「反トランプの急先鋒」から「熱狂的な支持者」に変貌…海外メディアが報じた「トランプの副大統領」の迷走ぶり
プレジデントオンライン / 2024年9月6日 9時15分
2024年7月16日、米ウィスコンシン州ミルウォーキーのファイザーブ・フォーラムで開催された共和党全国大会第2夜に登場したドナルド・J・トランプ前米大統領とJ.D.ヴァンス上院議員(オハイオ州選出、共和党)。 - 写真提供=Gordon Annabelle/CNP/ABACA/共同通信イメージズ
■「大のトランプ嫌い」から一転、迷走の副大統領候補に
今年11月5日の米大統領選を前に、共和党のドナルド・トランプ陣営の旗色が冴えない。トランプ氏自身が陰謀論めいた言動で混乱を招いているほか、輪をかけて痛手となっているのが、副大統領候補に自ら指名したJ.D.ヴァンス上院議員の迷走だ。
ヴァンス氏はかつて、極端なトランプ嫌いで知られた。自身のTwitter(当時)で、「なんという馬鹿者」「アメリカのヒトラー」などと厳しい批判を繰り広げていた経緯がある。
しかし、トランプ氏の強烈なキャラクター性が自身の政治家生命に有利に働くと判断すると、熱烈なトランプ支持者に転向。知名度向上のため、到底支持できない政治家の尻馬にあえて乗った格好だ。
同床異夢のトランプ陣営は、有権者に見透かされている。着実に支持層を広げるライバル・民主党のカマラ・ハリス氏(現副大統領)に対し、激戦州7州のほぼ全域でリードを失った。暴走するトランプ氏とその副大統領候補のコンビに、共和党支持者たちの間にも当惑が広がる。
■激戦州のほぼ全てでリード失う
米ニューヨーク・タイムズ紙は8月14日、トランプ陣営の停滞を報じている。バイデン大統領が選挙戦から撤退し、民主党がハリス氏を正式指名した8月6日以降、「大統領選がわずか数週間で様変わりした」と指摘する内容だ。
同紙の独自調査、および非党派の選挙予測誌『クック・ポリティカル・レポート』などによる世論調査によると、選挙戦を占ううえで重要なスイングステート(激戦州)7州のうち6州で、ハリス氏がややリードあるいは接戦になっている。
バイデン大統領が選挙戦から撤退し、後継者にハリス氏を指名したことで、ハリス氏の好感度が13ポイントの急上昇をみせた。ハリス氏は民主党支持者のみならず、無党派の男性層からも強い支持を受けている。
■「まごつき、取り乱している」焦燥のトランプ陣営
対するトランプ陣営は、焦燥の色を隠せない。英フィナンシャル・タイムズ紙は、民主党がヴァンス氏の数々の不適切な言動を引き合いに出し、氏を「奇妙な」人物として描こうとしていると報じている。
CNNは日本語版記事で、トランプ氏が「経験したことのない急速に変化する政治情勢にまごつき、取り乱しているように見える」と指摘。「悪意に満ちたメッセージや、人種差別的な侮辱、陰謀めいた攻撃」を繰り出して状況を取り繕っていると述べている。
こうした行動は支持者たちの目にすら非生産的に映っており、トランプ陣営としてはハリス氏の出鼻をくじく機会を完全に逸した格好だ。同じ共和党内からすら、戦略を改めるよう求める声が上がる。
共和党の世論調査員のフランク・ランツ氏は、米CNNのインタビューで、「(政策上の)課題に焦点を当てれば、トランプは成功する可能性が高い。しかし、(候補者の人種など)属性に焦点を当てれば、ハリスが成功する可能性が高くなるだろう。なぜなら、人々は彼女をトランプよりも好んでいるからだ」と述べている。
バイデン氏は高齢が懸念材料となり、トランプ氏は極端な言動で避けられてきた。難しい選択を迫られていたアメリカ国民の前に、突如として米民主党からハリス氏という選択肢が登場。一挙に注目を集めた格好だ。
■女性政治家たちを「子供のいない猫好きの女性」と揶揄
ハリス氏に対し、ヴァンス氏が優位を保てないのはなぜか。ヴァンス氏はある意味で、トランプ氏に似ている。衝動に駆られた失言が、随所で悪目立ちしているのだ。
2021年には、ハリス副大統領を含む民主党の政治家たちを「子供のいない猫好きの女性たち」と揶揄。女性蔑視だとして猛烈な批判に晒された。
