2度のがん治療中もしゃがみ続けた…東大名誉教授が「私はスクワットに救われた」とマジメに語る理由【2024上半期BEST5】
プレジデントオンライン / 2024年9月3日 7時15分
※本稿は、石井直方『鍛えれば筋肉は味方する いのちのスクワット』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
■太ももの筋力は50年間で半分に減ってしまう
ここでは、私がスクワットを推奨する理由をお話ししましょう。
私たちの足腰や体幹の筋肉は、加齢や不活発な生活を続けることによって、どんどん弱ってしまいます。30歳から80歳までの間に、普通に生活しているだけで、太もものサイズと筋力は、およそ半分に減るのです。
しかも、これらの弱りやすい筋肉はすべて、「立つ」「歩く」「座る」といった、ふだんの生活での基本的な動きを支えているものです。これらの筋肉が弱ってしまったら、日常の基本動作さえ、おぼつかなくなります。
■スクワットは人間の動作の基本中の基本
私がスクワットを皆さんにお勧めする理由が、まさにここにあります。スクワットは、しゃがみ込んで、そこから立ち上がる動作を繰り返します。非常に単純な運動ですが、この動きは、人間の動作の中でも基本中の基本の動きです。
ハイハイしていた赤ちゃんは、まず立ち上がろうとします。歩き出すのは、立つことが前提の運動です。赤ちゃんが立てるようになるというのは、極めて大事な瞬間なのです。高齢になり、足腰が弱ってきてからも、立ち上がるという動きが重要であることは、改めていうまでもありません。
スクワットを行うことで、立ち上がるという基本の動きのトレーニングができることになり、しかも、スクワットは、同時にいろいろな筋肉が使われる点も重要です。
■鍛えられるのは太ももの筋肉だけではない
スクワットをするとき、主として働く筋肉(主働筋)は、太ももの前側の大腿四頭筋(だいたいしとうきん)です。この主働筋以外に、同時に多くの筋肉(協働筋)が使われます。
例えば、股関節を伸ばすために、股関節の伸筋(関節を伸ばす筋肉)である大殿筋(だいでんきん)とハムストリングスを使います。
さらに、体幹を安定させておくのに、脊柱起立筋(せきちゅうきりつきん)も使います。負荷が強くなると、腹腔(ふくくう)を締める必要がありますから、複数の腹筋群や、おなかの奥にある深層筋(大腰筋(だいようきん))も使う必要があります。さらに、足の関節を伸ばすためにふくらはぎの筋肉(腓腹筋(ひふくきん))、首を固定するために僧帽筋(そうぼうきん)も働きます。
■全身運動に近い「エクササイズの王様」
全身の筋肉の約60%は下半身にありますが、スクワットでは、このように下半身だけでなく、全身の多くの筋肉が関わり、複合的に動きます。
言い換えれば、スクワットは、多くの筋肉群を総合的に強化できるきわめて全身運動に近い運動です。
スクワットが「キング・オブ・エクササイズ」と呼ばれる理由はここにあります。
そのうえ、スクワットは種類が豊富です。運動不足を実感している中高年や、足腰が弱りつつある高齢者が、いざ筋トレを始めようとしたときにも、現在の自分の筋力に合わせたやり方でスタートできます。
筋力がある程度ついてきて、トレーニングの強度を上げたい場合も、フォームやスクワットの種類を変えるなどによって、それが可能です。
こうした点から、筋トレ初心者の方にまずいちばんに勧めたいものであり、同時に上級者の要望にも対応できるものが、スクワットといえるでしょう。
■2度のがん治療中も筋トレは続けていた
悪性リンパ腫での1回目の入院後に足腰の衰えを実感して、その後の2回目、3回目の入院時や、肝門部胆管がんの手術の前後にも、スロースクワットを柱とした筋トレを続けてきました。
近年では、がんに限らず大きな手術の前後には、しっかりと筋トレなどの運動を行って体力をつけるとよいという考え方が広まってきています。
私自身も、肝門部胆管がんの手術日の約3週間前から、定期的な筋トレを始めました。スクワットはもちろんですが、自転車エルゴメーター(エアロバイク)や、呼吸筋のトレーニングも行いました。
予定されていた手術では、みぞおちの下からおよそ40cmにわたって大きく腹部を切り開きます。筋力が足りないと、このような手術後には、横隔膜の上げ下げがうまくできなくなってしまう人もいるのです。そうした障害を避けるため、前もって専門の器具(簡単な器具ですが)を使って呼吸筋を鍛えます。
吸気の体積を測りながら、目標値まで息を吸っていきます。これを、1セット10回、1日3〜5セット。私は普通の患者さんよりも吸う力が強く、器具の上限値の2.5Lを1日10回、朝昼晩やっていました。
■「8秒スクワット」より上級の「12秒スクワット」
呼吸筋のトレーニングだけに限りませんが、こうしてさまざまな「プレコンディショニング」を行い、筋力・体力を少しでもアップさせておくことが、手術の成功や予後を左右するとされています。
「4秒かけてゆっくりと腰を下ろし、静止なしで、4秒かけてゆっくりと立ち上がる」というスロースクワットも、もちろんメニューに入っていました。
このときは、本書で紹介しているスロースクワットより、少し刺激の強い方法で行いました。
それは、4秒かけて腰を落としたら、そこで4秒キープ(ここが本書で紹介のスクワットよりきつい部分)、次に4秒かけてゆっくり立ち上がるというものです。これを8回×3セット行いました。
スロースクワットを行うのは週に2~3回、合間に体幹や上肢のトレーニングを挟むようにしました。また、以前共同研究も行ったことのある、立派なリハビリ室に赴き、エアロバイクこぎなども行いました。
■大手術終了3日後からトレーニング再開
2020年10月21日に肝臓と胆管の切除手術。12時間以上かかる大手術でした。
