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大地震の10分後に最大34mの津波が直撃…「南海トラフ地震は2030年代に起きる」と京大名誉教授が警告する理由

プレジデントオンライン / 2024年8月30日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MAXIM ZHURAVLEV

南海トラフ地震はいつ起きて、どんな被害が想定されているのか。京都大学名誉教授の鎌田浩毅さんは「確実で具体的な地震予測はできないが、約10年後に発生し東日本大震災の10倍の被害が出ると私は考えている。約6800万人が被災する恐れがあるため、『自分の身は自分で守る』という意識を持って普段から防災を意識したほうがいい」という――。(第2回)

※本稿は、鎌田浩毅『M9地震に備えよ 南海トラフ・九州・北海道』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■巨大地震の発生前後には地震が多くなる

南海トラフ巨大地震は海溝型の巨大地震だが、陸上の直下型地震の発生と呼応する現象が確認されている。前回の南海トラフ巨大地震が発生する前に西日本各地で大きな内陸地震が相次いだ(図表1)。

1946年の昭和南海地震前に相次ぎ発生した内陸地震(Mはマグニチュード)
出所=『M9地震に備えよ 南海トラフ・九州・北海道』

そして、昭和東南海地震(M7.9、1944年)と昭和南海地震(M8.0、1946年)のあと数十年ほどの間この地域では大きな地震がなかった。それが阪神・淡路大震災(M7.3)以降には、2000年の鳥取県西部地震(M7.3)、2004年の新潟県中越地震(M6.8)、2005年の福岡県西方沖地震(M7.0)、2008年の岩手・宮城内陸地震(M7.2)などの地震が次々に起きた。その後は2016年に鳥取県中部地震(M6.6)と熊本地震(M7.3)が発生した。

すなわち、南海トラフ巨大地震が発生する40年前と発生後10年の間に、西日本の内陸部では地震発生数が多くなる傾向が見られるのである。こうした内陸地震はいずれも地表付近の活断層を震源とする。南海トラフ地震に比べて地震の規模は小さいものの、地表のすぐ近くで起こるため激しい揺れをともなう。そして活動期と静穏期は交互に繰り返されることがわかっており、現在は活動期にある(図表2)。

南海トラフ巨大地震をはさむ内陸地震の活動期と静穏期
出所=『M9地震に備えよ 南海トラフ・九州・北海道』

■10県が被害を受け、犠牲者数は最大で33万人

南海トラフ巨大地震の規模はM9.1であり、2004年にインドネシアのスマトラ島沖で起きた巨大地震と同じである。この地震では高さ30メートルを超える巨大津波が発生し、インド洋全域で25万人以上の犠牲者を出した。国が行った南海トラフ巨大地震の被害想定では、海岸を襲う津波は34メートルに達するとされる。

また巨大津波が一番早いところでは2〜3分後に襲ってくる。東日本大震災と比べて津波の到達時間が極端に短い理由は、地震が発生する南海トラフが西日本の海岸に近いからである。地図を見ればわかるように震源域が陸上に重なっている(図表1を参照)。その結果、地震としては、九州から関東までの広い範囲に震度6弱以上の大揺れをもたらす。特に、震度7を被る地域は、10県にまたがった総計151市区町村に達する(図表3)。

南海トラフ巨大地震による地震と津波の被害予測
出所=『M9地震に備えよ 南海トラフ・九州・北海道』

国の想定では、犠牲者総数が最大33万人、全壊する建物238万棟、津波によって浸水する面積は約1000平方キロメートルとされている。南海トラフ巨大地震が太平洋ベルト地帯を直撃することは確実で、被災地域が産業や経済の中心であることを考えると、東日本大震災よりも一桁大きい災害になる可能性が高い。

■「南海トラフ巨大地震」という名称の問題点

内閣府の試算では南海トラフ巨大地震は日本の総人口の半数に当たる6800万人が被災する。経済的な被害総額に関しては、内閣府で220兆円を超えると試算されている。

たとえば、東日本大震災の被害総額の試算は20兆円ほど、GDPでは3%程度とされているが、南海トラフ巨大地震の被害予想がその10倍以上になることは確実とされる。ちなみに、220兆円という被害総額は日本政府の一年間の租税収入の4倍を超える額に当たる。まさに、「西日本大震災」という状況になることが必至である。

