朝日とNHKには「妖怪記者」が多かった…佐藤優が外務省時代に見た"永田町記者"の実態
プレジデントオンライン / 2024年10月8日 8時15分
※本稿は、佐藤優・西村陽一『記者と官僚 特ダネの極意、情報操作の流儀』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
■「俺は全共闘だった」とアピールする人ほど…
【佐藤】いままで黙っていたんですが、モスクワで再会してからしばらくして、私も西村さんに対して、ほかの記者たちとは違うかたちの強い関心を持っていたんですよ。
【西村】怖いね。なんでしょう。
【佐藤】一つは、学生時代に東京大学新聞の記者をやっていたということ、そして当時、東大の中にも広く浸透していた旧統一教会やその学生団体の原理研究会、さらにその系統の東大新報という新聞と対峙していたということです。私も同志社時代には原理とかなりやり合ったのだけれど、一連の学生運動のことは外務省時代には完全に封印していました。そういう話をしても武勇伝として受け止められるだけなので。しかし、学生運動の経験は、外交官になってからもムダにはならなかった。学生運動でも永田町の政治でも、国際政治でも似ているところがあるからです。
面白い傾向があって、大した運動をしていないやつに限って「俺は全共闘だった」とアピールするんだよね。だから西村さんとある程度親しくなって、個人的な話をするようになって、東大新聞の話を聞いたときに、同じような時代に、同じような空気を吸っていた人なんだろうと思った。
もう一つは、モスクワで、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)についていろいろと語り合ったこと。
■ジャーナリズムの力を信じて記者になった
【西村】そうそう。たしか、東大新聞の記者だった頃、来日したランウェジ・ネングウェクール氏(映画『遠い夜明け』の主人公スティーヴ・ビコ氏とともに「南アフリカ学生機構」を設立した人物)にインタビューして記事を書いたのをきっかけに、反アパルトヘイト運動組織に出入りしたり、大学でその種のサークルをつくったり、卒業前にロンドンの反アパルトヘイト組織を訪ねたりしたというような話をしましたよね。
【佐藤】そうだね。さらにその後も、永田町を担当する政治記者なのに、来日したネルソン・マンデラ氏(南ア大統領)に単独会見したというエピソードの持ち主でもあることを知ったわけです。だから、自分のテーマを持っている人だという印象だった。そういった話からも、朝日新聞が大企業だから入ったというタイプとは違うと思っていました。
【西村】たしかに、ジャーナリズムの力を信じて、記者になりたくてなったと思います。
■「俺は生涯、一線の記者でいたい」とみんな言っていた
【佐藤】しかも出世に興味がなかったよね。東大の後期教養学部の国際関係論専攻出身で、ある意味プラチナチケットを持っているのに。
外務省にいた当時、会う記者がみんな同じことを言っていたんですよ。「俺は生涯、一線の記者でいたい」「もし部長職をオファーされても拒否して編集委員としてやっていく」って。一種のブームだったんだろうね。どの新聞社の記者も示し合わせたように言うから、面白いなと思って聞いていた。そしてそういうことを声高に言うやつほど、管理職になるために裏で画策していたことがあとからわかって、やっぱりなあ、と思うんだけど。
西村さんはそういった妙な気負いやアピールが一切なくて、ああこの人は自分の力には自信があるけど、出世のために何か画策するタイプではないんだな、と見ていました。
【西村】そうだったんだ(笑)。長い付き合いですが、佐藤さんが私をどう見ていたか、初めて聞きました。自分が組織の中にいるとわからない話かもしれないね。
佐藤さんから見て、ほかに「こういう記者が多かった」というのはありますか?
■政治家を「先生」と呼んではいけない風潮
【佐藤】朝日の記者はわりと特徴がありましたね。ひどいのは外務省の人事にも手を突っ込んできたがる。「あいつ、局長の悪口を言っていましたよ」とか「ひどいたかり癖があって困っています」とか、あることないことを裏で告げ口して、自分にとって都合の悪い人間を陥れようとする。そういう妖怪記者が多いのは朝日で、かなり警戒していました。
【西村】そういった記者たちの告げ口は、実際に人事に影響があるの?
