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ひたすら我慢することを強要…パートやアルバイトに理不尽な「カスハラ」の処理を押し付ける"社員さん"の論理

プレジデントオンライン / 2024年9月12日 6時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

現場担当者に丸投げされがちなカスハラ(カスタマーハラスメント)対応。この問題に、企業として今すぐ取り組むべき理由とそのための具体的な方法を、労働・組織・雇用をテーマに研究を行う専門家が、調査結果に基づき解説する。

■カスハラで人材不足に悪循環への解決の一手を

顧客による企業や従業員への過度なクレームや理不尽な要求、いわゆる「カスハラ」(カスタマーハラスメント)の被害が深刻化しています。

パーソル総合研究所が今年3月に実施した「カスタマーハラスメントに関する定量調査」では、カスハラを受けた経験がある人は全体の35.5%、うち20.8%が「3年以内に経験した」と答えています。

※顧客折衝のあるサービス職、全国20~69歳男女を調査。詳細は以下。
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/customer-harassment.html

職種別の被害率では、福祉系専門職員が最も多く、顧客サービス・サポート、受付・秘書、医療系専門職員、ドライバー、卸売・小売業の接客・サービス系職種と続いています。業態別では、ホームセンター、ファミレス、コンビニ、ガソリンスタンドの順になっています。ファストフードはサンプル数が少なかったため参考値としていますが、3年以内経験率は60.0%にも上ります。

■これほどまでにカスハラが増えている理由

なぜ、わが国ではこれほどまでカスハラが増えているのでしょう?

例えば「孤独・孤立化」傾向は理由の一つでしょう。家族や友人と一緒に来店しているとき、あるいは近所など多少なりとも知った人の目があるところでは、声を荒らげるような振る舞いはしにくいものです。

「SNSやスマホの普及」もカスハラが発生しやすい状況をつくっているかもしれません。今や誰もが「こんな対応をされた」と撮影し、SNSで拡散できる環境を持っています。店や会社にとって風評被害は避けたいものの対抗措置は乏しく、下手に出ざるをえないところがあります。「高齢化」もまた、主たる要因と考えられます。カスハラ加害者の属性は、年齢が上がるほど増える傾向にあり、60代以上が男性で47.2%、女性で25.9%を占めます。

デフレ経済下、サービス業の接客品質はパート主婦が支えてきました。企業はこれまで高学歴かつ優秀な女性を低賃金で使い、雇用の調整弁にもしてきたのです。ですが今は働き手不足で、以前ほどのクオリティは維持できなくなっています。

若い世代は順応性があるので、多少接客の品質が下がっても「そういうものさ」と現状を受け入れてくれます。けれども高齢者は顧客として手厚いサービスを受けてきた期間が長いためか、期待値調整ができず不満を募らせてしまうのでしょう。

カスハラの増加がもたらす負の影響はさまざまですが、最も深刻なのは従業員のストレスと離職です。

定量調査ではカスハラ経験率の高い職種ほど、離職率も高くなっている事実が明らかになりました。特に福祉職(介護士・ヘルパーなど)、医療職(医師、看護師など)、宿泊サービス、受付・秘書で、経験率と離職率に強い相関性が認められます。

またカスハラがあった直後の被害者の心境では「仕事を辞めたいと思った」人が38.0%、「出勤が憂鬱になった」人が45.4%、「次の転職時は顧客やり取りのない仕事につきたいと思った」人が37.5%に上っています。

つまり、カスハラの多い職種では従業員が苦しんでいるばかりでなく、人がどんどん辞めていき、採用しようにも「あの仕事は大変だから」と敬遠されて、慢性的な働き手不足となる悪循環に嵌っているのです。

社会全体でカスハラを減らしていく取り組みは必要です。東京都では実現すれば全国初となる「カスハラ防止条例」の制定準備を進めています。JR(東日本と西日本)はカスハラに対する基本方針を策定しました。店舗や病院では「暴言・暴力は許しません」などと訴えるポスターを目にする機会も増えました。

ですが、カスハラをするような人に、モラルを説くような対策がどこまで機能するかは未知数です。そもそも加害者に迷惑行為の自覚があるかもわかりません。「自分はひどい対応をされた被害者だ」「デキの悪い従業員に自分が常識を教えてやっているのだ」などと考えているケースも多いでしょう。

これから「カスハラ」の認知が進み、具体的にどんな行為があたるのか社会的なコンセンサスが形成されれば、改善されていく可能性はあるでしょう。防犯カメラの設置や無人レジの普及(顧客との接触機会を減らす)、AIの活用など、インフラ面からの抑止も進みつつあります。

けれども、これらがカスハラの減少という成果に至るまでには、それなりの年月がかかると思われます。すぐにも従業員の離職を止めなければ仕事が回らなくなる現場に、それを待っている猶予はありません。企業として急ぐべきは顧客向けの防止策より、従業員向けの防衛策です。

カスハラが当面なくなりそうにないなら、職場を「カスハラに強い組織」に変えていくしかありません。そのためにすべきはカスハラが起こったときの対応を間違えないこと、そして従業員が安心して働ける環境をつくることです。

■対応宣言は加害者への牽制以外にも効果あり

カスハラ被害が起こったとき、あるいは起こった後に、あなたの会社ではどんな対応をしていますか?

