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本音は「みどりの窓口」を全廃したいが…Suica利用率95%のJR東が「えきねっと」の普及に苦戦するワケ

プレジデントオンライン / 2024年8月31日 7時15分

水郡線・常陸太田駅旧改札口の「みどりの窓口」(2009年、画像=まも/PD-self/Wikimedia Commons)

JR東日本は今年5月、「みどりの窓口」の削減計画を凍結すると発表した。都心の主要駅から窓口がなくなった結果混乱が起きたためだが、何が問題だったのか。鉄道ジャーナリストの枝久保達也さんは「『えきねっと』の使いにくさが指摘されているが、原因はそれだけではない」という――。

※本稿は、枝久保達也『JR東日本 脱・鉄道の成長戦略』(KAWADE夢新書)の一部を再編集したものです。

■四半世紀もの歴史をもつSuica

JR東日本は2021年5月、チケットレス化・モバイル化を推進し、「シームレスでストレスフリーな移動」の実現を加速すると発表した。インターネットやスマートフォンからのきっぷ購入の利便性をさらに向上させ、駅の窓口や券売機に立ち寄ることなく乗車券が購入できるよう、乗車スタイルの変革を促すという。

JR東日本のチケットレス化・モバイル化の歴史は長い。モバイルSuicaの基礎技術検証が始まったのは、Suica開発のフィールド試験が完了し、実用化に向けて進みつつあった1999年だ。

モバイルSuicaの実用化に先がけて2002年7月に始まったのが、中央線の朝夕ラッシュ時に運行される「中央ライナー」のライナー券を携帯電話上で予約し、チケットレスで利用できるサービスだ。限定的なものではあるが、帰宅時間が直前までわからないビジネスパーソンが、出先から手軽に予約できるようになったのは大きな進歩だった。

モバイルSuicaは2006年1月、フィーチャーフォンの「おサイフケータイ」サービスとして誕生した。当初は携帯電話からの定期券購入、チャージ、履歴確認のみだったが、2008年3月に新幹線のチケットレスサービス「モバイルSuica特急券」が登場した。

■iPhoneの「FeliCa」対応が普及を大きく後押し

JR東日本は2000年4月にインターネット電子モール「えきねっと」を開設し、翌2001年4月から乗車券・特急券の取り扱いを開始。2002年2月には、えきねっと登録者向けに携帯電話上で指定席特急券の予約が可能になり、2009年11月には携帯電話上でえきねっとの登録もできるようになった。

モバイルSuicaはフィーチャーフォンに加え、2011年7月にAndroid、2016年10月にiPhone、2018年5月にGooglePayに対応。とくに日本で高いシェアを持つiPhoneが、日本市場のニーズをくみ取ってSuica(FeliCa)に対応したのは大ニュースで、モバイルSuicaの普及を大きく後押ししたといえるだろう。

2019年1月にはチケットレスサービスに特化したスマホアプリ「えきねっとアプリ」がリリースされたが、一方で2020年3月にフィーチャーフォン向けモバイルSuica、モバイルSuica特急券がサービス終了。2021年3月には、えきねっと携帯電話サイトも終了するなど、スマホへのシフトが進んでいる。

そうしたなか、「自社新幹線のチケットレス利用率50%」達成の切り札として2020年3月にサービスを開始したのが、「新幹線eチケットサービス」だ。「えきねっと」で予約・購入時にICカード裏面に記載されたIDを入力し、そのICカードで新幹線の自動改札機をタッチすると、紐づいた乗車券の購入情報と照会し、通過できる仕組みだ。

■回数券の「デジタル化」も促進

このほかにも新幹線では、新幹線停車駅が2駅以上含まれるSuica定期券で新幹線自動改札機を通過すると、自由席特急料金を引き去ってチケットレス乗車できるサービスや、事前登録したSuicaで運賃・自由席特急料金を支払える「タッチでGo!新幹線」を提供し、定期・定期外のチケットレス利用を進めている。

もうひとつ印象的な出来事が回数券の「デジタル化」だ。回数券は定期券に次いで割引率が高く、根強い愛用者を持つ乗車券だが、発売形式は磁気式乗車券のみで、磁気券削減・廃止の足かせとなっていた。しかし安易に廃止すればサービス低下だと大反発が起きるのは必至だ。

そこで2021年3月、回数券の代替として導入されたのが、同一月内に同一運賃区間を月10回利用で運賃1回分、11回以上の利用で1回ごとに運賃の10%相当のJREポイントが還元される「リピートポイントサービス」だ。

