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270キロ先にも「中年男性がニヤリと笑う看板」がある…八王子の歯科医院が「うさん臭い看板」を大量に出すワケ

プレジデントオンライン / 2024年9月3日 9時15分

首都高速道路4号新宿線下り(永福)に位置する、3連の看板。首都高を走るドライバーの目に驚きをもたらす(『異端であれ!』より)

東京・八王子のきぬた歯科は、北は栃木県から、西は三重県まで、340を超える看板を設置している。院長のきぬた泰和さんは「『うさん臭い』『なぜ八王子の歯科医院が看板を出すのか』と言われるが、インパクトを残せればそれでいい」という――。

※本稿は、きぬた泰和『異端であれ!』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■“八王子の歯科医院”が看板広告に2億円をかけるワケ

「きぬた歯科」は現在、右肩上がりで売り上げが伸びており、年商15億円から、今後さらに成長していく軌道上にある。同業他社や開業医との比較であれば、わたしは「成功者」ということになるだろう。

学生のときの自分、いや30代の自分でも、いまわたしが置かれた状況を知ったら、間違いなく狂喜乱舞したはずだ。

「きぬた歯科」と言えばの看板広告は、北は栃木県から西は三重県まで設置しており、その数は340を超えている。看板広告のために現在、年間約2億円を注ぎ込んでいるが、この2億円は崩さないどころか、今後はむしろ増やしていくつもりだ。

数年後に治療対象者になる方々を見越して、事前に「きぬた歯科」を認識しておいてもらい、いざ歯科医院に行くとなったときに最初に想起してもらうため、途切れなく看板を出し続ける必要があるからだ。

わたしが看板広告をはじめてからあまりに時間が経ち過ぎたので、ほかの歯科医院が追随するのはもはや無理ではないかと思うことすらある。「インプラントはきぬた歯科」という刷り込みは、おおよそ完了している。

いまの状態が続けば、わたしは誰が追ってこようと余裕で逃げ切れる自信がある。あくまで看板戦略という意味合いにおいてだが、わたしはすでに先行者利益を獲得している。

■看板広告で「脳への刷り込み」を狙う

看板広告の強みの本質はなにか――。

それは端的にいうと、「イメージの刷り込み」に尽きる。加えて、何度も繰り返し目に入る「単純接触効果」によって、その刷り込まれたイメージやメッセージが見る者の脳で強化、定着していく。

人間の脳に強力に刷り込まれる看板広告の威力は侮れないものがある。子どもの頃、地元の街でちょっと個性的な看板を出している店がなかっただろうか?

ふつう、子どものときに過ごした街の記憶はどんどん薄らいでいくものだが、そんな看板を出していた店だけは、大人になっても妙に覚えていることがある。記憶のなかで、「あの角を曲がると変な看板があったんだよな」と、意外と印象に残っているものがあるのだ。

これが、「刷り込み」と「単純接触効果」の威力である。

看板広告はエリアを限定するものの、そのエリア内ではマス広告の役割も果たすことができる。マス広告というと、一般的にテレビやラジオのCM、新聞や雑誌広告などが連想されるが、その多くも刷り込み型だ。

あるものが買いたくてテレビや新聞を目にしていたわけではないのに、そこで放映されるCMや掲載されている広告を何度も見るうちに、それが気になってきたり、なぜか欲しいような気がしてきたりするわけである。

ただし、これらのマス広告は、ターゲットが広いだけにどれも単価が高い。そんな高価なマス広告が乱立するなかで、対象を限定するかたちの看板広告は圧倒的に安価で、しかも強烈な影響力を与えられるのだ。

■看板は“最高にコスパが良い”と言えるワケ

ひるがえって、インターネット広告は、ポータルサイトに載せるマス広告的なものもあるが、基本的にはターゲティング広告といえる。

関心あるキーワードを検索したり、それ自体を探していたりする過程で出会い、それをクリックしなければ詳細はわからない。マス広告とは、まったく成り立ちが違うものである。