【佐藤】あるんだ、これが。
【西村】まあ朝日に限らず、その手の人間はどこにでもいるよね。
【佐藤】いや、朝日は多かった。正確に言うと、朝日とNHKには多かった。西村さんはそういうことをしなかったから、それも非常に印象的だった。
【西村】非常にコメントしにくいですね(笑)。
【佐藤】同じ新聞記者でも会社によって違いがあって面白いよ。もちろん個人によるところも大きいんだけど。もう一つ朝日新聞の記者の面白い特徴は、とにかく政治家を先生と呼んではいけない風潮。すごく苦しそうに「さん」付けをする。あとこれはキャップによって違うだろうけど、あるチームは会食でキャップが来るまで箸をつけてはいけないという掟があった。こちらが「もう食べなよ」と促しても、キャップが30分遅れるとしたら、30分、誰も箸をつけずに待ってるの。
■朝日はインテリジェンス機関に近いところがある
【西村】それはとても異様な光景だな。私が新人だった頃も、キャップだったときも、そんなことはなかったけれど。NHKは待たないの?
【佐藤】NHKの若手は、遅れてきて、上司よりも先に食べます(笑)。
【西村】そうか(笑)。佐藤さんがそういう光景をよく見てきたということなら、ある意味朝日は永田町カルチャーを映しているところもあったのでしょうね。
【佐藤】そう思います。ただ上下関係が厳しい分、朝日の上司は部下がミスをしでかしたときに全責任を取ってしっかり守るよね。部下のせいにして尻尾を切るような真似はしない。徹底して下を守るカルチャーがある。そのあたりはインテリジェンス機関に近いところがあります。人がすべてなんだよね。だから、独自の掟はちょっと窮屈だけれども、そこにうまくはまれたらある意味、仕事はしやすい会社なんだろうとはずっと思っていたな。
【西村】私は記者人生の3分の1を海外で過ごしていたので、どちらかというと、そういうカルチャーには浸かっていなかったんだろうね。だから今日佐藤さんから聞く話も、知っていることもあれば初耳のエピソードもある。
■朝日の記者は「メモ」を流さないし、金を取らない
【佐藤】あとこれは西村さんもそうだけど、朝日の記者は「メモ」を流さないし、金を取らない。新聞記者は日々、政治家や官僚、捜査当局に取材して作成したメモを、キャップなりデスクに上げるんだけれど、メモは社内で共有されるから、ほかの記者が作成したメモでもコピーをすることができる。新聞社のメモの中には、週刊誌記者や政治家にとっては金を払ってでも入手したいほど価値があるものもある。それで、金に困った記者がメモを売るということもあって、外務省内でもメモが流通していることがあったのだけれど、朝日新聞の記者が流出させたメモを見たことがない。
【西村】それはそうですよ。賄賂や買収だもの。絶対にだめだ。
【佐藤】いや、メモを流させて金を取らせるって、われわれにとって重要な仕事だったんだけど――これ以上は差し障りがあるからいまはやめておこう。
【西村】じゃあもう少し場が温まってから(笑)。まあ、官僚や政治家のメモが週刊誌に流れたっていう話は珍しくはないよね。
■政治家や官僚から「金を受け取る」ことの意味
【佐藤】週刊誌に流すネタは大した話じゃないんです。政治家が外務省側にまわしてくるメモもあります。ただ政治家や官僚から金を渡されて記者が受け取る場合、単純に金に目がくらむというだけじゃないんだ。政治家や官僚から金を受け取るってつまりは、「あなたのことを信頼していますよ」という意思証明と同義だからです。自ら弱みをつくるわけだから。政治の世界だと完全に暗黙の了解だから、もし総理大臣から目の前で金を出された政治家が「いいえ受け取れません」と言ったら、それはすなわち「あなたと付き合う気はありません」という拒絶になります。だから、裏での金のやりとりが発生するような状況をいかにつくらないかっていう点でも、朝日の記者は苦労していたんじゃないかな。
【西村】たしかに、そういう話は私がいた頃は一切なかったね。
【佐藤】つまり危機管理能力が非常に高い。おそらく、露見した場合の組織内のリスク、ペナルティが極めて厳しいんだと思う。
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作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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元朝日新聞編集局長・ジャーナリスト
1958年東京都生まれ。東京大学卒、81年朝日新聞社入社、静岡支局で新聞協会賞(団体)受賞。政治部員、モスクワとワシントンの特派員、アメリカ総局長、清華大学高級訪問学者など米中ロで計13年勤務。政治部長、編集局長を経て、役員として編集、デジタル、マーケティングを統括、ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパン代表取締役。2021年退社後、東京大学大学院客員教授として情報社会論を講義、ほかに国内外の大学などで講義講演多数。著書に『プロメテウスの墓場』、共著に『無実は無罪に』『「イラク戦争」検証と展望』など。
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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優、元朝日新聞編集局長・ジャーナリスト 西村 陽一)
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