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だからいまだに選手に体罰を行う指導者がいる…日本の野球界がアメリカに比べて決定的に欠けていること

プレジデントオンライン / 2024年9月9日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

野球離れが進んでいる。スポーツライターの広尾晃さんは「要因のひとつにデータ野球が完全に浸透していないことが挙げられる」という――。(第2回)

※本稿は、広尾晃『データ・ボール』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■「学ばない、変われない指導者」はどうすれば変わるのか

高知大学准教授の中村哲也は、2023年に『体罰と日本野球――歴史からの検証』(岩波書店)という本を出して、大きな反響を呼んだ。

同書では、体罰、パワハラをする指導者がなくならない日本野球にあって「近年のスポーツ科学の発達と、ネット等のメディアによる情報の発信・拡散により、野球をはじめとしたスポーツの理解やその指導法は劇的に進化している。

統計学的手法を駆使したセイバーメトリクスによる選手能力の分析、ボールの回転数・回転軸等のトラッキングデータによる球質の改善、スイングスピード・打球角度の測定に基づく打撃理論、栄養学とトレーニングを駆使した筋力強化、コーチング理論に基づく指導等、野球指導者に求められる知識は極めて多様で、日々進化している。

ソフトバンクホークスの監督として日本シリーズ4連覇を達成した工藤公康や、仙台育英高を率いて初の東北勢優勝を果たした須江航など、これらの知識に精通し、実践した監督が実績を出すようになっている。学ばない指導者、変われない指導者の居場所は、野球界でも急速に狭まっているように思われる」と書いている。

本書(『データ・ボール』)で紹介してきた、「データ野球の進展」の最大の目的は、まさに中村の言う「学ばない、変われない指導者」の変革を促すこと、あるいはそれができなければ退場させることにあると言えよう。

日本野球は「精神論」「根性論」「年功序列」が永年、幅を利かせてきた。しかし社会の変化、とりわけ情報化の進展とともに、こうした「内向きの価値観」は支持されなくなり、もっとオープンでフェアな価値観が野球界にも浸透しつつある。

■日本野球に欠けている「データ」

しかし、その進展は順調でもなければ早くもない。いまだに、野球解説者の中には「投手は走り込まないと」「打者はレベルスイングで」と言う人がいる。

テレビの野球中継では「OPSというのはメジャーリーグでも重要視される最新の指標です」といまだに言っている。アメリカでOPSを重視したのは20年も前のことだ。

プロ野球にも、得点効率を考えずにバントを多用する指導者がいるし、失敗した選手に「罰走」を強いる指導者もいる。プロ野球がそうだから、アマチュア野球は推して知るべしであり、甲子園に出場するために投手に投球過多を強いたり、パワハラ、暴力を振るう指導者もいる。少年野球ではいまだに、選手の前で平気で喫煙する指導者もいる。

これらの現状は、日本野球に蔓び延る旧習(「反知性主義」とするのは言い過ぎかもしれないが)がいかに根深く、しぶといかを表している。

しかしながら、こうした状況の責任が、旧来型の指導者、関係者たちの不作為や怠惰のみにあるとは思わない。野球界に情報化の波をもたらした専門家たち、そして野球界全体も、急速に進展しつつある「データ野球」の現状を広く一般に周知させ、選手、指導者、さらには野球ファンの意識をアップデートさせることに、あまり熱心ではなかったからだ。

■プロ野球の「閉鎖性」

その原因の一つには、日本のセイバーメトリクスやバイオメカニクスなどの研究が、B2CではなくB2Bで発達したことがある。クライアントに向けた情報発信が主であり、野球ファン向けではなかった。

一方で、本書で何度か述べたように日本のファンには、アメリカのような「数字で野球を楽しむ」文化、さらには「ファンタジーベースボール」のようなものが根付いていない。専門性が高い知識に食いつくファン層が少なかったのは事実だ。

しかしもう一つは、日本のプロ野球の「閉鎖性」にある。野球のデータ化に関するB2Bの情報は、あくまで依頼主たる球団、選手のものであり、一般に公開するものではない。情報の共有化はあり得ない話ではある。つまり、日本のデータ野球の成果物は、各球団が保有しているだけで、広く共有されるものではなかったのだ。

そうなった大もとには、MLBとNPBの経営スタイルの違いがある。MLBでは、国際化や情報化などの大きな方針は、コミッショナーを頂点とするMLB機構が決定する。国際化でいえば「WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)」の開催がそうであり、情報化でいえば「スタットキャスト」の導入がそうだ。

MLBは、機構としてMLBの情報化を進展させるべく全30球団の本拠地に「トラックマン」(のちには「ホークアイ」)を設置し、この機器を基幹とする「スタットキャスト」を構築。全30球団で共有するとともに、公式サイトにこのデータをオンタイムで公開した。

■プラットフォームが存在しない

もちろん、個別の選手のバイオメカニクス的なデータは球団や選手のものだが、MLBの全選手の数値的なポテンシャルは球界だけでなく、広く世界に公開されている。誰であっても「スタットキャスト」などの情報を使って様々な研究をすることが可能なのだ。野球ファンは自分自身で選手や球団を思い思いに評価し、様々にデータを加工することができる。

