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「17歳で処女をやぶられたおどろきとかなしみ」で「パンパン」に…性被害者の女性を売春に走らせる心理的背景

プレジデントオンライン / 2024年9月6日 10時15分

田中絹代ら女優たちが「パンパン」を演じた映画『夜の女たち』1948年(写真=松竹/PD-Japan-film/Wikimedia Commons)

戦後に「パンパン」と呼ばれた女性たちはなぜ娼婦になったのか。毎日新聞記者の牧野宏美さんは「1948年から49年にかけての記録を見ると、戦後の混乱の中、占領兵からのレイプがきっかけでパンパンになった女性が少なくない。性被害者なのに娼婦になるという経緯は一見理解しがたいが、心理学的に考えれば、そこには原因がある」という――。

※本稿は牧野宏美『春を売るひと 「からゆきさん」から現代まで』(晶文社)の一部を再編集したものです。

■戦後10年に至るまで、米兵相手に体を売っていた女性たちの声

街頭に立った女性たちは一体どのように思い、生きていたのだろうか。

『街娼 実態とその手記』(竹中勝男・住谷悦治編、1949年)は、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)軍政部厚生課長エミリー・パトナムの助言を得て、京都の社会学者や医師らがまとめた調査報告書だ。1948~49年、キャッチ(GHQの憲兵や警察による強制的な性病検査)を経験した女性約200人に面会調査したもので、うち89人の手記や口述書が残されていた。女性たちの「生の声」といえるもので、そこからは占領兵とかかわりを持つようになった女性の多様な姿が浮かび上がる。大半が10代後半~20代前半だった。

目を引くのは、占領兵からのレイプがきっかけでパンパンになったという女性の存在だ。89人のうち、少なくとも8人が該当する。以下、いずれも『街娼』による。

■17歳でレイプ被害にあい、絶望して占領兵の「オンリー」に

10歳になる前に両親を病気で失い、病院に勤務していたAさん(17歳)は帰宅途中に米兵からレイプ被害にあった。ところが一緒に住んでいた叔母にとがめられ、家出する。引用文中の「○○」は原文ままで、GHQの検閲で伏せ字になったとみられるが、占領兵を指していると考えられる。

〈岡山病院で外科の見習で勤務しましたが、23年8月に、ある日、帰宅が遅かったのですが街を歩いていると、○○が2人歩いて来て突然、つかまりました。大声を立てたらハンケチを口の中にねじこまれ、闇の横道につれて行かれて、強姦されました。私は、処女をやぶられたおどろきとかなしみで、そのまま闇の中にひとりで2時間も座ったまま泣いていました。それから家へ帰って叔母に全部をありのまま語ったら、叔母に怒られ、お前は一人で自活しろと云うので、私は家出しました〉

Aさんは上京し、知人の紹介で占領兵と知り合い、「オンリー」になる。オンリーとは、特定のひとりを相手にし、生活の面倒を見てもらうことだ。

ただ、Aさんは占領兵と結婚したいなど、将来像は何も描いていないという。誰とも恋愛した経験がない中、17歳でレイプ被害にあったことでやむなく生活が一変したのであり、主体的に人生を歩もうという意思が薄いように感じられる。

■19歳で強姦された女性も「やけくそで」“パンパン”になった

Bさん(19歳)は姉を看病した帰りに被害に遭い、「やけくそでパン助を始めた」と語る。

〈結婚した姉が肋膜で寝ており、看病に行っての帰途、少し遅くなって京津電車の三篠駅に向ふ途中、O旅館の直ぐ近くで○○○○○○○の○○2人に摑まえられ、むりやりに強姦されました。19才でした。(中略)強姦の後はやけくそでパン助を始めました。1ヶ月の収入約1万円で、こんな生活も面白くもなく不満足なのですが、致し方ありません〉

占領兵にレイプされたのをきっかけに娼婦になるという経緯は、忌まわしい過去の体験を思い出す行為に思え、一見理解しがたい。しかし、性暴力の被害にあった人に売春行為などに及ぶ場合があることは、専門家も指摘している。また当時は現在と違い、処女ではないということが、就職や結婚などの自分の将来を閉ざすものとして考えられていた点も影響したと思われる。

性暴力被害の当事者からヒアリングを行った心理学者らによる編著『性暴力被害の実際 被害はどのように起き、どう回復するのか』(齋藤梓・大竹裕子編著、2020年)によると、被害者のなかには性的衝動が抑えられない、自らを傷つけたい衝動が生じるといった、自身のコントロールが難しい状況になり、自ら不特定多数の人と性的関係を持ったり、金銭と引き換えに性交したりした人がいた。

■米兵から性暴力を受けたのに米兵に体を売るという矛盾

同書は、こうした行為が、「自分から進んで性暴力の苦しみを繰り返している」ように見えるものの、「その背景には『尊厳/主体性への侵害』があり、自分に価値がないという思いから自暴自棄になり、何かしていないといられなくなる、あるいは自分のトラウマを過小評価したいという思いになるなど、さまざまな理由が存在」すると指摘する。

さらに被害者たちは「死」について語っていたといい、「死にたい」というより「消えたい」に近い感情を長時間持ち続けるとしている。

私が以前取材させてもらった性暴力の被害にあった女性も、同じような経過をたどっていた。女性は幼少の頃に義父から暴行され、中学生の時には先輩たちから集団で暴行を受けたが、その後性風俗の仕事を始めた。経済的理由もあったというが、性風俗の仕事を選んだ理由を「男性に仕返しをしたいという思いがあったから」と語った。被害を受けたことによって主体性が侵害された経験から、彼女にとって、それを克服する心理的プロセスとして、あえて自分の意思で性風俗の世界に飛びこむ必要があったということなのかもしれない。

