だからイスラエルはガザで非人道的な攻撃を続ける…新聞・テレビは報じない中東各国とアメリカの意外な本音
プレジデントオンライン / 2024年9月2日 10時15分
■イスラエルとイランで戦争になる可能性は極めて低い
――イスラエルとパレスチナ・ガザ地区を実効支配する武装組織・ハマスの衝突から10カ月余りがたちました。8月には、ハマス幹部がイランの首都・テヘランで殺害され、イスラエルとイランの間の摩擦も高まっているように見えます。
【鈴木】実際には状況はコントロールされていて、状況がエスカレートしてイスラエルとイランの全面的な戦争になる可能性は低いとみていいと思います。
なぜかというと、イランはハマス幹部を国内で殺された程度では、イスラエルとの戦争に発展するほどの衝突をする理由がない。むしろ、そんなことで戦争になるのはメリットが何もなく、まっぴらごめんだとさえ思っているからです。
考えてもみてください。2020年にはイランの革命防衛隊の精鋭部隊であるコッズ部隊司令官で、最高指導者ハメネイ師のお気に入りだったソレイマニが、アメリカの攻撃によって殺害されましたが、その時の報復はイラク国内の米空軍基地に対するミサイル攻撃という限定されたものでしかありませんでした。
中東の人たちは、「自分たちにとって、ここでどういう行動をとることが自分たちの目指す世界の実現に最も効果的か」という一点でしかものを考えない。
だからこそ、イランは自国の最も大事な司令官の殺害であっても抑制された報復しか行っていません。「よくもうちの司令官をやったな!」といった感情よりも、どこまでやったら国家の存亡が危機に瀕するかを冷静に考えているのです。ましてや、ハマス幹部が殺されたからといって、国家を危機に陥らせるような報復に出ることはしないと思います。
■パレスチナへの攻撃をやめないワケ
――仮に日本国内で、同盟国・アメリカの軍の幹部が敵対国に殺害されたら大変な騒ぎになりそうです。
日本ではセンチメンタルな感情に引っ張られ、「我が国の国内で、盟友の幹部を殺害するなんて許せない」「弔い合戦は避けられない」という浪花節の話になりかねないのですが、中東にはそうしたウェットな感覚は全くありません。
そもそもハマスとイランの関係は、言ってしまえば同じイスラエルを敵とする「反イスラエル同盟」であり、同盟と言っても敵の敵は味方という関係にすぎないものです。
一方、イスラエルによるガザの攻撃が続いているのは、イスラエルが「血でつながった国家」だからで、この点が他の中東の国とは違うところです。
ハマスは人の命が100倍重い国であるイスラエルに対して、引き金を引いてしまった。ハマスが1200人を殺害し、現在も100人近くを人質にしていることが、「血」を重んじるイスラエルにあれだけの苛烈な復讐をさせる動機になっています。
我々からすると「いやいや、戦闘員のハマスと、民間人であるガザの住人は別でしょう」となるのですが、イスラエルにとっては区別がありません。誰でもハマスになりえる以上、そこにパレスチナ人がいることは、ハマスがいることとほとんど同義になってしまっています。
■パレスチナ問題が終わることはない
イスラエルはテヘランの、どのホテルの、どの部屋にハマス幹部が宿泊するかを把握して、ピンポイントで殺害することができる。これはモサドというスパイ組織がイラン国内に情報網を張り巡らせているからですが、ガザにいるハマスに対してはインテリジェンスを持っていないと思われるので、町ごと破壊して民間人を巻き込んでいます。
イスラエルは、口では民間人の犠牲について配慮しているようなことを言っていますが、実際には良心の呵責(remorse)など感じていないでしょう。「自分たちにとって血の結束が大事であることがわかっていてハマスは手を出したのだから、相応の報復を受けて当然だ」というのがイスラエルの考えで、「非人道的だ」と非難されても、ピンと来ていないと思います。
――鈴木先生は新聞の取材や新刊『資源と経済の世界地図』(PHP研究所)では、中東情勢について「イスラエルとハマス(ガザ)、イラン、ヒズボラ(レバノン)の間の応酬という『点』の争いが、『面』に発展してくると紛争が大規模化するが、今はそうなっていない」という説明をされています。
「点と面」の説明は、今お話しした中東の人たちの感覚を限られたスペースで説明するのが難しいので、分かりやすくするために使っている表現です。
このイスラエルとパレスチナの「点」の対立自体は終わることはありません。たとえるならば火山のようなもので、静かな時期もあれば、噴火する時期もある。活火山が休火山になるかどうかというのは、誰にもわかりません。ただ、現在の噴火については、どこかでイスラエルとハマスがお互いに「もう疲れた、いったんやめよう」となるまでは続くでしょう。