一人の人間の周囲に執刀医、麻酔医をはじめとした何人ものスタッフがつきそい、12~13時間という長い時間をかけて手術を成功まで導いてくれたのです。主治医の先生やスタッフの皆さんにはいくら感謝してもしきれません。
術後2日目までは集中治療室。その後病室に戻ると直ちに、全身にチューブを9本つけたまま、ベッドから立ち上がって、また腰を下ろすという「イスから立つだけスロースクワット」を始めました。最近の臨床研究では、術後もできるだけベッドに寝ている時間が少ないほうがよいとされているそうです。
術前、術後の筋トレのかいもあって、11月7日に退院。術後、これほど短期のうちに退院できる例はまれだそうです。横隔膜の上げ下げにもまったく問題は起こりませんでした。
このように書いてしまうと、術後から直ちに元気満々という印象を受けてしまうかもしれません。しかし実際はというと、傷口は痛く、おなかは重く、とてもしんどかったのです。おそらく知識がなかったら、安静にしているだけで、筋トレなどしなかったでしょう。知識は大事です。この本を書いた理由もそこにあります。
■私は2度死んでいてもおかしくなかった
検査で肝臓のCT画像を撮影すると、腰部のインナーマッスルである大腰筋がいっしょに写ります。
東大病院では、この大腰筋の太さと、手術後の回復の速さとの関係を調べていました。私の大腰筋も、データの一例に加わりました。
多くの患者さんのデータの分析から、大腰筋が太いほど、つまり体幹の筋肉がしっかりしているほど、術後の回復が速いことがわかってきたということです。
実際、私自身の大腰筋はかなり太かったらしく、そのおかげで早期の退院が可能となったのかもしれません。
こうして私は、無事に、元気な体で自分の家に帰ってくることができました。筋肉を鍛えていなかったら、私のようなケースでは2度死んでいてもおかしくなかったかもしれません。
■筋トレは回数にこだわらなくていい
現在は、抗がん剤の副作用によって、私の場合、かなりひどい貧血が出ています。
赤血球の数が普通の人の半分以下になってしまっていますので、立ちくらみなどが起こりやすい状態です。実際くらっとして、倒れそうになることがあります。
こういうときに無理してスクワットをすると、転倒してしまいかねません。転倒して骨折などをしてしまったら、それこそ元も子もありません。
ですから今は、自分の状態がある程度落ち着いて、立ちくらみなどが起こりそうにないことを確認したうえで、スクワットなどの運動を行うようにしています。
皆さんに強調したいのは、筋トレなどの運動は決して無理してやらない、それに、回数にこだわらなくていいということです。
本書もそうですが、多くの運動を推奨する本では、必ず目標の回数が書いてあります。しかし、それはひとまず忘れていただいてかまいません。とくに闘病中の方や、これまで運動をほとんどしてこなかった方は、いきなり目標回数をこなそうとしてはいけません。
■たった1回でも効果があり、着実に強くなる
イスから、ゆっくりと立ち上がり、また、ゆっくりと腰を下ろす(足腰の弱っている方は、転倒防止のためにどこかに手をついて行ってください)。
体力のない方なら、これをたった1回行うだけでもいいのです。立ち上がる動作と腰を下ろす動作をできるだけゆっくりと行えば、これも立派なスロースクワットになります。
運動の強度や回数は、自分の体と相談しながら、少しずつ増やしていきましょう。
「これは無理だ」と思ったら、やめていいのです。「もうちょっとできそうだな」と思ったら、もう少しがんばってみてください。
これまで運動してこなかった方なら、たった1回のスクワットを行うだけでも、きっと効果があるでしょう。
それを続けていくことができれば、行うスクワットの回数も1回が2回になり、2回が3回となって、しだいに増やしていくことができます。少しずつ回数が増すにつれて、筋肉も着実に強くなっていきます。
■「強くなった」と自覚した時こそ要注意
ただ、そうやって運動を続けていった結果、筋肉が少しずつ強くなってきたときも、決して過信しないことが大切です。
というのも、筋肉は鍛え始めると、思った以上に早めに効果が現れてくることがあります。筋肉強化を実感し、びっくりするくらい以前と違ってきたと感じる瞬間が訪れることも……。そんなときこそ注意が必要です。
そうしたケースでは、一部の筋肉が確かに強化されてきてはいます。しかし、じつは、体全体がその変化についていけていないというケースが往々にしてあるからです。
運動経験のほとんどなかった方には、こうした体の強化のアンバランスが起こりがちで、そういう人が調子に乗って運動を過度に行ってしまうと、転倒してケガをするといった事故が起こりやすくなります。
闘病中の方や体力の落ちている方が運動を続けていく際は、「くれぐれも慎重に」と重ねてアドバイスしておきたいと思います。
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東京大学名誉教授
1955年、東京都出身。東京大学理学部生物学科卒業、同大学院博士課程修了。理学博士。東京大学教授、同スポーツ先端科学研究拠点長を歴任し、現在、東京大学名誉教授。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。筋肉研究の第一人者。学生時代からボディビルダー、パワーリフティングの選手としても活躍し、日本ボディビル選手権大会優勝・世界選手権大会第3位など輝かしい実績を誇る。少ない運動量で大きな効果を得る「スロトレ」の開発者。エクササイズと筋肉の関係から老化や健康についての明確な解説には定評があり、現在の筋トレブームの火付け役的な存在。著書に『スロトレ』(高橋書店)、『筋肉革命』(講談社)など多数。
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(東京大学名誉教授 石井 直方)
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