「約500円のワンタン」目当てに中国人がやってくる…東京で「ネット予約できない中華料理屋」が増殖している理由
プレジデントオンライン / 2024年9月11日 9時15分
■高田馬場のガチ中華は「中国人客が9割」
東京近郊を中心にガチ中華がブームになっている。ガチ中華とは、日本人向けにアレンジしていない本気(ガチンコ)の本場中華料理店という意味で、数年前から急速に増えている。都内で多いのは、新宿、池袋、高田馬場、上野、小岩などのエリアだ。
中国の有名チェーンが東京に進出するケース、異業種で働いていた在日中国人が飲食業に参入するケース、最近、日本に移住(=潤(ルン))してきた富裕層が比較的始めやすい事業として開店するケースなどがある。
いまでは「四川風火鍋」「羊肉の串焼き」「ザリガニ」など、数年前まで一般の日本人が一度も見たこともなかったメニューでさえ、珍しいものではなくなった。いずれも主なターゲットは、日本に80万人以上もいるとされる在日中国人だ。
23年に私が訪ねた高田馬場の湖南料理店は、客の9割が中国人で、店内には中国語が飛び交っていた。顧客は20~30代が多い。内装といい、店の雰囲気といい、メニューといい、まるで中国の飲食店に入ったかのようだ。
■なぜかグルメサイトでネット予約できない
お店に向かう前、グルメサイトで検索したところ、ネット予約はできず、電話でしか対応していないことを少し不思議に思った。そうしたお店も、もちろんあることはあるが、徐々に少なくなっている。電話してみると、店員は当たり前のように中国語で受け答えをした。なぜネット予約ができないのか。
店に着いてすぐその理由がわかった。中国人客は店のウィーチャットとつながっており、そこに直接予約を入れるからだ。つまり日本のグルメサイトに「店舗情報」は掲載されてはいるものの、店側もウィーチャットを使いこなせる中国人の顧客しか、ほぼ想定していないということ。電話で予約する人などほとんどいない上に、注文もすべて中国語なのだ。
中国人が多く住むエリアに必ずあるのが中華料理だ。これは日本に限らず、世界のどこにいっても鉄則のようだ。新宿、池袋などに「ガチ中華」の店が多いのは、そこに中国人が多く集まっている証拠でもある。中国人向け予備校が多い高田馬場も同様だ。
■町中華、高級中華、創作中華につづき…
日本の中華料理は大きく分けて、ラーメンや炒飯、焼き餃子などを提供する「町中華」、ホテルなどに入っている「高級中華」、独自のスタイルを築き上げた日本人コックが開店した「創作中華」などがある。
これらの中には、在日中国人が経営し、コックも中国人という店もあるが、顧客は主に日本人で、味つけも日本風だ。横浜や神戸の中華街にある店も、日本人向けだ。
一方、在日中国人を主なターゲットとしている中華料理店が猛烈な勢いで増えていることも広く知られている。
先駆けとなったのは、15年に東京・池袋にオープンした『海底撈火鍋』(ハイディーラオフォーグオ)だった。1994年、四川省・成都市でスタートした同店は、24年1月現在、中国の240都市で約1300店舗を展開し、世界各国でもチェーン展開(一部はフランチャイズ)している。
現在、日本の飲食店予約サイトで見ると、『海底撈火鍋』の平均単価は5000円前後。幅広い層の中国人が足を運んでいる。火鍋というスタイルのため、安価なランチや定食はないが、平日の昼間に行ってみても、在日中国人の顧客でかなり混んでいる店もあり、驚かされる。
■1品500円前後で、中国人学生が通う
同店の成功のあと、次々と中国発のチェーン店が上陸した。18年に高田馬場にオープンした『沙県小吃』(シャーシエンシャオチー)は福建省三明市沙県発のチェーンの軽食店で、ワンタンや和え麺などが人気。価格帯は一品500円前後。主に大学生や日本語学校の留学生などが顧客層だ。同店は、池袋にあるフードコート『沸騰小吃城』にも入っており、一人でも手軽に食べられる。
以降、四川火鍋チェーン『潭鴨血』(タンヤーシュエ)、北京の老舗の羊肉しゃぶしゃぶ店『東来順』(ドンライシュン)など、中国で人気の店が次々と日本にやってきた。
コロナ禍以降、在日中国人が経営する中華料理店も増えた。中国でも一時、「日本に旅行には行けないが、せめて日本料理は食べたい」ということで日本料理ブームが起きたが、日本でも同様に、「ガチな中華を食べたい」と思う人が増加。異業種から参入した経営者が開業したり、他店からコックを引き抜いたりして、本格的な料理を提供するようになった。
これらは「ガチ中華」と総称され、従来、日本にあった広東、上海などではなく、湖南、貴州、西北、武漢などの、どちらかといえば内陸部の料理を提供する店が多い。価格帯はさまざまだが、総じてそれほど高くない。
■四川料理ブームから次は「台州料理」へ
ほかに中華系デザートやカフェ専門、ビャンビャン麺などの麺料理専門、麻辣湯(マーラータン)(辛いスープ料理)専門などの店があり、「中間層」の在日中国人が訪れる。中国と同じく、日本の中国人社会も「中間層」の幅が広いので、それぞれの好みに合わせて、ガチ中華の細分化が進んだのではないか、と筆者は考えている。
近年、日本に移住してきた富裕層をターゲットにしたのか、新たな潮流として開店したのが、ガチな高級中華料理店だ。
その代表的な存在が台州料理。上海に近く、東シナ海に面した浙江省台州市の料理で、ここ数年、中国全土で急速に知名度を上げている。中国の知人によると、以前は台州という都市自体、知名度が高くなかったが、『新栄記』(シンロンジー)という高級台州料理店が21年に北京でミシュランに選ばれたことがきっかけで有名になった。
同店は95年に創業し、北京や上海の一等地に出店し、じわじわと評判を上げた。マナガツオやイシモチといった魚や蟹などの海鮮料理が有名。同店の成功を機に、他の台州料理店も台州以外の都市に出店するようになった。
■一人5万円以上する「高級ガチ中華」も
ほかに寧波料理、潮州料理という、本来、中国八大料理にも名を連ねていなかったマイナーな料理もメジャーになってきた。寧波は台州と同じく浙江省にあり、台州と上海の中間に位置する町。有名なのは年糕(ニエンガオ)と呼ばれる餅で、海鮮などと炒めて食べる。寧波料理で有名になったのは『甬府』(ヨンフー)という高級料理店。『新栄記』と同様、大都市に出店して寧波料理の知名度を全国区にした。
都内で中華料理店を経営する中国人によると「十数年前は四川火鍋が若者の間で人気となり、それが全国区になり、日本など海外にも上陸しました。しかし、コロナ禍により同じ鍋をつつく鍋料理が敬遠され、目新しい料理を求める動きが生まれました。台州料理、寧波料理はそんな新しいトレンドを求めているグルメの間で有名になったのです。
24年3月に東京・赤坂にオープンした『新栄記』は超高級。価格帯は一人5万円以上です。日本人富裕層と中国人富裕層をターゲットにしているのは明らかです」という。
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フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)などがある。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)
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