米ABCニュースによるとヴァンス氏は、ハリス氏やピート・ブティジェッジ運輸長官、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員など、子供を持たない民主党の政治家たちを批判。「我々の国は、子供のいない猫好きの女性たちによって運営されている。彼女たちは自分の人生に不満を持ち、その選択に後悔しているので、他の人々も不幸にしようとしているのである」と述べた。
フィナンシャル・タイムズ紙は、この発言が「全国的な反発」を引き起こしたと報じている。英BBCによるとヴァンス氏は、米キャスターのメーガン・ケリー氏とのインタビューで、「明らかに皮肉を交えたコメントだった」と弁明。「民主党が反家族的で反子供的になっていること」を批判する意図だったと釈明に追われた。
■まるで内輪のパーティー…演説力は素人同然
女性を敵に回すヴァンス氏の言動は、自身の支持集めに不利に働く。
ヴァンス副大統領候補が支持を集められない理由について、米NBCのニュース・エンタメ番組「レイトショー」ホストのスティーブン・コルベア氏は、トランプの極右的な立場を和らげることができず、郊外の女性にアピールできていないためだと指摘している。
英ガーディアン紙によると、コルベア氏はまた、彼の演説スタイルが「同僚だけを招待した独身パーティーの新郎のようだ」と評されるほど魅力に欠けており、これも致命的だと指摘している。女性受けしない政策だけでなく、スピーチで男性層の興味を惹くこともできていない。
加えて、出身州も不利だとされる。ヴァンス氏はオハイオ州出身だが、同州では既にトランプ陣営が支持を得ている。このため、ヴァンス氏を副大統領候補に指名したことによる選挙戦略上の利点が少ないとの観測がある。
■共和党内でも懸念が高まる
不利な状況はまだある。「子供のいない猫好きの女性」発言で女性政治家を敵に回したヴァンス氏は、昨年、有権者の女性たちからも反感を買った。
ヴァンス氏は、黒人女性たちが中絶のためにカリフォルニアを訪れているという陰謀論を披露し、これが批判の的になっている。フィナンシャル・タイムズ紙によると昨年には、「(著名な投資家で慈善家の)ジョージ・ソロスが毎日、(大型旅客機のボーイング)747を(オハイオ州)コロンバスまで飛ばし、黒人女性を乗せていってカリフォルニアで中絶させる」という持論を展開。これを防ぐため、連邦政府としての対応を求めた。この発言は猛烈な批判に晒された。
中絶に対する厳しい立場も、議論を呼んでいる。レイプや近親相姦の被害者に対しても中絶を認めないと主張しており、テレグラフ紙によると、こうした姿勢は共和党内の一部からも懸念を引き起こしている。
共和党の戦略家であるダグ・ヘイ氏は、フィナンシャル・タイムズ紙に対し、こうした言動を含め、「過去一週間の奇妙な問題の数々が党内での懸念を高めている」と明かした。
■アンチ・トランプから一転
ヴァンス氏はかつて、「ネバートランプ」(トランプに絶対投票しない)派として知られていた。だが、トランプ氏の副大統領候補に指名された現在、その立場を180度転換した。
ヴァンス氏は2016年、トランプ氏が「嫌いだ」と述べ、「なんて馬鹿なんだ」とツイートしている。BBCによると、元ルームメイトで現在はジョージア州の上院議員であるジョシュ・マクラウリン氏に宛てたメッセージでは、「トランプはシニカルなアホか、あるいはアメリカのヒトラーだ」とのメッセージを送っていた。
同年の選挙前、CNNのインタビューに応じたヴァンス氏は、「絶対にトランプには投票しない」と述べている。トランプ氏の政策については、「文化的ヘロイン」あるいは「中西部のオピオイド(麻薬成分を有する鎮痛剤)」と呼び、白人の労働者階級が持つ恐怖や偏見を利用していると批判している。
