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野球部の「丸刈りルール」は減っているのに…髪型が自由になっても「高校球児の丸刈り」がなくならない根本原因

プレジデントオンライン / 2024年8月24日 9時15分

第106回全国高校野球選手権大会の開会式で、整列する各校の選手ら=2024年8月7日、甲子園 - 写真=時事通信フォト

高校野球をはじめ、学校や部活動の中には、丸刈りを校則や規則として定めているところがある。弁護士の松坂典洋さんは「学校には幅広い裁量権が認められているので、校則に定めているだけでは人権侵害とは言えない。過去に校則自体が違法と判断されたケースは一つもない」という――。

※本稿は、中村計、松坂典洋『高校野球と人権』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■一般企業なら間違いなく「人権侵害」

【中村(以下、中)】高校野球の世界における丸刈りの問題を眺めていて、ここ数年、僕の中で渦巻いていた疑問があります。現代において、丸刈りの強制は人権を侵害していると言ってもいいのではないでしょうか。

【松坂(以下、松)】明らかに強制している場合は、侵害していることになると思います。一般企業だったら、間違いなくそういう結論になるでしょうね。

【中】高校では?

【松】普通に考えたら、高校でも人権侵害になるでしょう。ただ、それを詳しく話す前に法律的な意味での「強制」の定義をきちんとしておいた方がいいと思います。

たとえば、丸刈りをルールとして定めている野球部で、丸刈りを拒否した部員がいたとしましょう。その部員に対して、監督がバリカンを持ち出して無理やり刈った、と。これらは明らかに強制に当たります。したがって、企業でも高校でも人権侵害に当たるし、場合によっては刑法上の暴行罪で訴えられるかもしれません。刈るときに強引にやり過ぎて出血したりしたら、さらに上の罪、傷害罪になる恐れさえ出てきます。

■「先輩もしているから」という暗黙の了解

【中】口頭で「丸刈りにしてこい」と言われて、自分で刈った場合はどうなのですか。

【松】意に反しているのなら、強制されたと言っていいと思います。ただ、指導者が「うちの野球部は丸刈りです」と言うだけならば、それは単にルールです。

【中】ルールが人権侵害になることはないのですか。

【松】野球部の場合で考えると、非常に難しいんですよね。極めて特殊なので。というのも、おそらく、書面に明記するなど、きちんとルールとして定めているところのほうが少ないのではないでしょうか。

【中】入部するとき、先輩たちがみんな丸刈りにしているから自分も丸刈りにするというケースが多いようです。つまり、暗黙の了解ですね。

■丸刈りは「教育上の効果には疑問の余地がある」

【松】野球部のケースは置いといて、まずは校則の場合を考えてみましょう。大前提として、丸刈りの問題は2段階にわけないと混乱してくるんです。

最初の段階は、丸刈りというルールそのものがどうなのかという問題。次の段階として、そのルールに違反したときにどう対応するのかという問題です。後者は対応によっては違法と見なされるケースが非常に多い気がします。実際、ある高校では、先生が女の子の髪の毛を切ってしまい、損害賠償が認められたケースがありました。

【中】これまで実際に丸刈りのルールについて裁判で争われたことはあるのでしょうか。

【松】公立の中学校では昔、何件かありました。というのも、1970年代から1980年代まで、校則に「男子生徒は丸刈り」と書かれている中学校はけっこうたくさんあったんです。私は静岡県浜松市で生まれ育ったのですが、私が中学生の頃も、浜松市内の中学の男子生徒は校則で全員、丸刈りだったんです。

そんな中、丸刈り訴訟の先駆けとなったのは、1985年の「熊本丸刈り訴訟」です。この裁判では最終的に「特異な髪型でもない」と、学校の主張が認められました。その頃、まだ丸刈りの学生はたくさんいましたからね。

ただ、判決文には「本件校則は、その教育上の効果については多分に疑問の余地があるというべきであるが、著しく不合理であることが明らかであると断ずることはできないから、被告校長が本件校則を制定公布したこと自体違法とは言えない」とされました。

■裁判所は「ギリギリセーフ」としか言えない

【中】遠回しというか、まどろっこしいですね……。

【松】私はもう慣れましたけど、一般の人からしたらやはりそう思えますか。裁判所はいろいろな方面に配慮するというか、なかなか言い切らないものなんです。判決文を読む限り、裁判所も悩んだんだろうなと思いますね。

【中】これは学校側の負けとも言えるのではないですか。「教育上の効果については多分に疑問の余地がある」と言われているわけですから。これは、ほぼ「おかしい」と言っているのに等しいと思うのですが。

