日本の製造業をダメにしたのは経産省である…日本の半導体産業が世界で再び勝つために必要なこと
プレジデントオンライン / 2024年9月4日 9時15分
※本稿は、野口悠紀雄『アメリカはなぜ日本より豊かなのか?』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■誰が日本の半導体産業を衰退させたのか
「日本の半導体産業は、1980年代には世界を制したが、その後衰退した」と、よく言われる。しかし、この見方は不正確だ。
1980年代においても、日本が強かったのは、DRAMというメモリ半導体だけだった。CPUと呼ばれる演算用の半導体は、アメリカのインテルが支配していた。日本の技術では、歯が立たなかったのである(そのインテルを、いまエヌビディアが追い抜いたのだ)。
現在のロジック半導体は、CPUが進歩したものだ。この分野で日本が弱いという基本構造は、そのときと変わらない。その後、日本の半導体産業は、メモリの分野においても衰退した。それは、サムスン電子などの韓国企業の追い上げに負けたからだ。
半導体の製造装置や原材料で日本のシェアが高いことは、これまでも言われてきた。そうなった原因は、製造装置や原材料のメーカーは、従来の日本の製造業大企業とは異質のものだったことにあると考えられる。
これについて、東京工業大学学長の益一哉氏と、長瀬産業執行役員の折井靖光氏(当時)の対談が、大変興味深い論点を提示している(NewsPicks「日本の半導体産業に、希望はある」2022年1月31日)。
垂直統合で自社に半導体部門を持っていた電機メーカーは、マーケットの変化を読めなかった。そして、世界の市場を見ず、自社製品のために半導体を作るという視座にとどまってしまった。
しかし、材料メーカーは、材料を他社に使ってもらわなければ生きていけないので、デバイスメーカーがこれから何を作ろうとし、どんな半導体を望んでいるのかについて、必死になってヒアリングをし、材料開発をしてきた。こうした地道な努力によって、日本の材料メーカーは存在感を維持し続けてこられたというのだ。まさにそのとおりだと思う。
日本の半導体産業を衰退させたのは、材料メーカーと異なり、自社製品のことしか考えない大企業体質なのである。
■カネをばらまく経産省
経済産業省は、国内の半導体事業への補助を増やしてきた。台湾の半導体受託製造企業TSMCの熊本第一・第二工場招致のため、1兆2000億円を支出した。
2024年4月、経済産業省は、最先端半導体の製造を目指すラピダスに、2024年度で最大5900億円を支援すると発表した(注)。ラピダスへの支援額の累計は、9000億円を超え、対TSMCに次ぐ規模となる。
(注)朝日新聞「ラピダス追加支援5900億円 経産省、製品化技術を促進」2024年4月3日、日本経済新聞「経産省、ラピダスの半導体『後工程』に535億円補助 5900億円の支援決定」2024年4月2日、日本経済新聞「ラピダス、AI半導体注力」2024年4月3日
現在、国内で製造できる半導体は40nm台にとどまっているが、ラピダスは、2020年代後半に2nmの次世代半導体の量産を計画している。
半導体の製造には、チップの回路を作る「前工程」と、チップを基板に実装し、パッケージ化して製品にする「後工程」がある。これまでは回路を微細にすることで性能を高めてきたが、微細化の限界が近づいていると言われる。そこで、微細化に代わる手法として、後工程の研究開発が注目されている。
■「エルピーダメモリ」という苦い過去
ラピダスは、半導体チップをメモリなどと組み合わせて立体的に組み立てる最先端の手法の開発を目指す。2027年度の量産開始までに技術を確立させ、千歳市に建設中の工場で製品化する。工場建設には5兆円を投じる計画で、まずは、研究開発費も含めて2兆円の資金が必要だとしている。
ところが、民間企業は、ラピダスへの出資に及び腰だ。同社は2022年8月に設立され、トヨタ自動車、ソフトバンク、ソニーグループなどが出資する。しかし、出資総額は73億円にとどまっている。
「最先端の半導体はうちには必要ない」「技術的なハードルが高く、本当に実現できるか見通せない」といった声もあるという(朝日新聞「『政治案件』の半導体支援、民間から冷たい視線 責任負うのはだれ?」2023年11月23日)。
経済産業省が主導した国策事業に苦い過去があることを考えれば、民間企業の及び腰も当然だ。
半導体産業については、「日の丸半導体復権」をかけて、電機メーカーの半導体メモリ事業を統合した「エルピーダメモリ」が1999年に発足した。しかし経営に行き詰まり、公的資金活用による300億円の出資を受けた。
それでも事態は好転せず、2012年2月に会社更生法の適用を申請し、製造業として史上最大の負債総額4480億円で破綻した。
■政府に介入されないほうが重要
