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人間が小麦を選んだのではなく小麦が人間を選んだ…『サピエンス全史』が1万年前の農業革命が元凶と語る訳

プレジデントオンライン / 2024年9月10日 16時15分

撮影=市来朋久

農業のせいで、ヒトは不健康で不幸になった……7万年の人類史を問う幸福論

■イスラエル人学者が「定住神話のウソ」を喝破 

ジョン・レノンは、「宗教がないこと、国家がないことを想像してみないか? そうすれば争い事はなくなり、世界はひとつになる」と歌った。「イマジン」だ。だが本書によれば、宗教も国家もすべては虚構。まったくの物語で存在しないというのだ。ただし、この虚構こそが、ホモ・サピエンスを地球の食物連鎖の頂点に立たせた真の理由だと断言する。

『サピエンス全史』は、冒険の書。私たちの固定観念や常識は粉々にされ、物事が新しい視点で見える魔法のような本だ。世界で2500万部が売れ、2500万人が目から鱗を落とした。

著者のユヴァル・ノア・ハラリは、イスラエルのハイファ出身。オックスフォード大学で博士号を取得、エルサレムのヘブライ大学で歴史学を教えている。イスラエルという国連によって作られた人工国家で育った環境は、大いなる影響を与えたのかもしれない。なお、著者は非ユダヤ教徒だ。

『サピエンス全史』は、文字通り、ホモ・サピエンス、われわれ現生人類の歴史である。ホモ(ヒト)属が誕生したのは、約250万年前。猿人から進化したアウストラロピテクス属が東アフリカに出現。200万年前に、東アフリカからヨーロッパ、アジアに進出する。そして、ホモ・エレクトスやホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)など、ホモ属は同時期に世界中で暮らしていた。

ネアンデルタール人は、大柄で屈強、脳も大きく、現在の中東で狩人として過ごしていたホモ属の王だった。一方でサピエンス(賢い人)は、東アフリカでライオンやハイエナの残した獲物から石器で骨を割り汁を吸ったり、木の実を食べたりの生活だった。だが、およそ7万年前に非常に特殊な進化が起こる。「認知革命」と呼ばれる脳内の進化だ。サピエンスは突然、東アフリカからヨーロッパ、アジアに広がり、海を渡ってオーストラリアにまで移住し始めた。10万年前には敵わなかったネアンデルタール人を打ち破り、その最後の一族をスペインまで追い詰め、全滅させる。そしてホモ属の生き残りになる。

認知革命とは、遺伝子の突然変異が起こり、脳内の配線が変わり、それまでにない形で考え、まったく新しい種類の言語を使って意思疎通することが可能になったというものだ。肉体的に優れているわけではないサピエンスが集団で狩りをすることで、巨大マンモスを倒せるようになった。それによりマンモスも絶滅する。あくなき欲望で、自然からすべてを奪い取る。これもまたサピエンスの宿痾か。

そして約1万年前、「認知革命」に続いてのエポック、「農業革命」を迎える。狩猟採集の生活からスタイルを変え、定住して農耕、畜産の生活を始めた。小麦、稲、イモを育て、豚や羊などを飼う。農業革命は、人類にとって大躍進だとする説もあった。不安定な狩猟採集の生活から、食料の不安のない生活を手に入れたという説だ。

著者はこれを史上最大の詐欺だという。人間が小麦を選んだのではなく、小麦が人間を選んだのだと。認知革命から農業革命の間、サピエンスは5万年以上、狩猟採集の生活を送っていた。農耕より遥かに豊かな暮らしだった。食物は栄養バランスが良く、気候変動に左右される農耕生活と違い、食料がなくなれば、ある場所に移動すればいい。しかも、労働時間は5時間程度。気楽な人生だった。ところが、農耕はちがった。雑草を刈る、水を引く、虫を駆除する。一生懸命に世話をしても、干魃、水害、イナゴの大発生。つねに危険との隣り合わせだった。穀類に基づく食事は、ミネラルとビタミンに乏しく、消化しにくく、歯や歯肉に非常に悪い。しかも、労働時間は8時間以上に延びている。

穀物によって人間が得られたものは、単位面積あたり、より多くの食物が取れるという事実。そして人類は、栄養バランスの偏りから以前より不健康ながら、人口を爆発させた。

■「ないものをあると想像」し、神を生み出した

認知革命・農業革命がもたらしたものは、宗教、国家、貨幣という概念だった。認知革命によって人間は、噂話をするようになった。チンパンジーも、「ライオンが来た」「鷹がきた」と話すことはできる。だが人類は、「あの滝には病気を治す精霊がいる」「びわの木の霊は、虫たちを遠ざける」だの、根拠がない噂話を繰り返すようになった。こうした話が神々を生み出した。

