「なんや、たいしたことない」気付けば2階以上まで浸水…ハザードマップが教えてくれない「氾濫すると一番怖い川」
プレジデントオンライン / 2024年8月28日 10時15分
■しとしと雨だったので平気だと思っていたら…
「避難の判断のために、上流の雨と川の水位情報を見てほしい」という話を聞いて、私は自分が避難の判断を誤っていたことに気づいて恥ずかしくなりました。
私が中学生のときも真備町では大きな洪水があったのです。そのときは、高梁川の土手の結構上のほうまで水位が上昇した記憶があったので、実は西日本豪雨のときに、私は高梁川の土手まで水の様子を見に行ったのです。
ちなみに本当はこういうときは危険なので絶対に見に行ってはいけません。ただ、私の実家は高梁川堤防のすぐ横に建っていて見に行ける場所にあるので……。それで川の様子を見たときに、「なんや、たいしたことない。前回のほうが上がってきていたし」と思ってしまったのです。
さらに、そのときの雨の降り方が、ザーザー降りではなく、しとしととした降り方だったので、恐怖を感じませんでした。朝4時に避難指示のアラームが鳴ったときも、用水路では水位がそれなりに上がっているものの、道路が冠水しているわけではなかったので怖くなかったのです。
現代の私たちは、ヘリコプターやドローン撮影で上空からの遠景で発災現場をニュースで見ることに慣れています。さらに、決壊した場所から、ゴーっという音を立てて水が押し寄せ、家が倒壊したり、激しい流れに巻き込まれて人が何かにしがみついたりしている映像が印象に残っています。
■音もなく、「ゆっくり」「ひたひた」水が押し寄せてくる
しかし、実際には、決壊箇所から離れた平地では、水というのは低いほうに低いほうに、蛇がにょろにょろと動くようにサラサラ、サラサラ、流れていくのです。あくまで私の印象ですが、水位は「ゆっくり」「ひたひたと」上昇していきましたし、激流のような音もしませんでした。
皆さんは、災害が発生したときに、リアルタイムで、河川の決壊場所と時間、押し寄せて来る水の先端がどこなのかという情報が届くと思っていませんか? そして、「今、ここまで水が来ています」という実況中継が流れて来るとでも思いませんか?
でも、当然ですがそんなことはありません。こんな勘違いも逃げ遅れの要因になっているのではないでしょうか。
「水が来るのは見える」と私は根拠もなく思い込んでいました。ところが、実際に私たちの肉眼では、せいぜい戸建ての2階から地面を見るくらいの範囲しか見えません。今、大雨が降っているかどうか、用水路や小川の水位が上がっていないか、「いま、ここ」で、目視で危険を判断しています。
だから、経験者でない限り、足元に被害が及ぶまで、危機を察知することができないのではないでしょうか。
■アパートをのみこんだのは名前も知らない小川だった
西日本豪雨のとき、私は高梁川から遠ざからねばならないと思い込んでいました。それで、高梁川堤防に面する実家から、高梁川から離れた自分のアパートに親と犬を連れて来て夜を過ごしました。大きな川から逃げようと思って自分のアパートの方へ来たのですが、単純に川から離れればよいということではなかったようです。結果的に私のアパートは2階よりも上まで浸水し、実家のほうは浸水が1階の天井まででした。
テレビなどで放送されるのはあくまで水位計とかがある大きな川ですが、実際に氾濫したのは末政川という小さな川で、もし水位計があったとしても流されたりしてなかなか正しい情報が入ってきません。救出されたあとにメディアの情報から、どの川のどこが決壊したのか、初めて知ったのです。
真備中学校に通った私にとって、末政川の存在は馴染み深いものでしたが、この10~20メートルほどの幅の小川に名前があることを知りませんでした。被災後も飛び交う「末政川」「高馬川」という名前と場所がピンとこず、そもそも普通河川にも名前があり、氾濫する恐れがあると分かっていませんでした。大きな川が氾濫すると思い込んでいたのです。
実際にそこにいると、水が足元に来て初めて危険を感じる。足元に来るまでは、水が今どこまで、何十メートル先まで来ているか見えない。それが洪水なのです。だから、ここで今あまり雨が降ってないから大丈夫と思うのではなくて、「上流に降る雨」と「近くの川の水位」の情報を自ら入手して、避難の判断をしなくてはいけない。それが正しい「自助」なのだと教訓を得ました。
■日はもう出ていたのに、なぜ逃げられなかったのか
西日本豪雨で川辺地区が浸水し始めたのは、7月7日朝7時前でした。避難指示の発令から時間が経ち、しかも明るかったのに、なぜ逃げられなかったのでしょうか。川辺地区から6名もの犠牲者が出ました。
この豪雨では認知症でひとり暮らしのおばあさんが亡くなりました。声を掛けても耳が聴こえずに亡くなった方もいました。
高齢者だけではありません。まだ20代の若い母親と幼いお子さんも平屋で命を落としました。母親に軽度の知的障害がありました。その親子をサポートしていた相談支援事業所は隣町に所在していました。
避難勧告が出たとき、相談支援事業所は、この親子に地域の小学校に避難するようにと伝えたのですが、母親は小学校の場所がわからなかったそうです。また「近所づきあいがないから」と、助けを求められなかったそうです。
■平屋は水がどこまで迫っているか見えない
亡くなったのは高齢者、障がい者というニュースを耳にすると、重度の、歩行困難な様子を思い浮かべませんか? そんなことはありません。歩ける方でも亡くなっています。
