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「コメ離れ」なのになぜ「令和の米騒動」が起きたのか…「時給10円」で農家を働かせる政府の信じられない愚策

プレジデントオンライン / 2024年9月3日 9時15分

「コメ離れ」なのになぜ「令和の米騒動」が起きたのか(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/kaorinne

日本人のコメ消費量は年々減少している。農林水産省によると、一人当たりの年間消費量はピークだった1962年度から半分以下の51kgまで落ち込んだ。それなのになぜ「コメ不足」が起きているのか。東大大学院教授の鈴木宣弘さんは「コメ不足の根本的な原因が改善しない限り、今後も慢性的なコメ不足が続くだろう」という――。

■「令和のコメ騒動」政府は「対応しない」と明言

2023年の猛暑の影響や、インバウンド観光客の増加でコメ消費量が増えたことにより、全国的に「コメ不足」が発生、「令和のコメ騒動」だと話題になっている。

実際にスーパーなど小売店ではコメが品薄となり、「お店に行っても買えなかった」という声も多い。

特に関西の品薄がひどく、大阪府の吉村知事は政府に「備蓄米の放出」を要望すると発表している。

政府に「備蓄米の放出」を要望すると発表(上場セレモニーであいさつする大阪府の吉村洋文知事、2024年8月20日)
写真=共同通信社
政府に「備蓄米の放出」を要望すると発表(上場セレモニーであいさつする大阪府の吉村洋文知事、2024年8月20日) - 写真=共同通信社

一方、政府はコメ不足対策として何かするつもりはなさそうだ。

坂本哲志農水相は8月27日の会見で「新米が出回るのでコメ不足は9月には解消する」として、政府の備蓄米放出も否定した。

政府備蓄は100万トン程度もある。実際に放出しなくとも、「放出の用意がある」と発言するだけでも、状況を変えられるだろう。なのに、それをわざわざ否定しているわけだ。

なぜ政府は及び腰なのか。理由は2つある。

①「コメは余っている」と言ってきたのに備蓄の放出で「コメ不足」を認めることは、政府の沽券にかかわる。

②そもそも、政府の方針に反する。コメも乳製品も、「過剰時に買い上げて不足時に放出する」役割を政府は放棄すると過去に決めてしまっている。だからできないということだろう。

今回の対応は「政府は何もしない」と宣言したに等しい。「コメの流通の円滑化」を卸売業者などに要請するだけ、子ども食堂へのわずかな備蓄米供出のほかは何もしないと言っているわけだ。

政府が自分たちのメンツしか頭にないようでは農家も国民ももたないだろう。

■「コメ不足はもうじき解消」を信じてはならない

毎年7月~8月は、前年に採れた古米と、今年採れる新米のちょうど端境期にあたり、もともと需給が逼迫しやすい。9月になれば新米が流通するのでコメ不足は解消する」は、短期的にはおそらく間違いではないだろう。

ただ、長期的に見ると話は別である。コメ不足は今後も続くと思われる。

近年、日本人のコメ離れが進んでいるといわれてきた。農林水産省によると、一人当たりの主食用コメの消費量はピークだった1962年度(118kg)から年々減少し、2022年度は半分以下の年間51kgまで落ち込んでいる。

コメを食べる日本人は減っているのにコメ不足が起きているのはなぜか。根本的な原因は「減反政策」という「農政の失敗」にあるからだ。

政府が政策失敗を認め、これを是正しない限り、今後わが国は慢性的なコメ不足に直面すると考えられる。

■根本的な原因は「コメの生産量低下」にある

コメ不足の原因として、冒頭で指摘したように「2023年の猛暑」と「インバウンド消費の増加」が挙げられている。

だが、政府も認めている通り、2023年のコメの作況指数は101と、不作とは言いがたい。猛暑の影響で1級米が減少したほか、日本海側で不作だった影響もあるが、コメ不足」の原因を異常気象だけに求めるのは早計だろう。

またインバウンド消費の増加についても、増加量は約1%程度という。

では根本的な原因は何かというと、「コメの生産量が低下している」ことにあると考えられる。

■稲作農家の平均所得は「1万円」

政府はこれまで「コメの過剰在庫」を理由に、農家に厳しい政策をとってきた。

①生産者には生産調整強化を要請し、②水田を畑にしたら1回限りの「手切れ金」を支給するとして田んぼ潰しを始め、③農家の赤字補填はせず、④小売・流通業界も安く買いたたく。

