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それを見た後、私の瞳からは涙が溢れ出た…大谷翔平がWBCの試合前の練習で見せた「伝説の打撃練習」とは

プレジデントオンライン / 2024年9月7日 9時15分

バンテリンドーム(写真=thatlostdog--/CC BY 2.0/Wikimedia Commons)

ドジャースの大谷翔平選手と他のプロ野球選手は何が違うのか。スポーツライターの広尾晃さんによる『データ・ボール』(新潮新書)より、2023年のWBC日本代表に弾道測定器「トラックマン」の専門家として帯同した星川太輔さんのエピソードを紹介する――。(第1回)

■ダルビッシュと大谷はなぜデータを重視するのか

名古屋、バンテリンドームの初日、ブルペンに星川が待機していると、侍ジャパンと中日との試合の5回が終わったくらいに大谷翔平が入ってきた。

星川は大谷に「普段からポータブルの『トラックマン』を使っていると思うけど、どの項目を見ているんですか?」と聞いた。

実は星川は宮崎でも同じ質問をダルビッシュ有にしていた。驚くべきことに二人は「どの項目というよりも全般的に見て、自分の感覚と(『トラックマン』のデータが)合っているかどうかを確認している」と全く同じことを言った。

「あの二人が全く同じことを言っている。そこにはなにか深い意味があるんじゃないか?」

星川はホテルに帰ってじっくり考えてみて、二つのことに思い当たった。

一つは両投手ともに「仮説」を持っていること。データを計測した投手の多くは「僕の球どうでしたか?」「もっとよくするには、どうすればいいですか?」と聞くが、ダルビッシュと大谷は違った。先に仮説があるのだ。

「仮説」とはもともと“投げたい球”のことだ。自分にとって投げないといけない球、“必要な球”がわかっていて、実際に投げた球が、自分が思っている通りの球になっているかどうかをデータで確認している。だから1球1球、確認する必要が出てくる。

おそらく彼らであっても当然コンディションが日々違っていて、そんな中でも“投げるべき球”がある。それをデータで確認し、その差異をチェックしているのではないか?

■日本の投手とMLBの投手の決定的な差異

そしてもう一つは、二人の投手は“自分の感覚だけを信用しているわけではない”ということだ。つまりファクトに基づいて自分のパフォーマンスを確認することを習慣にしている。だからこそ二人とも、1球1球タブレットを見て確認していたのだ。

ファクトに基づいて確認する習慣は、文化の違いも含めてMLB的なのではないか。これこそが、まだまだ「感覚だけで投げる」ことが多い日本の投手とMLBの投手の決定的な差異かもしれない。

この二つは当たり前のことかもしれないが、「仮説」を立てることができなかったり、できても確認が十分にできない、ファクトチェックがしっかりできていない選手は多いのではないか。

しかし星川はこうも思う。仮説を立てて確認はしながらも、データに操られてはならない。データはあくまでやりたいことができているかどうかの確認で、その検証にデータを使う。そこに全ての正解があるわけではない。ここもポイントだ。

■試合前の投球練習でもデータを見ていた

たとえば“スライダーの変化量が普通だから、もっとキレをよくしよう”と思うのはいいことだが、大事なのはその前提として、何で自分のスライダーが打たれるのか、ということをもっと深掘りしなければならない。

左投手で左打者をスライダーで打ち取れないというケース。そういう課題を持った投手の多くは、その前にまっすぐでファウルが取れていない。スライダーの変化量云々の前に、そういうことも含めて考えなければいけない。

ことトラッキングに関して言えば、データは感覚をより研ぎ澄ませるためのものだ。自分の感覚とデータが絡み合って投手のパフォーマンスは上がってくるのだ。

ダルビッシュや大谷翔平は、練習だけでなく試合前の投球練習でもデータを見ていた。感覚と違う数字が出たら、どこが違うんだろうと考えて感覚を塗り替える。

普段から数字を見ているから、いつもの投球とこれだけ変化量が違ったら、どうメカニクスを修正すればいいかも判断できる。もしくは今日のコンディションからくる球質の差異に応じて、配球の組み立てを変えるという選択肢もある。彼らはそれができるレベルにあるのだ。

ダルビッシュはWBCの間、コンディションがいいとは言えなかった。だからこそ、そういう修正に取り組んでいたのだ。

■大谷がバットにつけていた「ある機器」

星川はバンテリンドームのブルペンで大谷翔平から、明日の打撃練習でも「トラックマン」のデータ記録をするよう依頼された。

NPBでは打者で“「トラックマン」のデータを録ってください”と言う人はそんなにいない。WBCの選手では初めてだった。それに「ブラスト」というバットのグリップに装着してスイングの軌道のデータを録る機器も着けていた。

星川は“お、着けてる”とびっくりした。「トラックマン」のような弾道測定器も「ブラスト」も、ほぼ全球団が持っているが、一軍でバリバリ活躍していても、日常的にデータを計測している打者はあまりいなかったのだ。

