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ヒラリーと同じ轍を踏むわけにいかない…男性同様のタフさ打ち出すハリスがこれからぶつかる真の壁

プレジデントオンライン / 2024年9月3日 16時15分

2024年8月22日、米イリノイ州シカゴのユナイテッド・センターで開催された民主党全国大会(DNC)最終日の夜、演説する民主党大統領候補で米副大統領のカマラ・ハリス。 - 写真=EPA/時事通信フォト

カマラ・ハリス副大統領が米国初の黒人・アジア系女性大統領を目指す2024年大統領選。「ハリス優位」の現地報道もあるなか、ハリスはアメリカによい変革をもたらすのか。国際政治学者の三牧聖子さんは「たとえ女性大統領が誕生しても、それだけでアメリカが変わるわけではない。それによって新しい考えや価値観が政治外交に持ち込まれるからこそ、意義がある」という――。

■「喜びに満ちた戦士」の登場

アメリカ大統領選まで3カ月を切った。8月下旬、イリノイ州シカゴで民主党の全国大会が開催され、最終日、カマラ・ハリス副大統領が大統領候補の指名受諾演説を行った。黒人・アジア系の政治家が、主要政党の大統領候補に選ばれるのは初めて。アメリカ初の女性大統領への挑戦でもある。

ジョー・バイデンからハリスに大統領候補が代わってから、民主党の雰囲気は一変した。全国世論調査での優位に加え、主要な激戦州での世論調査でもドナルド・トランプを猛追し、リードする州もでてきた。

そうした勢いを反映して、民主党の全国大会では「喜び(joy)」が何度も語られた。

ハリスが副大統領になってからは弁護士の仕事を辞め、ハリスの政治活動を支えてきた夫ダグ・エムホフはハリスを「喜びに満ちた戦士」と紹介し、下院少数党院内総務のハキーム・ジェフリーズは、「泣きながら夜を過ごす人にも喜びの歌と共に朝を迎えさせてくださる」という詩篇の言葉にハリスの台頭をなぞらえた。トランプ再戦阻止という悲願、しかもそれが黒人女性によって成し遂げられるかもしれない――こうした高揚感が、今の民主党の団結を支えている。

■副大統領としての衝撃的な不人気

確かに大統領候補となってからのハリスの自信に満ちた振る舞いは、かつては「カマラ・ハリス問題」とすら語られた(*1)、目立った業績を出せず、人気低迷に苦しんできたハリスとは別人のようだ。

政権発足から1年弱経った頃の世論調査で、副大統領としてのハリスの仕事ぶりを評価するアメリカ人は28%にとどまった。その支持率は、同時期に行われた世論調査で38%を獲得したバイデンより10%も低いという、衝撃的な数字であった(*2)

ハリスの人気はその後も低迷し、昨年夏の「LAタイムズ」紙の世論調査では、ハリスの支持率は、3年目の副大統領としては、1997年から2021年まで副大統領を務めたマイク・ペンス、ジョー・バイデン、ディック・チェイニー、アル・ゴアのどの支持率よりも低かった(*3)。ハリスはジョージ・W・H・ブッシュ大統領(1989~1994)の副大統領を務めたダン・クエール以来、最も人気のない副大統領であるとすらいわれた(*4)

ハリスはスタッフとの関係にも苦しんできた。政府監視団体「オープン・ザ・ブックス」によれば、副大統領となった2021年にハリスが連れてきた47人のスタッフのうち、2024年3月末の時点で残っていたのは4人で、離職率は91.5%に及んだ(*5)。確かに副大統領のスタッフの離職率は一般的に高く、そのすべてがネガティブな理由での離職でもないが、それでも9割超という数字は高い。ハリスがバイデンに代わる民主党の大統領候補として浮上すると、保守系メディアはこぞって、ハリスの統治能力のなさの証左としてこの数字を報道した。

■「彼女が有色人女性であるからだ」

さらに辞職したスタッフの告発から浮かびあがるハリス像は、よき上司とは言い難い。

2021年、『ビジネス・インサイダー』誌はハリスの地方検事時代、州司法長官時代、上院議員時代の元スタッフ12人に接触した。多くが匿名を条件にインタビューに応じ、スタッフとの電話で望んでいた答えが得られないと電話を一方的に切るなど、スタッフに緊張感を与えるハリスの振る舞いについて証言している(*6)