農家を苦しめ、コメの生産を減らしてきたのである。

実際に、農水省が公表している「営農類型別経営統計」を確認すると、農家の苦境に驚くほかない。

稲作農家が1年働いて手元に残る所得は、2020年の時点で、1戸平均17.9万円しかなかった。時給にすると181円という低水準である。

だが、2021年、2022年には、コロナ禍でコメ消費量が落ち込んだこともあり、年間の平均所得はなんと1万円に低下している。時給換算だと10円である。

10円硬貨
写真=iStock.com/NonChanon
時給換算だと10円(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/NonChanon

■「インフレで農家は儲かっている」は間違い

「インフレの影響でコメ価格が上昇しているのだから、コメ農家の収入も増えているはずだ」と思う向きも多いであろう。

たしかに、現在のコメ価格は上昇しているが、農家がコメを売ったのは昨年である。もちろん昨年のまだ安かった米価で売っている。だから農家に値上がりのメリットは還元されていない。利益を得ているのは流通・小売だけである。

そもそも店頭のコメ価格は上がっているが、生産者米価はまだまだ低水準にある。

現在、生産者米価は1.6万円/60kg前後となっているが、コメの生産コストも1.6万円/60kg強であり、やっとトントンか、まだ赤字という水準だ。

ある稲作農家は筆者に、「家族農業の米作りは、自作のコメを食べたい、先祖からの農地は何としても守るという心意気だけで支えられている」と語った。

もっと農家を支援しなければ、農家ももたないし、国民ももたないという状況になっている。

■政府はコメの生産を奨励すべき

政府はコメの生産を奨励する政策をとるべきだ。

その結果、もし「コメ余り」になったとしても、政府備蓄を増やすことで対応できる。

備蓄米
写真=iStock.com/nakornkhai
政府備蓄を増やすことで対応できる(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/nakornkhai

そもそも、今夏のようなコメ不足に対応するために、政府備蓄がある。

政府の言う通り「9月には解消」する一過性のコメ不足なら、なおさら政府備蓄の放出で対応できるはずだ。

十分な政府備蓄があれば、「異常気象によるコメ不足」にも対応できるはずだ。

近年は猛暑の年が続いているし、異常気象も毎年恒例となればもはや異常でもなんでもない。対応できないような「想定外の事象」とはいえない。

インバウンド消費の急増についても、コロナ禍前に戻ったわけだから、想定外ではない。

需給の変化は当然起きると考え、それに対応するために十分な政府備蓄を確保するのが政府の仕事であるはずだ。

そのために、農家を支援しコメの生産を奨励する政策こそ、本来政府がとるべき方針であるのは言うまでもない。

■日本の穀物備蓄は1.5~2カ月しかない

「農家いじめ」を続ける日本をよそに、世界は国内農業の保護を行っている。

中国は台湾有事をにらみ国内の食料備蓄を増やしているという。14億人の国民が約1年半食べられるだけの穀物を買い占めているというが、このせいで世界の穀物価格が下がらないという説もある。

一方、日本の穀物備蓄能力はかなり貧弱で、実は1.5~2カ月ほどしかない。

日本は中国と違って、国内で消費するコメは自給可能だ。いまは700万トンくらいしか作っていないが、日本の水田を全部利用すれば1400万トン以上のコメを生産できる。

「令和のコメ騒動」が起きているのだから、コメはもっと増産し、備蓄ももっと増やせばいい。

中国のように1年半とまでは言わなくとも、せめて1年くらいは食べていけるだけの備蓄をもつべきだ。

■財務省が反対するからできない

そうできない理由は、「そんな金がどこにある」と財務省が反対するからだ。

ただ、日本政府にはお金がないわけではない。台湾有事への備えとして、トマホークミサイルをはじめ、防衛力増強のために今後43兆円も使うという。

「NO」と書かれたカードを持つ人
写真=iStock.com/ImpaKPro
財務省が反対するからできない(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/ImpaKPro

