現実の裁判官より、寅子のほうがよほど法曹らしい…『虎に翼』にハマった弁護士が最後にグッときた「名シーン」
プレジデントオンライン / 2024年9月13日 8時15分
■「かわいそうな女の私がしゃべれば…」と苦しむミキ
NHKの朝ドラ「虎に翼」では、主人公の寅子が担当する原爆裁判の判決が言い渡されました。判決は、請求棄却。つまり、訴えた側である原告の負けです。
しかし、判決理由の中で、「原爆投下は国際法からみて違反な戦闘行為」であり、「被害者救済の責任は、国会と内閣が果たさなければならない」と指摘し、これを放置している「政治の貧困を嘆かずにはおられない」と述べ、政治による救済を促しました。
判決前に、原告の1人である被爆者の吉田ミキが、法廷で証言するために広島から上京します。ミキは、原告代理人の弁護士よねに、「かわいそうな女の私がしゃべれば、同情を買えるってことでしょ?」と、証言を決意した動機を打ち明け、「差別されないってどういうことなのか」と唇を震わせます。
■「被害を再現するつらさ」は今も変わっていない
よねは、「無理に法廷に立つことはない」「(同僚弁護士の轟は)ミキを矢面に立たせるべきではないという考えだった」「証言の苦しみに見合う報酬は得られない」「声をあげた女に、この社会は容赦なく石を投げてくる。傷つかないなんて無理だ。だからこそ、せめて心から納得して、自分で決めた選択でなければ」と話し、ミキの心情に寄り添います。しかし、ミキは泣きながら「こんなに苦しくてつらいことを、伝えたい、聞いてほしい」と訴えました。
この場面は、被害者が置かれた苦しい立場をよく表しています。それは、令和の今も変わっていません。
民事裁判でも刑事裁判でも、被害者が証言することには多大な苦痛を伴います。慣れない法廷で、裁判官に向かって、忘れてしまいたいつらい体験を語ることは被害の再現でしかないからです。身内からの反対も少なくありません。
それでも、理不尽な目に遭ったこと、つらく苦しい思いをしていることは、世間にわかってほしいのです。勇気を出して証言し、勝訴したとしても、よねが話したように、得られる賠償金は驚くほどに低額であることも、その通りです。
■最終的にミキが選んだ道は…
そして、最もつらいと思われるのは、被害者バッシングです。必ずと言っていいほど「被害者にも落ち度があるだろう」「金目当てに違いない」などの二次被害が生じます。
ミキの場合であれば、「戦争被害に遭った人は他にたくさんいる」「生きているだけマシではないか」などという心ない声が寄せられたかもしれません。
SNSが発達した現代では、原爆裁判の時代とは比べものにならないほどの質量で被害者は二次被害を負わされてしまうのです。(拙著『新おとめ六法』p44~p49参照)
最終的に、ミキは証言に立つことをやめ、気持ちを書いた手紙を弁護士の轟が法廷で朗読する形をとりました。これは、「意見陳述」などと言われる手法です。一方的に自分の言い分を述べるもので、相手からの反対尋問にさらされないため証拠価値は少し下がりますが、それでも当事者本人の言葉には他を寄せつけない迫力があり、一定の効力があります。
■裁判官の寅子は泣くべきではなかった?
手紙の朗読を聞いている間、裁判官の寅子は涙を浮かべていました。裁判長が判決理由を読み上げた際も、涙ぐんでいました。悲惨な事件の裁判では、検察官や裁判官が「思わず声を詰まらせ、泣いているようだった」などという報道がなされることがあります。このような場合に、「一方に肩入れした感情的な態度で公平な裁判がなされるはずがない」といった意見が必ず一定数出てきます。果たしてそうでしょうか。
私自身は、当事者の立場に立って、泣いたり怒ったりすること自体、特に問題ないと考えています。むしろ、そのような共感力・想像力がない人には法曹になってほしくありません。一度、当事者の立場に立ってその人の苦しみや怒りを共有したうえで、証拠をどう評価するのか、法的に何が可能なのか、冷静に判断するのがプロとしての仕事だと思います。
私は、裁判官研修の講師を務めることがあります。「裁判官は法廷で泣いたらいけないと指導されているのですか?」と尋ねたところ、そういうことはないとのことでした。
■証言者を緊張させる「裁判官の能面問題」
喜怒哀楽つながりですが、法廷でほとんどの裁判官は、無表情で、感情を出すことはまずありません。私は、「裁判官の能面問題」と呼んでいます。笑顔で裁判はできないでしょうが、普通に挨拶する程度の表情でいることはできないものでしょうか。
法廷は日常生活とはかけ離れた場所です。天井が高く、威厳があります。裁判官は真っ黒な法服を着て、検察官や弁護人、当事者、傍聴人よりも一段高いところで立派な椅子に座っています。そこで、検察官や弁護士からさまざまな質問をされ、話をしなければならない当事者は、想像できないほどの緊張感に晒(さら)されています。さらに、「質問は横からされるけど、答えは正面を向いて裁判官に向かって話すように」という謎のお作法があります。
しかし、当事者が裁判官に向かって答えても、裁判官は頷いたり首を横に振ったりしません。ひたすら無表情で証言する人を見つめているのです。その状況で、当事者が記憶をたどり、事実を正確に述べることは困難です。結果的に、真実発見から遠のいているのではないでしょうか。さまざまな意味で、「血の通った裁判」であってほしいと思います。
■コピペではない「裁判長の熱量」を見せてほしい
ドラマの「原爆裁判」で印象的だったのは、当初は傍聴人が竹中記者一人だったのが、彼の記事により、多くの記者が傍聴席に詰めかけるようになり、社会問題として世に認知されたことです。重大な問題が生じても、世の中に知られなければ「なかったこと」になる恐れがあります。このことは、さまざまな問題が複雑化し、世界規模になりやすい現代社会では、より当てはまると思います。
判決の際、記者たちは途中で、一斉に席を立って帰ろうとしました。いち早く号外を出すためだったと思われます。しかし、裁判長の熱量の籠った判決理由の朗読が、彼らを法廷に引き戻しました。
今の裁判所で、そのような場面に出会うことはまずありません。多くの当事者が、「判決はコピペですか?」と不満を漏らします。ひとつとして同じ事件はないはずなのに、ワンパターンの判決理由がとても多いからです。どんな裁判であっても、ほとんどの当事者にとっては一生に一度のことですから、魂を込めて「その事件の判決」を書いてほしいと、ドラマを見ながら改めて思いました。
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弁護士 第一東京弁護士会所属
福岡県出身。青山学院大学法学部卒。毎日新聞記者を経て、2007年弁護士登録。犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務次長。第一東京弁護士会犯罪被害者に関する委員会委員。元・青山学院大学法科大学院実務家教員。保護司。
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(弁護士 第一東京弁護士会所属 上谷 さくら)
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