回数券には、特定の「A駅⇔B駅間」しか使えない区間式と、券面の料金「○○円」を運賃に充当できる料金式があり、どちらも10回分の金額で11回利用できるのが一般的だ。JR東日本の従来の普通回数券は前者だったが、リピートポイントはそのどちらでもなく、大宮~上野間と大宮~新宿間のように同じ483円の区間が対象となる。つまり、あわせて5往復(10回利用)すれば483円分のポイントが戻ってくる仕組みだ。

■波に乗って「みどりの窓口」を大幅削減しようとしたが…

リピートポイントの定着を見たJR東日本は、いよいよ2022年4月に「9月末をもって普通回数券(通学割引回数券などは除く)の発売を終了する」と発表し、明治期から長い歴史を持つ回数券の歴史が幕を閉じた。

同社は2021年5月、近距離以外の乗車券類のうち、券売機や、えきねっとなど、みどりの窓口以外で販売した割合が2010年度の約50%から2019年度は70%、2020年度は80%まで上昇していると発表。

チケットレス化・モバイル化のさらなる促進で、2025年度までに、えきねっと取り扱い率を約60%、自社新幹線のチケットレス利用率を約70%に引き上げる新目標を設定し、あわせて、みどりの窓口を2025年度までに7割(首都圏は231駅から70駅程度、地方では209駅から70駅程度)削減すると発表した。

2023年度末時点の実績値は、えきねっと取り扱い率が55%、チケットレス利用率が56%で、みどりの窓口の削減は目標の半分程度まで進んでいる。一見、バランスよく進んでいるように見えたが、2024年3月下旬から4月上旬にかけて、年度末・年度始めの定期券購入、急回復するインバウンド旅客の乗車券引き換えなどが殺到し、一部のみどりの窓口で大混乱が生じてしまった。

■なぜコロナ禍を経ても有人窓口が必要なのか

これを受け、JR東日本は2024年5月に「みどりの窓口削減の凍結」を発表。当面はこの数を維持し、閉鎖直後で設備が残る一部の駅では、利用に応じて臨時窓口を設置できるようにするとして方針を転換した。コロナ禍以降、スピードアップを狙ったチケットレス化は再考を迫(せま)られることになった。

指定席特急券を取り扱う自動券売機が登場したのは、みどりの窓口設置から約30年後の1993年のことで、1990年代末から2000年代にかけて主要駅を中心に拡大していった。

ホームに停車する新幹線
写真=iStock.com/GummyBone
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/GummyBone

えきねっとで予約した指定席特急券を、みどりの窓口に並ばずに券売機で発券できるようになったが、代替というより補助的な位置付けだった。

2000年代後半になると、特急券だけでなく乗車券、定期券などの発券や指定券の乗車変更、払い戻しなどに対応した多機能券売機や、マイクとカメラを用いてオペレーターが遠隔対応する「もしもし券売機Kaeruくん(2005~2012年)」、「話せる指定券発売機(2020年から導入中)」などが登場。これら代替手段の登場で、JR東日本はみどりの窓口の縮小や削減に着手した。

■原因は「えきねっとの使いにくさ」だけではない

近年は多機能券売機でさえも撤去が進んでいるのが実情だ。JR東日本からすれば「人だけでなく機械も削減」にとどまらず、一気にオンライン販売、チケットレスへ移行したいのが本音である。その受け皿となる、えきねっとは2021年6月に大規模リニューアルされたが、ユーザビリティに対する評価は高くない。

ただし、問題はえきねっとだけにあるとは言い難い。みどりの窓口を中心とする時代が約40年(1965~2005年)、指定席券売機が急速に普及したのが15年(2005~2020年)に対して、本格的なチケットレス化は始まってまだ5年程度だ。みどりの窓口を削減する取り組みは、長い時間をかけて進んできたものであり、コロナ禍という非常事態が後押ししたとしても、数年で解決するようなものではないからだ。

もうひとつのチケットレスの動きがQRコードの活用だ。厳密には、磁気乗車券のQRコード乗車券への置き換えは「チケットレス」ではないが、現行の乗車券システムを置き換える意味ではチケットレスの範疇(はんちゅう)といえるので、あわせて紹介しておこう。

鉄道の歴史は乗車券の歴史である。近距離乗車券に用いられる長さ3cm、幅5.75cmのきっぷは、1830年代にイギリスの鉄道技師トーマス・エドモンソンが考案したことから「エドモンソン券」と呼ばれる規格で、世界各国で200年近く用いられている。

■2026年度末以降、ついに紙のきっぷがなくなる?