しかしNPBでは、球場でのデータ計測は、球団個々の判断で行われている。球場に「トラックマン」「ホークアイ」を設置するのも、システムを構築するのも球団のコストだ。だから成果物たるデータも球団だけのものになる。外部のデータ会社やアナリストに依頼して得たデータもすべて球団の資産となる。

今回、データ関連の取材をして痛感したのは、日本野球界の情報関連ビジネスの「セグメントの細かさ」だ。企業や個人が実に小さな市場でビジネスを展開している。情報共有はほとんどしていない。今回の取材に際して、筆者はいくつか取材拒否をされた。その大きな原因は、筆者がそうした事情を知らずに、あまりにも無造作かつ不躾に取材を依頼したからではあるが、本書を脱稿する際に、改めて難しい業界だと思った。

前述のとおり、MLBでは「スタットキャスト」という共通のプラットフォームがあり、各球団のアナリストはその奥にあるさらに深い分析や、トレーニング施設などで個別に得られるパーソナルデータをもとに、選手の評価や育成を行っているが、NPBではそうしたプラットフォームは存在しないのだ。

Gamedayクライアントを使用するサンノゼ・ジャイアンツのメディア関係コーディネーター、ベン・テイラー氏
Gamedayクライアントを使用するサンノゼ・ジャイアンツのメディア関係コーディネーター、ベン・テイラー氏(写真=Intel Free Press/CC BY-SA 2.0/Wikimedia Commons)

■日本版「スタットキャスト」をつくるしかない

日本のデータ野球が本当の意味で進展し、多くのファンが「○○選手の投球の回転数や変化量」「××選手の打球速度、バレルゾーンの広さ」に驚き、評価するようになるために必要なのは、日本版「スタットキャスト」を創設するしかないのではないかと思った。

2024年は、全12球団が「ホークアイ」を導入することになった記念すべき年だ。各球団にその意志さえあれば日本版「スタットキャスト」も夢物語ではないのだ。ある球団のアナリストは「どんな計測機器やデータを持っているかではなく、そのデータでどんな分析結果を出せるか、それをチームの勝利に結びつけられるかで勝負したい」と言ったが、情報インフラ的にはその準備は整いつつある。

その意味で、筆者は2022年に沖縄で始まった「ジャパンウィンターリーグ」に大きな期待を寄せている。このイベントには、企業の枠を越えてデータ野球を取り扱うアナリストが集まり、「リモートスカウティング」という一つの目的に向かって取り組んでいるからだ。

■「データ野球」と「野球の記録」との断絶

もう一つ指摘したいことがある。「数字と親和性があるスポーツ」である野球は、その原初の時期から営々と「記録」を録り続けてきた。また日本プロ野球も、間もなく90年になろうという歴史を持ち、その始まりの時期から試合のスコアをつけてきた。

ある時期まで、日本野球はアメリカよりも緻密で、丁寧な記録を残してきた。そして、その記録をもとに広瀬謙三、山内以九士、宇佐美徹也、千葉功のような「記録の神様」が、様々な情報発信をしてきた。さらには各球団のスコアラーも詳細な記録を録り続けてきた。

広尾晃『データ・ボール』(新潮新書)
広尾晃『データ・ボール』(新潮新書)

だが、そうした「野球の記録」と、今の「データ野球」は、驚くほど関連性が薄い。アメリカでは、公式サイトや、セイバーメトリクスの研究家が作ったBaseball ReferenceやFangraphsなどのデータ専門サイトが、19世紀以来のMLB記録を掘り起こし、セイバーメトリクス的な観点で新たに評価しなおしている。

そこには、過去の野球の歴史と今をつなごうとする熱意がある。そして、記録を残すことに情熱を傾けた先人たちに対する「リスペクト」がある。

しかし日本では、ここ20年ほどの間に興った「データ野球」と過去の「野球の記録」とは、ほとんど関連性がない。当然ながらリスペクトも感じられない。日本の古い野球ファンの多くがセイバーメトリクス的な考え方に関心がなく冷淡なのは、そこに大きな断層があるからだろう。子どものころから「野球の記録」に親しんできた筆者にとって、これは非常に残念なことである。

■アナリストが日本の野球界を変える

本書は、従来の「データ野球入門書」とは異なり、野球データの詳細な中身には触れなかった。もとより、その能力を筆者は持ち合わせない。しかし、情報化が進展することで、野球がどう変わるかについて、幾ばくかの将来展望を提示することはできたのではないか。

今回の取材で最も印象的だったのは、高校生、大学生の若いアナリストたちが、何のわだかまりもなく「野球を数字で理解」していることだ。一部の学校では「選手ではなく、アナリストになりたいから野球部に入る」ような若者も出てきている。「野球離れ」が叫ばれて久しい中、それは明るいニュースではないかとしみじみ思っている。

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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。

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(スポーツライター 広尾 晃)

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