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夫婦喧嘩を見て育った子は「脳の視覚野」が萎縮する…「暴言DV」が子どもに残す"重大な傷"

プレジデントオンライン / 2024年9月14日 16時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kemalbas

子どもの時に虐待を受けると、どんな影響があるのか。フリーライターの姫野桂さんは「身体的虐待や心理的虐待を受けた人の脳を調べてみると、視覚野や聴覚野など大事な部分に傷がついていることがわかった」という――。

※本稿は、姫野桂『心理的虐待 子どもの心を殺す親たち』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。

■「心の傷」だけではなく「脳の傷」が残る

親から心理的虐待を受けた子どもは心に深く傷を負い、その後の人生でも生きづらさを抱えていたり、うつ病などの病に侵されている。

これを、比喩的には「心に傷を負う」というのであろうが、科学的に見ると、負うのは比喩的な意味の「心の傷」だけではない。なんと「脳」が物理的に傷ついてしまうのだ。

35年近く、小児精神科医として子どもの発達に関する臨床研究を続け、児童虐待における脳神経への生物学的影響を調べてきた、福井大学子どものこころの発達研究センター教授の友田明美氏はこう語る。

「“虐待”と聞くと、その響きの強烈さで、事件性のあるものを思い浮かべてしまい、自分には関係ない話だと思う方もいらっしゃるかもしれません。ですから、私たちの研究では、強者である大人から、弱者である子どもへの不適切なかかわり方を“虐待”とは呼ばず、“マルトリートメント(Maltreatment=不適切な扱い)”と呼んでいます」

■「ふつうの家庭」も他人事ではない

「このマルトリートメントには、“虐待”とは言い切れないくらいの言葉による脅し、威嚇や罵倒、無視をする、子どもの前で激しい夫婦喧嘩を行うなどの行為も該当します。こう聞くと、決して他人事ではないということがおわかりになると思います。

そして、このような日常的にどこの家庭にも起こり得ることで、子どもたちの脳は傷つき、変形する危険性を秘めているのです」

こう聞くと、確かに取材したサバイバーの人のほとんどが大人になってうつ病などの精神疾患を発症していることにも納得がいく。

そもそも「マルトリートメント」という概念は、欧米で生まれたものだ。米国小児医学の分野では、1962年に養育者の虐待による多発骨折などの事例をまとめた「被虐待児症候群」が報告され、「児童虐待(Child Abuse)」として注目を集め、その後に「マルトリートメント」へと概念が拡大整理されてきた。

■複雑性PTSDの深刻な生きづらさ

「一昔前では、アメリカでも幼少期のトラウマを大人になってからカウンセリングでアプローチするやり方が主流でした。『大変だったね』『しんどかったね』と共感してあげる認知行動療法は今もなされています。

ただ、早い時期であれば、認知行動療法で治療することもできるかもしれませんが、何年もストレスを受け、大人になってからも何回もフラッシュバックを繰り返しているような場合は、複雑性PTSD(慢性的な心の外傷体験が原因となり発症する精神障害で、感情の制御が困難になったり、自己評価の低下や対人関係などの困難を引き起こす)になってしまいます。

私の患者さんの中にも複雑性PTSDの方がたくさんいらっしゃいますが、マルトリートメントを受けて複雑性PTSDを発症した人たちの生きづらさは計り知れないんです。だからマルトリートメント被害者に接する場合は、彼らはいまだに心の傷が癒やされていないという前提でアプローチしていく必要があるんです」

■虐待サバイバーたちの脳を調べた結果…

しかし、「心の傷」は、どれだけ深く傷ついたとしても、目に見えることはない。

友田氏は、そうしたマルトリートメントで受けた、見えない「心の傷」をどうにか可視化できないかと、2003年にハーバード大学において、マーチン・タイチャー博士とともに研究を開始する。

マルトリートメントによって、心だけでなく脳にもダメージを受けるはずだ。そして、それはおそらく感動や興奮などの情動や記憶と関連する「海馬」や、過去の体験や記憶をもとにした好き嫌いなどの判断、危険察知で反応する「扁桃体」、危険や恐怖を制御する「前頭前野」などの部位がダメージを受けるのではないかと友田氏らの研究チームは予測した。

そして、1455人の被験者を対象にスクリーニングを行い、さまざまなタイプの虐待曝露を受けた若年成人の脳MRI(磁気共鳴画像化装置)を使って撮影し、マルトリートメントを受けていない人の脳画像と比較検討したという。

その結果わかったのは、なんとさまざまなマルトリートメントを受けることで、「脳の大事な部分に傷がつく」ということだった。

脳のCTスキャン画像を確認する医師
写真=iStock.com/gorodenkoff
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gorodenkoff

■親の喧嘩を見て育つと視覚野が萎縮

例えば、性的虐待(性的加害だけでなく、風呂上がりで裸のまま子どもの前に出てくることなどもマルトリートメントである)や、両親の喧嘩やDVを目の前で見せられた子どもの脳は、視覚により情報を最初にキャッチする視覚野が健全な同年齢の対照群と比較して、有意に萎縮していたという。

視覚野とは、目から入り、網膜で視覚的神経情報へと処理されて送られる情報を受け取る脳の部位である。その一番最初に情報を受けるところを「一次視覚野」というのだが、画像検査の結果、一次視覚野の容積減少が目立っていたのだ。

