ヤマト運輸は"吉野屋の牛丼"で郵便局の牙城をぶっ壊した…「翌日個人宅配」が達成されるまでの知られざる物語
プレジデントオンライン / 2024年9月9日 10時15分
■小倉昌男『小倉昌男 経営学』(日経BP)
小倉昌男 Masao Ogura
1924年、東京都生まれ。47年東京大学経済学部卒業。48年、大和運輸(現ヤマト運輸)に入社。71年創業者の父の跡を継ぎ社長に就任。76年商業貨物から撤退し宅急便事業を起こす。87年会長に就任。91年取締役相談役に就くが会社に危機感を覚え、93年会長に復帰。同年ヤマト福祉財団を設立。95年再び会長を退く。2005年6月、腎不全のため米国ロサンゼルスにて死去、享年80歳。
宅急便は、1976年にスタートした。それまで、家庭から小荷物を送るのは、郵便小包しか方法はなかった。宅急便はそこに殴り込みをかけたのである。
その無謀な挑戦は、誰もが失敗すると考えていた。しかし宅急便は80年代初頭には採算点を超え、利益を計上。多くの企業が参入する成功事業に成長していくのである。
ヤマト運輸の前身、大和運輸は、1919年に東京・京橋区(現・銀座3丁目)で、小倉康臣によって創業された。鮮魚の輸送や三越との市内配送の契約などで急速に成長し、一大トラック運送会社となった。関東大震災の復興の輸送需要も成長に拍車をかけた。
1924年12月13日、康臣の次男として誕生した昌男は、東京大学経済学部を卒業後、終戦から間もない48年に大和運輸に入社する。しかし、終戦から10年間でトラック運送事業に大きな変化が訪れていた。西濃運輸や日本運送などの大手路線会社が台頭し、ヤマト運輸は長距離輸送の分野で出遅れてしまうのだ。終戦後、長距離輸送の主役は鉄道からトラックに変わりつつあった。
ところが、ヤマト運輸は関東一円のローカル路線に閉じこもっていた。社長の康臣は、長距離輸送は鉄道の分野だと固く信じており、昌男たち若手が長距離輸送への進出を何度懇願しても許さなかった。
大阪支店が営業を開始したのは、同業者に遅れること約5年、1960年のことである。康臣は優れた経営者だが、経営者の過去の成功体験が、時代が変わり新しい仕事を始めることの妨げになっていた。
待望の東海道路線に進出したものの、運ぶべき貨物が集まらない。営業トップを任されていた昌男は、大量輸送を見込める大口荷主と契約する顧客獲得に力を入れており、手間がかかりコストが割高だと思われた小口貨物を断るよう営業現場で指導していた。
しかし、この戦略は間違いだった。大阪を訪れた昌男が目にしたのは、大口も運ぶが、その陰で小口貨物を大量に運ぶ大手ライバル会社の姿だった。急遽、ヤマト運輸も小口貨物に対応し始めたが、後の祭りだった。
■多角化をやめて宅配に絞ることを決断
長距離路線市場に乗り遅れた改善策としては多角化の道を選び、総合物流企業(通運事業、百貨店配送、航空、海運、梱包業務など)を目指した。しかし、各事業はどれも伸び悩む。
さらに大口貨物へのこだわりが仇となり、基幹業務である商業貨物のトラック運送の収益までが悪化した。新たな成長の機会を探っている最中、昌男の頭に浮かんだのは、市場を商業貨物から個人宅配へと切り替え、事業の体制も、多角化とは反対のたった一つのサービスに絞ることだった。発想のヒントになったのは、異業種である吉野家の「牛丼」である。
昌男は古い新聞に載っていた「吉野家がいろいろあったメニューを止めて、牛丼一つに絞った」という記事を思い出した。大胆な発想に驚いたと同時に「なんでも運べる良いトラック会社になるという方向は、間違っているのではないか」という思いに至った。カギは、郵便局の牙城である個人宅配市場にどう切り込むかだ。
郵便局以外にライバルがいないにもかかわらず、個人宅配を扱う運送業者がいなかったのは、数々のデメリットがあったからだ。個人宅配は、いつ、どの家からどんな形の荷物をどこに運ぶのかが決まっていないので、集配効率が非常に悪い。昌男はこの問題を解決するため「全国規模の集配ネットワークを築けばビジネスになる」という仮説を立てた。
ネットワークの構築には、従来の物流の概念を覆すような発想の転換がいる。集配ネットワークの中心的な要素には「デポ」と呼ばれる集配拠点の設置が必要だ。これにより、個人宅配市場でも効率的かつ経済的なサービスの提供が可能となる。
