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「3、2、1で飛べ」と言って「3」で背中を押す…ネトフリ好調「地面師たち」エグい殺し方連発も心に残らない理由

プレジデントオンライン / 2024年8月24日 10時15分

Netflix「地面師たち」公式サイトより

「一気見した」「神キャスティング」「地上波ではできない攻めた内容」……ネットフリックスのドラマ「地面師たち」が国内外で大反響を呼んでいる。だが、次世代メディア研究所代表の鈴木祐司さんは「エグイ殺し方やエログロなど速いテンポで強い刺激を連打した“娯楽性”や、実際の事件をモデルにしている“時代性”は抜群だが、見終わった印象が悪く、心に残るものがない」という――。

Netflixドラマ「地面師たち」の快進撃が続いている。

配信から4週間。Netflix日本の「今日のTOP10(シリーズ)」で独走し、世界全体でも非英語ドラマで第4週は2位となった。

確かに日本の地上波ドラマにはない“攻めた”内容だ。キャスティングや俳優の演技も卓越している。エンタメとして一級品と言えよう。ただし快作と認めるものの、名作としての読後感はイマイチと言わざるを得ない。

配信ドラマの現在を象徴する同作に、何が欠けているのかを考察する。一部、ネタバレを含む内容であることをあらかじめお伝えしておこう。

■“攻めた”設定と実名主義

同作の人気は、第一に“攻めた”内容にある。

描かれたのは「地面師」が仕掛ける土地を巡る詐欺事件。ただし内容は複雑かつ専門的で簡単ではない。土地所有者に成り代わり、詐欺のターゲット・買主に購入させて代金を騙し取る犯罪だ。詐欺集団はリーダーの下、交渉役・法律屋・手配師・情報屋・ニンベン師など、多くの専門家が関わっている。

騙される側も、不動産業者が弁護士などと一緒に交渉にあたる。

なりすましの土地所有者はじめ、偽の土地権利書・身分証明・実印などのチェックは綿密に行われる。スペシャリスト同士の交渉は、一定の専門知識がないと正確には理解できない。地上波ドラマが真正面から取り上げなかった所以だ。

ドラマは7年前の実際の事件「積水ハウス地面師詐欺」がモデル。他にも東急・三井・森などの実存の不動産会社をはじめ、騙される側が自民党建設族の妻が関わっているので信用してしまうなど、実名が次々に登場する。リアリティは極めて高いと感じさせる。

SNSにも、こうした要素を評価する声が多い。

「実名で会社名もバンバン出しちゃうって、映画も地上波も絶対無理だよね」
「上質な騙しテクニックがめちゃくちゃ面白かった」
「専門的な用語が多くて難しい部分もあったけど、勢いで楽しめるのが救い」

■“攻めた”キャスティングとエログロ

キャスティングとエログロも凄い。

ピエール瀧はじめ、豊川悦司、綾野剛、リリー・フランキーなど闇の世界が似合う俳優は、地面師詐欺の世界観にぴったりだ。疑惑やマイナスの風評のあるタレントを避けがちな地上波ドラマとの差別化もお見事と言わざるを得ない。

そして次々と出てくるエロとグロ。

新庄 耕『地面師たち』(集英社文庫)
新庄 耕『地面師たち』(集英社文庫)

詐欺のメイン舞台となる高輪の一等地に建つ光庵寺住職(尼僧)が、実は歌舞伎町のホストに入れ込み、高級ホテルで若いホストたちと集団プレイにハマっている。

騙される側の「石洋ハウス」青柳(山本耕史)は社長秘書が愛人。

会議中に自らの股間を触るカットといい、東京を見下ろすホテルで愛人を窓に押し付け後ろからセックスするシーンといい、彼の上昇志向・支配欲・壊れた感性も強烈だ。

そして壮絶なのはリーダー・ハリソン(豊川悦司)の殺し方。

新庄耕『地面師たち ファイナル・ベッツ』(集英社)
新庄耕『地面師たち ファイナル・ベッツ』(集英社)