私の知る方は洋服の裾上げやお直しをお願いしていた優しい笑顔の70代のご婦人で、平屋にお住まいでした。
平屋だと水がどこまで迫って来ているのか見えません。そして、冠水に気づいて逃げようとしても垂直避難ができません。玄関が開く、窓が開く、と思うかもしれませんが、浸水によってかかる水圧で室内に閉じ込められてしまいます。これは車でも同様で、ひとたび浸水してしまうとパワーウインドウが使えなくなり、車内から脱出できなくなってしまいます。
もし、運よく家から出られたとしても、道路が冠水している状態で逃げるのはやはり手遅れです。冠水した水深が20センチでもとても危険です。道路には勾配があるので、少しでも坂があったら、水が流れてくる勢いで歩けなくなってしまうからです。あるいは、滑って用水路にはまって、そこから流されていきます。
■水が上がってきたら、もう玄関は開かない
地域安全学会で発表された「2018年西日本豪雨による倉敷市真備町の洪水避難と地理的要因」という論文では、川辺地区454件と有井地区229件のアンケートを集計した結果が報告されています。
その論文によると、浸水してから避難した人は約30%にのぼるとありました。これには驚きました。それでも、子どもを抱えた人々は早く逃げていますし、家族の人数が多いほど避難したという結果が出ています。たしかに子どもたちのほうが「怖い」「逃げようよ」と言い出しますし、母親は子どもを守るためにパッと逃げます。
でも、2人世帯や1人世帯の人たちはあまり逃げていないのです。このような人は家族や近所からの注意の呼び掛けが少なくなりがちです。
先ほどもいいましたが、水は轟音を立てて来るとは限りません。決壊場所から離れていれば、静かに流れて襲ってきます。だから、水が到達するまでに何時間も余裕があっても、人は避難しないのです。「水が上がってきたらもう玄関は開かない、室内から外への脱出は極めて困難で逃げられない」という知識がないことも、避難しない原因なのだと思います。
■今後、「西日本豪雨」の4倍の雨量が降る可能性
「真備緊急治水対策プロジェクト」のソフト対策のひとつがハザードマップの提供です。将来の気温上昇で今よりも増えた雨量ではどこまで浸水するのかを「想定最大規模」という表現にして、ハザードマップにして公表していることについては、『今すぐ逃げて!人ごとではない自然災害』(プレジデント社)の4章でも触れています。
将来想定される高梁川の最大雨量は、今の4倍程度になると想定されています。ですから、西日本豪雨では、真備町の浸水深が5メートル程度だったのですが、想定最大規模の浸水深は10メートルとなっています。しかし、今の堤防の高さが5~6メートル程度なのに、10メートルの水が来たら、堤防があろうとなかろうと関係なくなってしまいますよね。そうなると地域の人々は、ハザードマップを見て避難しようとは思わなくなってしまいます。
だって、自分のいる場所が10メートルも浸水するとは、さすがに思わないですもんね。かといって実際に10メートルも浸水するのなら、もう逃げる場所が近所になくなってしまうので、逃げる気は失せてしまいます。しかし、想定最大規模のレベルになることは現段階ではめったにありません。
■わかりにくいハザードマップを見直す動きも
「想定最大規模の表示だけでは住民に誤ったメッセージが伝わってしまう可能性もあるので、ハザードマップでは想定最大規模で表示されていますが、確率規模に応じて、リスクが増えていくことがわかる表示になるような取り組みも行われています。たとえば、『50分の1程度の確率で降る大雨だとここまで浸水し、100分の1の確率で降る大雨だとここまで浸水しますよ』と表示しておくわけです。
そうすれば、10分の1の確率で降る大雨で浸水する場所は住まないほうがいい場所だとわかりますし、100分の1の確率で降る大雨で浸水する場所になってくると、人生で1回ぐらいあるかもしれないから、気をつけたほうがいいかもしれないということになります」(高梁川・小田川緊急治水対策河川事務所の初代所長を務めた桝谷有吾さん)
となると、やっぱりハザードマップは心構えとして活用しようということですね。つまり、「公助」「自助」の役割分担はこういうことです。水災害から生命を守るために行うとは、「知る」「備える」「行動する」取り組みです。
「知る」とは情報活用ですが、「公助」の国(国土交通省、気象庁)や自治体はリスク情報を揃え、リアルタイムで発信し、情報精度を高めます。そして、「自助」の自分、家族は、避難を判断するための情報を適切に取りに行き、危険がある間は変化を細かく観察し続けます。自分と家族がリスクのある土地に住む場合、本気で命を守るためにやらないといけないことは実にシンプルではありませんか。
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株式会社EnPal代表取締役
岡山大学大学院環境生命自然科学研究科博士後期課程在学。西日本豪雨で家が全壊した経験をきっかけに2020年6月EnPalを起業。防災研修、イベントを通じて防災啓蒙活動を行う。岡山大学では、事前防災における自助共助公助の役割と防災まちづくりについて研究。倉敷市真備町出身。
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(株式会社EnPal代表取締役 金藤 純子)
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