「笑顔で深々とお辞儀する店員」なんて客は求めてない…接客業を疲弊させる「日本式おもてなし」の罪
プレジデントオンライン / 2024年9月7日 10時15分
■イオン従業員の笑顔をAIが「教育」
先日、スーパーマーケットの「イオン」全店にて、「店員の笑顔を評価するAI」の導入を検討中との報道があった。
同社では既に一部店舗でAIを実験的に導入。店舗スタッフの研修用に、口角の角度や声の大きさ、言葉の抑揚、滑舌などの基準を設定し、出勤時に1日30秒、AIによるトレーニングを実施した。
結果として、導入店舗では笑顔と挨拶の実施率が、3カ月で約1.6倍に向上したのだという。実験に参加した従業員からは「気持ちが明るくなる」「ランクアップしていくのがうれしい」など好評とのことで、イオンでは今後全店での導入も検討していくとしている。
このニュースに対し、ネット上では「曖昧な対面指導よりも、スキルが数値化されて評価されればやる気が出てよいのでは」といった好意的なコメントも見受けられたが、反響の多くは「感情まで管理されるなんて怖すぎる」「機械的な評価だけに頼り、サービスに血が通っていない」「ディストピアとはこのこと……」といった否定的なものであった。
■手厚すぎる接客は誰もトクしない
わが国の接客サービスを見渡すと、確かに丁寧ではあるものの、「店員さんにそこまでやらせる必要があるの?」「一体誰が求めてるの?」と疑問を抱くような場面を多く見かける。たとえば……
・従業員通用口から店頭スペースに出入りする際、深々とお辞儀をするスーパーマーケット
・購入品を丁重に包装した後、店員がわざわざ店舗出口まで持っていってから渡し、客を外まで見送るアパレル販売店
・入店時や注文時、厨房を含む全スタッフが大声で「いらっしゃいませ!」「ありがとうございます!」と唱和する飲食店
・注文時、店員がうやうやしく片膝をついてオーダーをとる居酒屋
・開店時、店員が総出で通路に並び、来店客一人一人に丁重な挨拶をするデパート
このあたりは、読者諸氏も経験されたことがあるのではなかろうか。
元はといえば、高級感を演出することで他店と差別化し、顧客満足を獲得するための工夫であったはずだが、支払う対価に見合わない過剰すぎる対応ゆえに、客側が居心地の悪さを感じてしまったり、対応自体は丁重ではあるものの、あまりにマニュアル的で心がこもっておらず、却って鬱陶しい印象を抱いてしまったりするなど、余計な労力をかける割に、結果的に誰もトクしない状況になっているように思われてならない。
なぜこんな本末転倒な事態になってしまったのだろうか。もしかしたら、それはわれわれが高品質サービスだと認識している「おもてなし」にまつわるカン違いが原因かもしれない。
■日本の「すごいおもてなし」の本当の評価
東京五輪を招致するプレゼンテーションの場で、滝川クリステル氏が発信した「おもてなし」は、瞬く間に流行語となった。現在は当時ほど意識されることはなくなったものの、コロナ禍を経て訪日外国人観光客数が2500万人超まで回復する中、依然としてわが国のおもてなしレベルは世界に冠たるレベルだと認識されている方も多いだろう。
しかし意外なことに、グローバルな観点から見ると、日本の観光サービスレベルは驚くほど国際的な評価が低いのだ。
事実、世界経済フォーラム(WEF)による2024年最新版の「旅行・観光開発ランキング」において、日本は総合評価こそアメリカ、スペインに次いで世界第3位の地位にあるものの、個別項目でみると、「観光サービスとインフラ」は2.93ポイント。当該項目においてアメリカとスペインがいずれも5.46ポイントであったことを鑑みると、明らかに大差で劣後していることが分かるだろう。
この差は、接客スタッフに言葉の壁があったり、インフラにおいて多言語対応が充分に整備されていなかったり、といった要因も考えられるが、わが国と諸外国における「サービス」に対する認識のギャップにも原因があるものと思われる。
■即興的・個別対応のサービスが「高品質」
わが国の「おもてなし」は、総じて細やかで丁寧、かつ平均的に高水準であるが、それらは一般的に「マニュアルに規定された一律対応」が基本であり、そのマニュアルに記された範囲を超えた、個々の顧客の特別な要望には対応しきれないことが多い。
したがって、何かしらイレギュラーな対応を依頼するとなった場合は「規定にないから」「本社に確認をとらないといけないから」等の理由で断られたり、柔軟に対応してくれなかったりすることもある。
一方で諸外国における「高品質サービス」とは往々にして「顧客毎にパーソナライズされた特別なサービス」が提供されるものと認識されている。例えば特定の食事のリクエストや、特別なアメニティの提供、サプライズで○○をすぐに用意してほしい、といった形で、その場の状況や気分に応じた即興的かつ個別対応のサービスが求められ、それらに確実に対応できることこそが高品質サービスの証なのだ。
その点において、わが国の「おもてなし」は悪く言えば「おしなべて高水準だが、形式的かつ作業的」であるため、柔軟性に欠けると捉えられ、十分な満足が提供できていない故の低評価である可能性が考えられる。
■その接客は本当に客のためなのか?
