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「女性の痛みが軽視されているから」ではない…「歯科では麻酔するのに婦人科で気軽に使えない本当の理由」

プレジデントオンライン / 2024年8月29日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/champpixs

婦人科診療や子宮頸がん検診などの際に麻酔が使われないのは、女性の痛みが軽視されているからという説がSNS等で繰り返し話題になっている。産婦人科医の宋美玄さんは「体の内側にある女性特有の臓器の痛みに対して有効で、手軽に使える魔法のような麻酔法は存在しない。女性に対する差別ではないことを知ってほしい」という――。

■「子宮頸がん検診」にまつわるデマ

女性の体に生まれたら、健康管理のため、婦人科と付き合うことが必要になります。生理痛がわずらわしかったり、不正出血が生じたりすることもあるでしょうし、特に気になることがなくても性交渉の経験がある人は「子宮頸がん検診」の対象になるからです。

ところが、婦人科受診に対して、心理的ハードルを感じる人も多いようです。その要因はさまざまだと思いますが、診察や処置の際に痛みが生じるかもしれないという点が大きいのではないでしょうか。

少し前、SNSのX(エックス)で、子宮頸がん検診が話題になりました。子宮頸がん検診で子宮の細胞をこすり取るために使う柔らかいブラシが、むしろ子宮頸がんの原因だとする投稿がバズっていたのです。子宮頸がんの原因はHPV(ヒトパピローマウイルス)ですから明らかなデマですが、「だから痛かったのか」と共感する人などの声が集まっていました。こうしたデマが広まると必要な検診なのに怖くて受けられない人が出てくる恐れがあるため、私はX、Instagram、Tik Tokなどで、どれだけ柔らかいブラシなのか伝えました。

■女性特有の臓器に使いやすい麻酔はない

たしかに婦人科診察では、内診台に乗って脚を開いた状態で、腟から子宮や卵巣を診るため、羞恥心などの心理的抵抗を感じる方も多いと思います。また腟に内視鏡などの器具や手を入れて診察を行うこともあるので、個人差は大きいのですが、痛みが生じることもあるでしょう。緊張して体がこわばったり、腰が逃げたりすると痛みを感じやすいですし、使用する器具、診察する医師の手技や態度などによる影響もあり得ます。

これまでに何度も、SNS上では「歯科では麻酔をするのに、どうして婦人科ではしないの?」「これが男性患者の診察なら麻酔をするのでは?」という声が上がり、「女性の痛みが軽視されている」と感じている方が少なくないようです。ただ、多くの婦人科医は女性の患者さんしか診察しないので、「男性患者の診察や処置に際しては痛みを積極的に取るが、女性患者には痛みを強いている」というわけではありません。また、婦人科のみ麻酔が保険適用になっていないというわけでもありません。じつは女性特有の臓器――腟や子宮、卵巣は体の内側にあるため、歯茎に局所麻酔の注射をして歯の痛みを取るような、外来処置中に短時間でできて有効な麻酔が存在しないのです。

■ミレーナ挿入時に麻酔は必要かどうか

子宮頸がん検診や婦人科診察と同様に、痛みへの対策を求める声がよく上がるものに「ミレーナ」があります。ミレーナ(IUS)とは、子宮内に装着することで黄体ホルモンの作用により月経を軽くすることができるものです。月経困難症や過多月経に対して保険適用があり、約5年間も効果が続くため経済的で、ピルのように飲み忘れもありません。ただし、子宮口から挿入するため、個人差は大きいですが、痛みを伴うことがあります。

SNSでは、ミレーナ挿入時の麻酔は「海外では当たり前」「日本は遅れている」と言われていたので調べてみましたが、事実とは異なるようです。IUS、IUD挿入時の局所麻酔の使用率は、イギリス43%、オーストリア31%、チェコ1%、スペイン2%、フィンランド3%、イタリア3%、フランス6%、ポーランド7%、ドイツ10%、スウェーデン11%でした(※1)。全身麻酔は1〜4%と低く、鎮痛剤の方が多く使用されています。まとめると、ミレーナ挿入時の局所麻酔使用は、痛みを軽減するというエビデンスが十分になく、海外での使用率も高くはありません(※2、3、4)