現在、都市部で使われている裏が黒いきっぷもエドモンソン券だが、磁気情報を書きこめる「磁気乗車券」と呼ばれるタイプで、1980年代以降の自動改札機の普及とともに主流となった。ただし、2021年度のJR東日本首都圏エリアにおけるICカード利用率は95%に達しており、IC専用自動改札機の設置拡大、自動券売機の設置台数削減で、紙のきっぷを久しく見ていないという人も多いだろう。

東京駅の改札
写真=iStock.com/SeanPavonePhoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SeanPavonePhoto

そんな磁気乗車券も、いよいよ歴史的使命を終えることになりそうだ。JR東日本や東武鉄道、西武鉄道など関東の鉄道事業者8社は2024年5月、QRコード乗車券を2026年度末以降導入し、磁気乗車券を廃止すると発表したのである。

前述のように、最後まで一定のボリュームがあった磁気式普通回数券は廃止できたものの、磁気券が1枚でも残っていたら磁気対応の自動改札機を完全には廃止できない。

そこで注目したのが、紙に印刷またはスマホ画面に表示し、非接触で読みこめるQRコードだ。海外の都市鉄道ではQRコード乗車券を導入した事例は珍しくないが、じつは日本でも10年ほど前から「沖縄都市モノレール(ゆいレール)」と「北九州高速鉄道(北九州モノレール)」で使われており、「舞浜リゾートライン(ディズニーリゾートライン)」も2025年夏以降に導入を予定している(ただし、QRコード乗車券になっても、エドモンソン券であることは変わらない)。

■コストダウンだけではない鉄道事業者のメリット

QRコードというと読みこみに時間がかかるイメージがあるが、IC乗車券には及ばないものの、仕様によっては磁気乗車券より早く処理することも可能で、技術的なハードルは高くない。それでも大手鉄道事業者で導入が進まなかったのは、大都市では他社との直通運転や乗り換え改札の設置があり、1社では導入が困難だったからだ。

その意味で今回、8社共用のQR乗車券管理サーバーを設置し、歩調を合わせて導入を進めると発表したことは、QRコード乗車券の標準化に向けた大きな一歩である。

現時点で参加を表明していない東京メトロや都営地下鉄、東急などの事業者については、QR乗車券の取り扱いなどサービス面での調整を進めるとともに、磁気乗車券の縮小とQRコード乗車券への移行を共同で検討するとしている。

QRコード乗車券導入のメリットは鉄道事業者にとってのコストダウンだけではない。それを説明する前に、QRコードを活用した乗車券システムの仕組みについて解説しておこう。

■10月には「えきねっとQRチケ」を開始予定

前述のゆいレール、北九州モノレールの仕組みは、磁気乗車券がきっぷ自体に磁気情報を書きこむのと同様に、券売機で購入した日付と発売駅、区間をQRコードに変換して印刷する。

一方、8社が導入を目指すシステムは、きっぷには乗車券情報を書きこまない。きっぷ購入時は、券売機で選択した乗車券情報(日付、乗車駅、区間など)が共用サーバーに送信され、この記録に紐づいた識別記号としてQRコードが券面に印字される。

使用時は、QRコードを自動改札機のリーダーに読ませると、改札機からサーバーに乗車券情報を照会し、有効な乗車券であれば「入場」を記録する。下車時も自動改札機からサーバーに乗車券情報を照会し、有効ならば通過できる。

枝久保達也『JR東日本 脱・鉄道の成長戦略』(KAWADE夢新書)
枝久保達也『JR東日本 脱・鉄道の成長戦略』(KAWADE夢新書)

磁気券の記録容量は限られており、乗車券として最低限のデータしか保持できないが、センターサーバーなら複雑な情報でも容易に扱える。またサーバー上のデータは乗車券の購入後、使用開始後でも変更可能なので、出発から到着までさまざまな交通手段や観光地をシームレスに結びつける「MaaS」と相性がよい。

QRコード乗車券のもうひとつの利点は発券の制約がなくなることだ。磁気乗車券は特殊な用紙と磁気情報を書きこむ機械がなければ作れないため、駅や旅行代理店でしか発行できないが、QRコードはスマホで使用可能だ。

JR東日本は2020年から、えきねっとで購入した乗車券・特急券をICカードで利用できる「新幹線eチケットサービス」を提供中だが、2024年10月1日にはSuicaエリア外でも利用できるQRコード乗車券「えきねっとQRチケ」を開始する予定だ。

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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(青弓社、2021年)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter @semakixxx

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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)

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