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岸田首相を退かせ、勝ち馬に乗り換える…自民党の新旧キングメーカーが推す「本命の総裁候補」の名前

プレジデントオンライン / 2024年8月20日 8時15分

衆院本会議に臨む自民党の麻生太郎副総裁(左)と菅義偉前首相=2024年2月1日、国会内 - 写真=時事通信フォト

■解散する力がないと再選出馬も危うい

岸田文雄首相(自民党総裁)が8月14日午前、首相官邸で記者会見を開き、9月に予定される総裁選に出馬せず、退陣する考えを表明した。

自民党派閥の政治資金規正法違反事件を受け、自ら組織の長としての責任を取ることを当初から思い定め、心に期してきたなどと弁明したが、少しでも態度で示していれば、これほどの政治不信と支持率低迷を招かなかったのではないか。

首相は、表向きには「総裁選では、新生自民党を国民の前にしっかりと示すことが必要だ。自民党が変わることを示す、最も分かりやすい最初の一歩は、私が身を引くことだ」と語ったが、実際は2021年の前回総裁選で得た党内の支持基盤がどんどん失われ、今回の総裁選で再選できる見通しが立たなかったのが最大の理由だった。

岸田首相では、次期衆院選で自民、公明両党が大きく後退し、25年参院選では衆参ねじれを生じかねないとの観測が、退陣の決断を後押しもしただろう。

かねて「岸田首相も、9月の総裁選前に(衆院を)解散できるだけの力と技術が身に付かないようなら、再選出馬も危ういのではないか」と指摘してきたが、それを地で行く話となった。首相は、解散を見送らざるを得なかった通常国会の閉幕(6月23日)以降、総裁選不出馬の準備をしてきたのだろう。

首相は、政治とカネの問題、憲法改正などを例示しつつ、「政治家としてやりたかったこと、やるべきことを今一度しっかりと整理をし、方向性を示すことだけは総裁選から撤退するにあたってもしっかりと示していく、そういった政治家の意地はあった」と胸を張った。

そんな敗戦処理にではなく、通常国会会期中に意地を発揮することはできなかったのかと問いたいところだが、岸田首相による派閥解散に端を発する政権の統治機能不全は深刻で、望むべくもなかったのである。

■「引き算ばかりで、足し算がない」

首相はこの2か月、総裁選に向け、党内情報の収集・交換に努めてきた。首相に近い筋は7月中旬、「出馬するかどうか、本当に考えている」と語っていた。

最大の後ろ盾だった麻生太郎副総裁とは6月18日、25日の夜、サシで会食したが、再選支持を確約されないどころか、伝えられたのは「総裁選で勝てないかも知れない。1回目投票では誰も過半数を取れないだろう。決選投票に残ったとしても、『反岸田』票の方が上回りかねないのではないか」という厳しい見立てだった。首相はその後、麻生氏と7月25日、8月2日に党本部で会談したが、情報交換にとどまった。麻生氏が首相に引導を渡す場面もなかったという。

首相は、7月8日夜には森山裕総務会長、渡海紀三朗政調会長、小渕優子選挙対策委員長を密かに首相公邸に呼び、地方組織との車座対話などを通じた厳しい地方の声を聞く。3氏から再選出馬の決意を求められても、消極的姿勢に終始した、とも報じられた。

通常国会閉幕後も、側近の木原誠二自民党幹事長代理からは定期的に首相公邸で報告を受け、8月3日夕には林芳正官房長官と首相公邸で会談するなど、岸田派幹部らからも党内の情報が上ってきたが、「勝てるかどうか、票が読めない」というのが実情だった。

首相が前回総裁選で麻生派の河野太郎行政・規制改革相(当時)との決選投票で勝ち得た議員票249票は、安倍(細田)、麻生、茂木(竹下)、岸田の主流4派と一部無派閥の票の合計とほぼ重なり合う。

首相に近い岸田派幹部は「前回総裁選で岸田を推した人たちが次々に抜けている。茂木派、安倍派……。引き算ばかりで、足し算がない。麻生さんも分からない。麻生さんが河野(デジタル相)を推すこともあり得る」と分析していた。

■安倍元首相もできなかった大転換

麻生氏は8月6日夜、森山氏と都内の日本料理店で会談し、岸田政権の3年間の実績を評価し、森山氏も同調したと報じられた。両氏とも首相退陣の意向を嗅ぎ取って政権を総括して見せたのかも知れない。

河野太郎・デジタル大臣
出典=首相官邸ホームページ(第2次岸田第2次改造内閣 閣僚等名簿より)河野太郎・デジタル大臣

麻生氏も高く評価するのは、第1に防衛力の抜本的強化だ。2022年12月に国家安全保障戦略など3文書を改定し、反撃能力の保有、防衛費の国内総生産(GDP)比で2%への倍増を明記するなど、戦後の安全保障政策を大転換させた。

