勤務中に漫画を読む人をサボりとみなす人は仕事ができない…"プロ営業師"が仕事に「最も必要」と説く力
プレジデントオンライン / 2024年8月28日 15時15分
※本稿は、高山洋平『ビジネス書を捨てよ、街へ出よう』(総合法令出版)の一部を再編集したものです。
■プロ営業師が毎日サボっているように見える理由
翌日の朝。開店直後のルノアール恵比寿東口店は、すでに半分の席が埋まっていた。
客のほとんどは、営業マンとおぼしきスーツ姿の中年男性だ。手帳を開いて外回りのアポイントを確認する人、商材の資料を手にプレゼンのシミュレーションをしている人、電話で上司に指示を仰いでいる人。みなそれぞれの戦いに向けて牙を研いでいる。
信頼する上司に見限られ、営業マンとして挫折した僕の目には、彼らの姿が眩しく映った。
そんな働く男たちとは対照的に、高山は目の前でノホホンとアイスコーヒーを飲んでいる。いつも通りふざけた服装で、テーブルには漫画『刃牙』。
なんて不誠実な態度なんだと、つい言葉が尖った。
「高山さん、本物の営業って何なんですか? 失礼ですけど、僕には高山さんが毎日サボっているようにしか見えませんよ」
返事によっては、今すぐアシスタントを辞めてやると思った。
「いいか……」
高山は動じる様子もなく、ゆっくりとストローから口を離す。
「確かに、君の言う通りだ。俺は毎日サボっている。真面目な君の感覚からすれば、許しがたい行為だろうな」
言いながら、ズボンのポケットからクシャクシャになったタバコを取り出した。火をつけ、深々と吸って一秒後、煙を勢いよく吐き出す。
■漫画はビジネス書、コンビニは経済メディア
「しかしだな。『サボり=悪』と、簡単に決めつけてしまう君のその正義感。どうだろうか。俺はあやういと思うぞ」
「何を言っているんですか。サボりは悪でしょう」
目の前に吐かれた煙を手で払いながら、さらに強く返す。
「昨日だって喫茶店で! 百歩譲って、経済誌やビジネス書を読むならまだしも! 漫画を読んだり、コンビニを何軒もはしごしたり……、高山さんは一日中ダラダラすごしているだけじゃないですか!」
相手が自分より一周り以上年上の経営者であることを忘れて、まくしたてた。
それでも、高山は全く動じない。背もたれに体を預けたまま、ニヤリと笑う。
「君はやさしくないな。全く偏見にまみれているよ。俺のサボりが『無駄な時間だ』と、なぜ言い切れる?」
やれやれとポケットからペンを取り出し、伝票の裏に何かを書き始めた。
「俺にとっては、漫画こそがビジネス書なんだ。そして、コンビニは経済メディアだ。君はドラッカーやカーネギーなんかからビジネスの真髄を学んでいるんだろ?
それと同じように、俺は『刃牙』や『美味しんぼ』などの漫画から営業マンとしての心得や美学、教養を学んでいるのさ」
■森羅万象全てが師匠
「じゃあ、コンビニのはしごも、世の中のトレンドやマーケティングについて探るため、とでも言うんですか?」
「当たり前だ。コンビニだけじゃない。ファミレスも個室ビデオだってそうさ。むしろ、森羅万象、この世の全てが俺の師匠だ。俺がいつもオフィスにいないのには、ちゃんとした理由がある。会社に引きこもっていると、師匠たちに学ぶ機会を逸するからだ」
高山は何かを書き終え、伝票を見せてきた。「森羅万象全てが師匠」と書かれた図がある。
僕は少し考え込んでしまった。確かに、今までそんなふうに周りの物事を見たことはない。ただ……コンビニやファミレスからビジネスのヒントを得ようとするのはまだわかる。漫画や個室ビデオからは、一体何を学ぶというのだろうか。
「……やっぱり納得できません。ただサボるための口実にしか聞こえないです」
「まあ、いいだろう。君にもいずれわかるときがくるはずだ」
そう言って、高山は窓の外を見た。サングラスの奥の目は一体何を見ているのだろう。高山の言いたいことが読み取れず、僕はそれ以上何を言っていいかわからなかった。
■“正義”だけでは営業できない
一瞬の沈黙。気まずい空気を埋めるように、高山はズゴッと音を立てて、アイスコーヒーを一口飲む。目線をグラスに落としたまま、沈黙を破った。
「君は、営業にとって、最も大事なことは何だと思う?」
「コミュニケーション能力とか、課題分析能力とかでしょうか?」
「それもある。だか、俺が言いたいのはもっと“根本的なこと”だ」
「根本的……って何ですか?」
高山は急にサングラスを外し、まっすぐに僕の目を見て言った。
「“やさしさ”だよ。営業マンは、やさしくなければ務まらない」
「やさしさ、ですか?」
突然、真剣な様子の高山に一瞬戸惑う。
「そうだ、やさしさだ。取引先にはいろんな価値観を持った人がいるよな? 担当者の性格も、置かれた立場も、その日の機嫌もそれぞれ違うだろ」
高山はタバコの火をもみ消して、灰皿をテーブルの脇へ押しやった。こちらへきちんと向き直る。