さっそく動き出すと「リスクが大きすぎる」と役員からは猛反対。しかし、昌男は労働組合を味方につけ、役員全員の承諾を得て、事業化を進める。目指したのは、素人にもわかりやすい地域別均一料金と翌日配送を売り物にすることだった。
当時は小荷物の輸送を家庭の主婦が気軽に利用するにはハードルが高かった。そんな主婦にも気軽に買ってもらえるように「商品化」をしなければならない。商品化にあたって、「宅急便」というネーミングの商標登録をはじめ、荷作りは段ボール、サービス区域の限定、サービスレベルの向上、地域別均一料金、運賃制、原則たった一個でも家庭へ集荷に行く、専用の伝票を用いる、などを徹底した。
形のない宅急便のようなサービスがライバルに決定的な差をつけるためには、「サービスの差別化」が重要になる。荷物の輸送で消費者が最も望むものは、なによりも「早く」着くこと。
ヤマト運輸では、荷主から受け取った荷物を翌日に送り先に届ける「翌日配達」をセールスポイントに、個人宅配市場を独占していた郵便小包に勝負を挑んだ。
そのために整備したのが、全国を網羅する集配ネットワークと、どこからでも翌日配送を実現できるサービスの平準化だった。また、「在宅時配達」の実施で、サービスレベルが格段に上がり、これでライバルである郵便小包との差を決定的にした。
■なぜ次々に新商品を展開できたのか
宅急便事業を始めるにあたり、昌男が決断したのは「サービスが先、利益は後」という考え方。この発想は設備投資や社員採用にも生かされた。「社員が先、荷物は後」「車が先、荷物が後」というモットーも掲げ、社員数や集配車両の台数を積極的に増加。サービス水準を上げることで、潜在需要の開拓をしていったのである。
また、企業の成功には「現場が自発的に働く体制」が不可欠だと考えた。宅急便事業は、従業員全員が経営に参加し、責任感を持って仕事に取り組むことが大事だ。現場の意見やアイデアを尊重し、現場からのフィードバックを経営に反映する仕組みも整えた。さらには、対立関係だった労働組合を、共に企業の成功を目指すパートナーとして、むしろ強みとした。
宅急便は、従来のトラック輸送とは異なる全く新しい「業態」となった。宅急便を集配するための車両、荷物を仕分ける機械、車両の運行管理や荷物の追跡をする情報システム、そしてセールスドライバーの作業マニュアルなどを開発・改良しながら、商品ラインに「クール宅急便」「宅急便コレクト」「ブックサービス」「スキー宅急便」「ゴルフ宅急便」などを揃えた。クール宅急便のように巨額の新規投資が必要だったものもあるが、新商品を展開できたのは、利用者の潜在需要を確実に読み取ることができたからだ。
日本型組織の中で何よりいけないのは、年功序列の仕組みだ。企業が成長すれば、組織は肥大化し、官僚的になる傾向がある。
そこで昌男は、ピラミッド組織からフラットな組織を目指し、部下の目で見た「下からの評価」や同僚による「横からの評価」を取り入れ、社員の人柄を評価するなどして、組織の肥大化と、活性化の道を探り続けた。
最後に、経営者の資質について述べている。経営者には「論理的思考」と「高い倫理観」が不可欠。時代の変化により業績の消長は逃れられないかもしれないが、ヤマト運輸の後輩諸君が、世間に対し胸を張って歩み続けることを願ってやまない、と記した。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月30日号)の一部を再編集したものです。
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ヤマト運輸 元会長
1924年、東京都生まれ。47年東京大学経済学部卒業。48年、大和運輸(現ヤマト運輸)に入社。71年創業者の父の跡を継ぎ社長に就任。76年商業貨物から撤退し宅急便事業を起こす。87年会長に就任。91年取締役相談役に就くが会社に危機感を覚え、93年会長に復帰。同年ヤマト福祉財団を設立。95年再び会長を退く。2005年6月、腎不全のため米国ロサンゼルスにて死去、享年80歳。
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(ヤマト運輸 元会長 小倉 昌男 構成=篠原克周 撮影(書影)=市来朋久 写真=時事通信フォト)
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