「老後2000万円、ゆとりある生活なら6000万円必要」は大ウソ…精神科医「年金暮らしで本当に必要な心得」
プレジデントオンライン / 2024年8月24日 15時15分
※本稿は、保坂隆『お金をかけない「老後」の楽しみ方』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■年金暮らしの心得「何とかなる。何とかやっていく」
年金をもらう年齢が近づいてくると、自分が受け取る年金額についての知らせが届きます。それを見て、多かれ少なかれ、不安を覚えるのは当然というべきかもしれません。
厚生労働省の発表によれば、2024年度の厚生年金の標準的な額は、夫婦合わせて月額23万483円(夫が平均的収入・年収526万円前後で40年間就業した場合)とのこと。
これには夫と妻の基礎年金も合算されています。自営業などで夫婦とも国民年金であれば、月額13万円ちょっと。
「この年金では足りない……」といくら嘆いてみても、天からお金が降ってくるわけはなく、この範囲で何とか暮らし、足りない分はいままでの蓄えを取り崩していくほかないのが老後の暮らしです。
現役時代の半分程度と考えると、不安になるのも分からないではありませんが、住宅ローンや子どもの教育費など「人生の二大出費」はほとんどの場合、終わっていることが多いでしょう。
「案ずるより産むがやすし」と言うように、実際に年金暮らしを始め、半年もして慣れてくると、不安を口にする人はめっきり減ってくるようです。
「蟹は自分の甲羅に合わせて穴を掘る」という言葉もありますが、人も自分のサイフのサイズに合わせて、ちゃんと暮らしを軌道修正していく知恵を持っているのでしょう。
何とかなる。何とかやっていく――。これが年金暮らしの心得です。
■一泊旅行で「老後の生活会議」の話し合いをまとめた夫婦
仕事を辞め、年金暮らしになるのは人生における一大転機です。
聖書に「人はパンのみにて生きるにあらず」という言葉がありますが、逆に考えると、ともかく「パン代だけは確保しなければいけない」のです。パンとは生活していくうえで、どうしても必要なお金という意味です。
それを支える収入が半分近くに減ってしまうわけですから、「何とかなるだろう」と漫然と年金暮らしに入っていくのは、やはり無謀といわれても仕方がないでしょう。
夫婦二人の老後でも「ひとり老後」でも、年金暮らしを始める前に、お互いに向き合い、あるいは自分自身としっかり向き合って、今後の生活について忌憚のない話し合いをする――。一人の場合なら、改めて自覚を持つべきでしょう。
最近は年金の支給開始前でも、自分がいくらくらい年金を受け取ることができるか教えてくれますから、社会保険庁などに問い合わせ、正確な数字を把握することをお勧めします。
同時に、預金や投資信託、株券、保険などの蓄えやローン残債、ほかに借入金がある場合はそれらも書き出し、わが家(そして自分自身)の財政状態の全容を再認識することも必要です。
Mさん夫婦は、わざわざ一泊旅行に出かけ、旅先で「老後の生活会議」をしたそうです。家でやるとかえって集中しにくく、あげくの果てに「結局、一生、やりくり算段して暮らさなければならないのね!」などという深刻な言葉が飛び出すことになりかねないでしょう。
これまでも、定年後のお金の話をすると思わぬ口論になってしまい、不愉快になるだけで、何も進んでいかないという経緯があったそうです。
■「これしか使えないんだ」ではなく、「これだけ使えるんだ」
その「老後の生活会議」の結果、年金から食費、光熱費など基本的な生活費を差し引いた残りを、夫婦で2分の1ずつ分けることにしました。そのお金については、どう使おうとお互いに口を出さない取り決めです。
退職金は、住宅ローンの残りを一括返済し、さらにこれまで目をつぶっていた家の修理やリフォームなどで半分以上消えてしまったそうですが、少なくともあと十数年は大きな修理をせずとも、住み続けられるようになったのでひと安心。
残りは、不意の病気や介護が必要になったときの備えや、子どもの結婚費用の一部負担などのためにきっちり蓄えておこうと話し合いがまとまったと、安堵の表情を浮かべていました。
それとは別に、奥さんが長年積み立ててきた郵便局の貯金が多少あったので、これは夫婦で旅行などの資金にすることにしたそうです。
このように「老後経済」の枠組みが明らかになると、ある種の自覚というか、覚悟が決まり、漠然とした不安はなくなるはずです。また、枠組みを捉えるときに、「これしか使えないんだ」ではなく、「これだけ使えるんだ」とプラスに考えるようにすることも大事です。
「自分のポケットの中の小銭は、他人のポケットの中の大金に勝る」
文豪セルバンテスはこう語っていますが、まさしく名言ではありませんか。自分のポケットの中のお金を、どう生かしてこれからの人生を楽しんでいくのか。まさに豊富な人生経験の生かし時です。人生は、まだまだ先に続くのです。
ふたを開けるのが怖いからと、お金に目をつむって漠然とした不安を抱えるのではなく、まず老後の財布を再点検し、そのなかで目いっぱい楽しんで暮らしていくことを考えるようにしましょう。
■「夢のような老後」を語るマスコミの数字に踊らされない
週刊誌やテレビで、老後には「ウン千万円が必要だ」などと報道しています。こうした数字を見た奥さんが、「うちにはそんなお金はないわ。これからどうしたらいいんでしょう?」と不安を口にするようになったことから、前述のMさん夫婦は「老後の生活会議」を開こうという流れになったそうです。
奥さんが聞いた老後資金は、年金のほかに最低でも2000万円、ゆとりのある老後を送りたいのならさらに4000万円、合わせて6000万円ほどの蓄えが必要だというもの。ある保険会社が主催した「定年セミナー」で配られたパンフレットにあった数字だそうです。
悠々自適の「夢のような老後」を追い求めれば、こうした金額になるのかもしれませんが、私たちが生きていくのは夢ではなく現実です。まず見つめるべきは夢ではなく、現実だということを自分にしっかり言い聞かせましょう。
実際問題として、老後にこれだけのお金を用意できるのは、ごく一部の恵まれた人々だけです。試しに、あなたの周りの人たちを見回してみてください。世の中のほとんどの人は「ポケットの中の小銭」で暮らしているのが実状だと、認識することも大事でしょう。
Mさんもそんな大金とは縁遠いそうですが、夫婦でしっかり話し合ったという事実の満足感のほうが大きく、「うちはうち。あるお金で、何とかやっていきましょう」と奥さんの表情は見違えるほど明るくなったそうです。
いまは情報時代なので、マスコミやネットなどから多くの情報を得ることをやめなさいとは言いませんが、それに煽られたり踊らされて、むやみに不安を増大するのでは意味がありません。
一般情報はあくまでも参考データにとどめ、「うちはうち」「私は私」でやっていく――。これは人生の基本姿勢であり、「老後の経済」も例外ではありません。
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精神科医
1952年山梨県生まれ。保坂サイコオンコロジー・クリニック院長、聖路加国際病院診療教育アドバイザー。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学精神神経科入局。1990年より2年間、米国カリフォルニア大学へ留学。東海大学医学部教授(精神医学)、聖路加国際病院リエゾンセンター長・精神腫瘍科部長、聖路加国際大学臨床教授を経て、2017年より現職。また実際に仏門に入るなど仏教に造詣が深い。著書に『精神科医が教える50歳からの人生を楽しむ老後術』『精神科医が教える50歳からのお金がなくても平気な老後術』(大和書房)、『精神科医が教えるちょこっとずぼら老後のすすめ』(海竜社)など多数。
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(精神科医 保坂 隆)
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