタビュー・構成=ライター・梶原麻衣子)

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