屋外に出るだけで「命の危険」に晒される…熱中症対策の専門家が警告「夏後半でも熱中症が続出」する本当の理由
プレジデントオンライン / 2024年8月20日 15時15分
■危険になった日本の夏
――年々、夏の暑さは厳しくなっているように感じますが、熱中症患者は増えているのでしょうか?
消防庁では2007年から熱中症で救急搬送された人の数を公表しています。それを見ると2010年にぐんと増えて5万人を超え、2018年にまたぐんと増えて9万5137人を記録しました。この年が最多でしたが、昨年度も9万人を超えて2018年に迫る水準でした。
今年7月の平均気温は1898年の統計開始以降でもっとも高く、平年値(1991~2020年)と比べると2.16℃も高くなっています。熱中症で救急搬送される人数も増えており、昨年度を上回るペースです。
――2018年はなぜ、こんなに熱中症で搬送される人が多かったのでしょうか?
この年は埼玉県熊谷市で41.1℃と観測史上もっとも高い気温を記録するなど、極端に暑い日が多かったのです。平均気温が高いということも影響しますが、それよりも極端に暑い日があると熱中症患者は増えます。
温暖化の影響というのは平均気温が上がるということだけでなく、ブレが大きくなるんですね。極端に暑い日や、極端に寒い日が出てくる。日本の場合は、冬よりも夏に極端な現象が現れています。これにはヒートアイランドの影響もあると思います。
――温暖化の影響とのことですが、対策が進めば、夏の暑さが和らぐこともあるのでしょうか?
温暖化対策が取られたとしても、すぐに効果が出るわけではありません。10年後、20年後に向けた対策なので、今、起きていることはまず止まりません。夏の暑さはますます、厳しいものになっていくと考えたほうがいいでしょう。
■気温に注意するだけでは不十分
――極端に暑い日があると熱中症患者が増えるとのことですが、実際、気温何℃くらいから熱中症の危険性が出てくるのでしょうか。
最高気温が31℃を超えたあたりから増え始めて、34℃で急増します。気温が上がると体から外気に放熱できなくなるので、熱中症になりやすくなります。
ただ、気をつけないといけないのは、気温だけではありません。
湿度も熱中症の発生に大きく影響します。汗は蒸発するときに熱を奪って体温を下げるわけですが(気化熱)、湿度が高いと汗が蒸発しなくなるのでそれができなくなります。なので、たとえ気温32℃でも湿度が85%あれば、気温39℃で湿度が35%のときよりも危険です(【図表3】「室内用のWBGT簡易推定図」参照)。
また、輻射熱(太陽光やそれに照らされた建物などが発する熱)も体温に影響を与えます。
熱中症を防ぐためにはこれら3つを見ていく必要があるのですが、一般の方がすべてをチェックしていくのは困難です。そこで環境省では2006年から、これら3つをまとめた指標である「暑さ指数」(WBGT:Wet Bulb Globe Temperature)を発表するようになりました。
■熱中症になりやすさを示す「暑さ指数」
暑さ指数は、一般的な温度計である「乾球温度計」と湿度を測る「湿球温度計」、これに日射や輻射熱を測る「黒球温度計」の測定値をもとに算出します。湿球温度を0.7倍、黒球温度0.2倍、乾球温度0.1倍して足します。
このように湿球温度(※1)計の測定値がもっとも大きな割合をしめています。
3つの温度計が揃っているのは全国11か所しかないので、そのほかの地点では気象台から得られるデータを基に実況推定値を算出(※2)して、全国840地点での暑さ指数を発表しています。
※1 湿球温度には湿度だけでなく気温の要素も含まれている。
※2 実況推定値を計算式は小野先生が考案。気温(℃)と平均風速(m/s)は、気象庁の観測点における観測値を用いる。暑さ指数(WBGT)=0.735×Ta(気温)+0.0374×RH(相対湿度)+0.00292×Ta×RH+7.619×SR(全天日射量)-4.557×SR2-0.0572×WS(風速)-4.064
■暑さ指数31℃以上は原則、運動禁止
――暑さ指数は、どのように見るといいでしょうか?