こうした被害想定は日常生活からかけ離れているので、国民の多くは具体的にイメージできない。ここで私は西日本大震災と書いたが、この言葉は私が発案した言葉で、始めから世間で認知されたものではない。

通例、震災の名称は大災害が起きてから政府が閣議で決定する。たとえば、阪神・淡路大震災や東日本大震災は、こうして決められた。2030年代に発生が予想される南海トラフ巨大地震はまだ起きていないので、震災名は付けられていない。といって、日本の屋台骨を揺るがす激甚災害が予測されることから、国は「南海トラフ巨大地震」という言葉で対策を進めてきた。

ところが、ここに問題があると私は考えた。いくら南海トラフ巨大地震と連呼しても、南海トラフがどこにあるのかを知らない一般市民が非常に多いのである。これは私自身が講演会に集まってきた聴衆に尋ねた経験からもそうだ。

■「西日本大震災」と呼んだほうが分かりやすい

そもそも、「トラフ」という見慣れない言葉を使って防災を説いても、一向に伝わらないのである。そこで私は思案した。東日本大震災であれば誰もが知っている。よって東を西に変えた「西日本大震災」という言葉であれば誰にでもイメージがしやすいから、南海トラフ巨大地震の代わりになるのではないか。

実際、西日本大震災を引き起こす南海トラフ巨大地震のマグニチュードはM9.1であり、東日本大震災のM9.0と規模がほぼ等しい。よって、「東日本大震災と同じような巨大地震が来るのです」と説明すると、聴衆は直ちに理解してくれる。その後、拙著のタイトルに用いた頃から次第に広まるようになった(たとえば鎌田浩毅著『西日本大震災に備えよ』PHP新書、2015年)。

なお、被害総額の220兆円およびGDPの30%という数字は過小評価だと考える研究者も少なからずいる。というのは、後に述べるように、日本列島の半分近くが被災するような災害では、積み上げ式の被害想定をはるかに上回る被害となることが多々あるからだ。

したがって、東日本大震災の総被害の「少なくとも一桁以上大きな災害」と考えるのが妥当ではないかと私は考える。ちなみに、私は講演会では「東日本大震災と同規模の地震。でも被害は10倍」と説明するようにしている。

■地震の発生予測はどのように行われているのか

政府の地震調査委員会は、日本列島でこれから起きる可能性のある地震の発生予測を公表している。全国の地震学者が集まり、日本に被害を及ぼす地震の長期評価を行っている。

地震の発生予測では二つのことを予測している。一つ目は、「今から数十年間において、何%の確率で起きるのか」である。既に述べたように巨大地震は海のプレートと陸のプレートという2枚の厚い岩板の間がずれる運動によって起きる。

1回ずれると2枚のプレートの境目にエネルギーが蓄積される。この蓄積が限界に達し、非常に短い時間で放出されると海底で巨大地震が起きる。プレートが動く速さはほぼ一定なので、巨大地震は周期的に起きる傾向がある。この周期性を利用して、地震発生確率を算出するのである。

二つ目の予測は、「どれだけの大きさ(マグニチュード)の地震が発生するのか」である。こちらは過去に繰り返し発生した地震がつくった断層の面積と、ずれた量などから算出される。こうして今後30年以内に発生する確率予測が出されるのだが、これはコンピュータで計算するので誰がやっても同じ答えが出る。

そして今後30年以内に大地震が起きる確率を随時、各地の地震ごとに予測している。逆に言うと、人間の判断が入る余地が生じないので、国としてはこうした情報を出したがるとも言えよう。

地震波の解析イメージ
写真=iStock.com/bymuratdeniz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bymuratdeniz

■「30年以内に70~80%の確率で」と言われても分からない

太平洋岸の海域で東海地震、東南海地震、南海地震という3つの巨大地震が発生する予測について具体的に見てみよう。これらが30年以内に発生する確率は、M8.0の東海地震が88%、M8.1の東南海地震が70%、M8.4の南海地震が60%と計算されている。三つの数字は毎年更新され、しかも少しずつ上昇している。そして三連動した場合に当たる南海トラフ巨大地震については、今後30年以内に発生する確率を「70〜80%」としている。

実は、ここに大きな問題があると私は常々考えている。というのは、30年以内に70%と言われてもピンとこないからだ。これは一般市民だけでなく私のような地球科学の専門家も同じなのである。

