「世界中で貧しい人が増えている」は完全な嘘だった…『FACTFULNESS』でバレた人間がチンパンジーに劣る証拠
プレジデントオンライン / 2024年9月9日 16時15分
ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド 著
上杉周作、関美和 訳
日経BP
■あなたはチンパンジーに勝てるか
突然だが、ここでクイズ! あなたがどれほど世界のことを知っているか、チェックすることから本書は始まる。ここでは掲載されている13問のうちのひとつを紹介する。3択問題だ。正解はどれだろうか(答えは記事最終ページ)。
問題 世界の人口のうち、極度の貧困にある人の割合は、過去20年でどう変わったでしょう?
A 約2倍になった
B あまり変わっていない
C 半分になった
こうしたクイズを、著者らは日本や欧米諸国を中心に14カ国・1万2000人にオンラインで実施した。全問正解者はなんとゼロ、12問中11問正解したのはたったの1人。ある1問だけは86%の人が正解したが、ほか12問の平均正解数は2問だった。ひどい結果である。
高学歴の人や世界情勢を注視している人の正解率は高いはずだと著者らは考えたが、実はそうではなかった。大学教授、著名な科学者、投資銀行のエリート、多国籍企業の役員、ジャーナリスト、政界トップといったグループにもクイズを行ったが、彼らの平均スコアも同じぐらい惨憺たるものだった。
仮にこのクイズをチンパンジーに出したとしよう。チンパンジーは3つの選択肢からランダムに回答を選ぶはずだから、チンパンジーの正解率は33%だ。つまり、12問中約4問に正解する計算になる。そう、私たちはチンパンジーにすら勝てないのだ!(あなたがチンパンジー以下かどうかは、本書で答え合わせをして確認してほしい)
■人間の本能が勘違いを生んでいく
スウェーデン出身、医師であり公衆衛生学の研究者である著者ハンス・ロスリングは、賢いはずの医学生たちが世界の現状を全く知らないこと、そして、その知識不足は学生だけでなく社会全体に蔓延していることに気がついた。人々の知識がアップデートされていないことが原因だと睨んだ著者は、その後長年にわたって、コカ・コーラ社からアメリカ国務省、ダボス会議(世界経済フォーラム)まで世界中で講演活動を行い、最新の世界像を見せて回った。そして、ある結論にたどり着いた――人々が世界を正しく認識できていないのは、知識のアップデート不足が原因ではない。本当の原因は、私たちが本能的に「ドラマチックすぎる世界の見方」をしてしまうことにある。
あなたは、こう思っていないだろうか。
「世界では戦争、暴力、自然災害、人災、腐敗が絶えず、どんどん物騒になっている。金持ちはより一層金持ちになり、貧乏人はより一層貧乏になり、貧困は増え続ける一方だ。何もしなければ天然資源ももうすぐ尽きてしまう」
これが、「ドラマチックすぎる世界の見方」だ。
ドラマチックさを求めてしまう私たちの本能を、著者は10のカテゴリに分類し、それぞれを解説していく。
このうち、著者が最初に挙げるのが分断本能だ。分断本能とは、物事や人々を知らず知らずのうちに2つのグループに分けてしまうこと、その2つのグループのあいだには決して埋まることのない溝があると思い込むことだ。「先進国」と「途上国」、「豊かな西洋諸国」と「貧しいその他の国々」、「わたしたち」と「あの人たち」……。世界は金持ちグループと貧乏グループに分断されていると多くの人は感じているが、これも分断本能のせいであり、実態に即さない。
本書では「女性ひとりあたりの子供の数」と「5歳まで生存する子供の割合(乳幼児生存率)」を国別に示したデータを例にとる。1965年の時点では「先進国」と「途上国」のグループが存在し、両者には大きなギャップがあると解釈できる。しかし2017年のデータを見ると、そのギャップは消滅。インドや中国を含むほとんどの国で、少人数家族がスタンダードになり、乳幼児生存率が大幅に向上した。今や世界の全人口の85%は、65年時点で「先進国」と名付けられていたグループの中に入り、残りの15%の大部分もそこに近づいている。いまだ「途上国」グループに位置するのは、世界人口の6%のみだ。同じような変化は、所得、観光客の数、民主化の度合い、教育・医療・電気へのアクセスなどの指標でも見られる。