たしかにそう言われれば、読者諸氏も思い当たるフシがあるのではなかろうか。店舗に入った途端、店のあらゆるところで作業中の店員から「いらっしゃいませ! こんにちはー‼」と声がかかるが、彼らはあなたのことを一切見ていない場面を。
また、買い物を終えて店舗を出るときも「ありがとうございましたー‼」と確かに言われるが、彼らは同じくあなたに一瞥もくれておらず、商品整理の手も止めてはいない。
「おもてなし」の質の高さを誇っているはずであるにもかかわらず、われわれが街中で見かける接客の多くは形式的かつ作業的。おもてなしの語義であるはずの「訪れる人を心から慈しみ、お迎えする」との意味合いからはもっとも遠く離れた光景のように感じられてしまうのだ。なぜこのような歪なギャップが生まれてしまうのだろうか。
その元凶は恐らく、本来まったく別の概念である「サービス」と「おもてなし」をごっちゃにし、「おもてなし」の文脈で「サービス」を提供しようと無理強いしたあまり、サービス提供側が疲弊してしまっている構造にあるのかもしれない。
■「おもてなし」とは対等な立場で敬い合うこと
おもてなしを推進する指導者育成、資格認定をおこなっている団体「国際おもてなし協会」によると、「おもてなし」とは「行う側と受ける側が対等な立場で、お互いがお互いを敬い大切に想う気持ちから、ともに良い時を過ごそうと心を尽くす」行為である。
一方、「サービス」とはラテン語で「奴隷」を意味するservitusという言葉が語源であり、「受ける側と提供する側の間に主従関係が存在し、求められることをその通りに行うことが求められる。そしてその対価として主に金銭的な報酬を得ることを目的に行われる」ものと説明されている。
したがって、本来は上下関係がないはずの「おもてなし」が、現代の接客業においては事実上従属的な「サービス」として厳格にマニュアル化されてしまっているわけだ。
サービス提供側は「善意で心を尽くす」ことが強いられ、形として「おもてなし」しているにもかかわらず、顧客側は「金を払ってるんだから尽くされて当然」とばかりに受け取り、提供側に感謝もせず、心づくしのサービスそのものに対する対価を支払うわけでもないので、サービス提供側は疲弊するばかり、という構図なのだ。
そこにあるのはもはや「お互いを大切に想う心尽くし」などではなく、「客からの余計なクレームを避けたいがための、慇懃で空虚な儀礼的マニュアル」でしかない、と言い切ってしまうのは言葉が厳しすぎるだろうか。
■日本でブラック企業が絶滅しない理由
筆者は仕事柄、労働環境が劣悪な「ブラック企業」の問題についてよくコメントを求められる。中でもよく問われるのが、「これほど社会的な問題になって長く経っているのに、なぜいまだに淘汰されることなく生き永らえているブラック企業があるのか?」というテーマだ。
長くなるので詳細はまた別機会に述べるが、「労働法規と労働行政の問題」「日本的雇用慣行の問題」「経営者と従業員の問題」に加えて、必ず筆者が挙げる理由のひとつが「ブラック乞客」の存在だ。(「乞客」とは、ホワイト企業アワードを受賞したシステム開発企業「アクシア」代表の米村歩氏が提唱した概念で、「理不尽な要求をしてくる悪質顧客」のことを指す)
「顧客の要求」については、「見る目が厳しい日本の消費者の要求水準に合わせようと努力したことで、高品質の製品やサービスが生まれた」と肯定的に捉える向きがある一方で、「サービスや商品に完璧を求め、無限に要求をエスカレートさせるモンスター客や悪質クレーマー対応のために、過重労働が強化される」と批判的な文脈で捉えられることもある。
■「ブラック乞客」が過剰なサービスを強いる
