「24時間以内に会社に残るか決めてくれ」Twitter社を"破壊"したイーロン・マスクが真っ先にリストラした部署
プレジデントオンライン / 2024年8月31日 10時15分
※本稿は、笹本裕『イーロン・ショック 元Twitterジャパン社長が見た「破壊と創造」の215日』(文藝春秋)の一部を再編集したものです。
■昨日までいた人が今日はもういない
最初の5週間は「リストラの5週間」でした。
当時のCFOやCEOも初日や2日目にいなくなりました。
Slackには全社員がメンバーとして入っています。すると、Slackに表示されるメンバー数が「あれっ? 7800人くらいだったのが3000人に減っちゃったぞ」となったり、「あ、今週は100人減った」「また100人減った」となったりするのです。
「え、いまは何人だっけ?」「いま、どうやら3000人を切ったぞ」みたいなことの繰り返し。毎日、毎週のようにSlackの人数が減っていくのを見てきました。
ちなみに2023年の1月に、Slackを全部リフレッシュしました。スレッドがあまりにもたくさんあって、みんなが自由に会社への批判なんかを書き込んでいたからです。イーロンが「一度全部きれいにする」と言って立て直しをしました。
■会社に残るかどうかはワンクリック
おそらくイーロンには「人員をこれくらい減らしたい」という目安があったのだと思います。
一度大きなリストラをやったのですが、その数字に満たなかった。そこで、自主退職を促していきました。
その促し方もシンプルなものでした。メールでフォームが送られてくるのです。そこには「24時間以内にこのGoogleフォームで『残る(Commit)』を選択してくれ」と書いてあります。フォームに飛ぶと「残る」というボタンがあって「これを押してくれ」というわけです。そして「24時間で締め切るからね」と言います。
これはこれで、すごい決断の求め方だなと思いました。「残るやつはそれを押しなさい」と。
「24時間経って押していなかったら、あなたは自主退職すると申告したことになるからね」という内容なわけです。社内では「どうするの? 押す? 押さない?」みたいな会話が飛び交っていました。
まるで韓国のドラマ『イカゲーム』のようでした。タイムリミットがあるわけです。
■大企業なら絶対にできない強引なリストラ
「休みを取ってる人はどうするの?」という問題もありましたが、イーロンは「そんなの関係ない。とりあえずやる」と言って進めてしまいました(休みを取っていてメールも見ていなかった人は、いちおう調整があったようです)。
こういうやり方も「棚卸し」ではない。「2週間くらい猶予を与えて、休んでいる人には連絡しておいて」みたいなステップはないのです。これ以降、同じようなことをやるときには、どこかのビーチでくつろいでいる人にもホテルまで電話して「メールを見ておけ」と伝えるルールになりましたが……。
やり方は本当にベンチャー企業なのです。もし人事や法務のきちっとした部署があったら絶対に止めていたはずです。強引に全部やっていく。イーロンのやり方は、ここにも出ていました。
■イーロンが真っ先に切ったのは「広報」
リストラでは、広報を真っ先に切ってしまいました。
イーロンの価値観は「広報やマーケティングは必要ない」というものです。自分自身が広報になるからいいと思っているのです。
よっていちばんに広報を切ってしまったのですが、テスラやスペースXの人と話をして、わかったことがあります。
イーロンは「PRという言葉」が嫌いらしいのです。もともとTwitterの広報職は「PR」とはちょっと違います。でも、誰かが「この部署はどういう部署なのか」とイーロンに聞かれたときに「PR的なものだ」と答えてしまったようです。
一方で、スペースXやテスラに広報のような人たちはいないのかというと、そんなことはありません。広報担当はやっぱりいるんです。でも彼らは自分たちのことを「ロビイスト」とか「ストラテジック・コミュニケーター」といった言い方をしています。
「PR」というのはイーロンからすると、ちょっとチャラいイメージがあるのかもしれません。日本でのスターリンクの発表会も、全部イーロンがチェックをして「広告代理店は絶対に入れるな」と言われたと聞きました。
「無駄に派手にするだけだから、俺は認めない」ということなのでしょう。広報のあり方に関して、イーロン独自の意見があるだけで、別に必要ないと思っているわけではないのです。
■「社員は200人で十分」という妄想力
イーロンはポッドキャストで「社員は200人で十分だ」という発言をしたそうです。彼の発想力というか、妄想力の強さは尋常ではないな、と思いました。
もしかしたら、何十年後かには機械学習やAIの技術で、本当に200人くらいで運用できるようなサービスになっているかもしれません。そういった妄想はいいと思うのですが、現実はすぐそこに到達するわけではありません。