■イスラエルにとって最強の敵
では「面」への発展はどうなのか。少し歴史をさかのぼると、イスラエルは1970年代の中東戦争でアラブ諸国を打ち負かしており、以降、アラブは勝ち目がないことを悟り、対イスラエルの戦争は起きていません。
その後、1978年のキャンプデービット合意でイスラエルとエジプトが国交成立に至り、1990年のオスロ合意ではヨルダンと、2020年にはアブラハム合意でアラブ首長国連邦(UAE)バーレーン・モロッコ・スーダンとの間で、イスラエルは国交正常化に至りました。
しかしアラブが勝てないことと、パレスチナの状況が改善されないことは全く関係ありません。パレスチナの人たちからすれば、自分たちを助けてくれるアラブ諸国がいなくなった以上、自分たちで戦わなければならない。そしてパレスチナでは1987年に第一次、2000年に第二次インティファーダ(民衆蜂起)が起こりました。
その後はアラブではなくペルシャのイランが支援をする形で、ハマスと「反イスラエル」同盟を組んでいます。そして同じくイランが支援するレバノンのヒズボラは、2006年にイスラエルとの間で大規模な戦争を起こしており、引き分けています。
アラブ諸国を打ち負かしてきたイスラエルも、ヒズボラには勝てなかった。そのため、イスラエルにとって目下の最強の敵はヒズボラです。
■アメリカの発表を鵜呑みにしてはいけない
イスラエルはヒズボラの動向についてはかなり警戒していたのですが、昨年10月にハマスからの攻撃を受けて、完全に虚を突かれてしまった。これがトリガーになって、現在の状況に至っています。
イランよりも距離が近いレバノンのヒズボラとの戦闘が拡大して、「面」の戦いになると、事態がエスカレートする可能性があると先に指摘しました。8月25日にはヒズボラとイスラエルの間で衝突が起きましたが、「大規模報復」「衝突激化」というものではなく、一種のエスカレーションコントロールができている状態と見るべきでしょう。
――アメリカは何かあるたびに「イランが数日以内にイスラエルへ報復の可能性」などとアナウンスしています。
アメリカの発表をそのまま字義通りに受け取ると事態を読み間違えます。アメリカはアメリカの理屈や利益があって言っていることなのですが、これを「アメリカの言うことはすべて正しい」と信じてしまう人が多いところに問題があります。
日本では「言霊」的に、口に出したら実現してしまうとか、口に出す以上は本当のことだろうというように、言葉が自分や行動を縛るところがありますが、他国にはそうした縛りはありません。言葉と現実の間には一定の距離感があり、誤魔化し、騙すための武器として使われているのが実際のところですから、言葉を字面通りに受け取るのは間違いです。
※編集部註:初出時、ヒズボラの説明に間違いがありました。訂正します。(9月2日14時00分追記)
■ネタニヤフ首相が同席していないことの意味
アメリカが「イランが大規模報復の可能性」などと指摘するのは、それによって周囲が警戒するとイランがやりにくくなり、報復の効果が減じられるからで、そうした効果を狙って言っているのだということを理解する必要があります。
一方、イスラエルはイランが何らかの極端な行為に出れば、アメリカが関与してくれることになるため、それを狙ってイランを挑発しています。イスラエルはアメリカの力を借りなければ、イランには勝てないからです。
しかしアメリカは巻き込まれたくないし、イランはイスラエルとの戦争も、アメリカが関与してくるような状況も避けたい。そのため、アメリカが「イランによる大規模な報復の可能性」を指摘しても、実際にはそうはならないのです。
――アメリカはたびたび、「イスラエルがガザとの停戦協議に合意」とも発表しています。
停戦合意に関しても、字面ではなく実際に起きていることを見る必要があります。確かに停戦協議については何度も持ち上がっており、最近でもブリンケン国務長官が8月19日に「イスラエルが橋渡しの停戦案を受け入れた」と発表しています。
しかし会見はブリンケンひとりで行い、イスラエル側からは誰も同席していません。本当にイスラエルが合意しているなら、自分の口で言うはずです。言っていない以上、イスラエルは合意してはいないと見るべきです。
■「京都人の会話」がヒントになる
これはどういうことかと言えば、ブリンケン、アメリカ政府は国内に向けては「停戦に向けて何か話が進んでいる」ように見せたい。また、イランに対しては「停戦合意を進めているんだから、撃つなよ」というメッセージを送っているに過ぎないのです。
――発表する以上、何か実が伴っているのかなと思ってしまいますが……。