しかし、兵器ばかりあっても、食料がなければ命は守れない。

防衛予算の一部でいいから、食料の備蓄に回すことが必要だ。「食料の確保」は安全保障の一丁目一番地である。

本来政府内でこういう議論をもっときちんとやらなくてはいけない。

■「牛乳余り」だったのに一転して「牛乳不足」になる理由

コメと同じように、政府の失敗によって需給が不安定化しているのが「酪農」だ。

コロナ禍で「牛乳余り」が叫ばれていたが、今度は反対に牛乳が不足傾向にあり、すでにバターは足りなくなっているという。

グラスに注ぐ牛乳
写真=iStock.com/naturalbox
「牛乳余り」だったのに一転して「牛乳不足」(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/naturalbox

昨年の猛暑で生乳の生産量が減ったのが原因と言われているが、それは一部でしかない。コメ同様、根本的な原因は「農政の失敗」にある。

政府は牛乳の過剰在庫を理由に、①酪農家には減産を要請し、②乳牛を処分したら一時金を支給するとして乳牛減らしを始め、③酪農家の赤字補填はせず、逆に、脱脂粉乳在庫減らしのためとして酪農家に重い負担金を拠出させ、④小売・加工業界も乳価引き上げを渋った。

これにより、酪農家の廃業が増え、生乳生産が減ってしまった。

■国内農業をつぶして輸入を増やしている

コメ同様に、生乳の増産を奨励し、バター・脱脂粉乳の政府在庫を増やしていれば、その買い入れと放出で需給調整できたはずだ。

それをしないから、牛乳余りになったり、牛乳不足になったりするのだ。

結果、政府はバターなどの輸入を増やすことで対応し、余計に酪農家を苦しめることになっている。

農水省の2022年の「営農類型別経営統計」によると、酪農経営の営業利益は平均で約700万円の赤字となっている。特に、酪農業界を牽引し、経営規模を拡大してきた大規模酪農家の赤字がひどい。「搾乳牛飼養頭数200頭以上」の赤字は、平均で2200万円を超えている。

政府がやっているのは、国内農業をつぶして輸入を増やすという「逆行政策」にほかならない。

■「一部の農家が潰れるのはやむを得ない」が政府の本音

いま政府がやるべきなのは、これまでの農政を転換し、農家を保護して生産を奨励する方向に舵を切ることだ。

だが、今のところ政府の姿勢に変化は見られない。今年は25年ぶりに「農業の憲法」とも言うべき「食料・農業・農村基本法」が改正されたが、政策の転換は見送られた。

それどころか、「これまでの農業政策は正しい。農業の生産性向上のためなら、一部の農家が潰れるのはやむを得ない」という新自由主義的な方向性がより強く打ち出されている。

■事実上の「国家総動員法」さえ成立

新たな「農家いじめ」も導入された。

台湾有事をにらんで今年5月に成立した、「食料供給困難事態対策法」がそれだ。

鈴木宣弘『世界で最初に飢えるのは日本』(講談社+α新書)
鈴木宣弘『世界で最初に飢えるのは日本』(講談社+α新書)

日本で食料危機が発生した場合、農家に米、大豆などの増産計画の届け出を指示し、拒否すれば罰金を科す、という法律だ。事実上、農家から半強制的に食料を「徴発」する法律で、戦前の「国家総動員法」を彷彿させる。

そんな急激な増産が実際できるわけがないし、していいわけもない。

そもそも、現在の「農家いじめ」が今後も続くとなると、いずれ農業従事者は激減してしまう。農村は破壊され、増産どころか、いずれ国内農業消滅の危機に直面するであろう。

このような状況下にありながらも、政府は対応するつもりがまったくない。

となると、「令和のコメ騒動」は長期化、慢性化すると考えるのが自然だろう。

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鈴木 宣弘(すずき・のぶひろ)
東京大学大学院農学生命科学研究科教授
1958年三重県生まれ。82年東京大学農学部卒業。農林水産省、九州大学大学院教授を経て2006年より現職。FTA 産官学共同研究会委員、食料・農業・農村政策審議会委員、財務省関税・外国為替等審議会委員、経済産業省産業構造審議会委員、コーネル大学客員教授などを歴任。おもな著書に『農業消滅』(平凡社新書)、『食の戦争』(文春新書)、『悪夢の食卓』(KADOKAWA)、『農業経済学 第5版』(共著、岩波書店)などがある。

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(東京大学大学院農学生命科学研究科教授 鈴木 宣弘)

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