頭の上に丸められたたくさんの古紙を並べられた人のシルエット
写真=iStock.com/tadamichi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tadamichi

また、目の前でDVを見せられることは情動反応や記憶反応する部位の健全性にも影響していたという。

■暴言DVのほうが身体DVよりリスク大

「子どもに直接的な暴力が及ばなくても、子どもの脳に大きな影響を与えることがわかったのです。また、身体的なDVと暴言DVのどちらに曝されるほうが子どもの脳に影響を与えるか検討したところ、暴言DVに曝されるほうが子どもの脳により大きな影響を与えることがわかりました。身体DVに限定する理解は被害を見えなくしてしまう可能性があるので、注意が必要です。

視覚野は目の前のものを見るだけでなく、映像の記憶形成にもかかわっています。この調査で、マルトリートメント経験者とそうでないグループ双方に対し、視覚による記憶力を測るテストも実施しました。すると、一次視覚野の容積が小さい人ほど、視覚による記憶力が低いこともわかりました」

そして、この「一次視覚野の容積減少」の理由を推測するには、実に悲しい推論が成り立つのだ。実は、一次視覚野においては、視覚に伴う感情処理も行われている。そのため、嫌な記憶やつらい記憶を思い出すと神経が活性化してしまうのだ。そのため、苦痛やつらい記憶を繰り返し呼び起こさないために、減少したのではないかというのだ。

■親から暴言を受けて育つと聴覚野に影響

今回、筆者が取材したサバイバーの中には母親から父親についての愚痴を聞かされていた人がいたが、ああした行為もマルトリートメントであり、脳に影響してしまうのだ。

「子どもにとっては大人になった頃に、両親のどちらかが、もう片方の悪口を言いまくったとずっと残ります。子どもにとってはどちらもかけがえのない親です。そして、怒鳴ったりなじったりするだけではなく、他人を誹謗中傷するような言葉を聞かせたりするのもマルトリートメントです」

また、子どもに対し直接暴言を言うマルトリートメントである暴言虐待は、言語やコミュニケーションに関する領域である聴覚野を変形させていた。

「ここでいう暴言とは、『お前は生まれてこなければよかった』や『死んだほうがマシだ』などといった存在を否定するような言葉から、大声を上げたりヒステリックに怒鳴ること、『言うこと聞かないとぶつよ』などのような、実際に行為をするかにかかわらず危害を加えることをほのめかす脅し、あるいは『お前は本当にダメだね』などというような過小評価の言葉です。これらの言葉は、どれをとっても親から子どもに浴びせる言葉ではありません」

■他人とのコミュニケーションが妨げられる

実際に、これらの暴言によって、左半球聴覚野の一部である「上側頭回灰白質」が平均より14.1%も肥大していたのである。

聴覚野は、言語にかかわる領域であり、他人の言葉を理解したり会話やコミュニケーションに深く関わる部位だ。この部位に異常をきたしていたのである。

萎縮しているのも問題だが、肥大もまた別の問題を生じさせる。というのも、乳児期にはシナプスの数が爆発的に増えるが、あるレベルを超えると脳の中で余分なシナプスを刈り込み、神経伝達を効率化する剪定のようなことが行われるのだという。

「本来行われるはずだった剪定が行われずに、シナプスが荒れた雑木林のようになってしまうのです。うっそうと茂った木々の中では、神経伝達が効率よく行われず、結果として、言葉の理解力の低下や、小さな音や他人の会話が聞こえにくいなど、聴力には問題ないはずなのに心因性難聴などの症状に繫がってしまうのです」

■「体罰」は前頭前野を萎縮させる

心理的虐待とは話が変わってしまうが、厳格な体罰もまた、脳を変形させてしまう。感情や思考、犯罪抑制力にかかわる前頭前野を萎縮させてしまうのだ。

姫野桂『心理的虐待 子どもの心を殺す親たち』(扶桑社新書)
姫野桂『心理的虐待 子どもの心を殺す親たち』(扶桑社新書)

「前頭前野は気分や感情、行動のコントロールにかかわる脳部位です。ここが萎縮すると、衝動性が高く、キレやすくなってしまうことや、喜びや達成感を味わう機能が低下するせいで、アルコールや薬物に依存しやすくなってしまうこともあります。

体罰は子どもに望ましい影響は一切なく、むしろ望ましくない影響が多くあります。科学的な根拠を踏まえて、体罰は子どもの心と脳の発達に良くないことであると認識することが大事です」

しつけのつもりの体罰が、将来の依存症に繫がってしまう危険性を持つことだということは、もっと広く知られるべきだろう。

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姫野 桂(ひめの・けい)
フリーライター
1987年生まれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒。大学時代は出版社でアルバイトをし、編集業務を学ぶ、。卒業後は一般企業に就職。25歳のときにライターに転身。現在は週刊誌やウェブなどで執筆中。専門は社会問題、生きづらさ。著書に『私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)、『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)、『「発達障害かも?」という人のための「生きづらさ」解消ライフハック』(ディスカヴァー21)『生きづらさにまみれて』(晶文社)、『ルポ 高学歴発達障害』(ちくま新書)

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(フリーライター 姫野 桂)

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