同時期に政治誌『ポリティコ』がハリスの関係者22人にインタビューを行ったが、そのうち一人はハリスの事務所について、「健全な環境ではなく、人々はしばしば不当な扱いを受けていると感じている」と証言している(*7)

もっともハリスの評価については、女性、とりわけ有色人女性のリーダーの手腕には、殊更に厳しい目が向けられるというジェンダーバイアスや人種の問題も考慮する必要がある。

元スタッフの中にも、ハリスが部下に求める仕事の基準は高いことを認めつつも、その他の有力政治家と比べて格別に厳しいともいえず、ハリスの資質やリーダーシップに疑惑や批判が向けられやすいのは、彼女が有色人女性であるからだと擁護する者もいた。ハリスが過去30年間のどの副大統領よりも支持率が低いという話についても、彼女がもし白人男性だったらここまで厳しい眼差しを向けられたか、問うてみる必要があるだろう。

■「女性」が強調されなかった指名受諾演説

大統領候補になってからのハリスのエネルギッシュな選挙活動、党大会での堂々とした演説は、つい最近までハリスにつきまとっていたネガティブな雰囲気を一掃した。

今やハリスは、バイデンの下で潰えかけていた勝利の可能性を呼び戻した「救世主」とすらみられている。ハリスが体現する明るさやエネルギーは、トランプとバイデン、どちらの高齢男性候補にもよきアメリカの未来を見いだせないでいた国民の心を捉えている。

2024年の米国の選挙の缶バッジ
写真=iStock.com/Elena Sunagatova
*写真はイメージです - 写真=iStock.com/Elena Sunagatova

もっとも、アメリカ初の女性大統領に挑もうとしているハリスだが、大統領候補指名受諾演説では、その挑戦に関する言明は慎重に避けられた。民主党全国大会2日目には、2016年に初の女性大統領を目指してトランプと戦い、惜しくも敗れたヒラリー・クリントンも演説を行い、「あの最も高く、最も硬いガラスの天井に、私たちは多くのひびを入れてきた」「そのひびの先に自由が見える」と熱を込めて語り、ハリスを激励した。

「自由」はハリスの選挙キャンペーンのスローガンだ。しかし、ハリス自身の演説には「ガラスの天井」を示唆するような文言は盛り込まれなかった。

■2016年クリントン敗北の痕跡

ハリスは、クリントンと同じ轍を踏むのを避けようとしているといわれている。

2016年、クリントンはどのようなスローガンを打ち出すか迷った挙げ句、「I’m with her(私は彼女の側にいる)」を採用した。ジェンダー平等の実現に向け、女性大統領を誕生させる必要があると訴える戦略だったが、結局クリントンは敗北した。

ピュー・リサーチ・センターの調査によれば、クリントンは、女性への差別発言を繰り返したトランプよりは多くの女性票を獲得したものの、その割合は54%対39%で、圧倒的な差はつけられなかった。人種別にみると、黒人女性やラテン系の女性は圧倒的にクリントンを支持したが、白人女性については、大卒ではクリントン票が勝ったが、非大卒ではトランプ票が勝った(*8)。「I’m with her」という言葉に託されたジェンダー平等という目標は、必ずしもすべての女性を惹きつけることにはならなかったのである。

最終的にクリントンのスローガンは、トランプの「米国第一」を意識した「一緒ならより強くなる(Stronger Together)」に落ち着いたが、選挙には敗北した。

2016年アイオワ州デモインの集会でスピーチするヒラリー・クリントン
2016年アイオワ州デモインの集会でスピーチするヒラリー・クリントン(写真=Gage Skidmore/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

■ハリスが前面に打ち出した「タフさ」

ハリスの指名受諾演説では、女性であることは強調されなかったばかりか、むしろ否定すらされた。

とりわけそのことがうかがえたのが、国家安全保障に関する言及だった。

軟弱、決定力がない、感情的……女性に対するステレオタイプが最も影響するのが、安全保障問題だが、ハリスはこうしたステレオタイプを払拭しようとするかのように、「最高司令官として、私はアメリカが常に、世界最強かつ最も致命的な戦闘力を持つことを確実にする」とうたいあげた。