【松】一般論としてはそうなのでしょうが、ぎりぎりセーフにしておきましょう、ということなのだと思います。もし、従わなかったら退学処分になるとかまでは書かれていないので。そこまでやるとやり過ぎになりますが、強制性がないなら、違法とまではいいませんという判断だったのだと思います。

学校は教育現場なので「教育のため」という大義名分が成り立ちます。したがって、裁量権、つまり自分たちで決めることのできる範囲はかなり広く認められているものなんです。ルールそのものは、よっぽどひどい内容のものでない限り、裁判所はダメとは言わないものなんですよ。

■校則が違法と認定されたケースは一つもない

【中】これまで丸刈り裁判で違法と見なされたケースはあるのですか。

【松】その校則自体が違法と見なされたケースは一度もありません。

【中】意外な気もします。

【松】これは裁判の大前提でもあるのですが、第1段階のルールそのものに関して争うのはとても難しいんです。1993年に当時、小学5年生だった児童の両親が進学予定だった小野中学(兵庫)の丸刈り校則の無効性を訴えようと裁判を起こしたことがありました。

ご存じのように日本の裁判制度は公正さを保つために計3回、審理を受けることができます。それぞれ「第一審」、「第二審」、「第三審」と呼ぶのですが、小野中学の裁判では、その三つの審理すべてで訴え自体が却下されています。

【中】裁判にすらならなかったわけですね。

【松】こうした結末を「門前払い判決」と呼んだりします。厳密には「門前払い」でもないんですけどね。却下されるまでに書面のやり取りはたくさんあるし、法廷にも立つので。ただ、そこまではしたものの、もっとも判断して欲しいところまでは辿り付けなかった、ということなんです。

裁判というものは、丸刈りのせいで精神的苦痛を受けて不登校になったとか、丸刈りを拒否したら退学処分を受けたとか、そのルールによって不利益を被ったときの方が争いやすいんです。被害がはっきりしているので。小野中学のケースはルール自体を不服としている上に、まだ入学すらしていなかったのでこの結果はやむを得ない気はします。

■「ルールが存在すること」とそれを強制することは別

【中】「校則=強制」なのだと思っていました。

【松】とまでは言えません。もちろん、校則に違反していたら教師から「短くしてきなさい」くらいの指導は受けると思います。そう言われたら大抵の生徒は従いますよね。内申点を下げられたら嫌だなとか思って。

【中】実質、強制。

【松】なんですけど、法律的には校則として丸刈りが存在することと、それを強制することでは次元が違うんです。丸刈りではないからといって、先ほども言いましたが、その場で先生にバリカンで刈られるわけではないので。

そこは学校側も心得ていて、校則においても「強制」と捉えられるような書き方はしないものなんです。訴えられたとき、そこを突っつかれると不利になるので。タバコや飲酒に関しては、はっきり禁止と書いてありますが、身だしなみなどの規定はあくまで努力義務的に書いてあるところの方が多いと思います。

「全国校則一覧」というサイトがあるので、一度、確認してみてください。文章の最後は「努力する」とか「努める」みたいな感じで書いているところが多いと思います。

■「教師自らバリカン」でも口頭注意のみ

【中】でも、この前、大阪の私立高校のハンドボール部でありましたよね。指導者がバリカンで選手の頭を刈っている写真が新聞に載っていました。

【松】ありましたね。しかも、それが学校サイドからの口頭による厳重注意のみで片付けられてしまっていることに驚かされました。選手本人は納得していたとのことですが、納得せざるを得ない状況をつくっていた可能性は否定できません。

【中】昔は教師が無理やりバリカンで刈るなんてこと、普通にありました。頭の上に手を置いて、指の間から髪の毛がはみ出たら「俺が刈ってやる」みたいな。悪さをして、見せしめのように衆人環視の中で先生に刈られている生徒もいたくらいです。そういうことが微笑ましい光景のようにも見られていた記憶があります。同じノリなのでしょうね。

【松】でも、生徒の内面まではわからないじゃないですか。顔は笑っていても、恥ずかしくて仕方なかったかもしれない。ものすごい屈辱感に苛まれていたかもしれない。むしろ、それを悟られないように笑顔をつくっていたとも考えられます。

【中】そういうケースが蓄積してきて、こういった人権問題は少しずつ表面化してきたわけですもんね。

丸刈り
写真=iStock.com/RobertoDavid
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RobertoDavid