地球上の大半の人が惨めで困窮した生活を送っているという現状認識は、完全に誤っている。著者が言うように、「いまや、世界のほとんどの人は中間にいる」のだ。人類の75%は中所得国に住み、人々の生活水準向上にともない、シャンプー、バイク、生理用ナプキン、スマートフォンなどの生活用品の需要が高まっている。この50億人規模の巨大市場を見過ごすことは、大きなビジネスチャンスを逃すことも意味するだろう。
■真実(ファクト)を正しく見れば、不安が消えていく
分断本能を抑えるためには、3つのポイントに警戒すべきだと著者は言う。
まずは、「平均の比較」に注意すること。データの平均値をとることで見えることは確かにあるが、全体像を把握するためにより有効なのは、データの「分布」を見ることだ。アメリカの大学入試の数学科目における平均点は男が女を上回っているが、男女別の得点分布を見ると、両者のグラフはほとんど重なっている。分断が起きているように見えても、大きな重なりがあることは多い。
次のポイントは、「極端な数字の比較」を疑うこと。巨万の富と極貧、腐敗した独裁政権と北欧の福祉国家など、私たちは極端な話に飛びつきがちだ。しかし、大半の物事はその中間に位置している。
例えば、世界で最も格差が大きい国のひとつであるブラジルでは、最も裕福な10%の人たちが国全体の所得の41%を手にしているという(2015年)。だが、1989年の時点では50%であったから、格差は年々小さくなっていると言える。さらに所得分布図を見ると、ほとんどの国民は大金持ちでも極貧でもない「中間」に位置していることも見てとれる。
最後のポイントは、「上からの景色」を見ていることを意識すること。著者は、「先進国」「途上国」という二分法で世界を分断する代わりに、所得に連動する4段階のステップを示した「4つの所得レベル」を用いて世界を捉えることが、事実に基づいた思考を可能にする最重要な一歩だと主張する。ひとりあたりの所得が、1日あたり2ドルまでをレベル1、8ドルまでをレベル2、32ドルまでをレベル3、それ以上をレベル4とする。この4つのレベルを使うだけで、テロから性教育まで、世界についてさまざまなことを理解できるようになる。
本書の読者が恐らくそうであるように、生まれてから今日までレベル4にいた人は、レベル1、2、3の生活の違いを正しく認識できず、一括りに「貧しい」と形容しがちだ。高層ビルの上から見下ろすと、下界の建物の高低がわからないのと似ている。そこには確かに差があることを意識しなければ、存在しない分断に吸い寄せられ、世界の全体像を見誤る。
「世界は基本的に良くなっている」。
このファクトと、真摯に向き合おう。そして、「ドラマチックすぎる世界の見方」をやめることで、私たちは、世界をもっと良くできる。
冒頭のクイズの答え
正解はC。1日1.9ドルで暮らす人の割合は1993年の34%から2013年の10.7%へと減った(World Bank“Poverty headcount ratio at $1.90 a day (2011PPP)(% of population).” Development Research Group. Downloaded October 30, 2017. gapm.io/xwb175.)。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月30日号)の一部を再編集したものです。
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1948年、スウェーデン生まれ。医師、グローバルヘルスの教授、教育者としても著名である。世界保健機関やユニセフのアドバイザーを務め、スウェーデンで国境なき医師団を立ち上げたほか、ギャップマインダー財団を設立した。ハンスのTEDトークは延べ3500万回以上も再生されており、タイム誌が選ぶ世界で最も影響力の大きな100人に選ばれた。2017年に他界したが、人生最後の年は本書の執筆に捧げた。サーカスが大好きで、剣飲み芸人としての一面も。
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(医師、教授、教育者 ハンス・ロスリング 構成=奥地維也 撮影=市来朋久)
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