ここで私はあることに気がついた。人は実際の社会では「納期」と「納品量」で仕事をしている。つまり、いつまでに(納期)、何個を用意(納品量)という表現でなければ人は動けないのではないか。たとえば、京都の和菓子屋に「30日以内に100個を70%の確率で注文します」と注文しても、一体いつまでに何個用意していいかわからない。日常の感覚では「一カ月後に70個届けて下さい」が普通である。

私もそうだが人は日常、確率では暮らしていないので、納期と納品量という形で表記しないと腑(ふ)に落ちないのである。

■南海トラフ地震で知っておくべき「2つの項目」

よって、必ず起きる南海トラフ巨大地震について、私が伝えたいのは以下の2項目だけである。

すなわち「南海トラフ巨大地震は約十年後に襲ってくる」「その災害規模は東日本大震災より10倍大きい」。講義でも講演会でも私はその二つに絞って伝えてきた。日常感覚で理解できる2項目をしっかり認識してもらうことから始めなければならない、と考えるからである。

東日本大震災直後の石巻市
写真=iStock.com/ArtwayPics
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ArtwayPics

この課題は、企業が事業継続計画(Business continuity planning, BCP)を立案するかどうかのモチベーションにも関わっている。これは、地震の被災後になるべく早く仕事を再開するため、何をどういう順番で行うかを事前に計画する作業である。ところが、30年以内に70%の地震発生確率と言われてもピンとこないので、事業継続計画があまり進んでいないという現実がある。

特に、南海トラフ巨大地震によって6800万人が被災すると、近隣地域から救助と援助に駆けつけられないという事態が生じる。すなわち、レスキューとサプライの両方が停止する恐れがある。

■「10年後に、東日本大震災の10倍の被害」

「その1、約10年後。その2、東日本大震災の10倍の被害」と情報を2項目に簡素化すれば、企業も本気でリカバリー計画を立案する気になる。

ここには専門家の「完璧主義」という意識上の問題がある。地震発生確率の表示は確かに正確だが、それでは市民は動かない。学術的に正しいことに拘泥(こうでい)するあまり、肝心の情報が伝わらない。極論すれば学者の論理の押しつけで、一般の人には適さないのではないだろうか。

ここで専門家は「不完全である勇気」が必要となる。専門家が完璧であろうとすると、一番大切な情報がスッポリ抜けてしまう。重要なのは「相手の関心に関心を持つ」というコミュニケーションの原理である。伝えたい相手は誰かをよく考えて、市民の関心に関心を持ち、伝えるべき情報を厳選しなければならない。

私が2項目に簡略化して市民に伝えると、同僚の専門家から「それでは正確でない」というクレームが付くことがよくある。しかし、市民の関心に合わせて情報を伝えないと、専門家が行った努力は無に帰することに気付いていない。我々は東日本大震災で「想定外」の事態を起こしてはならないと学んだ。南海トラフ巨大地震が今世紀の半ばまでには必ず発生すると断言しても過言ではない。よって、2項目に絞って伝える方法を提案する。

■地震と社会の変動期の意外な関係

興味深いことに我が国の歴史を見ると、社会と大地の変動期は一致している(図表4)。

南海トラフ沿いで周期的に起きる巨大地震の震源域
出所=『M9地震に備えよ 南海トラフ・九州・北海道』

幕末の南海トラフ巨大地震である安政南海地震(1854年)の後は、松下村塾で学んだ桂小五郎(木戸孝允(たかよし))と伊藤俊輔(博文)が、また薩摩では西郷吉之助(隆盛)や大久保一蔵(利通)らが活躍し、明治維新を通じて近代日本を構築した。さらに前回の昭和南海地震(1946年)は太平洋戦争の直後だったが、松下幸之助、本田宗一郎、井深大(いぶかまさる)といった若者たちが我が国を技術貿易立国として「再生」させた。

おそらく次の南海トラフ巨大地震後の日本社会は一度「崩壊」せざるを得ないだろうが、若者が能力を備えていれば新しい発想でわが国を「蘇生」することができる。そのためにはアウトリーチ(啓発・教育活動)が不可欠で、若い世代に伝えるべきことを伝え、その上で積極的に権限の委譲を進めなければならない。

近い将来確実に起きる激甚災害を悲観するばかりでなく、地球の時間軸で物事を捉える「長尺(ちょうじゃく)の目」を持つことも、「大地変動の時代」を生き延びる重要な鍵となる。