昨年、当院におけるミレーナ挿入例(6年間、1137例)についてまとめたところ、経膣分娩の経験者は約半数(52%)で、帝王切開のみの出産経験者は16%、出産の経験のない人は32%(性交経験がない人は3%)でした。ミレーナの麻酔について、当院では65%が傍頸管ブロックもしくは頸管内ブロックを使用しています。麻酔薬にアレルギーの既往のない方で希望される方のみに行っていますが、経産婦(経膣分娩)では希望されない方が多いです。麻酔をしたほうがラクそうな印象ではありますが、麻酔をしなくてもほとんど痛くないという方も多いです。

※1 ICPE All Access conference abstracts
※2 Blaire D et al., Anticipated pain as a predictor of discomfort with intrauterine device placement ACOG 2018(2), 236.e1-e9, 2018
※3 FSRH Clinical Guideline: Intrauterine contraception (March 2023, Amended July 2023)
※4 カナダ避妊コンセンサス2019, p192: 第7章 子宮内避妊(jogc.com)

ミレーナ(IUS:子宮内避妊システム)
写真=iStock.com/doomu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/doomu

■外来診療で使うことのできる麻酔法

このように婦人科診察や検診、ミレーナの挿入は無麻酔で行うことが多いのが通常です。もちろん、患者さんの痛みに対する十分な共感、できる限り苦痛を軽減したいという気持ちがなければ、医療従事者としての態度に問題があり、痛みを軽視していると言われても仕方がないでしょう。けれども、婦人科で麻酔を使わないケースがあること自体が「水準以下」「遅れている」「人権侵害」ではないことを知っていただきたいのです。

その上で、外来診療の際に行うことができる麻酔法も存在しますので、当院で使用しているものをご紹介しましょう。

①浸潤麻酔:膣の入り口に塗るゼリー状の麻酔。膣の入り口は痺れた感じになりますが、骨盤の奥や子宮口付近の痛みは取れません。

②傍頸管ブロック・頸管内ブロック:麻酔薬を子宮の入り口に注射するもので、注射自体による痛みはありますが、子宮の入り口を器具で固定したり、子宮頸管を広げるときに生じる痛みの軽減が期待できます。

③笑気麻酔:気体の麻酔薬を吸入することにより、酔っ払った感じになり、不安や恐怖が軽減されます。ただし痛みが取れるわけではないので、上記の麻酔を併用することが多いです。

以上が当院で行うことのできる麻酔法です。以下は当院では設備や人手の関係で行っていませんが、医療機関によっては行っている麻酔法です。

④静脈麻酔:点滴に麻酔薬を混ぜ、眠った状態にするもの。点滴が必要なので、針の刺入・留置に伴う痛みや血管痛が起こり得ます。

これらの麻酔以外に、鎮痛薬(飲み薬や坐薬など)を検査や処置の前後に使うこともあります。そちらのほうが頻繁に使われているかもしれません。

■麻酔を使うことには当然リスクもある

麻酔を使えば、痛みがなくなり、何のリスクもなくなると誤解されていることがありますが、じつは全ての麻酔はアナフィラキシーなどの副作用のリスクを伴います。注射薬だけでなく、キシロカインなどの浸潤麻酔でもアナフィラキシーショックを起こすことがあるのです。これは症例が積み重なっていくと、避けられないリスク。こうしたリスクを避けるために、浸潤麻酔薬自体を置いていない医療機関もあるようです。

また④の静脈麻酔は、流産手術や採卵などの手術の際に行うことがあるもの。場合によっては呼吸が止まるなどの重篤な副作用も起こり得るため、呼吸や血圧の管理などが必要になります。そのため、婦人科の診察や短時間の検査・処置などに気軽に行えるものではありません。麻酔を使うことのメリットよりもリスクが高くなってしまうからです。また、静脈麻酔は、醒めるまでに時間がかかります。診察や処置が終わっても、すぐに帰宅することはできません。