第2はエネルギー政策だ。原子力発電所の再稼働や次世代原発の開発・建設の検討を決断し、東京電力福島第1原発処理水の海洋放出も進めた。長期政権を担った安倍晋三元首相(2022年7月死去)もできなかった大転換である。

その一方で安倍氏から後を託され、任期中に実現すると公言していた憲法改正は果たせなかった。自ら掲げた「新しい資本主義」は道半ばで、物価と賃上げの好循環を目指しながら、デフレ脱却宣言には至っていない。

その首相が退陣に追い込まれたのは、直接的には政治とカネの問題とそれへの対応の拙劣さ、政治技術の未熟さが問われたためだったが、ベースにあるのは、首相としての資質と力量の問題だろう。

■自らを処分の対象外にしたことに遠因

岸田首相は、政局判断や政策を立案する際に、要路に根回しをしないまま、木原氏ら側近と相談するだけで、物事を進めて行く。周囲や党幹部がメディアを通じて首相の考えを知ることも珍しくない。事前に情報共有されれば、協力しようとなるが、岸田首相にはなぜかそれがない。自分の独断がどういう影響を及ぼすかという想像力も決定的に欠ける。

危機管理対応に当たって「火の玉になる」「先頭に立つ」と勇ましい言葉を発するが、日ごろから人間関係を築いていないため、それを支えて実行に移す仲間や部下がいない。その役職にある人が首相の思うように動かないのだ。竹下登元首相が、どのボタンを押せば、誰がどう動くのかを把握していたのとは雲泥の差がある。

岸田首相が先の国会閉幕直後、非主流派を束ねる菅義偉前首相による「岸田降ろし」に見舞われたのは、4月の党紀委員会で、安倍、二階両派議員ら39人を処分しながら、自らを処分の対象外にしたことに遠因があった。

首相は当時、自らの政治責任について「政治改革に向けた取り組みをご覧いただいたうえで、最終的には国民、党員に判断してもらう立場にある」と言い放っていた。解散・総選挙で国民に、総裁選で党員の審判を仰ぐというこの発言は無責任で、菅氏や安倍、二階両派などの間に「反岸田」の空気が醸成され、党内に広がったのである。

■「気兼ねなく論戦を行ってほしい」

岸田首相の退陣表明のタイミングは、どう考慮されたのか。首相は8月14日の記者会見の冒頭で、「(訪問を中止した)モンゴル首相との電話会談で、この夏の外交日程を区切りつけることができた。お盆が明ければ、秋の総裁選に向けた動きが本格化する」と述べたが、その力点は後者にある。

8月20日の総裁選管理委員会で後継総裁選日程が決まる。総裁選に誰かが出馬表明した後の不出馬表明では、追い込まれての退陣というイメージが広がり、「ポスト岸田」への影響力はあまり残せない。自らの決断で退陣表明すれば、後継総裁選びだけでなく、この先も麻生、菅両氏よりも若い首相経験者として永田町で政治力や存在感を示すことができるという計算もあったと思われる。

その岸田首相が退陣直前の9月下旬に訪米し、国連総会に出席する案が浮上している。バイデン米大統領との会談も調整され、退任あいさつと同時に、首相経験者として外交にかかわる意思表示の場にもするのだろう。

総裁選への影響としては、早めに退陣を表明することで「ポスト岸田」の候補らが政権構想や政策論争、多数派工作に一定の準備時間を確保することも可能になる。首相を支える立場の党4役も閣僚も動きやすくなる。

首相は、15日の閣議後の閣僚懇談会で「閣僚の中に総裁選に名乗りを上げることを考えている方もいると思う。気兼ねなく、職務に支障のない範囲内で論戦を行ってほしい」と述べ、現職閣僚にも出馬を促した。

これに呼応して閣僚から次々と出馬に意欲を示す声が上がり、総裁選をめぐる動きが活発化したが、首相の真の狙いは、後継者と位置付けている林官房長官が岸田派を基盤に出馬する環境を整えることにあったのだろう。

■「うちには河野太郎という候補がいる」

ここまでのプロセスを振り返ると、首相の総裁再選が危うくなったのを見て、21年の前回総裁選から密かに、大きく政治的な立ち位置を変更したのが、麻生氏と河野氏である。

小泉進次郎氏
出典=首相官邸ホームページ(菅内閣 閣僚等名簿より)小泉進次郎氏

麻生氏は前回、安倍氏とともに岸田氏を勝利に導き、茂木(竹下)派を合わせて主流派を形成した。麻生氏は当時、河野氏の掲げる「脱原発」政策、根回ししない政治手法、立ち振る舞いに苦言を呈し、派を割る形の出馬にいい顔をしなかった。河野氏は、菅氏を中心に「小石河連合」と呼ばれた石破茂元幹事長(石破派)、小泉進次郎元環境相(無派閥)、麻生派の一部の支援を受けたが、決選投票で岸田氏に大敗したという経緯がある。

