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このままでは「一億総前科者」になる…「家族でもETCカードの貸し借りは犯罪」大阪地裁が下した判決の大問題

プレジデントオンライン / 2024年8月23日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

■ETCカードの貸し借りは「家族でも違法」の地裁判決

この夏の連休は地震や台風の影響を受け、新幹線や飛行機といった公共交通機関がストップするなど大きな影響が出ました。そんな中、マイカーのハンドルを握り、高速道路を使って大移動をしたという方も多いのではないでしょうか。

さて、高速道路を通行するために欠かせないのがETCカードですが、このカードの利用をめぐって、最近、気になる「判決」が下されたことをご存じでしょうか。

ETCカードの貸し借りをおこなった同居の兄弟と、そのカードで車を運転した知人の計3人が、いずれも「電子計算機使用詐欺罪」(刑法246条の2)で起訴され、有罪になったというのです。

【刑法246条の2】
前条に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。

■夫名義、親名義でも「アウト」になる

この判決の話をすると、多くの人が、

「えっ、家族名義のETCカードの貸し借りは犯罪になるの?」
「うちの家族だって普段から何の疑問も持たずにやってるけど……」

と、驚かれます。

我が家も同じく、私名義のETCカードが挿入された車を夫が一人で運転することは珍しくありませんし、その逆もあります。クレジットカードを持っていない学生ドライバーが、親名義のETCカードを借りて車を運転するケースだってよくあるでしょう。

特に悪気もなく、日常的に行っていることが「罪」に問われてしまうとなると、決して他人ごとではなく、さすがに不安になりますね。

では、3人がそろって有罪となったこの「事件」、いったいどのようなものだったのでしょうか……。2024年5月8日に下された大阪地裁判決(裁判官/末弘陽一・高橋里奈・高矢輝乃)の内容を振り返ってみたいと思います。

■弟名義のETCカードを利用して懲役10カ月になった兄

まず、本件の判決文に記されていた「罪となる事実」は、以下の通りです。

〈被告人3名は、a株式会社が有料道路の料金所に設置したETCシステムを利用するに際し、ETCカードの正当な使用権限を有する者が乗車する場合に通行料金が割引されるETC利用割引の適用を不正に受けようと考え、共謀の上、C(弟)名義のETCカードを挿入したETC車載器を搭載した普通乗用自動車を、B(知人)が運転し、A(兄)が同乗して、2度にわたって正規の通行料金との差額の財産上不法の利益を得た〉

ようするに、兄が弟名義のETCカードを借り、知人の運転する車(弟は乗車していない状態)でそのカードを使って有料道路を通行し、ETC割引によって通行料の差額を不当に得たことが「罪」にあたるというのです。

1つ目の「犯行」は、2023年11月、大阪市内の有料道路をCが乗車していない車にC名義のカードを挿入して約9分間走行し、ETC割引を使って「正規の通行料金との差額770円相当の財産上不法の利益を得た」というもの。

2つ目の「犯行」は、同年12月、同じくCが乗車していない車にC名義のカードを挿入して大阪市内の有料道路を約11分間走行し、「差額630円相当の財産上不法の利益を得た」、つまり、2回の走行で合計1400円をだまし取った、という罪に問われたことになります。

判決文の最後には、

「本件は、常習的に行われた一環の犯行であり、悪質である」

と記され、兄のAには懲役10カ月の実刑、カードを貸した弟のCと運転していた知人のBには、それぞれ懲役10カ月・執行猶予3年の判決が下されました。ちなみに、兄のAは暴力団関係者でした。暴力団はクレジットカードを作ることができないという事情もあって、弟名義のETCカードを借りていたとみられます。捜査機関は「反社条項(暴排条項)」を意識していた可能性もありますが、罪名はあくまでも「電子計算機使用詐欺罪」だったのです。

高速道路のETC専用レーン
写真=iStock.com/kokouu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kokouu

■「警察や検察のさじかげん次第」

立命館大学大学院法務研究科の松宮孝明教授は、今回の判決についてこう語ります。

「Aがこの裁判で実刑になったのは累犯前科があったためですが、そもそも今回の起訴は、警察や検察のさじかげん次第という感が否めず、さすがに看過できなかったため、私も法的見解を意見書にまとめて裁判所に提出しました。現在、弁護団は控訴の手続きをして、大阪高裁の判断を待っているところです」

そもそも、同居の家族のETCカードを借りて走行することが、なぜ罪になるのでしょうか。

松宮教授によれば、多くの道路会社は、ETCを利用する際、カード会員本人が乗車することを規則で定めているとのこと。私自身、長年ETCカードを使っていながら、これまで気にしたことはなかったのですが、あらためて各社のサイトを確認したところ、「カード会員本人が乗車するように」という文言が記載されていました。

