なぜ「日本人が愛するTwitter」はカオスなSNSになったのか…大改革を断行したイーロン・マスクの惜しい欠点
プレジデントオンライン / 2024年8月30日 10時15分
※本稿は、笹本裕『イーロン・ショック 元Twitterジャパン社長が見た「破壊と創造」の215日』(文藝春秋)の一部を再編集したものです。
■わずか3、4日で社員の半分以上をリストラ
イーロンが見ているのは「人類」です。
彼はとてつもなく大きな絵を描いています。本当なら何世代もかかるようなことを、ひとつの世代というか、自分自身の生涯の中でやり遂げようとしている。そんな人はこれまでの人類史上、おそらくいなかったでしょう。
「できるところまでやって、あとは子孫に継承しよう」などという思いはおそらくない。だから、ものすごく時間に敏感なのです。彼と接していると、「なぜこの人はこんなに生き急いでいるのだろう?」とよく思います。
Twitterの社員を7800人から3000人に減らすのも、あっという間に決断して執行してしまった。通常のリストラであれば、計画してから執行までに半年ほどかけてやるようなことです。それを3、4日でやってしまう。それは、今まで普通に生きてきた私たちからすると違和感でしかありませんでした。
しかし、イーロンの時間軸で考えてみると普通のことなのでしょう。
■人類を救いたいけど、人間の心には無関心
これはあくまで私の推測ですが、彼は「人間の心」に興味がないのだと思います。
一方でイーロンは「人類を救いたい」とも言っています。
つまり、一人ひとりの人間に対しては興味がないけれど、人類という全体としての種には興味がある、ということなのでしょう。
もっと言えば、人間の「心」はどうでもいい、ということなのかもしれません。彼の中で「人類」と「人間の心」はイコールではない。
人間の脳にコンピューターチップを埋め込むニューラリンクを作ろうとしている時点で、人間の心なんか考えていないのかもしれません。人類という存在は尊重しているけれども、人間の個々の心や感情はあまり気にしていない。
イーロンが主語にするのは、つねに「人類」です。人類が主語なので、どうしても考え方は「マクロ」になります。
経営するうえでは、マクロとミクロ、どちらも大切です。しかしイーロンは、つねにマクロで見ている。人類レベルで何かを創造することに主眼を置いているのです。
■善と悪を見極められず、大手広告主は失望
本人がどう思っているのかわからないですが、私から見たイーロンは、「人の心がわからない人」なのではないかと思いました。そういう人が、どのようにサービスというものを理解しているのかは不思議です。
PayPalは決済サービスだったので、おそらくイーロンも理解しやすかったのでしょう。あくまで「機能」なので、そこに哲学や思いのようなものは入り込みづらい。しかしTwitterに世界中の人が投稿する言葉には、ヘイト、誹謗(ひぼう)中傷、ウソなどが入りこんできます。
Twitterとしては、そうした「悪」をそのままにしてはおけません。しかし、安易に削除すればいいとも限らない。つまり、「何が善で、何が悪か」を峻別(しゅんべつ)する絶妙なハンドリングが必要になってくるのです。
イーロンの買収後、アメリカの大手広告主が離れてしまったのは、「Twitterの運営ポリシーが不安定になってきた」と思われたからです。ポリシーは、ものすごくユーザーに影響があり、善と悪をどう見極めるかということに関わります。そこを彼は若干、踏み外してしまったのかもしれません。もしくは「踏み外した」と思われたから、広告主が離れたのです。
■Twitterのようなサービスには向いていない?
一方で、イーロンはわかりやすい基準も示しています。それは「法律に抵触しないものは了承する」というものです。たしかにそれは「究極の表現の自由」と捉えることもできます。だからある意味、彼のストーリーテリングは正しいという見方もあります。
しかし、それでは広告主には受け入れられなかったのでしょう。
「何が善で、何が悪か」を峻別する絶妙なハンドリングを追い求めることが、Twitter運営の難しさです。そして、つねにそれを追求する考察力や倫理力などが求められる。
テスラやスペースXなど、テクノロジーがエンジンになるものに関しては、イーロンは大得意です。しかし、人間の心の機微を絶妙に読み解かなければならないTwitterのようなサービスは、もしかしたら向いていないのかもしれません。
■「3時間でやってくれ」は日常茶飯事
彼からはいつも、突然連絡が来ました。
もちろん彼としては自分のスケジュールで進めているのだと思いますが、私たちはそのスケジュールを見ることはできません。だから「突如としてぶっこんできた」という感覚になる。これは彼と出会ってから半年間、ずっと変わりませんでした。
イーロンがTwitterの買収を完了したのが2022年10月28日のこと。
それ以降は、毎週土曜日になんらかの指令がありました。彼から直接来ることもあれば、誰かを経由して来ることもあった。そしてたいていは「明日からやろう」とか「今からやろう」というもの。「3時間後までにこれをやってくれ」という指示もよくありました。
イーロンとのやりとりで印象的だったのは、決断の早さです。彼は決断のスピードには妥協を許しません。矢継ぎ早に指示が飛んで来ました。
規模の大きい企業になると、どんなに早くても「じゃあ来週ね」とか「じゃあ来月までに」くらいのスピード感になってしまうものです。そこを彼は、日単位、時間単位のスピード感で進めるのです。
■「実行」しないと革新的な成功は生まれない
たとえば「日本向けに検索連動型の広告商材を作りたい」という話をしたとき、彼はその場でその話に没頭して、そのまま「よし、やろう」と決めてしまいました。結局その商材は、2〜3週間という異常なスピードでできあがった。彼の時間軸は、本当に尋常じゃないのです。