確かにアメリカの「世界最強かつ最も致命的な戦闘力」は世界秩序の維持に貢献してきたかもしれない。しかし、2001年の同時多発テロ事件以降、20年超にわたって展開された「テロとの戦い」は、全世界で40万超の市民の巻き添え犠牲を生み出し、アメリカが今も武器弾薬を送り続けているイスラエルは、パレスチナ自治区ガザでパレスチナ人の犠牲を生み出し続けている。

歴代の男性大統領と同じように、ハリスはアメリカの軍事戦略にまつわる負の側面を見ないようにしている。

大統領選投票日の2024年11月5日に印が付けられたカレンダーと選挙のバッジ
写真=iStock.com/liveslow
*写真はイメージです - 写真=iStock.com/liveslow

■女性大統領候補は変革をもたらせるか

ハリスのタカ派ぶりは、イスラエルへの軍事支援の継続を力強くうたいあげた部分にも如実に表れた。2023年10月7日、ガザを拠点とするイスラム組織ハマスによる攻撃を受け、1200人の市民の命と200人超の人質を奪われたイスラエルがガザ全域で展開してきた軍事行動は300日超に及び、パレスチナ人の犠牲は4万を超えた。

確かにハリスは同時に、「ガザの苦しみが終わり、パレスチナの人々が尊厳、安全、自由、そして自決を実現できるように、戦争終結への取り組みを続ける」とも宣言した。

しかし、支持者の一部が強く求めてきたイスラエルへの武器禁輸には言及せず、その後に行われたCNNのインタビューで明確にその考えを否定した。イスラエル政策については、ハリスはバイデンと変わりがないとの失望も広がる。

星条旗とアメリカ合衆国議会議事堂
写真=iStock.com/franckreporter
*写真はイメージです - 写真=iStock.com/franckreporter

初の女性大統領を目指して、女性の最高権力者へのネガティブなイメージを払拭するために、ハリスは男性に負けないタフさを打ち出していく必要があるのだろう。今後、ハリスは勝利を追求する中で、歴代の男性大統領とほとんど同じような考えを持ち、同じような政策を遂行する女性大統領候補へと転身していくかもしれない。

「今はハリスがどんな大統領になるかを論じている場合ではない、打倒トランプがすべてだ」というのが今の民主党のムードだが、それでよいのだろうか。

女性大統領の誕生は、それだけでアメリカを変えるわけではない。そのことによって新しい考えや価値観が政治外交に持ち込まれるからこそ、意義がある。

ハリスはアメリカによい変革をもたらす女性大統領になれるのか。トランプとの選挙戦の行方とともに、政治家としての彼女の変容にも注目したい。

(*1)Elaina Plott Calabro, “The Kamala Harris Problem” Atlantic (October 10, 2023).
(*2) Gloomy Landscape for Democrats in Midterms As Biden's Approval Drops To 38% in USA TODAY/Suffolk poll, USA Today (November 7, 2021).
(*3) “What Does America Think of Kamala Harris?” Los Angeles Times (April 23, 2024)
(*4)“Kamala Harris' Approval Rating Is a 2024 Problem” Newsweek (Dec 24, 2023).
(*5)“VP Kamala Harris Had 92-Percent Staff Turnover During Her First Three Years” Open The Books (July 22, 2024).
(*6)“Ex-Kamala Harris Staffers Have Bad Memories of A Toxic Culture in Her Past Offices And Are Texting Each Other About It” Business Insider (July 14, 2021).
(*7)“‘Not A Healthy Environment’: Kamala Harris’ Office Rife with Dissent” Politico (June 30, 2021).
(*8)Pew Research Center (August 9, 2018).

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三牧 聖子(みまき・せいこ)
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科准教授
1981年生まれ。専門はアメリカ政治外交史、国際関係。東京大学教養学部卒、同大大学院総合文化研究科博士過程修了。米ハーバード大学日米関係プログラム・アカデミックアソシエイト、高崎経済大学准教授などを経て現職。著書に『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書)、『私たちが声を上げるとき アメリカを変えた10の問い』『自壊する欧米 ガザ危機が問うダブルスタンダード』(共著、集英社新書)、共訳・解説書に『リベラリズム 失われた歴史と現在』(青土社)など。

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(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科准教授 三牧 聖子)

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