その場の対応では従業員が「ただ我慢した」が37.0%と最も多く、以下「反論、説得等を行った」が26.9%、「その場で上司に相談した」が26.1%、「とにかく謝罪した」が26.0%と続きます。

また、事後に従業員が行った対応は「社内の上司に相談した」が41.5%、「特に何もしなかった」が41.3%、「社内の同僚(先輩・後輩含む)に相談した」が25.4%です。

それに対し会社はどう動いてくれたか? 「被害を認知していたが、何も対応はなかった」が36.3%に上ったほか「被害を認知していなかった」も19.3%ありました。何らかの対応があった(26.0%)場合でも「被害者にヒアリングを行った」(44.5%)など事実関係の確認にとどまっているケースが多数でした。

カスハラは多くの職場で「我慢・放置・無視」されている

つまり、カスハラが起きても対応は現場のパート・アルバイト任せで、事後報告を受けた上司や同僚も相談には乗るものの会社に報告していない。会社が報告を受けたケースでも、知見を生かした組織づくりなどの対策には至っていないのが現実のようなのです。

調査ではカスハラ被害後に、会社や上司から「ひたすら我慢することを強要された」「相手にしてもらえなかった」「一方的に自分の責任にされた」など、セカンド・ハラスメントを受けた人も25.5%いることがわかっています。これでは従業員が「またいつ被害に遭うかわからない」と不安になって辞めていくのは当然でしょう。

大切なのは「信頼資産」と「心の負債」のバランスです。悲しいかな現実にカスハラはある(心の負債)、けれどもいざそれが起こったときに上司や仲間が支えてくれ、会社がしっかり対応しフォローまでしてくれるという安心感(信頼資産)があれば、離職は防ぐことができます。

事実、信頼資産が高い職場に勤める従業員は、カスハラ被害を受けた後の心境でも「仕事を辞めたいと思った」人が信頼資産が低い職場に勤める従業員に比べ半減し、「心身に不調をきたした」「次の転職時は顧客やり取りのない仕事につきたいと思った」人も明らかに低減する傾向が確認できています。

■会社として、カスハラには断固とした対応を取ると宣言する

まずは会社として、カスハラには断固とした対応を取ると宣言するところから始めましょう。これは加害者への牽制のみならず、従業員に対する表明でもあります。次に本社や本部などに「お客様対応窓口」を設け、トラブルが発生した際の対応は全面的に専門部署が引き受ける体制を整備するとよいでしょう。

クレーム処理を現場に任せると従業員の負担となるばかりでなく、組織として知見を蓄積できません。また事後対応だと加害者はすでに現場を去っており「次に生かす」発想にもつながりにくいのです。

現場で発生した事例や有効な対策は、組織全体で共有します。医療や介護の現場ではシフト交代の際などにスタッフが集合して情報共有がなされる機会がありますが、コンビニなど少人数で回すチェーン店などでそうした機会があるケースは聞いたことがありません。

本部などで店長やリーダー向けに研修が行われても、内容はおろか研修が行われた事実すら末端の従業員には知らされないケースが多いようです。大きな組織の場合、すべての従業員にカスハラの対応を覚えさせるのは現実的ではありません。ですが「上司は研修を受けて対応策を知っている」と理解しているだけでも、信頼資産は積み上がります。

そして、最も大切なのが「従業員を大切に思い、成長を支援するピープルマネジメント」です。特に顧客対応の多くをパートやアルバイトが担っているサービス業で、成長支援を視野に入れたマネジメントがある事例は稀有です。

「人が辞めていく」「新しい人が採れない」と嘆いているリーダーほど、売り上げや在庫管理にしか興味がなく“人を育てる”視点に欠けている傾向が見てとれます。会社としても非正規雇用者は育成対象にはなっておらず、いつでも替えが利く労働力という扱いです。

裏を返せばそれがゆえにパートやアルバイトをカスハラの矢面に立たせ、傷つき疲れて辞めていったら新人に交代するという、場当たり的な対応しかできなかったのではないでしょうか? こうした発想を転換できなければ、あなたの職場に未来はありません。

パートやアルバイトも現場で働く大切な人材です。労り、気遣い、人としての成長を見守り、支援する。時には皆で集まり、分け隔てなく意見を出し合い、不安や不満を聞いてあげる。そのようにしてチームとして助け合い、支え合う空気を醸成できればこそ、カスハラに挫けない強い組織になるのです。

ビジネスを行う組織にとって、利益をもたらしてくれる顧客の言動を制するような施策は、たとえそれが迷惑行為であってもやりにくいかもしれません。しかし、手をつけるなら、カスハラに世間の耳目が集まっている今こそ絶好のチャンスです。旗は立てやすいときに立てるのが、ビジネスの鉄則です!

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月30日号)の一部を再編集したものです。

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小林 祐児(こばやし・ゆうじ)
パーソル総合研究所上席主任研究員
上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年パーソル総合研究所入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマの調査・研究を行う。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』(KADOKAWA)、『残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?』(光文社)、『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』(ダイヤモンド社)など共著書多数。新著に『リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考』(光文社新書)、『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』(インターナショナル新書)がある。

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田村 元樹(たむら・もとき)
パーソル総合研究所研究員
大手医薬品卸売業社から政府系シンクタンクへ出向。民間シンクタンクや大学の研究員、介護系ベンチャー企業の事業部長を経て現職。専門分野は公衆衛生学・社会疫学・行動科学。

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(パーソル総合研究所上席主任研究員 小林 祐児、パーソル総合研究所研究員 田村 元樹 構成=渡辺一朗)

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