「寝る前のスマホは絶対にダメ」とは限らない…日本人が誤解している「睡眠の正しい常識」
プレジデントオンライン / 2024年8月30日 17時16分
■「どこでもいつでもすぐ眠れる」は睡眠不足
(前編から続く)
――睡眠不足の人にはどんな特徴があるのでしょうか。
わかりやすいサインは3つあります。
昼間から夕方の時間帯に眠くなる人は、明らかに睡眠不足です。電車の中で寝る人も、典型的な睡眠不足ですね。
パワーナップ(昼寝)をした時に寝つきがいい人もですね。「俺はどこでもいつでも1分で眠れる」と豪語している人は、間違いなく睡眠不足です。人間は、昼寝しようとしても、そう簡単には眠れないんです。昼間の時間帯に8分以内に眠れる人は、睡眠不足の可能性があります。
そして、週末の寝だめをする人です。週末の睡眠時間が平日より2時間以上長い人は睡眠不足です。あと、自分はショートスリーパーだという人の殆どが、自覚の無い睡眠不足です。真に短時間睡眠で十分なショートスリーパーは、極めて希な体質なんです。
■自分の「最適睡眠時間」を一発で知る方法
――大人の理想の睡眠時間はどれくらいでしょうか。
最適な睡眠時間は、年代によって徐々に変わります。20代以降は6~8時間が必要とされていますが、あくまで平均値です。実際は必要な睡眠時間は体質で決まっていて、一人ひとり個人差があります。
自分に必要な睡眠量が一発でわかる方法があります。最低3晩、できれば4晩連続で、眠れるだけ眠ってみることです。その際、他の人に邪魔されない環境で連続して眠ります。
すると、多くの人は最初の晩の睡眠時間が長くなります。2日目から減っていって、最終的に3日目あるいは4日目は睡眠時間が一定になり、それがその人にとって十分な睡眠ということになります(図表1)。
■理想は「同じ時間に寝て、同じ時間に起きる」
――朝、気持ちよく目覚めるにはどうすればいいでしょうか。
ものすごく簡単なことです。30分でも早く寝てください。今より睡眠時間を30分でもいいから伸ばしてほしいんですね。それだけで、朝の寝起きがすごく変わりますよ。
睡眠が足りていたら、朝スッキリ起きられるのが当たり前なんです。その単純な、当然のことに気がついていない方が多いんですね。
就寝時刻も起床時刻も変えずに、睡眠の質を良くしようといろいろな努力をするよりも、まず30分早く寝ることですね。「睡眠は質より量」が重要なんです。
騙されたと思って、30分早寝を3日ほど続けてみてください。すると、ほとんどの人が調子が良いと自覚するはずです。
――就寝・起床時刻が不規則な場合、どういう影響がありますか。
疫学調査の結果があって、睡眠の不規則性、例えば就寝・起床時刻の不規則な人ほど、循環器疾患や生活習慣病、つまりメタボ(メタボリックシンドローム)にかかりやすくなります。
睡眠は、規則的なことが非常に重要なんです。睡眠量よりも規則性のほうがさらに大切だと主張する研究者もいるぐらいですから。いつも決まった時間に起きて、寝るという、睡眠のリズムを崩さないことが理想なんです。
■週末の寝だめは「時差ボケ」を作り出す
――休日の寝だめはよくないのでしょうか。平日は寝不足気味なので、週末ぐらいゆっくり寝たいと思ってしまいます。
慢性的な睡眠不足をリカバリーするには4日ほどかかります。ですから、休日の2日間だけでは完全には回復できません。
また、週末に寝だめをすると、社会的時差ボケ(ソーシャル・ジェットラグ)になってしまいます。週末の起床時刻と就寝時刻の真ん中の中央時刻が、平日より2時間以上ずれると、時差ボケ状態になるんです。
例えば、平日は深夜0時から朝7時までが睡眠のコアタイムの人が、金曜日の晩は真夜中の2時から昼12時まで寝たとすると、平日の中央時刻が3時30分、週末の中央時刻が7時なので3.5時間のズレが生まれます。
これは、インド―日本の時差と同じです。土曜日にインドへ旅行して、月曜日に日本に帰ってきた時の時差ボケを想像してみてください。調子悪いのは当たり前なんですよね。
■「睡眠負債」は返せても、睡眠の貯金はできない
週末の寝だめはスッキリ目覚めるどころではないのです。寝だめしすぎて調子悪いって多くの人が言いますけど、あれは寝すぎたことが問題なんではなくて、自分で作り上げた「時差ボケ」が問題なんです。
「週末に10時間も寝てしまった」という人がいますが、10時間眠れるっていうのは、それだけ「睡眠負債」が貯まっていたということなんです。寝だめで過去の負債を返している状態で、将来の睡眠時間を貯めているわけじゃないんです。人間は睡眠が充足していると、それ以上眠ることはできません。
それでも、抱えた睡眠負債を週末に少しでも返すことは意味があります。休日に寝だめする場合は、睡眠中央時刻をあまり大きくずらさないように注意してください。
■「好きなだけ寝てみる実験」の驚きの結果
――自分では気づかないけれど、実は睡眠不足ということもあるのですか。
十分眠れていると感じている若者でも、実は潜在的な睡眠負債を1時間ほど抱えていることを示した、おもしろい実験結果があるんです。
健康な20代の若者30人を対象にした実験で、初日に普段と同じ睡眠時間の7時間25分ほど寝てもらい、次の日から、9日間眠れるだけ眠ってくださいという実験を行ったんですね(図表1)。すると、1日目は10時間半以上眠るんです。これは、負債を返している状態です。
十分眠っているつもりの若者なんですけど、実は7時間25分では睡眠が足りないんですね。あくまでも30人ほどの平均結果です。
だんだん2日目、3日目になると、睡眠時間が一定に落ち着いていって、4日目になると、8時間25分以上は眠れない。長く寝てくださいって言っているけど、もうこれ以上は眠れない。完全に睡眠が充足した状態になる。
