たった1日で「時価総額40兆円」が蒸発した…AIバブルで一人勝ち「王者エヌビディア」に起きている"異変"
プレジデントオンライン / 2024年9月9日 9時15分
■「一人勝ちの状況が変化するかもしれない」
8月28日、注目のエヌビディアが5~7月期の決算を発表した。それによると、売上高は前年同期比約2.2倍の300億4000万ドル(1ドル=146円で約4兆3900億円)、純利益は2.7倍の165億9900万ドル(2兆4200億円)だった。決算の内容自体はきわめて好調といえる。
ところが、決算発表後、一時、同社の株価は大きく下落した。その背景には、これまでの高い収益増加ペースが鈍化するとの懸念があったとみられる。ただ、見逃せない要因は、「今後、エヌビディアの一人勝ちの状況が変化するかもしれない」との投資家の予想があったことかもしれない。
米半導体大手アドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)は、エヌビディアに対抗するGPUを開発している。データ転送速度の速い広帯域幅メモリー(HBM)の分野でも、これから競争が激化することが考えられる。
■弱含みの市場に“成長の夢”を与えたエヌビディア
当該分野では、先行する韓国のSKハイニックスを、米マイクロン・テクノロジー(マイクロン)などが追い上げている。韓国のサムスン電子は、“CXL(高速演算リンク)”と呼ばれる次世代のAI向けアクセラレーター(計算処理を高速化する専用のハードウエア)の開発を急いでいる。
さらに、グーグルなど大手プラットフォーマーは、今後、高性能の半導体などを内製化することも想定される。エヌビディアの一人勝ちの状況は変化する可能性が高い。金融市場は、その変化に準備を始めているといえそうだ。
2023年に入ると、世界の半導体市況は弱含んだ。コロナ禍をきっかけにしたスマホやパソコンの供給は過剰になった。パソコンの演算などを行う中央演算装置(CPU)、DRAMやNAND型フラッシュメモリーなどの需要は減少し、価格は弱含みになった。
そうした状況下、エヌビディアは、世界の投資家に“成長の夢”を与えた。同社はGPUの演算処理能力を高め、AIの学習を支えた。昨年5月の決算が出ると、エヌビディアはAI業界の成長を牽引するという成長期待が一段と高まった。株価は急上昇し同社の決算に注目する主要投資家などは増えた。
■1日で40兆円の時価総額が蒸発した衝撃
今年5~7月期、エヌビディアの売上高、純利益は四半期ベースの過去最高を更新した。データセンター部門の売上高は前年同期の2.5倍、262億7200万ドル(3兆8400億円)に達し、売り上げ全体の約87%を占めた。マイクロソフトやオープンAIなどのIT先端企業が、エヌビディアのGPUを搭載したサーバーで生成AIを開発する構図は明確になった。5~7月期の決算内容は株式アナリストの予想も上回った。
ただ、前期の収益増加ペース(2~4月期、売上高は前年同期比3.6倍、純利益は7.3倍)はあまりに高かった。5~7月期の決算に対する投資家の期待も高かったようだ。決算発表後、3日の米株式市場で株価は一時9.5%下落し、2789億ドル(約40兆5460億円)が消失した。
AI業界で同社の一人勝ち状態が揺らぎ始めたととらえたとみられる。足許、AIデータセンター向けのGPUでエヌビディアは90%超のシェアを獲得しているが、シェアは徐々に低下する可能性もある。8月上旬の米株急落後、業績期待からエヌビディアの株価の反発も急速だった。8月28日の決算発表後、割高感と一人勝ちの変化への対応から同社株を手放す投資家は増えたとみられる。
■ライバルのAMDはシェアを徐々に奪っている
エヌビディアの8~10月期の売上高予想は市場の予想を上回ったが、主要投資家の成長期待をつなぎとめるには十分ではなかったようだ。決算後のエヌビディア株の下落は、AIチップ分野の競争激化などを示唆しているかもしれない。
GPU分野での代表的な競争相手はAMDだろう。4~6月期、同社の純利益は前年同期比で9.8倍増加した。AMDはAIのトレーニングに使う“MI300X”(エヌビディアの“H100”や“H200”に対抗する製品)を投入し、シェアを徐々に奪った。ここ1カ月程度の間、AMDとエヌビディアの株価騰落率はほぼ同じだ。
AI分野の専門家の中には、AMDのMI300XはH200よりも使い勝手が良いと評価する者もいる。MI300Xはエヌビデイアの競合製品に比べ、大量のデータを迅速に処理する能力を持つようだ。AMDはMI300Xの価格を明らかにしていないが、H200よりも価格は抑えられているようだ。