暑さ指数の温度に応じた熱中症予防指針が示されているので、それを参考にしていただきたいと思います。暑さ指数31℃を超えると「危険」で、高齢者はなるべく外出を避けて屋内の涼しいところで過ごし、運動は原則禁止としています。
7月、8月は、暑さ指数31℃を超える日が多いため、2020年より一段高い基準を設けて注意喚起を行うようになりました。それが、各県の観測所で暑さ指数33℃以上になると予測された場合に発令する「熱中症警戒アラート」です。
■危険な中で敢行されているスポーツイベント
――「熱中症警戒アラート」が発令されたら、どのような行動をとるといいのでしょうか。
暑さ指数31℃の時と同様に、高齢者は外出を控え、それ以外の人も運動は原則禁止です。熱中症をひとごとと思わず、自己防衛するように呼び掛けています。
――8月はほぼ毎日のように「熱中症警戒アラート」が発令されているので、運動禁止といっても実際は難しいのではないでしょうか?
はい、昨年度でいうと、熱中症警戒アラートが47都道府県(※)で合計1232回発令されました。これだけ発令されていると日程を調整するのも難しいのだと思いますが、危険な暑さの中でスポーツイベントや工事などの屋外作業が敢行されています。
私は東京オリンピックで、選手の安全を守るための熱中症対策の取りまとめに関わりましたが、本音ではこんな暑い時期にやるなどありえないと思いました。高校野球も同じです。2部制を一部導入して、時間をずらすなどの試みをしてはいますが、危険であることに変わりはありません。
もちろん彼らはアスリートで体力もあるし、暑い中での運動にも慣れてはいるでしょう。人はしばらく暑い日が続くと、上手に汗をかけるようになり、暑さに慣れてきます(暑熱順化)。でも、暑さに慣れているはずの沖縄でも、運動や農作業など負荷かがかることを行うと搬送される人が出ています(図表6参照)。夏場の運動や屋外作業は、命の危険と隣り合わせだという認識を持つ必要があります。
※広域にわたる北海道(8カ所)、沖縄(4カ所)、鹿児島(2カ所)は分割して発令。
■高齢者に次いで「働きざかりの男性」が死んでいる
――沖縄県のグラフを見ると男性が多いですね。これはどうしてなのでしょうか?
屋外での肉体労働に従事するのは男性が多いからです。全国的に見ると、すべての年代で男性のほうが多く救急搬送されています。高齢者になり、定年退職したあとも男性が多い理由はわかりません。女性より弱いということかもしれません。
熱中症になって死亡するのは圧倒的に高齢者が多く、次いで働き盛りの青壮期(19~64歳)の男性が多く死亡しています。
高齢者は体力がないことに加えて、暑さに気づきにくく、エアコンを使わないことで死に至っています。夏場は屋内にいて「暑い」と感じなくてもエアコンを使うということを心がけることが大切です。
働き盛りの男性の死亡を防ぐためには、企業の現場管理者がこまめに休憩をとらせるなど、熱中症対策をしっかり行うことが大切です。大手企業ではできているところが多いですが、中小零細企業や個人事業主まで徹底できているかは把握できていません。一人ひとりが夏場は死の危険と隣り合わせなのだと認識して、自己防衛していかないと命が守れないのが現状です。
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国立環境研究所客員研究員
東京大学大学院医学系研究科保健学専攻博士課程修了(保健学博士)。1978年4月、国立公害研究所(現・国立研究開発法人国立環境研究所)入所。専門は、疫学(特に、環境疫学)。主たる研究として、大気汚染による健康影響、地球温暖化による健康影響(熱中症)、紫外線暴露による健康影響。環境保健サーベイランス・局地的大気汚染に関する委員会委員、オゾン層保護に関する検討会(環境影響分科会・座長)、熱中症予防対策に資する効果的な情報発信に関する検討会(座長)、熱中症対策推進検討会(座長)、などを歴任。
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(国立環境研究所客員研究員 小野 雅司 構成=プレジデントオンライン編集部)
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