何を意味しているかというと、睡眠不足を自覚していないということ、そして、重要なのは、1時間の睡眠負債を完済するのに、3日、4日はかかるということです。つまり、週末の1、2日の寝だめでは、負債は全部は返せない。そして、睡眠の貯金はできないっていうことなんです。
■「寝る前のスマホは絶対NG」とは限らない
――それとは逆に、睡眠できていないと悩んでいても、実は熟睡できているケースもありますか。
はい、不眠(眠りたいのに眠れない)の悩みを訴える方々のうち、6割5分くらいが、客観的には眠れているのに、主観で眠れていないと感じている「睡眠誤認」です。残りの3割5分が本当に眠れていない、客観不眠です。
睡眠誤認か客観不眠かは、客観的に睡眠を測定をしてみないとわからないのです。
――寝る前のスマホはやめたほうがいい、という話は本当でしょうか。
「寝る前のスマホやパソコンは眠れなくなるからダメ」とよく言われていますが、悪いのはスマホでなくて、コンテンツです。その人にとって癒しになる、落ち着いて眠くなる動画、例えば景色や自然、好きな動物などであれば、寝る前に見ても問題はありません。
ただし、ベッドに入っていつ寝落ちしてもいいような態勢になっていることが前提です。
■猫の動画を「睡眠儀式」にして、睡眠が改善
実際、「ベッドに入ると不安を感じ、寝ようとしても眠れない」と悩んでいる40代女性のケースでは、猫の動画を見ると不安が癒されるけれど、寝る前の動画は睡眠を妨げると思ってがまんしていたそうです。
そこで、「癒しになるなら猫の動画を見て寝ましょう。習慣化して、睡眠儀式にするといいですよ」とアドバイスをしました。
その結果、睡眠に対しての嫌気やプレッシャーが少なくなり、非常に良い睡眠をとれるようになりました。入眠が早くなり、昼間の眠気も取れたそうです。
絶対やってはいけないのは、脳が興奮して眠れなくなるゲームやチャットなど、インタラクティブな操作を伴うコンテンツです。次から次へと見続けてしまうショート動画もダメです。
――いびきの音で起きてしまいます。いびきをかかない方法はありますか?
いびきを自覚している人は、横向きに寝るといびきが抑制されます。睡眠時無呼吸症候群の人も、横向きに寝るのが効果的な場合があります。
枕は少し両側の高い枕が横向き寝にいいですね。この枕を使うと、横向きの時間を長くすることができるはずです。また、抱き枕も効果的です。
■夏の夜は、エアコンを付けっぱなしにすべき
――暑い夜、エアコンは付けたままがいいのでしょうか。
タイマー設定だと、睡眠中に暑苦しくて起きてしまうのでダメです。たとえ起きなくても、エアコンなしでは睡眠の質が悪化します。朝までつけっぱなしで寝てください。
室温は実測値で26~27度を超えると暑苦しく感じると思います。タオルケットなど、薄手の掛け寝具をかけてちょうどいい室温に設定してください。起きた時に、パジャマが汗ばんでいる場合は室内が暑すぎるので、必ずエアコンを付けて寝てください。
私たちは眠っている間も、無意識のうちに手足を寝具の外に出したり引っ込めたりして、体温調節をしています。掛け寝具が無いと、この体温調節ができなくなるので、必ず何かかけて寝ましょう。何もかけずに寝るのが快適という人は、部屋が暑すぎると思ってください。
■寝室だけでなくリビングルームの照明も重要
――柳沢教授も実践している、おすすめの快眠方法を教えてください。
朝から昼の時間帯に、屋外を見て屋外の光を目に入れることです。光そのものに覚醒作用があるので、強い光を目に入れるだけで、テンションが上がって目覚めます。日が暮れてから就寝時刻までの間は、その逆で強い光を目に入れないことです。
寝室だけでなく、夕方から夜にかけて過ごすリビングルームやダイニングルームの環境も重要です。照明は薄暗くして、100ルクス未満、50ルクスもあれば十分です。外から帰ってきたときに薄暗いなと感じる明るさです。日本の住宅は明るすぎるので、雰囲気のいいレストランやホテルの部屋、北欧の間接照明を意識して、部屋を暗くしましょう。
寝る時は、真っ暗が基本です。夏は日が早く明けるので、遮光カーテンを利用して早朝覚醒しないようにしましょう。
特に、20歳から30歳までは夜型の睡眠パターンなのですが、夜に明るい照明を目に入れると、体内時計が遅れて眠くならず、さらにどんどん夜型になっていくので注意してください。
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筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 機構長・教授
1960年東京生まれ。筑波大大学院修了、医学博士。文化功労者。1991年に31歳で渡米、テキサス大学サウスウェスタン医学センターとハワードヒューズ医学研究所にて、2014年まで24年にわたって研究室を主宰した。2010年に内閣府 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に採択され、筑波大学に研究室を開設。睡眠から健康をつくることを目的に2017年、筑波大発のスタートアップベンチャー「S'UIMIN」を起業。睡眠を「見える化」するため、睡眠中の脳波を自宅で精度よく計測できる有料サービスを提供している。監修本に『睡眠の超基本』(朝日新聞出版)。
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(筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 機構長・教授 柳沢 正史 聞き手・構成=ライター・中沢弘子)
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