しかし、2020年までに、トランプ氏を全面的に支持するよう身を翻した。BBCによると2021年には、「彼について間違っていたことを後悔している」とまで述べている。2022年の上院選挙ではトランプ氏の支持を取り付けて当選し、現在ではトランプの副大統領候補としてその立場を固めている。
■偏見を利用して民衆を扇動する…トランプ氏を信望した理由
これほどまで急速に、トランプ支持に転向したのはなぜか。
変化の一因として、彼の「深く根ざした怒り」が挙げられる。法科大学院時代にヴァンス氏のルームメイトであったジョシュ・マクラウリン氏は、BBCにその一端を明かしている。ヴァンス氏は、共和党が労働者に希望と経済的な機会を提供できないのであれば、「デマゴーグ」が民衆の不満を埋めると考えたようだ。
デマゴーグとは、大衆の感情や偏見を利用して支持を得る政治家のことであり、まさにトランプ氏の政治スタイルそのものだ。ヴァンスはトランプ氏がデマゴーグになると考えて興味を抱いた。そして最終的には、トランプの政策そのものが、労働者階級にとって有益であると認識するようになったという。
だが、政治指針への賛同は、表面的なポーズに過ぎないとも取れる。ヴァンス氏は2016年、全米日刊紙のUSAトゥデイに寄稿し、「トランプ氏に投票する人々を結びつけているのは、アメリカの富裕層や権力者に対する疎外感(反感)である」と批判している。
一方で実際のトランプ氏の政策については、「私はすぐに、トランプ氏の実際の政策提案は、仮にあったとしても、不道徳なものから馬鹿げたものまで、様々であることに気づいた」と述べ、内容の薄さを指摘していた。
■トランプ氏側は、ヴァンス氏の“経済苦”を好感
では、トランプ氏側がヴァンス氏に白羽の矢を立てたのはなぜか。副大統領候補に選んだ理由は、彼の忠誠心と、中西部の有権者への訴求力にある。
米NBCは、トランプ氏の息子たち、特にドナルド・トランプ・ジュニア氏がヴァンス氏を強く推奨し、彼の選出に大きな影響を与えたと報じている。ヴァンス氏の若さとエネルギーを高く評価したほか、彼が中西部の労働者階級の有権者に強く訴求することを期待しての動きだったという。
ヴァンス氏はトランプの「アメリカ・ファースト」政策に強く共鳴し、特に移民政策や貿易政策の立場でトランプ氏と一致している。トランプ氏が右派ポピュリズム運動を強化し、ウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニアなどの重要な戦略州での支持を固めるために必要な動きだった。
米タイム誌は、トランプ氏自身、ヴァンス氏の「ハードスクラブルな(経済的に困窮していた)」背景を好んだと伝えている。エリートに対する反逆心を持つヴァンス氏が、トランプ陣営の支持基盤に強く訴えると考えていたようだ。
■「私は貧しい子供として育ちました」
「苦労人」として売り込むヴァンス氏だが、貧しい暮らしを生き抜いたとのバックグラウンドは、民衆の支持を得るためのハリボテであるとも指摘される。
ヴァンス氏は、トランプ氏の副大統領候補の地位に上り詰める過程で、自身を「ヒルビリー」として売り込んだ。ヒルビリーとは、アパラチア地方の白人労働者階級を意味する。オンラインメディアのカンバセーションによると、ヴァンス氏は自身がアパラチア出身であることを強調し、アメリカの労働者階級を代弁する立場にあると触れ込んでいる。
また、今年8月のフォックス・ニュースでヴァンス氏は、「私は貧しい子供として育ちました」と述べ、「多くの普通のアメリカ人が共感できる話だと思います」とも語った。
加えて、2016年の回想録『ヒルビリー・エレジー』では、自身の家族が「虐待、アルコール依存症、貧困、トラウマ」を背負っていると主張している。米ニューズウィーク誌による抜粋では、「私は貧しい家庭で育った。政治家の家庭でも裕福な家庭でもなかった」と強調。「私は海兵隊を経て大学を卒業し、最終的にドナルド・トランプの副大統領候補となった。これは、多くの普通のアメリカ人が共感できるストーリーだと思う」と自身の身上を語っている。
■「貧しい家庭の出身」は偽りの姿か