そして、ターゲティング広告は、実は効率が悪いのではないかとわたしは考えている。なぜなら、もともとそれを欲している人しか反応できないからだ。

それよりも、何度も目に入ってくるものを(無意識にでも)覚えてしまう人間の性質を利用したマス広告のほうが、潜在顧客は圧倒的に多くなる。もともと欲していないものですら、繰り返し見るうちになんとなく欲しくなってしまうのだから、極めて強力な集客方法といえるだろう。

そのうえ、看板はエリアを限定するので、より効率的なマス広告になり得る。ある意味では、ターゲティングの要素も兼ね備えたハイブリッドな広告なのである。

しかも、繰り返しになるが、圧倒的に安価で取っ掛かりやすく、24時間視認できて、不特定多数の人に第一想起させられるわけだから、最高にコスパがいい広告ではないだろうか。そうした点に、わたしは看板の面白さと魅力、そして大きな可能性を感じたのだ。

■大企業の広告には「熱量」を感じない

むかしから、街中にあたりまえに存在するにもかかわらず、看板広告の絶大なる効果に意外と多くの人は気づいていないと述べた。

街を見渡すと、とにかくいろいろな看板が目に入ってくるが、あまり頭に入らない広告も多いものだ。たとえ頭に入ったとしても、すぐに出ていき忘れてしまう。その理由はいわずもがな、ほとんどの場合、看板をひとつ、ふたつ出す程度で終わってしまうからだ。

看板の効果を最大限にするためには、ただ目立つ看板を置けばいいという単純な話ではないのである。そうではなく、同じ看板をいくつも並べて、一気呵成(かせい)に展開するからこそ、強烈な刷り込み効果が生まれる。

看板広告を積極的に展開している大企業もある。資金が豊富なので、それらの企業はかなりの規模で看板広告を展開できる。

だが、わたしにいわせれば、マーケティング部の人間は所詮、雇われ人であり、身銭を切って看板を置くわけではない。そのせいか、ただ地図やリサーチ結果を睨(にら)みながら、賑わう場所や交通量の多い場所に、ただ落とし込んでいるだけのように見える。

当然、そんな置き方では人の頭に入り込むことができない。広告主の「熱量」を、なにも感じさせない置き方だからだ。

「きぬた歯科」のきぬた泰和院長
写真=KADOKAWA
「きぬた歯科」のきぬた泰和院長 - 写真=KADOKAWA

■看板広告で“強烈な刷り込み”を生み出すコツ

特に、幅広いエリアを網羅しようと、散発的かつ等間隔に置いていくのはあまり意味がない。人の頭に入り込み、心を揺るがすためには、特定の場所に一気に並べるような工夫が必要なのだ。

同じ10個の看板広告を置くのでも、10個を一気に並べるのと、混雑エリアごとに等しく分散して置くのとでは、意味合いも効果もまったく違ってくる。人の目に入りやすい場所をひとつ選んだら、その1カ所に複数の看板広告を一気に並べるほうが、見る人の印象はがらりと変わるはずだ。

置き方には、ほかにもいろいろなコツがあるが、もうひとつ重要なのは、いわゆる「看板銀座」みたいな場所は避けるということだ。

人通りが多いからといって、例えば新宿駅前や渋谷駅前といった場所は、いくら置いても看板の洪水に埋もれてしまうだけである。これも、案外わかっていない人が多いポイントといえる。

ただし、わたしは新宿エリアに3カ所、看板広告を設置している(2024年現在)。市谷の防衛省付近にあるビルの屋上と、信濃町、そして新宿の伊勢丹新宿店の近くで明治通りと靖国通りが交わる場所だ。

これは少々高度な置き方で、わたしの看板全般にいえることだが、看板の下部に書いた「JR西八王子駅前」というインフォメーションとのギャップを狙っているのだ。

中年のおっさんがにやりと笑う「きぬた歯科」の看板。設置箇所は340以上
提供=きぬた歯科
中年のおっさんがにやりと笑う「きぬた歯科」の看板。設置箇所は340以上 - 提供=きぬた歯科

■「異様さ」と「うさん臭さ」で勝負する

わたしの狙い通りこの看板広告は評判がよく、「なんで西八王子なのに新宿なんだよ!」「この歯医者、うさん臭過ぎるだろ」などと、ネット上でも話題になり拡散されているようだ。