その意味で「岸田降ろし」を仕掛けた菅氏には、総裁選に向け、小泉、河野両氏、無派閥の石破氏、加藤勝信官房長官(茂木派)の4枚のカードがあるのに対し、麻生氏には岸田首相、茂木敏充幹事長、上川陽子外相(岸田派)の3枚のカードがあると言われてきた。

首相の退陣表明を受け、麻生氏が動く。菅氏が最終的に小泉氏を推すという情報も入っていただろう。菅氏の元にあった河野氏というカードを引き抜いて見せたのだ。

麻生氏は14日夜、茂木氏と東京・赤坂のステーキ店で会談し、総裁選出馬への意欲を示されたのに対し、「うちの派閥には河野太郎という候補がいるのだから派閥が一つになって支持することはできない」と伝え、麻生派(54人)として茂木氏を支援することに難色を示した、と読売新聞が報じている。

■「麻生派を離脱することはない」

麻生氏が重視するのは、決選投票に残ることができるかだ。知名度も人望もない茂木氏は、出馬に必要な20人を確保できても、その先の展望がないと判断したのだろう。麻生氏は馬を乗り換えるのに躊躇しなかった。

8月16日には都内で河野氏と面会し、総裁選に出馬する意向を伝えられ、了承した。麻生派には河野氏と距離がある甘利明元幹事長、鈴木俊一財務相らもいるが、派内の中堅・若手の支持は固めやすくなるのだろう。

麻生氏が河野氏を総裁候補として認め始めたのは、6月26日夜の会談だったと聞く。麻生氏が河野氏の出馬に否定的な考えを示したと伝えられたが、河野氏の「成長」も読み取った。河野氏は「脱原発」政策を問われ、「時代が変わった。生成AI(人工知能)が発展し、データセンターのニーズが増えた。電気自動車(EV)も普及している。今は原発を再稼働し、再エネから核融合までエネルギー確保に何ができるか検討しないといけない」と、その“変節”ぶりをアピールしたという。

関係筋によると、麻生氏の琴線に触れたのは、河野氏が麻生派(志公会)を離脱することはないと明言したことだ。河野氏は「自分は麻生派(為公会)発足時(2006年)からのチャーターメンバーだ」と語ったとされる。

麻生氏は8月9日夜には、河野氏と東京・赤坂の日本料理店で会食し、総裁選の構図をめぐって情勢分析もしていたという。

■衆院早期解散含みの大混戦総裁選

キングメーカー同士の暗闘や派閥の合従連衡とは異なる政治力学も働いているのが、今回の総裁選の特色だ。麻生派を除く派閥が解散を決定し、派閥の縛りが解けたことで、中堅・若手が動きやすくなった状況が生まれている。首相の「気兼ねなく」発言もあって、8月19日現在、出馬に意欲を示したり、期待が寄せられたりしている議員は11人に上る。年齢構成は40代が2人、60代以上が9人だ。

小林鷹之氏
出典=首相官邸ホームページ(岸田内閣 閣僚等名簿より)小林鷹之氏

大混戦が予想される中で、20人の推薦人を既に確保したのが、林、河野、石破3氏と「コバホーク」の異名がある小林鷹之前経済安全保障相(二階派)で、次々に出馬表明する。林氏は岸田派、河野氏は麻生派を支持母体とする。小林氏は、知名度不足ながらも「世代交代」を掲げ、安倍派の福田達夫元総務会長、無派閥の大野敬太郎総務副会長らに推され、総裁選に新風を吹き込む構えだ。

出馬に意欲を示すのは、茂木、加藤、上川3氏のほか、高市早苗経済安全保障相(無派閥)、野田聖子元総務相(同)がいる。高市氏は、小林氏と保守系支持層が重なる。茂木氏は、当てにしていた麻生派の支持が得られず、同じ茂木派の加藤氏が出馬準備に入ったことで、議員票の目算が狂ったのではないか。

出馬を期待する声が上がっているのは、小泉氏、斎藤健経済産業相(同)だ。小泉氏が出馬すれば、菅氏のグループや各派横断の中堅・若手が推す方向で、世代間抗争を象徴する形で有力候補に躍り出るだろう。

推薦人20人の争奪戦は日々激化し、最終的に出馬できるのは6~7人に絞られるはずだ。前代未聞の本命なき総裁選、そして衆院早期解散含みの総裁選が始まる。

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小田 尚(おだ・たかし)
政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員
1951年新潟県生まれ。東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て現職。2018~2023年国家公安委員会委員。

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(政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員 小田 尚)

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