■次世代チップ「ブラックウェル」に対抗
エヌビディアのGPUに関しては電力消費が大きいことが課題との指摘もある。8月後半、AMDはAIチップ分野での競争力向上に向けた施策を発表し、エヌビディアにはない性能の実現を目指し始めたと考えられる。
まず、米ZTシステムズを49億ドル(約7200億円)で買収すると発表した。サーバー機器メーカーを買収し自社の次世代AIチップと結合する。11月ごろからエヌビディアが投入を予定している次世代チップの“ブラックウェル”への対抗姿勢は鮮明といえる。
台湾南部にAMDは研究開発センターを設置することも明らかにした。AMDはわが国の通信大手企業が進める“光電融合”に関する研究を進める模様だ。それは、AIのデータ転送速度を飛躍的に高め、電力消費問題解決の切り札になる可能性を秘める。
MI300Xに適合したメモリー(HBM)は、主に韓国のサムスン電子が供給している。エヌビディアのGPUに対応したHBMを供給するSKハイニックスを追い上げる米マイクロンも、AMDの仕様に応じてDRAMを積層する技術を開発している。
マイクロンは、米国だけでなく広島県にある旧エルピーダメモリの工場をHBMの主力生産拠点に育て、わが国の半導体製造装置メーカーやシリコンウエハーなどの部材メーカーとの供給網構築も目指している。GPU分野のエヌビディア、HBM市場ではSKハイニックスを猛追する企業は増加傾向だ。
■インテルやサムスンが注力する新技術「CXL」とは
米インテルや韓国のサムスン電子は、CXLと呼ばれる次世代のAIアクセラレーターの開発に取り組んでいる。CXLの役割は、複数の高速道路を超高速・大量の自動運転車両が走行し最も効率的に目的地に荷物を届けるイメージに似ている。
今のところ、CXLの国際規格は定まっていないが、既存のCPUとメモリーユニットなどをつなぎ、AIが処理するデータ転送のスピードと量の増加を同時に実現する、新しいハードウエアと考えるとよいだろう。
今のところ、研究開発で先行するのはサムスン電子のようだ。米インテルもCXL分野で成長を目指している。8月上旬、インテルはAI分野での遅れを挽回するため世界の従業員の15%程度(約1万5000人)の削減を発表した。
■世界最強のインテルさえ戦略修正を迫られている
それでもCXLなどAI関連分野の競争力回復には不十分だったようだ。8月下旬、インテルが受託製造(ファウンドリー)事業の分社化を検討しているとの報道も出た。かつて世界最強の半導体メーカーだったインテルでさえ、AI関連分野の環境変化に対応するために迅速な戦略修正が必要になるということだろう。
AI開発企業の成長戦略も変化した。米オープンAIは半導体開発分野への進出を目指している。同社は米ブロードコムと提携し、自社のAIに適したチップを自前で設計しようとしているようだ。カナダのコーヒアやオープンAIを退社したイリヤ・サツキバー氏が興したセーフ・スーパーインテリジェンスなども、高性能で安全な人工知能に必要なチップ開発に取り組む可能性はある。
さらに、グーグルなどの大手プラットフォーマーも、高性能の半導体の内製化を目指しているという。彼らは、さまざまな形態で有力半導体メーカーなどと協力体制を組みながら、新型半導体などの開発に注力することが予想される。そうした動きが軌道に乗るようだと、エヌビディアをめぐる経営環境が大きく変化することも想定される。
■今後、AI関連企業の優勝劣敗が決するか
今後、米国では徐々に減速傾向を辿る可能性が高い。そうなると、世界の景気先行き懸念が出て、リスク回避に動く投資家は増えるだろう。リストラなどが遅れて研究開発体制や設備投資積み増しの資金調達が難しくなり、AI関連企業の優勝劣敗が鮮明化する展開も想定される。
決算発表後のエヌビディア株やナスダック上場銘柄の値動きを見る限り、そうした展開を警戒する投資家は増えつつあるようだ。長い目で見て、AIが世界経済の成長を支えることは間違いないだろうが、当面は企業の成長戦略の違いが個社の競争優位性に決定的影響を与えるはずだ。有力企業が、どのような戦略で次世代のAIチップや汎用型AIを実用化するか、目が離せない展開が続くだろう。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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