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紙の漫画を続けていたら、家賃6万8000円すら払えなかった…「パッとしない」漫画家が年収2000万円を稼げる理由

プレジデントオンライン / 2024年8月26日 16時15分

『TSUYOSHI 誰も勝てない、アイツには』の作者・丸山恭右さん - 筆者撮影

電子コミック市場は右肩上がりの成長を続けている。インプレスの調査によると、2022年度には5000億円を超えた。紙の漫画のアシスタントだった丸山恭右さんは2019年から漫画アプリへの配信を始め、年収2000万円を稼ぐ電子漫画家になった。なぜ紙媒体をやめて電子コミックを選んだのか、ジャーナリストの富岡悠希さんが聞いた――。

■作画もアシスタント指示もすべてオンライン

2LDK、月家賃29万円の新築マンションが丸山恭右さん(31)の自宅兼仕事部屋だ。その一室の机には、液晶ペンタブレットとモニター2台が並ぶ。右手の専用ペンをタブレット上で迷いなく動かし、左手のショートカット用デバイスをこまめに操作しながら、主人公などを描いていく。合間にはモニターに映したLINE上で、20代前半から40代後半までのアシスタントの男女7人とやりとりする。

漫画家といえば一人黙々と机に向かい、締め切り前には徹夜続き……。昭和時代のイメージだとこんな風かもしれないが、令和の今はまったく違う。

平成の後半期にあたる十数年前、筆者は紙の週刊誌連載を複数抱えている著名漫画家を取材した。豪邸に構えた作業スペースでは、多数のアシスタントがずらり。かたや丸山さんは作画を全部デジタル化しているため、オンラインで作品作りを完結している。

「集まるとなると、アシスタントさんへの交通費や食費の支払いが生じます。在宅だと移動時間なしで、絵を描いてもらえるし、デジタルのほうが合理的です」

■『TSUYOSHI』が累計400万部のヒットに

さらに丸山さんは、徹夜のような体への過度な負担も避ける。仕事時間は原則午前10時から午後10時までの12時間のうち9時間ほど。残る3時間でしっかり休憩を取るほか、スポーツジムでの運動も習慣化している。

こうしたスタイルで世に届けているのが、『TSUYOSHI 誰も勝てない、アイツには』だ。設定は、一見普通のコンビニ店員ツヨシが、実は不敗神話を築いているほど喧嘩に強い、というもの。2019年に中堅漫画アプリの「サイコミ」で連載を開始し、すぐに看板漫画の一つとなった。

中肉中背のメガネという普通の見た目のツヨシは、勤務先のコンビニで横暴な態度をとるクソ客を成敗する日々。その不敗神話を聞きつけた猛者が次々とやってきて――。
©Kyosuke Maruyama・Zoo/Cygames, Inc.
中肉中背のメガネという普通の見た目のツヨシは、勤務先のコンビニで横暴な態度をとるクソ客を成敗する日々。その不敗神話を聞きつけた猛者が次々とやってきて――。 - ©Kyosuke Maruyama・Zoo/Cygames, Inc.

そのサイコミでの掲載は250話を超え、単行本は2024年8月に23巻まで出た。紙と電子版は累計で400万部を超え、今後も数字の伸びが期待できる。

かつて漫画家の収入は、紙での連載時の原稿料と単行本での印税が主だった。アプリ配信時代の現在は、サイコミの原稿料と紙の単行本の印税に加え、電子書店やアプリ内課金からの印税もそれぞれ手に入る。『TSUYOSHI』の最新話はサイコミに配信されるが、漫画アプリ最大手の「ピッコマ」や「LINEマンガ」にも随時掲載される。もちろん、そこからのお金もくる。

■「勉強も運動も人並みでぱっとしない」

「アプリからでも稼げるようになったのは、漫画家にとって大きなプラスですね」(丸山さん)

2021年に立ち上げた丸山さんの個人会社は、2024年3月期決算で年商5600万円超。印税収入が多くを占めており、原稿料も合わせると年間約5000万円を売り上げている。そこからアシスタントへの支払いや、少し前から力を入れ始めたYouTube配信の経費を引き、少なくとも年収2000万円を確保している。