■性被害を家族から責められ、二重に尊厳を傷つけられた

レイプがきっかけでパンパンになったという女性たちの証言からは、性被害を受けたことを家族に明かしても女性に落ち度があったように捉えられ、怒られたり不仲になったりして家に居づらくなってしまったことがわかる。レイプを受けたうえ、周囲からとがめられた女性たちは、二重の意味で尊厳を深く傷つけられたに違いない。

床に座って顔を覆う女性
写真=iStock.com/Imagesines
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Imagesines

前述の心理分析を踏まえれば、「自分には価値がない」と思い詰めて自尊心が低下し、自暴自棄になった末に居場所がなくなり、結果として自身では望んでいなかった娼婦へと転身することは充分ありえるだろうと考える。彼女たちは自分たちの心理状況や娼婦になった理由を詳しく説明していないが、たとえば「やけくそ」という短い言葉にも、心の奥底に深い苦しみが込められていることに思いを巡らせる必要があるだろう。

『街娼』では約200人の面会調査から、経済的な理由から街娼になった女性が多いと指摘しているが、手記や証言を残した89人のなかでも、「家族を養うため」「生活のため」といった経済的理由と読み取れる事情を挙げる人は少なくとも35人と約4割いた。お金が必要になった事情として目につくのは、父母など家族を亡くしたことで、89人中27人が該当し、うち少なくとも10人が戦死や戦災死が原因だった。

■戦争で困窮し仕方なく身を売った女性と、興味本位の女性

主に家計を担う家族を失うことは、経済的困窮に直結し、親が再婚して義父母ができたり、養女に出されたりと生育環境に大きな変化を生みやすい。戦争で親を亡くすのは当時としては珍しいことではなく、女性たちの生き様に戦争が大きな影を落としていたことは間違いないだろう。

「パンパン」となった結果、妊娠する女性も現れた。89人中、占領兵との交際で妊娠した人は少なくとも6人おり、3人が出産していた。残り3人は流産、死産を経験した。女性たちが妊娠を望んでいたかどうかはわからない。戦後の混乱期、1人で生きていくだけでも大変なのに、子どもを産み育てることは相当の困難をともなっただろうが、占領兵の子どもという理由で家族の支援を得られないケースもあった。

一方で、89人中7人と少数ではあるが、興味やあこがれを抱いてパンパンになったという人もいた。

日々相手を変える「バタフライ」をしているEさん(26歳)はこう明かす。以下の証言はいずれも『街娼 実態とその手記』による。

〈『借金があるから止めるに止められぬ』と云ふのは口実で、収入が多いからと面白いから止めないのです。(中略)あの夜の仕事は楽しくてやめられません、性病の恐ろしい事は知ってはいますが、快感の方が強い力を持ってゐます〉

■興味を抱いて娼婦になった女性が簡単には抜け出せない構造

Eさんのように「面白い」「楽しい」とはっきり言い切る証言は他には見当たらず、レアケースと言えるだろう。これ以外は、当初は占領軍やその周囲の人々の華美な生活に憧れて自らの意思でパンパンになったものの、「日本人として恥ずかしい」と悩んだり、占領兵との交際がうまく続かないことなどから「足を洗いたい」と漏らしたりして後悔しているようにみえる女性の方が目立つ。

そもそも、多感な10代~20代の女性が華やかにみえる占領兵や豊かな生活に興味や憧れを抱くのはいたしかたないこととも言え、彼女たちを責めることは酷だろう。むしろ、関心を持っただけで簡単になれてしまい、その後抜け出せなくなってしまう社会状況や環境を問題視すべきだと考える。

『街娼』中の証言のなかには、複雑な家庭環境などから家を出たことをきっかけに、出会った男にだまされたり、キャバレーなどで仕事を始めて占領兵と関係を持ったりするケースも散見される。

■「家出」した少女に性的搾取しようとする男が近づいてくる

17歳のFさんは、静岡県の料理屋の子として育ったが、「3歳の時にもらわれてきた子で、実母は三重県にいる」と知らされ、「帰りたくなって」12歳の時に実家に帰った。しかし、実母は温かく迎えてくれたわけではなかった。

牧野宏美『春を売るひと 「からゆきさん」から現代まで』(晶文社)
牧野宏美『春を売るひと 「からゆきさん」から現代まで』(晶文社)

〈実母のところは、人数も多く、他へ養女に出ていて帰ったために私に冷たい感じをもつていて、おしめの洗濯など、私にだけさせたので、家出してしまつた。15才のときの春ころで、名古屋まで無賃乗車して、駅へ下車してブラブラしていると、朝鮮の青年が来て、食事をさせてやるからと云つて近くの宿屋につれてった。いろいろ食事を御馳走してくれてから、強姦されてしまつた。私はいやらしいことをされたので駅へ逃げ帰つてしまつた〉

Fさんはその後実家に戻るもまた家出し、「収容所」に入れられ工場勤務をしていたが、そこもウソを言って出て京都に来たという。

若い女性が居場所を求めてさまようとき、性的搾取の対象としようとする男性がすかさず近づき、結果的に女性が性売買に携わるきっかけをつくっていることがわかる。

【参考記事】毎日新聞「『パンパン』から考える占領下の性暴力と差別 戦後75年、今も変わらぬ社会」

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牧野 宏美(まきの・ひろみ)
毎日新聞記者
2001年、毎日新聞に入社。広島支局、社会部などを経て現在はデジタル編集本部デジタル報道部長。広島支局時代から、原爆被爆者の方たちからの証言など太平洋戦争に関する取材を続けるほか、社会部では事件や裁判の取材にも携わった。毎日新聞取材班としての共著に『SNS暴力 なぜ人は匿名の刃をふるうのか』(2020年、毎日新聞出版)がある。

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(毎日新聞記者 牧野 宏美)

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