イーロンの描く時間軸と現実がうまく噛み合っていない。だからTwitterは、息絶え絶えに運営しているというのが現状なのです。
■社内の伝達系統が破壊され、大混乱
2023年に入っても、まだ破壊の延長線上にいました。
すべての支払いや契約が止められてしまっているなかで、会社としてこれまでどおり事業を継続していかなければいけない。
これは相当な混乱を招きました。それこそビルの賃料から、オフィスの掃除費用まで、全部がいったん「未払い」になったのです。
しかも「なぜそうなったのか」を説明するための伝達系統もありませんでした。2022年10月から12月にかけての破壊で、社内の伝達系統が破壊されてしまったからです。まずはそこから探らないといけない。
ある意味で、戦争中に通信が断たれて孤軍で戦っているような状態に置かれていました。「どうやったら本部と連絡を取れるんだ!」というような、ものすごいカオスに入っていた状態。それが2023年のスタートの光景です。
とはいえ、社内はカオスでも、それを対外的に見せるわけにはいきません。当然、表向きは「正常に事業が進んでいる」というかたちにするわけですが、そのための配慮にけっこう苦労しました。かなりストレスフルな状態でした。一つひとつ伝達系統を直しつつ、状況を把握して、それに対応する仕方を模索していくしかありませんでした。
■未払いでTwitter社の信頼は失墜したが…
「支払いを止める」と決断したのはイーロンです。
「さすがにこれはダメですよ」というものはフィードバックをして「じゃ、それは対応しよう」ということになるのですが、それでもなかなか振り込まれない。よくよく調べてみたら「振り込む予定だった人が辞めちゃっていた」といったこともありました。
「未払い」などというのは、ビジネス活動においては「破壊」です。企業の信頼が一瞬にして吹き飛んでしまう。
それでもその選択をしたのは「支払いが正しいかどうかを精査するため」でした。精査をして正しいものは払っていく。継続しなくていいものは継続しない。または今まで過分に投資していたものは、縮小したり、なくしたりしていく。「正しい取引であるのかどうかを検証できるまでは支払わない」というのが方針でした。このやり方はかなり極端だし、迷惑をおかけすることになりました。
■会社支給のクレジットカードも止まった
この当時に会った日本の執行役員はこんなことを言っていました。
「このあいだ80人くらいで決起集会をやったのですが、30万くらいかかっちゃったんです。でもクレジットカードで払おうとしたら使えなくなってました……」
会社から支給されているクレジットカードが、Twitter社全体がクレジットカード会社に対して未払いなので使えなかったのです。だから、なぜか本人がブラックリストに載ってしまっているという、かわいそうな状態でした。結局、その役員は自腹でみんなにごちそうしたそうです。
毎月末に払うはずのオフィスの家賃も2カ月くらい未払いになっていました。イギリスのオフィスは、ピカデリーサーカスというところにあって、いわゆる一等地です。各地域のTwitterのオフィスは一等地にあります。
イーロンからしたら「赤字の会社なのに、それもどうなのか」という話なのでしょう。ピカデリーサーカスにあったオフィスが入っているビルは、英国王室の持ち物。「そこにオフィスが入っている」というステータスをイーロンはきっと嫌ったのだと思います。
かといって、それを未払いにするのは問題です。イギリスのオフィスに関しては訴えられたので、お支払いしたそうです。
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DAZN Japan最高経営責任者、元Twitter Japan代表取締役
1964年タイ・バンコク生まれ。88年獨協大学法学部卒業後、リクルートに入社。99年クリエイティブ・リンク取締役COOに就任。2000年MTVジャパン取締役COOに就任、02年MTVジャパン代表取締役社長兼CEOに就任。07年マイクロソフト入社、執行役員オンラインサービス事業部長などを経て、09年マイクロソフトPte Ltd. コンシューマ&オンラインマーケティング事業・東南アジア地域GM兼アジア太平洋地域統括責任者に就任。11年ドリーム・フォー代表取締役社長CEOに就任。14年、Twitter Japan代表取締役に就任。23年同社を退任。24年2月DAZN JAPAN/ASIA最高経営責任者/CEOに就任。KADOKAWA、サンリオの社外取締役、ユニークビジョンの経営顧問も務める。
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(DAZN Japan最高経営責任者、元Twitter Japan代表取締役 笹本 裕)
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