「漫画家として経済的には『成功した』と言っていいですよね」

髪の毛には茶色いハイライトを入れ、あごひげ、派手な色のシャツ姿の丸山さんがこう語ると、カチンとくる読者もいそうだ。しかし、何の苦労もなく、丸山さんが今の成功を手にしているわけではない。

『TSUYOSHI-誰も勝てない、アイツには』の作者・丸山恭右さん
筆者撮影

「勉強も運動も人並みでぱっとしない。自分の価値を唯一証明できるのが『絵』でした」

こう語る丸山さんは学生時代、その得意分野を素直に伸ばそうとした。地元・静岡にある高校の美術デザイン科から武蔵野美大油絵学科に進む。

■大手で作画を担当しても家賃すら払えなかった

1、2年生の頃、居酒屋やラーメン屋でアルバイトをしてみたが、「まったく使い物にならなかった」。この経験から、「サラリーマンは絶対に無理。絵で食べていくしかないと心に決めました」

在学中から、フリーのイラストレーターとして活動を始め、ゲームの背景や挿絵、キャラクター描きなどに取り組んだ。2015年に卒業してからは、集英社が手掛ける電子アプリ「少年ジャンプ+」にストーリーから考えたオリジナル漫画を持ち込んだ。1年以上かけて45ページも描いた気合が伝わり、アシスタントの仕事を紹介してもらえた。

2017年には、別の大手出版社が手掛ける歴史漫画の作画の仕事を得た。戦国時代の有名武将が題材だったが、合戦シーンもあったことから、「ともかく作画コストが高かった」。もらった原稿料から複数のアシスタント代を引くと、手取りにできたのは年収220万円ほど。月々20万円にもならず、どう節約しても、家賃6万8000円ほどが払えなくなった。親に立て替えてもらうしかなかった。

サイコミでの掲載は250話を超え、紙と電子版は累計で400万部を超えるヒット作に
©Kyosuke Maruyama・Zoo/Cygames, Inc.
サイコミでの掲載は250話を超え、紙と電子版は累計で400万部を超えるヒット作に - ©Kyosuke Maruyama・Zoo/Cygames, Inc.

■太極拳で悪者をやっつける最強の「コンビニ店員」

それでも、別の道は考えなかった。「むしろ四六時中、絵を描く状況に自分を追い込みました。キャリアを積み上げている自信はありましたから」

そんな中、2018年、サイコミを運営するCygamesに業務委託として入社する。漫画事業部の作画スタッフで、生活はかなり安定した。

2016年にリリースしたサイコミは、〈脱自社ゲーム〉を目指し、2018年中に再創刊すべく動いていた。それに向けて社内で漫画のネームコンペがあった。そこでダントツの一位を獲った丸山さんと、大手出版社から招かれ、再創刊の責任者役となったZoo氏がタッグを組むことになった。Zoo氏が原作、丸山さんが作画担当となる。

丸山さんはある時、当時習っていた太極拳が「単なる健康法ではなく、実は強い」という話をZoo氏に披露した。「何それ、面白い!」と発展し、そこに「コンビニ店員」という要素を足して漫画の基本設定とした。

作業の様子。アシスタントは全員リモート勤務しており、何かあればLINEを使ってやりとりしているという
筆者撮影
仕事部屋の様子。アシスタントは全員リモート勤務しており、何かあればLINEを使ってやりとりしているという - 筆者撮影

■中堅アプリの強みは掲載までのスピード感

こうして誕生したTSUYOSHIは、2019年の開始直後から人気となった。看板漫画を手に入れたいサイコミも、積極的に広告を出した。翌2020年から本格化した新型コロナウイルスの流行による「巣ごもり需要」も、追い風となった。

『TSUYOSHI-誰も勝てない、アイツには』より
©Kyosuke Maruyama・Zoo/Cygames, Inc.
『TSUYOSHI 誰も勝てない、アイツには』より - ©Kyosuke Maruyama・Zoo/Cygames, Inc.