そういうふうに物事はできていないんです。アメリカは、「ここでの発言によって、誰がどう動くか」を先まで考えて言葉を発しています。いわば、チェスをやっているようなもので「直接、イランに『攻撃するなよ』と言わずにメッセージを伝えるには何を言えばいいか」を考えて言葉を発しているのです。
外交の場面では、このようにテキストではなくコンテキストを読み、実際の行動を見て「なぜあんなことを言ったのに、実際には違う状況になっているんだろう」と考えていくことが必要になります。
日本でも、例えば「京都人の会話」はよくネタになりますが、直接的には言わずに相手に意図を伝えようとする話法がありますよね。「お帰りください」とは言わずにぶぶ漬けを出す、というような(これは都市伝説だという話もありますが、あくまでも理解を助けるための事例です)。
同様に、自分の本音を隠しながら、間接話法のように相手に何らかのメッセージを送る。腹の内を探り合う。相手の行動に影響を与えようとするときの作法があり、外交の場面では常にそれが展開されていると見るべきです。
■大事なのは「なぜ」を問い続けること
中東や欧米はお互いにそうしたやり取りを長年、重ねてきているので、お互いの発言を受け取る際の「相場観」がある。だから言ってもいない「合意」をブリンケンが発表するといってもネタニヤフがそれで怒るわけではないし、ハマスがその気になることもない。
実際に起きていること、行動を見るべきだというのはそのためで、報道の断片に騙されてはいけません。
――そのような外交の見方を身に付けるにはどうしたらいいのでしょうか。
国ごとの性質や考え方、相場観を身に付けることは重要です。また、「どうしてそうなるんだろう」と考えることも必要でしょう。
「なぜ合意したと言いながら、ブリンケンが一人で会見に出てくるのか」
「なぜ停戦協議の合意が何度もアナウンスされるのに合意が成立しないのか」
このように「なぜ」を繰り返すことで、make sence(道理を通す、理屈づける)していく。
その「なぜ」を考える際に気を付けなければならないのは、中東の場合はすぐに「宗教戦争だから、いつまでも終わらないのだ」「宗派が違うから分かり合えないのだ」といった宗教に絡む話が出てくることです。
彼らは宗教が違うから分かり合えないわけではない。先に述べたように宗教が違っても国交を回復したケースもあります。
■宗教というフィルターは外す
中東における宗教は集団を作るためのコアであり、社会のシステムを動かすためのものです。何でもかんでも「ユダヤ教VSイスラム教」「スンニ派VSシーア派」という構図で説明しようとするからこそ、わからなくなってしまうところもあるでしょう。
中東に限らず、国同士が起こすさまざまな事象は、行動パターンに着目するだけで、宗教的な要素を入れなくても十分に説明できます。そのため、新刊ではよくある中東の「相関図」を掲載しませんでした。あの手のものは一見、状況を分かりやすくしているように見えて、実際には理解の妨げになるからです。
むしろ、「宗教がわからなければ中東は理解できない」という思い込みが、中東への理解を遠ざけてしまっている面もあります。コーランや聖書を読まなければといったってほとんどの人は読んでいませんから、ここで「やっぱり中東はわからない! 宗教がわからないからだ!」と思考停止に陥ってしまいかねません。
ですからまずは一度、宗教というフィルターを外して、行動パターンから「どうして会見を一緒にやらないのか」「司令官が殺されてもミサイル一発の報復で済ませるのはなぜか」「実際には合意していない停戦協議をなぜ発表するのか」という行動面から考えてみることをお勧めします。
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東京大学公共政策大学院教授、地経学研究所所長
1970年生まれ。立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所博士課程修了(現代ヨーロッパ研究)。筑波大学大学院人文社会科学研究科専任講師・准教授、北海道大学公共政策大学院准教授・教授などを経て2020年10月から東京大学公共政策大学院教授。国連安保理イラン制裁専門家パネル委員(2013-15年)。2022年7月、国際文化会館の地経学研究(IOG)設立に伴い所長就任。2012年、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店)で第34回サントリー学芸賞受賞。
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(東京大学公共政策大学院教授、地経学研究所所長 鈴木 一人 インタビュー・構成=ライター・梶原麻衣子)
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