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花王アタックZERO「#洗濯愛してる会」だけではない…洗濯関連のCMに男性が増加中「静かなる変化」と「限界」

プレジデントオンライン / 2024年9月10日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/didecs

花王アタックZEROの「#洗濯愛してる会」シリーズのCMが人気だ。これ以外にも、男性が登場する洗濯洗剤のCMが目立つようになった。生活史研究家の阿古真理さんは「『家事=女性』という固定観念が変化すること自体は好ましい。しかし、今はまだ、洗濯CMは批判を避けるだけで精いっぱいに見える」という――。

■「#洗濯愛してる会」シリーズの人気

近年、洗濯CMがさま変わりしつつある。きっかけを作ったのは、2019年4月から続く花王の洗濯用洗剤、アタックZEROの「#洗濯愛してる会」シリーズだ。出演するのは松坂桃李、菅田将暉、賀来賢人、間宮祥太朗、杉野遥亮の人気若手俳優5人。彼らが熱狂しながら洗濯機で洗濯に取り組むさまを、コミカルに描く。このCMの描写に違和感を抱いている私は、少数派なのだろうか。

何しろ、世間一般はこのシリーズを高評価している。このCMが2019年5月、CM総合研究所が毎月発表する「作品別CM好感度ランキングTOP30」で1位に輝いたほど人気になったことから、放送が始まってすぐ、日本経済新聞や「東洋経済オンライン」などの大手経済メディアが、次々と花王に取材した記事をアップした。「東洋経済オンライン」の2019年5月22日配信記事「花王『アタックZERO』の洗濯男子が愛される理由」では、CM開始直後から40代主婦を中心に人気となり、やがて男性を含む幅広い層から支持されるようになった、とある。

同記事によると、花王はあえて“洗濯に深い関心を持たないミレニアル層”を狙いCMを制作。同年5月31日に配信された「NIKKEI STYLE」記事によると、大胆な戦略が購買意欲に結びつき、2019年4月の売り上げは、リニューアル前のアタックNeoシリーズと比べ約2倍になったという。2つの記事を読むと、5人の俳優への好感だけでなく、洗濯がしたくなるなど、家事を魅力的に描いたことも女性が支持する要因のようだ。

■「洗剤を投入する」のは最も簡単な工程

人気を受けてシリーズは次々と更新され、今年8月に放送された「無菌レベル応援」編では、夏の汗の臭いが出ないかどうかを検証するため、松坂が洗剤を投入し、後ろで菅田と賀来がメガホンで応援する。2人の頭上には「打倒 夏の汗! 無菌レベルの消臭力!」の横断幕。高校野球のイメージだろうか。洗濯が終わった白い衣類に松坂が鼻を当てるが臭いがない、と3人で大喜びする。

家事をやるべき義務ではなく、楽しいものと捉え直すこのシリーズは、確かに地味な作業に光を当てた。しかし私が違和感を抱くのは、洗濯のうち、洗剤を投入するのは最も簡単な工程だからだ。宣伝したい商品が洗剤だからしかたないとはいえ、大騒ぎしながらやる作業だろうか、とまず思ってしまうのだ。

それより大変なのは、洗濯物を干して取り込み、畳んで収納する、というその後の仕事だ。ドラム式洗濯機の場合は、干して取り込む作業は省略できるが、しわになりやすいのでアイロンがけが待っていることも少なくない。彼らのうち1人でも、後の作業をやってくれるのだろうか。あるいは、無駄に若い力を使うのではなく、そのエネルギーを他の家事に向けてくれないか、と思ってしまう。

■洗濯洗剤ボールドのCMには菊池風磨を起用

人気に便乗したいのか、P&Gが2022年2月から、洗濯洗剤ボールドのキャラクターに、アイドルグループSexy Zoneの菊池風磨を起用。「洗濯大名」「洗濯王子」などのキャラクターを演じさせコミカルに商品の魅力を伝えるが、洗濯を誰がやっているのか伝える場面はない。その意味で、内容的には従来型と言える。同社のアリエールも、生田斗真や大泉洋などが出演するが、やはり誰が洗濯しているかは描かない。

花王は2021年にパナソニックとタッグを組み、人気ロックバンド[Alexandros]の川上洋平を起用し人気を集めた。日立は芦田愛菜を起用するが、芦田が洗濯するわけではなく、具体的な作業を見せ場にするわけでもない。

洗濯機のCMの現状を表していると思われるのが、リンナイのガス衣類乾燥機「乾太くん」紹介の変化だ。2020年に放送されたシリーズは、運動会でよく使われるクラシックの「クシコス・ポスト」の替え歌で乾燥時間の短さをアピール。小さい子どもがいる家庭で、「乾太くんにお任せだ」とお母さん(山田キヌヲ)がウィンクをしながら洗濯を片づける。高度経済成長期に放送されたアメリカのホームコメディ『奥さまは魔女』を彷彿とさせる、どこか懐かしいテイストだった。