彼を長年追う警視庁捜査二課の辰さん(リリー・フランキー)を飛び降り自殺に見せかけて殺す際は、「3、2、1、Goでいきましょうか」と言っておいて、「3」で背中を押してしまう。想定外の出来事に、恐怖と驚きで慄く表情を楽しむためだ。

土地や物件を調べる情報屋(北村一輝)の殺害は凄惨の極み。

頭を何度も何度も思いっきり踏みつけ、ついに「グジュッ」という音とともに、頭部は潰れてしまう。しかもその犯行現場を爆破して、証拠を一切残さない。沈着冷静かつ猟奇的。そこに「エクスタシー」を感ずるという異常さだ。

やはりSNSのつぶやきも、こうした点を見逃さない。

「キャスティングの神采配に感謝」
「(アニメ好きだが)久々に生身の人間の演技観て震えたわ」
「尼さんのエロ演技良き」
「クソおもろい。しかし、殺し方えぐい」
「豊川悦司演じる知的な狂気が見ていてゾッとする 」

■高い娯楽性

“攻めた”設定や演出は、ストーリー展開で快作に結実する。 

騙す地面師グループ、騙される「石洋ハウス」、追う警察側の手に汗握る攻防とともに、三者の中にさまざまな葛藤や軋轢が展開するからだ。つまり地面師詐欺の成否という大きな波に、三者内の人間関係という中規模の波が絡み、さらに個々人の思いや事情という小さな波がまとわりついている。

まずは警視庁捜査二課の事情。

『ルパン三世』の銭形警部を彷彿とさせる辰さん(リリー・フランキー)は、ハリソン(豊川悦司)逮捕を宿願としていた。捜査二課ではなく一課を希望する倉持(池田エライザ)の着任を好機に、実務研修を口実にハリソン捜査を勝手に続ける。

ところが良い線まで迫るが、内通者のせいでハリソンに殺されてしまう。その執念と無念を、倉持が引き継ぎ詐欺事件の解明につながっていく。

騙される「石洋ハウス」も企業“あるある”だ。

この案件に当初から懐疑的な須永(松尾諭)の意見は、出世競争のライバルであり会長派に属するゆえに、社長派の青柳(山本耕史)には届かない。当初の開発計画が頓挫したため、パワハラ気味に部下を叱責しコンプライアンス無視で失地挽回に邁進する。そこに派閥争いの構図がピタッとはまってしまう。

不動産大手といえども騙される必然性があったのである。

東京タワーが見える景色
写真=iStock.com/voyata
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/voyata

そして地面師グループの崩壊。

高度に専門知識や能力を持ちながら、それぞれが一匹狼ゆえ詐欺の規模が大きくなり報酬が高くなるにつれ不協和音が生まれる。そしてハリソンの強権性と異常性に、次々とメンバーは離脱し始め、消されていく。アブノーマルな集団の維持が、いかに難しいかが数少ない教訓だろうか。

「おもしろすぎて2日で見てしまった〜!」
「騙す側・騙される側・追う側の濃厚なやりとり、大胆でグッと引き込まれると同時に、それぞれ地道な積み重ねも描かれてて面白かった」
「(三者の)人間模様も“わかるー! 組織ってー!”ってなった」

SNSにある通り、ドラマの優れた点を視聴者は喝破しており、これらが絶好調の理由であることは間違いない。

■それでも名作に届かない理由

以上のように同作は地上波ドラマにない快作だ。“攻めた”設定、キャスティング、エログロを含む刺激的なシーンの連続、騙す側と騙される側の手に汗握るスリリングな展開、その大きな波に3つの組織内での中波や小波が巧妙に絡まって中毒性の高いエンタメになっているからだ。

それでもSNSには気になる声もある。

「ハラハラしながら最後まで気が抜けなくて一気に見終えた。けど……」
「イッキ見してこの時間や後味悪すぎるわ、もうええでしょ〜」
「面白かったけど観たことを後悔する部類のドラマだった」
「ただ闇雲に思慮浅く殺して良いのか? もう少しキャラを深掘りした方が良かった」
「実際に(死人が)ゴロゴロ出るのはいいんだけど、もうちょっと重みを出して欲しかった」
「(当初は)感動してたけど(中略)最終回は終わりよければの逆をいかれてしまった気持ち」