一方、時間軸が早いということはリスクも高いのは当然です。
すぐ壊れたり、問題が起きたりすることも、しょっちゅうあります。それでもイーロンは言うのです。「完璧なものは出ない。でも、出すんだ」と。彼は、まずは出してしまって、とにかくフィードバックをたくさん吸い上げていこうという考え方です。そこは、ある面ですごく正しいと思います。
スペースXがまさにそうでしょう。2023年4月には打ち上げた大型宇宙船「スターシップ」が空中で爆発したことがありましたが、それは彼にとっては「いい実験ができた、多くのことを学んだ」ということになります。
人によっては、そんな発言を負け惜しみと捉える人もいるしょう。でも、たしかにいい「実験」なのです。どんなに石橋を叩いても、どんなに議論を重ねても、「実行」という「実験」をしなければ理論だけでは革新的な成功は生まれないのかもしれません。
スピードへの妥協は許さない。だから彼を止めようとする人は、排除されてしまいます。それはいい側面もありますが、一方で彼を思いとどまらせて代案などを議論しようと言ってくれる人が、ときには必要だとも思います。
■日本企業の長寿の秘訣は「急がば回れ」
彼に「急がば回れ」という発想はないと思います。
「最初に外堀から埋めていくほうがうまくいく」と考える経営者もいるでしょう。しかし、彼はいきなり本丸に行ってから、どうしたらいいかを考える。考えてみれば、市場価格の1.5倍もの株価でTwitterを買うのは尋常ではないわけです。しかも買収規模にしては広範囲のデューデリ(デューデリジェンス=資産の適正評価)もせずに、です。
彼は買ってから、速攻でコストを削減したり大胆な改革をすることで「デューデリの時間」でさえも無用化してしまうのかもしれません。
日本人である私としては悩ましいところがあります。
100年企業はアメリカよりも日本のほうがはるかに多いのです。日本企業の経営はサステナビリティを大切にします。それができたのは「急がば回れ」という価値観があったおかげでもあると思うのです。
「急がば回れ」が辞書にないイーロンは、大胆にゴールに突き進みます。それは一見、正しいようにも見えます。しかし、このままで、スペースXやテスラ、Twitterが100年企業になるのかは正直わかりません。
■多くの日本人がTwitterに魅力を感じる理由
日本でTwitterが成功したのは「急がば回れ」でエコシステムをしっかり作れたからです。私がここで「エコシステム」といっているものは、多くの人が循環的に関わり合う経済圏のようなものです。
たとえば、自らは「コンテンツ」を持たないSNS企業にとって、大事なのはユーザーたちの投稿の質と量です。様々な投稿の中には、文字通りのつぶやきや友人との会話もあれば、ニュースや政治的な意見の発信も、商品を売ろうとする企業の広告もある。
そんなユーザーの動態を大学が研究して発表すれば、そのニュースがまたタイムラインに登場してユーザーが様々な意見を投稿したり、ちがう団体が別の角度からニュースを出して、またそれに……。と、たくさんの人が多様な使い方でTwitterに関わることで、そのこと自体によって「多種多様な話題が色んなところに波及していく開かれたプラットフォーム」としてTwitterはどんどん魅力的になっていきます。
■「エコシステム」を破壊したのは正しかったのか
Twitterの投稿は基本的に全てがオープンですから、たくさんの人たちが思い思いに使うことで、新しいヒトモノカネを持続的・循環的に巻きこみながら拡散していく。こうして、Twitterというサービスを中核にした「エコシステム」が形になっていくわけです。
この状態をしっかり築くためには、ユーザー一人ひとりはもちろん、プラットフォーム上で広告を出そうとする広告主や代理店、研究・公的機関といった、様々な集団との関係を維持しつづけることが大切になります。各関係者がそれぞれの関わり合い方をしているわけですから、何かを変えようとするときにも、全員との調整が必要になる。
しかし、思い描くゴールに最短距離で向かいたいイーロンにすれば、こうしたものも「しがらみ」にうつったのかもしれません。彼がそうした結びつきを容赦なく破壊したり、毀損させたりすることは、短期的には正しいとは思えませんでした。
しかし、いま過去を壊すことで、将来新たな革新的なものを築けるかもしれない。成功するためにそれが正しい判断だったかは、未来になってみないとわからない。とりあえず今は彼があまりにも速いスピードで未来の成功に向かって突き進むものだから、まだ成否を語るには早すぎるのでしょう。
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DAZN Japan最高経営責任者、元Twitter Japan代表取締役
1964年タイ・バンコク生まれ。88年獨協大学法学部卒業後、リクルートに入社。99年クリエイティブ・リンク取締役COOに就任。2000年MTVジャパン取締役COOに就任、02年MTVジャパン代表取締役社長兼CEOに就任。07年マイクロソフト入社、執行役員オンラインサービス事業部長などを経て、09年マイクロソフトPte Ltd. コンシューマ&オンラインマーケティング事業・東南アジア地域GM兼アジア太平洋地域統括責任者に就任。11年ドリーム・フォー代表取締役社長CEOに就任。14年、Twitter Japan代表取締役に就任。23年同社を退任。24年2月DAZN JAPAN/ASIA最高経営責任者/CEOに就任。KADOKAWA、サンリオの社外取締役、ユニークビジョンの経営顧問も務める。
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(DAZN Japan最高経営責任者、元Twitter Japan代表取締役 笹本 裕)
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