■「この10年で巨大災害が起きる」とリアルに想像すべき

自然災害では、何も知らずに不意打ちを受けたときに被害が一番大きくなる。したがって、南海トラフ巨大地震と富士山噴火に対しても、前もって最新の情報を得ておくことが重要だ。火山灰が降ってきてからでは遅い。平時のうちに準備するのが防災の鉄則である。遠回りでも正しい知識を持つことがいざという時には役に立つ。

これまで私は京都大学の講義で学生たちに「自分の年齢に十年を足してごらん」と言ってきた。20歳前後の彼らは30〜40歳代で南海トラフ巨大地震に必ず遭遇する。多くが社会で中堅として働いており、家族や子どもがいるかもしれない。そういう中で日本の国家予算の数倍に当たる激甚災害が起き、半分近い人口が被災することを想像してもらうのである。

その際に「手帳に十年先のスケジュールを記入する想像をしてほしい。10年手帳の10年目に、南海トラフ巨大地震発生と書き込んでください」とも言う。さらに「そのときに向けて、君たちは何をしたらこの日本を救えるかを考えてほしい。そのため現在、何を勉強すべきかを逆算して考えてほしい。それが君たちのノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)である」と語る。

すなわち、まず自分自身が生き延び、さらに貢献できることを考えて日本蘇生に力を貸してほしい、と毎年の講義で訴えてきた。なお、ノブレス・オブリージュはフランス語で、直訳すれば「高い地位にともなう道徳的義務」となるが、地位ある者は責任をともなうという意味である。

その昔、ヨーロッパの貴族は、普段は遊んでいても、いざ戦争が起きると、領民を守る義務を果敢に果たした。このエピソードも24年間、学生たちに語ってきたメインテーマだった。

■“想定外”をなくすためには普段からの備えが重要

さて、市民向けの講演会でも同様である。10年後の「心の手帳」に2項目を書き込んでいただき、お子さん、お孫さん、友人、会社の同僚、地域のコミュニティーなど、自分の周囲にいるできるだけ多くの人に伝えていただきたい、と話す。

企業向けの事業継続計画でも構造は同じである。10年先を見越した長期計画として、本社や工場の耐震補強、津波対策、インフラ整備、工場移転、本社機能のバックアップなどの計画を今から開始するように勧める。「自分の身は自分で守る」考え方と、「10年後に東日本大震災の10倍の被害」が口コミで日本中に広まれば、国が想定している被害の8割まで減らすことが可能になる。

鎌田浩毅『M9地震に備えよ 南海トラフ・九州・北海道』(PHP新書)
鎌田浩毅『M9地震に備えよ 南海トラフ・九州・北海道』(PHP新書)

たとえば、住宅の耐震化率を高めれば、倒壊による死者数を8割減らすことができる。また、建物の耐震化率を引き上げれば全壊も4割まで減らせる試算がある。また既存のビルを津波避難用に活用し、地震発生から10分以内に避難を始めれば、津波による犠牲者数を想定の2割まで減らせるというデータがある。

東日本大震災で大きな問題となった「想定外」をなくすには、まず日常感覚に訴える防災から始めなければならない。総計6800万人が被災する状況では、「自分の身は自分で守る」ことに徹しなければならない。誰も助けに来てくれないからだ。多様な方策がオールジャパン体制で行う南海トラフ巨大地震対策の要になると私は考えている。

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鎌田 浩毅(かまた・ひろき)
京都大学名誉教授
1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。97年より京都大学大学院人間・環境学研究科教授。2021年から京都大学名誉教授・京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授。2023年から京都大学経営管理大学院客員教授、龍谷大学客員教授も兼任。理学博士(東京大学)。専門は火山学、地球科学、科学教育。著書に『地学ノススメ』(ブルーバックス)、『地球の歴史 上中下』(中公新書)、『やりなおし高校地学』(ちくま新書)、『理科系の読書術』(中公新書)、『世界がわかる理系の名著』(文春新書)、『理学博士の本棚』(角川新書)、『座右の古典』『新版 一生モノの勉強法』(ちくま文庫)、『知っておきたい地球科学』(岩波新書)、『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)、『火山噴火』(岩波新書)、『首都直下 南海トラフ地震に備えよ』(SB新書)『M9地震に備えよ  南海トラフ・九州・北海道』(PHP新書)など。YouTubeに鎌田浩毅教授「京都大学最終講義」を公開中。

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(京都大学名誉教授 鎌田 浩毅)

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