後者については、日本社会そのものの風土と密接に関係しているといえるだろう。長らく儒教的文化の影響を受けたことも一因かもしれないが、「立場が下の人は上の人の言うことを黙って受け入れるべき」かの如き無言の社会的圧力があり、それに対して異論を唱えることは「和を乱す」行為と捉えられてしまう。
教育やスポーツ指導の現場で、いまだに体罰やパワハラがニュースになり、職場で相変わらずセクハラやモラハラが横行しているのもその延長線上にあるのかもしれない。
「ブラック乞客」も同様である。彼らは「金を出してるんだから言うことに従え」「お客様は神様だろ⁉」といった意識が根強く、自らの立場を「上」と見なし、過剰な水準のサービスを悪気なく従業員に強いる。結果的に、対抗手段をもたない末端の労働者が給与に見合わない過剰労働を強いられることにつながってしまうのだ。
■高いサービスを受けるには相応の対価が必要
ちなみにこの「お客様は神様」というフレーズは、演歌歌手の三波春夫氏から発せられて有名になった言葉だが、これは悪質クレーマーが呪文のように唱える「金を払った客なんだから、神様扱いしろ」「神様なんだから、徹底的に大切に扱って尽くせ」といった意味では断じてない。
三波氏は生前インタビューでこのフレーズについて問われた際、「歌う時に私は、あたかも神前に祈るように、雑念を払って澄み切った心になる」「演者として、お客様を神様と捉えて歓ばせることが絶対条件なのだ」と答えている。この場合の「お客様」はあくまで聴衆のことであり、カスタマーやクライアントを指しているわけではないのだ。
※「お客様は神様です」について(三波春夫オフィシャルサイトより)
相応の対価も払わずに、サービス要求水準ばかり厳しいお客様は「神様」ではない。高いレベルのサービスを受けて気持ちよくなりたいのであれば、それに見合った金額が設定されている店に行けばよいのだ。
また、暴言や恫喝で相手を無理矢理動かそうとするより、「忙しいときはお互い様」と対等な立場で、相手に敬意を払って接すれば、その敬意はあなたに返ってきて、大切に扱われるに違いない。
■「おもてなしの国」のあるべき姿とは
「おもてなし」をわが国の魅力と主張するのであれば、まずは大いに齟齬が生じてしまったおもてなしの本質と現状の差異を再確認するところから始めるべきであろう。
客側が、対価を支払う必要のない高品質サービスを要求し続ける限り、接客の現場は無報酬の善意を提供すべしとのプレッシャーに押しつぶされてしまう。「おもてなし」本来の語義通り、客側とサービス提供側双方が「お互いのために」と思いやり、共に良い時を過ごそうと配慮することができてはじめて、われわれは自信をもって「おもてなしの国」とアピールできるようになるはずだ。
そして企業経営者は、笑顔を機械的評価に頼るのではなく、従業員にとって満足のできる報酬を約束し、心理的安全性が確保できる職場環境をもたらすことこそ自らの仕事として認識すべきだろう。そうすれば、従業員の笑顔や挨拶など自然に生まれるに違いない。
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働き方改革総合研究所株式会社代表取締役
働き方改革総合研究所株式会社代表取締役。労働環境改善、およびレピュテーション改善による業績と従業員満足度向上支援、ビジネスと労務関連のトラブルと炎上予防・解決サポートを手がける。厚生労働省ハラスメント対策企画委員。
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(働き方改革総合研究所株式会社代表取締役 新田 龍)
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