『デスノート』(小畑健/大場つぐみ)、『バクマン』(同)など丸山さんの最も好きな漫画は、週刊少年ジャンプに掲載されてきた作品が多くを占める。また、ジャンプ掲載作品はアニメ化やドラマ化を含め、マルチにコンテンツ展開されていく。それはマガジン・サンデーを加えた〈御三家〉とも同じ状況で、だからこそ多くの漫画家があこがれる。

その分、競争は熾烈だ。「サイコミだったからこそ、僕のジャンプ+の経験が活き、Zooさんの目にも留まった。早い段階で掲載のチャンスをもらえたのは、中堅アプリならではだった」

TSUYOSHIは、木曜日の午前0時に原則15ページ分、最新話を出す。毎週更新としたほうが、固定ファンがつき購入してもらえる。この安定供給に向け、丸山さんは「経営者目線での最大限のシステム化」を導入している。

『TSUYOSHI-誰も勝てない、アイツには』より
©Kyosuke Maruyama・Zoo/Cygames, Inc.
『TSUYOSHI 誰も勝てない、アイツには』より - ©Kyosuke Maruyama・Zoo/Cygames, Inc.

■ネーム、下書き、ペン入れの過程で“分業”を徹底

丸山さんはZoo氏から届いたストーリーの元となる文章を、まずラフ絵にあたる〈ネーム〉に起こす。その後、確認に出すZoo氏からOKをもらったら、できるだけ丁寧に〈下書き〉する。

次の工程は〈ペン入れ〉となるが、多くの漫画家は背景だけをアシスタントに依頼するという。しかし、丸山さんは作業効率を上げるため人物のペン入れもアシスタントに任せる。それを可能とするのが、一つ前の下書き時の丁寧さだ。

作品の仕上がりを大きく左右するペン入れ作業は作者自身が担うことが多いが、丸山さんは前工程の下書きを丁寧にやることでアシスタントと業務を分担している
筆者撮影
作品の仕上がりを大きく左右するペン入れ作業は作者自身が担うことが多いが、丸山さんは前工程の下書きを丁寧にやることでアシスタントと業務を分担している - 筆者撮影

さらに自身が実践しているようにアシスタントには徹夜厳禁とし、人によっては最低限の筋トレと散歩を義務化する。そして、漫画作りのノウハウを紹介している自身のYouTubeをアシスタント教育にも活用している。

登録者数が2万5000人を超えたYouTubeでの発信の成果もあり、近年、美大や専門学校などで講演する機会が増えた。そこで接する学生の多くは、〈絵で食べていくこと〉を目指すが、実現するのはほんの一握りだ。

■「自分が勝負できるスペースを見つける」大切さ

丸山さんは自らの歩みを振り返り、夢を現実にできるかどうかを「狂気の有無」と評した。筆者なりにかみ砕くと、〈どこまで自分の好きと才能を妄信できるか〉となるだろうか。

表現者らしい、エッジの立った言葉の後、丸山さんは今度は経営者目線らしい言葉を足した。

「偉そうなことも言いましたが、僕は可愛らしい女の子や植物を描くのは苦手です。漫画のストーリー作りも、そんなに得意ではない」

「それでも、もがき続けた結果、自分が勝負できるスペースを見つけられた。誰にでも評価される場所はあるはず。それは漫画の世界だけでなく、自分のやりたいことに向けてあがく、10代・20代の皆さんにも言えることではないでしょうか」

『TSUYOSHI-誰も勝てない、アイツには』より
©Kyosuke Maruyama・Zoo/Cygames, Inc.
『TSUYOSHI 誰も勝てない、アイツには』より - ©Kyosuke Maruyama・Zoo/Cygames, Inc.

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富岡 悠希(とみおか・ゆうき)
ジャーナリスト・ライター
オールドメディアからネット世界に執筆活動の場を変更中。低い目線で世の中を見ることを心がけている。近年は新宿・歌舞伎町を頻繁に訪問し、悪質ホスト問題などを継続的に記事化。国会での関連質疑でも、参考資料として取り上げられている。著書に『妻が怖くて仕方ない』(ポプラ社)。

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(ジャーナリスト・ライター 富岡 悠希)

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