「営業の基本は、そんな千差万別の人間のあり様を理解すること。そして、相手に合わせて適切なアプローチを選ぶことだ。自分のやり方や考え方だけが正義だと思い込んでいたらダメだ。打ち手を間違えてしまう」
「……まあ、それはそうですね」
唐突にまともなことを言われてしまった。うなずくしかない。
■やさしくなければ、仕事じゃない
「そして、人間に対する根本的なやさしさがなければ、多様な人間のあり方に思いをはせることは難しい。やさしさのない雑なプロファイリングに基づくアプローチ。そんなものは、ウザイだけだ」
言いたいことはわかる。でも、「君はやさしさに欠ける人間だ」と遠回しに言われたようで、面白くない。
「お言葉ですが、僕だって人並みの洞察力は持っているつもりですよ。相手の性質や立場とか、状況を想像する力だって……」
「ふん。果たしてそうかな。君は、就業時間中に喫茶店で『刃牙』を読んでいた俺のことを『イカレた不良おやじ』だと、軽蔑したんじゃないのか?」
一瞬言葉に詰まる。そこまでではないが、褒められたものではないと思ってはいた。
「だが、それは違う。君が『刃牙』の凄さや深さを知らないだけだ。ちゃんと『刃牙』を読んでいて、仕事に有益な書物であることを知っていたならどうだ? 俺がいかに質の高いインプットをしていたか理解できたはずだ」
高山はまっすぐにこちらを見ている。ふざけたり、ウソをついたりしているわけではないようだ。もしかしたら、あながち間違いではないのだろうか? 仕事とは関係ない単なる遊びに、何か大切なことがあると言うのだろうか?
■本物のやさしさは“知識”から生まれる
高山は続ける。
「君がちゃんと“知って”いたら、俺を怠け者として切り捨てなかっただろう。つまり、知識はやさしさの源泉になるってことだ」
テーブルの上の『刃牙』を手に取って見せながら言う。
「君に『刃牙』の知識があれば、別の考えをすることができたんじゃないか? 俺がこの漫画から何かを得ようとしていたかもしれない、と思い至ることができたんじゃないか? 少なくとも“無駄な時間”だなんて、残酷に切り捨てたりはしなかったはずだ。ついでに言うが、君は『美味しんぼ』も読んでいないんだろ?」
「確かに読んでいませんけど……」
「やはりな。もし、君が『美味しんぼ』を読んでいれば、この対話もいくらか和やかなものになったはずだ。なぜだかわかるか?」
「わかりません……」
「つまりだ。俺が“本物の営業”を教えるために君を呼び出したのは、『美味しんぼ』の主人公の山岡さんのパロディなのさ。ところが、君はいつまで経ってもツッコんでこない。俺は悲しかった……。君の知識不足が、一つのボケを殺したんだ。相手のボケを見落とすなど、営業マンとしてあってはならない」
……さっぱりわけがわからない。何かいいことを言っているようだが、やっぱり無茶苦茶な話だ。
■仕事なんてしている場合じゃない!
でも、どこか申し訳ない気持ちになってもいる。悔しい。間違っているのは自分なのかもしれない。だんだん頭が混乱してきた。
高山の弁舌は止まらない。今度は、伝票の隅に「営業の基本はやさしさ」と書き出した。
「いいか。繰り返しになるが、営業マンはやさしくなければいけない。そして、そのためには街へ出て、幅広い情報や知識を得る必要がある」
高山は店内から窓の外まで、ぐるりと手で指しながら言った。
「営業マンはルノアールで漫画を読み、個室ビデオの客層や作品のラインナップを観察し、吉野家と松屋の牛丼の違いを分析し、コンビニスイーツの進化に思いをはせないとならん! とにかく、めちゃくちゃ忙しいんだ! 仕事なんてしている場合じゃない!」
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おくりバント社長
1978年4月吉日生まれ。東京都出身。大学卒業後、不動産投資会社で圧倒的な営業成績を収め続けた。その後、IT業界大手のアドウェイズに入社。独自の営業理論を武器に、中国支社の営業統括本部長まで上り詰める。2014年2月には「自分でもクリエイティブを作りたい」という想いから、同社の子会社として、おくりバントを創業。社長を務めるかたわらプロデューサーとして実務にも携わり、豪快すぎる営業手法で数々のピンチを切り抜けつつ結果を出してきた。PC操作や事務作業は苦手だが、営業力には定評があり、企業や大学で営業をテーマとしたセミナーの講師も務めている。ちなみに、業界では年間360日飲み歩く“プロ飲み師”としても知られている。
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(おくりバント社長 高山 洋平)
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