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だからTSMCも日本にどんどん投資している…日本の半導体業界悲願の「シェア世界一奪還」を可能にする超技術

プレジデントオンライン / 2024年8月26日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/da-kuk

■新ICチップ技術に注目が集まる

現在、世界のAI関連半導体市場で“CXL(Compute Express Link)”と呼ばれる、新しいICチップ技術に注目が集まっている。CXLとは、基本的に、コンピューター内の重要な部品同士を高速で結ぶ技術だ。今後、AI分野の発展のため、画像処理半導体(GPU)と広帯域幅メモリー(HBM)に加え不可欠な分野になるとみられる。

現在、CXL関連の研究開発・実用化で、業界をリードしているのは韓国サムスン電子のようだ。CXLは、幾種類かの半導体や演算装置を柔軟に結合し、データを超高速・低遅延で転送することを可能にする。それは、AIのトレーニング、量子計算などに必要だ。

今後のCXLの活用で、複数の半導体を結合し必要な機能を実現する、“チップレット生産方式”の重要性も高まるだろう。それに備え、世界最大の半導体受託製造企業である台湾積体電路製造(TSMC)は“後工程”ビジネスを重視し始めたという。

■AIの課題である「大量の電力消費」を解決できる

CXL関連技術の向上は、わが国の半導体部材、製造装置メーカーの収益機会の増加につながるだろう。国内でも、“光半導体”とCXL技術を結合しAI分野で成長を目指す企業が出始めた。国内の関連企業がAI、半導体分野の世界的な競争激化に対応し、必要な設備投資を積み増すことが、中長期的なわが国経済の成長に大きな影響を与えるだろう。

現在、世界のAIトレーニングを行う、データセンター向け先端チップは一部企業の独り勝ち状態だ。演算分野では、米エヌビディアが設計開発するGPUが世界の92%程度のシェアを持つ。GPUの生産は、TSMCが3ナノメートル(ナノは10億分の1)を最先端の製造ラインで行っている。一方、AI向けのメモリー分野では、韓国SKハイニックスのHBMが70%程度のシェアを獲得している。

急速に需要が拡大したGPUだが、電力消費量が大きいという課題もある。脱炭素の意識の高まりの中で、関連企業はデータセンターの電力消費を抑制する必要がある。その課題解決の一つとして、“CXL”が急速に注目を集め始めた。

■超高速かつ低遅延でデータを転送できる

CXL=Compute Express Linkを直訳すると、“計算(演算)高速化リンク”だ。CXLは基本的にDRAMを縦に積み重ねることによって、データの転送速度を高めようとしている。CXLを“次世代HBM”とよぶこともある。

CXLは、HBMよりも多くの機能を持つことも特徴だ。その違いの一つは、使用目的が異なるチップ(演算やデータの保存や書き出しを行う装置)を、CXLは柔軟につなぎ(リンクし)制御することだ。

その上で一時的にDRAMに保存したデータを、GPU、CPU(中央演算装置)へ高速に転送する(超高速転送)。転送の指示から実際にデータ送信までの時間を抑える(低遅延)。また、転送の前後で、データベースの状態が変わらないよう管理する(一貫性の保持)。

現時点で、そうした機能をもつ装置をCXLと呼んでいる。歴史は比較的浅い。2019年、米インテルや韓国サムスン電子などの共同事業(コンソーシアム)として、CXL技術開発は始まった。コンソーシアムに参加する企業は、有効性の高いチップの制御の仕組み(プロトコル)を開発し、国際規格に仕立てようとしのぎを削っている。

今後の研究開発競争次第で、CXLに新たな概念、機能が付加される可能性もある。AI分野の成長で、半導体関連技術の向上が急速に進む変化の一つといえる。

■後れをとっていたサムスン電子が気を吐いている

足許、CXL分野で先行しているのは韓国のサムスン電子とみられる。HBM開発で、サムスン電子はSKハイニックスの後塵を拝した。2013年にSKハイニックスは世界で初めてHBMの量産を始め、エヌビディアのリクエストに応えた。一方、現在、サムスン電子はエヌビディアのテストをクリアすることが難しいようだ。