つまり、膣や子宮や卵巣の痛みをしっかり取れる薬がない以上、麻酔を使うメリットは少ないといえるでしょう。反対に、よほど強い痛みを伴わない限り、できれば麻酔を使わないほうがリスクを回避でき、すぐ帰宅できるというメリットがあるのです。

投与中の点滴バッグ
写真=iStock.com/Portra
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Portra

■保険診療ではなく自費診療になることも

次に費用についてみていきましょう。麻酔を使うと、別途費用がかかることがあります。保険が通るかどうかに関しては地域差や変動がありますから、あくまでも現在の私のクリニックの例として読んでください。

①を使用する場合は保険請求は通らないので、当院の場合は持ち出し(つまりサービス)にしています。そして、ミレーナ挿入のために②を使用する場合は、現在のところ保険の範囲内で数百円のコストを請求しています。

③に関しては設備投資とバイタル管理などのため人手がかかり、診察室での所要時間も長くなるため、自費診療での案内となります。その際は検査の費用やミレーナ挿入に関しても全額が自費診療になります。麻酔込みのミレーナ挿入が6万6000円、麻酔込みの子宮体がん検査が1万5000円くらいです。

④に関してはバイタル管理や移動などのために必要な人手が大幅に増え、回復室の整備、所要時間が長くなるなどのため、通常外来の中での対応は多くの医療機関にとって難しいでしょう。

人手や設備、コストの問題もあり、婦人科診察で①を使用するのは、ご自身で希望を伝えてくださった場合、診察時に痛みを訴えられて使う場合となっています。ミレーナの場合はこちらから麻酔の選択肢をお伝えし、選んでいただいています。傍頸管ブロック、頸管内ブロックに関しては費用の自己負担は少なくなっています。

■保険診療下ではさまざまな限界が存在する

日本は国民全員が医療保険に入る「国民皆保険制度」なので、患者さん側からすると、世界的にみても低コストかつ高アクセスで医療を受けられます。これはとてもいいことです。ところが、医療機関側からすると、国の決めた診療の値段が安く、しかも誰もがいつでも気軽に医療機関にかかれるため、短時間に多数の患者さんを診療しなければ、保険診療での経営が成り立たない仕組みになっています。

中でも一般婦人科診療においては、その傾向が昔から顕著なのです。制度というのはメッセージなので、国が「婦人科診療の担い手を育てる気がない」「効率重視で丁寧に患者さんを診なくてもよい」と言っているのと同じこと。このことを産婦人科医の一人として大変残念に思い、何かにつけて陳情しています。同時に当然のことですが、今の制度下でも少しでもじっくり診療し、診察や処置をラクに終えられるよう尽力しているつもりです。

他の多くの産婦人科医も同じ気持ちだと思います。もしもお気づきのことやご要望がありましたら、医師もしくは受付スタッフや医療スタッフにフィードバックをお願いしたいです。そうすれば誤解が解けることもあるでしょうし、改善することもできるでしょう。よりよい医療のため、ご理解とご協力をお願いできたら幸いです。

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宋 美玄(そん・みひょん)
産婦人科医、医学博士
大阪大学医学部卒業後、同大学産婦人科に入局。周産期医療を中心に産婦人科医療に携わる。2007年、川崎医科大学講師に就任。ロンドンに留学し胎児超音波を学ぶ。12年に第1子、15年に第2子を出産。2017年に丸の内の森レディースクリニック開院、一般社団法人ウィメンズリテラシー協会代表理事就任。『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』『産婦人科医宋美玄先生が娘に伝えたい 性の話』『医者が教える 女体大全』『産婦人科医が伝えたいコロナ時代の妊娠と出産』など著書多数。

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(産婦人科医、医学博士 宋 美玄)

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