■「ルールを承知の上で入部した」と判断されるかもしれない

【松】教師自ら刈ったわけではなくても職を追われた例もあるんです。

2012年、山口県の私立高校のテニス部の顧問は丸刈りを強要したことなどが原因で解雇されています。教師は遅刻や忘れ物をした生徒に言葉で丸刈りを迫るだけでなく、美容院に連れて行き丸刈りにさせたこともあったそうです。

教師は不当解雇だと訴えたのですが、丸刈りの強要以外にも問題行動や発言があったため、裁判所は学校側の「重大な権利侵害」という主張を認めています。ルールを破った生徒に対する指導者の対処方法には、訴えられたら違法に当たるのではないかなというケースはものすごくたくさんある気がします。

【中】野球部のように丸刈りが暗黙の了解になっている場合、それは明確にルールと言えるのでしょうか。

【松】そこは本当に難しいと思います。裁判所がどう判断するかでしょうね。先輩たちがみんな丸刈りにしているのを見て入ったのだから、承諾の上、入部したということになりますよねと見なす人もいるかもしれません。

【中】つまり、校則のように明文化されているわけではないけど、ルールとして捉えていましたよね、と。

■「丸刈り強制でうつ病」は認められず

【松】似たようなケースで、こんな判例があります。2017年、熊本の公立高校で「ソフトテニス部事件」というのがありまして。ある新入生がソフトテニス部に入って、先輩に丸刈りを半ば強制されるなどしてうつ病になり、退学せざるを得なくなった。そして、のちに元生徒は学校に対して損害賠償請求をしたんです。

中村計『高校野球と人権』(KADOKAWA)
中村計『高校野球と人権』(KADOKAWA)

その部では大会前に全員で丸刈りにするのが恒例で、大会を前にし、練習後に先輩がバリカンで1年生の頭を刈ったそうです。その際、本人も嫌な素振りは見せなかった、と。だから、学校側は丸刈りは強制ではないと主張していて、裁判所も強制ではなかったと認定しているんです。

【中】嫌とは言えなそうな雰囲気が伝わってきますよね。

【松】先輩たちもみんな丸刈りにしている中、拒否はできなかったのだろうなと想像してしまいますよね。最近、性加害の問題で裁判所は被害を受けた側は拒否まではしなかったが本心ではなかったという判断をすることがあります。特に相手が権力者であった場合は、厳しく判断されています。この場合の丸刈りも状況は似ていると思いますが、この裁判はどちらかというと学校サイドに有利な判定が出たような気がするんです。ただ、今後はこのあたりのジャッジも変わってくるのではないでしょうか。

■「坊主やめるか?」に隠された緩やかな強制

【中】最近、高校野球の現場でこういう話をよく聞くんです。監督が選手たちに「坊主をやめるか?」と聞いたら「僕らは坊主でいいです」と言ったのだ、と。だから、うちは選手の意志で丸刈りにしているのだという主張です。でも、このシチュエーションも、そう聞かれたらそう答えざるを得ないだろうなと思ってしまうんです。

【松】反抗したと思われたくないですもんね。

【中】緩やかな強制ですよね。

【松】本来、うちは選手の判断に任せているというのなら、監督が「うちは髪型は自由だ」と宣言すればいいだけのことなのです。それでも選手が自ら丸刈りにしてきたのなら、それは選手が好きでやっているのだと言えますよね。なのに、わざわざ「どうする?」と問いただしたり、学校で先輩が後輩の髪を刈るみたいな儀式を残したりしていると、どこかで強制されているという心理状況を生みかねないと思います。

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中村 計(なかむら・けい)
ノンフィクションライター
1973年生まれ、千葉県出身。同志社大学法学部政治学科卒業。『甲子園が割れた日 松井秀喜5連続敬遠の真実』(新潮社)で第18回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇』(集英社)で第39回講談社ノンフィクション賞を受賞。千葉県立薬園台高校時代は「4番・捕手」としてプレー。

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松坂 典洋(まつざか・のりひろ)
弁護士・社会保険労務士
1973年生まれ、静岡県出身。同志社大学法学部政治学科卒業。大阪大学大学院高等司法研究科(ロースクール)法務博士。福岡県弁護士会所属。2019年より福岡市内に木蓮経営法律事務所開設。労働事件に特化しつつ、学校・スポーツに関するトラブルも取り扱っている。プロ野球選手になることを夢見て小学2年生のときから強豪チームで野球漬けの日々を送った。

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(ノンフィクションライター 中村 計、弁護士・社会保険労務士 松坂 典洋)

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