■女性に家事や育児を押し付ける印象のCMが炎上

ところが最新バージョンは、小さい娘がいる3人家族の描写で、父親が洗濯を行い、母親が最後にうれしそうにタオルを顔に当てるシーンがある。

折り畳まれたタオル
写真=iStock.com/NYS444
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/NYS444

4年前のCMは、家事能力が万能な「スーパーお母さん」を描いているようにも受け取れる。しかし、現在は父親が家事をする。同社の表現の変化は、家事は女性がやるものという価値観から、男性がやってもおかしくない、という現代の風潮に足並みをそろえたように見える。

振り返れば、少し前まで洗濯CMは、女性の担い手が前提だった。アリエールも2010年頃は、草彅剛が出演する「ありがとう、君とアリエール」のセリフが決まり文句で、「はたらくのは妻」と示している。ボールドも、以前は西洋人女性が広い芝生の庭で洗濯物を干す幸せを描いていた。

各社の変化を促したのは、2010年代後半に本格化した、第4波フェミニズム・ムーブメントだろう。女性たちが家事の省力化を求めるムーブメントを起こし、女性に家事や育児を押しつける印象のCMが次々と炎上した。そこで、遅ればせながら各社は批判を恐れ、家事をする女性をCMから外し、はたらくとすれば男性、という方向に舵を切ったのではないだろうか。

■批判を避けるだけで精いっぱいに見える

「家事=女性」という固定観念が変化すること自体は好ましい。しかし、今はまだ、洗濯CMは批判を避けるだけで精いっぱいに見える。洗剤一つ入れるのに、5人も体力がある男性が大騒ぎするアタックZERO、男性が中心に洗濯をする乾太くん。それ以外の企業は、当事者の描写を避けた宣伝になっている。男性が家事をするように描けば真似になる、という判断なのだろうか。それとも、それらの企業では、まだまだ男性が当事者になりにくい現状から、あるいは社内の女性が家事をするはず、という意識が変わらないが炎上は避けたいから、無難な表現を選んでいるのだろうか。

ここで引き合いに出したいのが、料理回りの家事CMだ。実は料理の分野では、社会学者の田中東子東大教授らの調査で、2014年に男性が料理するCMが多数派になったことが分かっている。昭和後期の私の子ども時代は、味噌汁や煮物を味見する女性が、当たり前のように描かれていたし、平成になってもしばらくは台所の担い手が女性、というイメージは社会で共有されてきた。

■料理をするCMに男性が出ても違和感がない

しかし今は、料理する場面を描くCMに男性が出ることに、違和感を抱かない人も多いと思われる。男性タレントが自分の腕前を披露するバラエティ番組も、シェフの男性の現場を描くドキュメンタリーやドラマも、もはや珍しくない日常の光景となったからだ。そして、実際に家庭で台所を担う男性の数は少ないとはいえ、男性が料理すること自体を恥ずかしがらなくなった時代の変化が背景にある。

パスタを提供する男性
写真=iStock.com/miniseries
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/miniseries

もちろん、CMだけが、世の中の風潮を決めるわけではない。しかし、昭和以降に幸せな核家族像が定着し、女性のワンオペによる家事や育児が当たり前と思われるようになった背景には、テレビの映像による刷り込みもある。男性が料理することに抵抗感を抱きにくくなった変化には、テレビの効果もおそらくある。

もしかするとこれからはCMの影響で、男性が洗濯を引き受けるようになるのだろうか。今後は男性が洗濯する描き方が自然体になり、洗濯は男性がしてもおかしくない、と皆が刷り込まれていく。そうであるなら、男性が楽し気に外で洗濯物を干すシーンも放送して欲しい。中高年には、洗濯物を干す姿をご近所に見られたくないからやらない、という男性が少なくないからだ。とはいえ、ドラム式を推す企業が増えた今は難しいかもしれないが。

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阿古 真理(あこ・まり)
生活史研究家
1968年生まれ。兵庫県出身。くらし文化研究所主宰。食のトレンドと生活史、ジェンダー、写真などのジャンルで執筆。著書に『母と娘はなぜ対立するのか』『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『「和食」って何?』(以上、筑摩書房)、『小林カツ代と栗原はるみ』『料理は女の義務ですか』(以上、新潮社)、『パクチーとアジア飯』(中央公論新社)、『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』(NHK出版)、『平成・令和食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)などがある。

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(生活史研究家 阿古 真理)

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