しかし、カンバセーション誌は、「ヴァンスの貧困には、ちょっとしたトリックがある」と指摘する。彼の家族は確かに問題を抱えていたが、彼自身は貧しくはなかったし、ヒルビリーでもなかった。育った家庭は、オハイオ州の中流階級だったという。
彼の回想録では、母親が鎮痛剤に依存していたと述べられているが、これは多くのアメリカ人において、貧困層、中流階級、富裕層を問わず、共通の問題であると記事は指摘する。
実際のところ、彼の経済状況は非常に良好だ。CNNは、数百万ドルの資産を持っていると報じている。最大の資産は金融サービス会社・シュワブ社のブローカー口座(金融商品取引用の口座)にあり、約220万ドルから750万ドルの価値があるという。彼はまた、ビットコインを25万ドルから50万ドル持っており、住宅や事業にも投資しているとされる。
■副大統領候補への抜擢は「ひどい決定」
あたかも「貧しい民」の代弁者であるかのように売り込んだヴァンス氏だが、実態との乖離は明らかだ。ヴァンス氏の選出に、共和党内からも不協和音が響く。
英メール紙によると、選挙キャンペーンの内部関係者は、副大統領候補にヴァンス氏を選んだことは「ひどい決定」であったと明かしている。特にジョー・バイデン大統領が引退を表明し、民主党候補にカマラ・ハリス氏の名が挙がると、世論調査でのトランプ氏の支持率はみるみると落ち始めた。
選挙キャンペーンのスタッフに当たり散らしたり解雇したりするなど、物事がうまく進まないときにトランプ氏が取りがちな悪癖もすでに見え始めているという。
米政治専門紙のヒルによると、ホワイトハウスのサラ・マシューズ元報道官はMSNBCに対し、「彼(トランプ氏)は、この選挙の機を逸しつつあることを感じているのだと思います」と語った。
マシューズ氏は続けて、「彼が陰謀論にのめり込み、(中略)(民主党陣営に集う群衆をAIが生成したとする陰謀論など)明らかに簡単に反証できるものに固執し始めている理由だと思います」と、トランプ氏の焦りは目に見えて明らかだと指摘する。
メール紙によると、ホワイトハウスの元広報担当大統領補佐官であり、トランプ陣営の情報筋に近いアンソニー・スカラムーチ氏は、「彼(トランプ氏)は、ヴァンスを選んだことがひどい選択だったと理解しているのです」と述べている。
■目立つ問題行動、それでもテック界は期待を寄せている
バイデン氏の撤退により、ヴァンス氏含むトランプ陣営の不利は明らかになった。カマラ・ハリス副大統領が大統領候補として脚光を浴び、選挙戦の焦点は中絶や女性の権利に移りつつある。
この状況においてトランプ氏は、女性有権者の支持を得られていない。また、ヴァンス氏がかつて固執した中絶反対の立場も、有利には働かないだろう。米政治メディアのポリティコは、ヴァンス氏が2022年、全国的な中絶禁止を求める発言をしていたと振り返る。
一方、ヴァンス氏は実業界とのつながりが強く、特にテック界から強固な支持を取り付けている。大手テック企業の独占的な商慣行を批判し、より機敏なスタートアップの優遇を提言しているためだ。ワシントン・ポスト紙によると、テック起業家のデイビッド・サックス氏や億万長者のベンチャーキャピタリストであるピーター・ティール氏らがヴァンス氏の支持を表明している。
支持者たちは、「リトル・テック」と呼ばれる小規模なテック企業をヴァンス氏が推進することで、新たなイノベーションの時代を迎えるとの期待を募らせている。
女性蔑視発言やトランプ氏支持への拙速な転向、そして偽りの貧乏生活など、ヴァンス氏には問題行動が目立つ。一方で、硬直化しつつあるアメリカのテック業界をふたたび身軽でイノベーションにあふれる場所とすべく、期待も寄せられている。
政策意図を翻してまでトランプ派に転向したヴァンス氏は、人々の賛同を得ることができるか。11月の大統領戦の行く末が注目される。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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