ここへきて挽回を目指し、サムスン電子は矢継ぎ早にCXL関連の発表を行った。6月、米レッドハットと共同で、CXLを用いたサーバーを業界で初めて構築したと発表した。IBM傘下のレッドハットは、アマゾンなどが提供するクラウド・サービスや、企業が構築した既存のITシステムの併用(ハイブリッド・クラウド)のソフトウェア開発に強みを持つ。CXL技術でコストを抑えて、サーバーの性能を拡張する可能性は高まるだろう。

■インテル、マイクロン、ファーウェイも動き出した

7月の説明会でサムスン電子は、従来のサーバーにCXLを導入するメリットを公表した。具体的には、ソリッド・ステート・ドライブ(SSD、フラッシュメモリを束ねてデータ容量を大きくした記憶装置)の位置を変えず、メモリーの容量を増やすコンセプトも明らかにした。同社によると、理論上、CXLをサーバーに実装することで、無限大に容量を拡張できるという。

従来のサーバー構築では、CPUなど演算装置の規格に合うメモリー半導体の仕様が必要だった。ところがCXLを使うと、演算とメモリー装置の規格面の適合性など、制約条件は弱まるとサムスン電子は考えている。それは低コストのデータ転送や演算スピード向上を支え、AIなど計算技術の向上に役立つはずだ。

サムスン電子は、2027年頃からCXLの需要は本格的に表れると予想している。2028年の市場規模は、160億ドル(1ドル=147円で2.3兆円程度)になるとの予測もある。

対して、HBMの市場規模が2029年に80億ドル(1.2兆円程度)と予想されていることを考えると、CXLの成長期待の高さが窺われる。先行利得をめざし、インテル、SKハイニックス、米マイクロンテクノロジー、ファーウェイなどもCXLの研究開発、実用化に取り組んでいる。

高帯域幅メモリの概念
写真=iStock.com/mesh cube
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mesh cube

■日本の半導体産業にとってもチャンスである

7月、TSMCは回路の微細化などの前工程に加え、チップレットなどに重要な後工程で競争力向上を目指すと表明した。CXL開発に伴い、用途が異なる半導体を組み合わせ、特定の機能を発揮する“チップレット生産方式”に対する需要が増える展開を見越した戦略だろう。

従来、チップのケース封入などは、台湾のASE(日月光投資控股)などが担った。TSMCはエヌビディアなどの顧客企業や、日米のサプライヤーとの関係を活かし、後工程分野の需要を取り込もうとしている。TSMCなどの対日直接投資積み増しの観測も高まっている。

それは、わが国の半導体関連企業にとり、重要な成長機会になるはずだ。前工程で使われる半導体の部材や製造装置に加え、後工程に必要な封止剤、動線、研磨剤や装置など、わが国には関連分野で世界的競争力を持つ企業が集積している。世界的なCXL開発の加速で、わが国企業が持つチップ同士の配線、積層、封止技術などの需要は高まる。

■“夢の半導体”が実用化すれば「半導体大国」復活へ

わが国にもCXLの実用化に取り組む企業はある。国内の通信・電機メーカーは連携してCXLを用いて“光半導体”とCPU、GPUを結合し、超高速のデータ処理を可能にするユニットの開発を進めている。光半導体は、電子を用いた既存の半導体のデータ転送スピードを、別次元に引き上げる“夢の半導体”とも呼ばれる。

仮に、光半導体を用いたAIチップを国内企業が実用化すれば、その生産をラピダスやTSMCの国内工場が担い、わが国の半導体産業が世界トップレベルの競争力を回復する可能性は高まるかもしれない。

今後、米国の労働市場の緩やかな鈍化、米欧の社会分断などで世界経済の下方リスクは拡大する可能性は高い。一方、サムスン電子やTSMCはCXLなどの需要を取り込むため、需要の拡大期待の高い分野で設備投資を積み増すだろう。

わが国の企業にとって先端分野での研究開発、製造技術向上の必要性は高まっている。CXLなど新しい半導体関連技術開発をきっかけに、重要性の低下した資産売却などを急ぐ企業は増えるだろう。それは、中長期的なわが国経済の成長に必要不可欠の要素だ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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