たとえば、阪神高速道路の場合、営業規則の17条4項では、「ETCカードによる阪神高速道路の料金の支払いは、通行の都度、クレジットカード会社から貸与を受けている本人が乗車する車両1台に限り行うことができます」と定めています。

■「ETCカード保有者の多くが詐欺の犯罪者にされてしまう」

つまり、クレジットカードに紐づけられたETCカードを利用する場合、クレジットカード会員本人が乗車していない車でETCレーンを通過してしまうと、規則上は、「ETCシステムの電子計算機に虚偽の情報又は不正の指令を与えた」ことになるわけです。

しかし、こうした事例が「電子計算機使用詐欺罪」に当たるとなると、困った問題が生じると松宮教授は指摘します。

「ETCを利用して有料道路を通行する車に、カードの名義人が乗車していなければならないというルールを、はたしてどれだけの人が知っているでしょうか。私も含め、おそらくこれまで多くの人が認識していなかったのではないかと思います。実際に、自分名義のETCカードを他人に貸したことがある人の割合が4割近くに上るというアンケート結果も出ているのです。このような中で、電子計算機使用詐欺罪の成立を認めると、ETCカード保有者の多くが詐欺の犯罪者にされてしまう恐れがあります。この罪が成立するためには、刑法246条の2(*上記)の構成要件の充足と、これに対応する『罪を犯す意思』つまり、故意がなければならないのですが、今回の事例を見てもわかるとおり、関係者にはそのような『意思』はそもそもないのです。でも、今回の判決に倣うと、家族のETCカードを(その家族が乗車していない状態で)利用した人は、起訴されれば前科が付いてしまうのです。こうなると一億総前科ですね」

今回の大阪地裁判決に対する判例解説については、以下『家族内ETC利用に電子計算機使用詐欺認めた裁判例』に詳しく掲載されています。

●家族内ETC利用に電子計算機使用詐欺認めた裁判例

松宮教授は本論稿を「一億総前科という事態は回避できないのである」と厳しい口調でまとめておられます。関心のある方はぜひお読みください。

高速道路
写真=iStock.com/paylessimages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/paylessimages

■いつ逮捕、起訴されるかわからない事態に…

「一億総前科」……、その中に自分も含まれるとなれば安穏とはしていられませんが、この判決に則れば、道路会社の営業規則が変わらない限り、多くのドライバーがいつ逮捕、起訴されてもおかしくないのが現実です。

家族カードに付帯するETCカードは、家族会員の名義で発行されるので、これさえ発行されれば、貸し借り問題はクリアになるはずです。しかし、現実には、家族カードに付帯するETCカード発行に対応していないクレジットカード会社もあり、実際にはその発行数は少なく、一般的ではないようです。こうした状況を鑑みれば、今回の判決は見直されるべきでしょう。

ちなみに、どうしてもクレジットカードの契約ができない場合は、有料道路の通行料金支払いに限定した「ETCパーソナルカード」を申し込むことができるそうです。

このカードは、東/中/西日本高速道路株式会社、首都高速道路株式会社、阪神高速道路株式会社、本州四国連絡高速道路株式会社の6社が共同して発行しているもので、申込み時に保証金(デポジット)を預託するといった条件を満たせば発行されます。

■「営業規則は、もはや時代遅れで、妥当性を持たない」

今や、無人の自動運転車が走行する時代です。松宮教授は、こうした現状に照らしても、今回の大阪地裁判決は見直されるべきだといいます。

「現在の道路交通法は、すでに『運転者の乗車』どころか『運転者』の存在すらも要求しておらず、運転免許すら不要の『特定自動運行主任者』が、『乗車』せずに自動運転車を遠隔監視することが想定されています。つまり、遠隔操縦をする『運転者』が当該自動車に同乗していることは必要ないと解釈をせざるを得ないのです。このような法状況では、クレジットカード会社から貸与を受けている本人が乗車する必要があるように読める阪神高速やNEXCO西日本の営業規則は、もはや時代遅れで、妥当性を持たないものと考えざるを得ないでしょう」

控訴を受けた大阪高裁は、逆転無罪を言い渡すのか、それとも、地裁の下した有罪判決を支持し、多くのドライバーを詐欺の犯罪者とみなすのか……。裁判の今後に注目したいと思います。

裁判所
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

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柳原 三佳(やなぎはら・みか)
ジャーナリスト・ノンフィクション作家
1963年、京都市生まれ。ジャーナリスト・ノンフィクション作家。交通事故、死因究明、司法問題等をテーマに執筆。主な作品に、『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』(講談社)、『自動車保険の落とし穴』(朝日新書)、『開成をつくった男 佐野鼎』(講談社)、『家族のもとへ、あなたを帰す 東日本大震災犠牲者約1万9000名 歯科医師たちの身元究明』(WAVE出版)、また、児童向けノンフィクション作品に、『泥だらけのカルテ』『柴犬マイちゃんへの手紙』(いずれも講談社)などがある。■ウェブサイト

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(ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原 三佳)

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