「日の丸液晶」を目指した「ジャパンディスプレイ(JDI)」は、経営難が続く。同社は、ソニーグループ、東芝、日立製作所が行なっていた液晶画面事業を合体して2012年に作られた。産業革新機構が2000億円を出資し、国策再生プロジェクトとしてスタートした。
ところが2018年12月10日、産業革新投資機構(産業革新機構が改組された組織)の民間出身の取締役全員が辞職。
2019年には危機的な状態になり、産業革新投資機構から追加の出資がなされた。赤字の民間企業に国の金を投入し続けることに対して批判が集まった。
高度成長期においては、日本の製造業は国の直接介入を拒否した。それを象徴するのが「特振法(特定産業振興臨時措置法)」だ。
1962年、通商産業省は外資自由化に備えて日本の産業の再編成を図ろうとし、「特振法」を制定しようとした。しかし、当時の経団連会長石坂泰三氏は、これを「経済的自由を侵害する統制」「形を変えた官僚統制」として、退けてしまったのである。外資による買収を防ぐより、政府に介入されないことのほうが重要と考えたのだ。
■日本の半導体産業が弱体化した理由
この当時、政府による保護策の対象は、高度成長に取り残された農業だった。ところが、1990年代の中頃から、この構造が変わってきた。競争力を失った製造業が政府に救済を求め、政府がそれに応えて介入するようになってきたのだ。
しかし、日本の製造業が競争力を失ったのは、中国の工業化などの大変化によって、世界の製造業の基本構造が変わってしまったからだ。それは、補助金で救えるものではない。
日本の半導体産業が弱体化したのは、補助金が少なかったからではない。補助金漬けになったからだ。「補助して企業を助ければよい」という考えが基本にある限り、日本の半導体産業が復活することはないだろう。
しかし、日本の半導体関連企業のすべてが輝きを失ったわけではない。
最近の半導体ブームの中で脚光を浴びているのが、半導体製造装置大手の東京エレクトロンだ。
同社の時価総額は10年で16倍となり、トヨタ自動車、三菱UFJフィナンシャル・グループに続いて、時価総額が日本で3番目に大きい企業となった。半導体の主要4分野の製造工程で世界1位、悪くても2位の装置を多数持つ。とりわけ最先端の半導体製造に不可欠のEUV(極端紫外線)向けは、シェア100%であり、世界をリードしている。
■東京エレクトロン社長の言葉にしびれた
同社の河合利樹社長は、日本経済新聞のインタビュー記事「半導体投資、国に頼るな」の中で、「国は直近3年で半導体の関連予算を約4兆円確保した。国の支援がなければ世界屈指の競争力を取り戻すという目標は達成できないのか」との質問に対して、「半導体の重要性が再認識され、政府が支援をすることは業界の一員として非常にありがたい」としながらも、つぎのように述べている(日本経済新聞「半導体投資、国に頼るな 東京エレクトロン社長の戦略」2024年3月30日)。
「企業は持続的な成長が求められていて、国の支援頼みにならないように戦略を考えていく必要がある」「企業が成長するには、利益が必要」。そして、「そのために、世界をリードする技術力、継続的に成長投資を図ること、実現に必要な人材」の3点が重要だとしている。
立場上、「国の支援が不要」とは言えないだろうが、「成長のために利益が必要」との答えから、真意は明らかだ。
「利益のために、技術と投資と人材が必要」という答えを見て、私は驚いてしまった。これは、経済成長理論の教科書に書いてあること、そのものではないか!
そして、私が飽きもせずに繰り返し、実務家から「現実知らずの書生論」と馬鹿にされている答え、そのものではないか!
教科書どおりの答えを経営者から聞くことができたのは、1962年の特振法に対する石坂発言以来、62年ぶりのことだった。
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一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院教授などを経て一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書に『「超」整理法』『「超」文章法』(ともに中公新書)、『財政危機の構造』(東洋経済新報社)、『バブルの経済学』(日本経済新聞社)、『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社)など多数。近著に『生成AI革命』(日経BP 日本経済新聞出版)、『ChatGPT「超」勉強法』(プレジデント社)、『日本の税は不公平』(PHP新書)、『83歳、いま何より勉強が楽しい』(サンマーク出版)などがある。
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(一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄)
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