しかし、大谷翔平という世界ナンバーワンの選手がやっている。これをヤクルトの村上宗隆やこの年からレッドソックスの吉田正尚などがどう感じたのか。「トラックマン」はともかく、「ブラスト」はバットのグリップに着ける小さな機器だから、興味がなければ目にも留まらないだろうが。

バンテリンドームの打撃練習で大谷は、度肝を抜くような飛距離の当たりを連発して大きな話題になった。各メディアがバッティングケージでスイングする大谷の写真をアップしたが、ケージ裏の正面にはデータを計測する星川の姿もあった。

■野球少年に見習ってほしい大谷の打撃練習

星川は飛距離もさることながら、大谷が打撃でもデータによるファクトチェックをしたことに驚いた。

大谷の打撃練習中、星川は、隣にいた大谷の通訳(当時)の水原一平に打球速度を1球1球伝えた。一つのセッションが終わったら、大谷と水原は“何球目、何キロだった?”などとチェックをしていた。バンテリンドームでの打撃練習は、日本の選手やスタッフには衝撃的なインパクトだったが、大谷は数字を聞いても“ふーん”みたいな表情を浮かべた。彼には何でもないことだったのだ。

星川が一番感じたのは大谷が“バットを振り切っていた”ということだ。

大谷の前に中日ドラゴンズの選手と侍ジャパンの他の選手が打撃練習をした。テストも兼ねて中日の選手も、侍ジャパンの他の選手も全部データを取った。大谷はカージナルスのラーズ・ヌートバーとともに最後にケージに入ったが、すべての選手の中で、大谷は誰よりもバットを思い切り振り切っていた。

これは、やはり普段からの積み重ねなのだろう。振り切るような打撃練習をやらないと強くならない。バッターの基本ではあるが……。このスイングこそが打者大谷翔平の原点であり、大谷のプレーに注目している中学生や高校生に見習ってほしいことでもある。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Binnenkant_van_Nagoya_Dome,_-21_maart_2019_a.jpg
写真=共同通信社
WBC壮行試合の前に打撃練習する大谷翔平。後列左から2人目が星川太輔氏=2023年3月、バンテリンドーム - 写真=共同通信社

■三冠王・村上宗隆が受けた衝撃

大谷の打撃を目の当たりにした日本の強打者たちは、あまりの凄さに自信を喪失した。中日の選手たちも“すげー”と声をあげていたが、一緒に戦うチームメイトは、ちょっと声をかけられない感じになった。

ケージのま後ろで見ていた村上宗隆は凄いショックを受けていたようだった。また、ヤクルトの山田哲人の表情にも笑顔は見られなかった。

村上は、大谷の打撃練習の最中に星川に打球速度について聞いてきた。村上自身も、宮崎キャンプで計測した自分の数値を知っている。星川が答えた大谷の数字は、それを大きく上回っていた。村上はさらにショックを受けたようだった。

しかし、そのとき星川は、同時に、村上が本気でメジャーでトップの選手になることを目指しているのだろうとも思った。確かにショックを受けてはいたが、打撃ケージの裏やベンチ裏で話したときの村上のあの表情は“決意を新たにした”顔だと思えた。

星川はしみじみと語る。

「大谷選手のあの打撃練習を目の前で見て、大変おこがましいですが僕も大きなショックを受けました。28歳であんなにすごいことをする人がいる。47歳の僕は一体今まで何をしていたんだ、本当に全力で努力してきたのかと。『俺は今まで何やってきたんだろう』と自分の不甲斐なさにホテルに帰る道すがら涙が出てきました。本当にいい経験をさせていただきました」

■まだまだデータを活用できていない

筆者も京セラドーム大阪で、これまで見たこともないような大飛球を外野席上段に叩き込む大谷の打撃練習を見た。大谷が一振りするたびに、球場中から潮騒のような声がドーム中に広がった。観客が発する「ため息」が潮騒のように聞こえたのだった。彼のパフォーマンスは野球選手以外にも多くの人々に、強烈なインパクトを与えていた。

これまでNPBでは一軍選手でも、「トラックマン」や「ブラスト」を活用する選手はほとんどいなかった。「ブラスト」は定価2.2万円ほど。高校の野球部でも購入できる手頃なものだ。

広尾晃『データ・ボール』(新潮新書)
広尾晃『データ・ボール』(新潮新書)

二軍の選手はコーチなどの指示で装着することはあるが、一軍で自分からやっている選手は少ない。ましてや「トラックマン」で打球速度を計測する選手はさらに少なかった。星川はWBC閉幕後「少しずつだが活用する選手が増えてきた」と数球団の関係者から聞いた。星川のもとにも直接、使い方についての相談がいくつかあった。

NPB球団ではポータブルの「トラックマン」は1球団2〜3台。高価なうえにランニングコストもかかるからだ。ちなみにMLBではポータブルの「トラックマン」を20〜30台くらい買っている球団がいくつもある。その背景には諸事情があろうが、日本もアメリカも同じハードを持っていながら、日本では十分に活用できていない。

星川は「日本がアメリカと全く同じようなデータドリブン(データ活用法)であるべきとは思いませんが、その違いについて議論することはとても意義のあることだと思います」と語る。

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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。

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(スポーツライター 広尾 晃)

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