要はエンタメしての刺激に満ちてはいるが、残るものに欠けると感じた人が少なくない。

作り手は視聴者を虜にするために、速いテンポで強い刺激を連打した。ところが見る側は、一つひとつのシーンなり出来事を咀嚼し、意味を確認したい人も少なくない。

登場人物の中に共感できる人を見つけたいという思いもある。

ところがエンタメとしての面白さを優先し、個々の登場人物の事情や心情は後回しで、深堀りしない方針も引っかかったのだろう。

拡大鏡のなかにせめぎ合う不動産
写真=iStock.com/SvetaZi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SvetaZi

私の知人に世界発信を前提としたWebドラマの分析に関わった人がいる。

彼によると配信サイトは、エンタメとしてのクオリティは重視するが、アカデミー作品にあるような普遍性は求めないという。とにかく「世界でどれだけ売れるか」が最優先なのである。

例えば地面師グループの交渉役・辻本拓海(綾野剛)。

不動産詐欺の被害に遭い家族を失った過去を持つ。ハリソン(豊川悦司)に地面師として育てられたが、実際はハリソンが自分の家族を壊した黒幕と知り嘔吐してしまう。そしてハリソンの異常性と決別することを決意する。

つまり数少ない人間性が描かれた登場人物だが、その彼の地面師として極端に振れていた心情が“心の恒常性維持機能”で元来に戻ったことにどんな意味があったのか、視聴者はそこにどう共感したら良いのかがわからない。受け取るべきメッセージが不在なのである。

名作ドラマには3つの要素がある。娯楽性・時代性・普遍性だ。

娯楽性はいうまでもなく、面白いがゆえに視聴者を惹きつける力だ。時代性とは「なぜ今なのか」、見る理由を強化するテーマだ。そして普遍性とは、見終わっての感動や感嘆など、視聴者の心をどれだけ揺すぶったのかだろう。

これら3要素がバランスよくあると、人々は作品を深く心に刻み込む。

ネット記事のライターの中には、「後世に残る歴史的価値の高い作品」と絶賛する人がいる。ところが娯楽性に特化し、時代性や普遍性を欠いた同作は、“後味の悪さ”に象徴されるように、強烈な作品として消費されて終わりなのではないだろうか。

“一気見”するほどの中毒性は裏腹だ。そこまで引き込んだ結果としての落とし前というか、答え合わせが求められるが、残念ながら同作には見当たらない。

世界発信を前提としたWebドラマは、最大多数を相手にしない。

一地域ではごく少数の支持でも、世界で一定数の視聴者をゲットすれば成功だからだ。例えば日本で0.5%・50万人にしか受けないとしても、世界の0.5%は3000万人以上の大ヒットだ。地上波ドラマは長年最大公約数狙いだったが、Webドラマでは一部ターゲットに絞り込んだ作品も作れるようになっている。

ところがその作戦は極端な路線でも成功する。結果として名作3要素的にはバランスの悪い、歪な物語になってしまう“落とし穴”がある。

より多くの人を深く納得させるメッセージ。さらに心を揺さぶる普遍性を加味したら、どんな作品になっていただろうか。別バージョンを見たくて仕方のないドラマだった。

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鈴木 祐司(すずき・ゆうじ)
次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト
愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中、業務は大別して3つ。1つはコンサル業務:テレビ局・ネット企業・調査会社等への助言や情報提供など。2つ目はセミナー業務:次世代のメディア状況に関し、テレビ局・代理店・ネット企業・政治家・官僚・調査会社などのキーマンによるプレゼンと議論の場を提供。3つ目は執筆と講演:業界紙・ネット記事などへの寄稿と、各種講演業務。

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(次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト 鈴木 祐司)

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