大都会の光輝くおしゃれな看板群のなかで、ひときわ目立つローカル感。デザインを含めたその「異様さ」によって、見る者に強烈なインパクトを残すことに成功した。

ここで、「新宿駅徒歩3分」「青山通り沿い」などという看板があると、見る者は途端に白けてしまう。「どうせボロ儲けしているんだろう」「成金の歯医者か」くらいに思うだけで、ほとんどの人は名前も忘れてしまうのがオチだ。

そんなおしゃれなだけの、吹けば飛ぶようなものではなく、看板広告にはもっと「大衆感」が欲しい。見た者が鉄板ネタとして周囲に話せるような、「ネタ感」が必要なのである。

中年のおっさん(わたしのことだ)がにやりと笑う衝撃のビジュアルとともに、新宿なのに「JR西八王子駅前」というローカル感を、違和感とともにアピールして、とにかくうさん臭さを演出し、感じてもらう。

ビジュアルが異様で、数の暴力も凄いとなると、見る者の心はなんだかわからないが、かき乱される。実際に、「きぬた歯科」の看板広告を見過ぎて、「インプラントといえばきぬた歯科が思いついて」といって、来院する患者はとても多い。

ちなみに、忘れてはいけないが、新宿駅は西八王子駅まで直通の立派な中央線沿線の街である。

■「知らないものにはお金を使わない」という基本原則

「きぬた歯科」躍進の原動力である看板戦略について述べてきたが、ここから、ひとつのマーケティングの基本原則を導き出せる。

それは、「人は知らないものにお金を使わない」という原則だ。驚くことに、このシンプルな原則を、実に多くの経営者やマーケティング担当者は忘れてしまっているように思えるときがある。

どんなビジネスも、事業を拡大し展開していくには、とにもかくにもまず「知ってもらうこと」「認知してもらうこと」が最重要事項であり、そこからスタートしなければ、どんな施策を行ってもうまくいかない。

無論、「きぬた歯科」の看板を街で目にしたところで、すぐに「きぬた歯科」にやって来て、「先生、インプラント治療をしてください」とはならない。

歯科医院を選ぶ基準は、たいてい自宅や勤務先の近所か、その医院に清潔感があるかどうか程度だろう。たとえ中央線沿線に住んでいても、わざわざ電車に乗って西八王子までやって来ないのがふつうである。

しかし、「きぬた歯科」の看板広告が頭のなかに刷り込まれていると、話は少し変わってくる。実際に歯科医院を探すときに、ひとつの選択肢として、あのうさん臭いビジュアルが頭にふと浮かぶかもしれないからだ。

きぬた泰和『異端であれ!』(KADOKAWA)
きぬた泰和『異端であれ!』(KADOKAWA)

頭に「きぬた歯科」のことが浮かんだとしても、実際にはほとんどの人は来院しない。でも、100人いれば、そのなかの数人は来院してくれるかもしれないということだ。

たとえ来院する人がひとりもいなくても、その人の周囲に歯科医院を探している知り合いがいれば、話題に出してくれるかもしれない。「そういえば、八王子にインプラント治療で有名な歯科医がいるみたいよ」と。

いつどんな行動をするのかわからないのが消費者であり、それはコントロールできない要素だからこそ、とにかく消費者の頭のなかに入り込むことが重要なのである。

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きぬた 泰和(きぬた・やすかず)
歯科医師
1966年、栃木県足利市生まれ。日本歯科大学新潟生命歯学部卒。江戸川区葛西の歯科医院に勤務したのち、1996年、東京・八王子市に「きぬた歯科」を開業。「ストローマン・インプラント」を取り入れるなど、スウェーデンのインプラント専門誌『INside』において、日本でもっとも多くインプラント治療を手がける医師として紹介された。「看板広告」を使ったその独特な広告活動で知られ、現在、看板の数は日本全国に約250を数えるなど、「伝説の看板王」の異名をとる。2023年より「足利みらい応援大使」を務めている。

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(歯科医師 きぬた 泰和)

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