狩猟採集の人間のグループは、当初は最大150人が限界だった。それが、数千人、数万人単位となるには、共通の神々が必要だった。アジアでも、ヨーロッパでも、南米でも、同時多発で神々が生まれた。

農耕生活で生まれたものには、「未来」がある。未来は、不安とも言い変えられる。狩猟採集の時代は、いい意味でその日暮らしで、未来はそれほど心配なものではなかった。農耕生活では干魃、悪疫、水害……、不安が増大する。私たちの将来への不安は、この頃に生まれた。不安の数だけ神様がいる。豊穣の神から、かまどの神まで、八百万の神が生まれ、より価値を共有できる神に収斂していった。

神には、神に仕える神官がいる。神官が王に、神への捧げものが税になった。国家の創造だ。国家が帝国になり、領土を広げ続ける。帝国は勃興し、衰亡する。宗教、国家は、ジョン・レノンが「ないことを想像しよう」という前に、「ないものをあると想像してきたのが、サピエンスなのだ」というのがハラリの見立てだ。

そのいい例が、1789年のフランス革命。法律家たちが民衆を焚きつけ、ルイ16世を断頭台に送った。帝国と神は、1日で共和国に変わった。この革命で、自由、平等、博愛が高く掲げられたが、これらもまた虚構であると、著者はバッサリ切る。大日本帝国から、一夜にして民主主義の国になった私たちは、その虚構をよく知っている。

宗教、国家と時を同じくして生まれたのが貨幣だ。物々交換から始まり穀物、宝貝などを経て銀貨、金貨に形を変え、人類の生活を一気に変えた。紀元前1000年に生まれた3つの普遍的秩序、貨幣、帝国、宗教によって、単一な集団としての全世界と全人類を想像できるようになった。

■3つの革命を経てヒトは幸せになったか?

7万年前の「認知革命」、1万年前の「農業革命」に続き、500年前に起こった「科学革命」により、サピエンスは、途方もない世界に入り込んだ。人類は、何も知らなかったことに気づき、あらゆることを探求し続けることになった。過去500年間に、人間の力は驚くべき発展を見せた。5億人の人口は、80億人になった。人口は16倍、生産量は240倍、エネルギー消費量は115倍に増えた。支えたのが、科学革命。原子爆弾を作り、歴史の行方を変えるだけでなく、歴史に終止符を打つこともできるようなった。そして今、急速なAI時代を迎えている。

著者は、平明な言葉で書かれた本書の中で繰り返し問う。サピエンスは、3つの革命を経て幸せになったのか? 幸福は、将来的にコントロール可能になるかもしれない。DNAを操作して、不死やサイボーグを生み出すかもしれない。ただ、それがサピエンスが目指すものなのか。イスラエルに育った非ユダヤ教徒の著者は、なぜかゴータマ・シッダールタ(ブッダ)にその答えに近づく道を見出す。

「心が何か快いもの、あるいは不快なものを経験したときに、物事をあるがままに理解すれば、もはや苦しみはなくなる。人は悲しみを経験しても、悲しみが去ることを渇愛しなければ、悲しさは感じ続けるものの、それによって苦しむことはない。じつは、悲しさの中には豊かさもありうる。喜びを経験しても、その喜びが長続きして強まることを渇愛しなければ、心の平穏を失うことなく喜びを感じ続ける。(中略)『私は何を経験していたいか?』ではなく、『私は今何を経験しているか?』にもっぱら注意を向けさせる。このような心の状態を達成するのは難しいが、不可能ではない」(本文より)

『サピエンス全史』は、一大歴史エンタメ幸福論なのかもしれない。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月30日号)の一部を再編集したものです。

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ユヴァル・ノア・ハラリ 歴史学者、哲学者
イスラエルの歴史学者、哲学者。1976年生まれ。オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻して2002年に博士号を取得。現在、エルサレムのヘブライ大学で歴史学を教えるかたわら、「ニューヨーク・タイムズ」紙、「フィナンシャル・タイムズ」紙への寄稿など、世界中に向けて発信し続けている。『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21 Lessons』は世界的なベストセラーになっている。最新刊は『漫画 サピエンス全史 歴史の覇者編』(共著)

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(歴史学者、哲学者 ユヴァル・ノア・ハラリ 文=田中知二)

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