豊田章男氏の「EVへの懸念」が現実のものに…世界中で「EVシフト」を見直す大手メーカーが相次いでいる理由
プレジデントオンライン / 2024年9月17日 9時15分
■世界を熱狂させた「EVブーム」は終わるのか
足許、米国や欧州を中心に、“電気自動車=EVシフト戦略”の修正を余儀なくされる大手自動車メーカーが目立っている。独フォルクスワーゲンは、東部ツウィッカウのEV工場で臨時工を解雇した。9月上旬、独国内工場の閉鎖検討も明らかになった。それ以外にも、GMやフォードなどにもEVシフトを見直す動きがでている。
その背景にあるのは、世界的にEV販売が鈍化していることがある。ここへきて、EV販売が伸び悩み傾向になっている理由は、補助金支給がないとEVの価格が相対的に高いことがある。また、発火問題などバッテリーの耐久性の不安が指摘され、航続距離もハイブリッド車(HV)などを下回ることもある。充電ステーションなどインフラ整備の遅れもEV需要の減少要因になったと考えられる。
■ベンツやボルボは「100%EV」目標を撤回
主要先進国の自動車メーカーは、EVを含めた自動車全体の生産体制の再構築を検討する必要がありそうだ。それに加えて、水素を用いた新しい動力源の開発に取り組む必要があるだろう。各メーカーにとって、資金負担の増加など厳しい状況になることも懸念される。
今後、米国経済の減速が進むようだと、世界の自動車需要の鈍化が予想される。わが国を含め主要国の自動車メーカーは、事業環境の急速な変化に対応することが求められるだろう。自動車産業がわが国経済の大黒柱であることを考えると、わが国の景気先行きに不透明要素が増えることも懸念される。
このところ、EV計画の修正を余儀なくされる、欧米の大手自動車メーカーが相次いでいる。ドイツのメルセデス・ベンツやスウェーデンのボルボは、2030年にすべての新車をEVにする経営目標を撤回した。ベンツは燃費効率の高い新型エンジンの開発に着手した。フランスのルノーは、EV事業の“アンペア”の新規株式公開を取りやめた。
■なぜここへきて売れ行きが落ちているのか
米GMは、2025年までに世界で100万台のEVを生産する計画が実現困難になった。人員削減も行う。フォードは、カナダのオンタリオ州で計画していた大型EV向けの投資を見送った。同工場はガソリンエンジンを搭載した、ピックアップトラックの生産に活用する方針だった。米国でステランティスや日産も、人員削減などコスト削減に取り組んでいる。韓国では現代自動車がHVを拡充する方針だ。
そうした動きの背景には、EVの売れ行きの鈍化傾向がある。EVが売れにくくなった理由には、政府からの補助金がないとEVの価格が相対的に高いことがある。
一般的に、EVの生産コストの3~4割を車載用のバッテリーが占めるといわれる。欧米の大手自動車メーカーにとって、工場で消費する電力、人件費、工場用地、リチウムなど希土類(レアアース)を調達する場合のコストが比較的高いため、安価なバッテリーを入手することが難しい。
■ドイツ、フランスは政府が補助金を見直し
一方、中国はEV関連の政策を実行し、急速にEVの生産体制を整備している。バッテリーでは世界最大手のCATL、完成車分野ではBYDや上汽通用五菱汽車(ウーリン)などは、政府支援の下で価格競争力を高めている。また、中国政府はEVなど“新エネ車”の販売補助金を引き上げて需要を喚起している。
財政状態が悪化傾向にある日米欧諸国にとって、中国と同レベルの購入補助金を支給することは容易ではないだろう。バッテリーなどのコストがかさむ分、日米欧でEVの販売価格はHVなど既存の車種を上回った。2023年12月、ドイツ政府はEV販売補助金を停止した。フランス政府もアジアで生産されるEVを購入補助金の対象から外し、欧州のEV販売は鈍化した。米国などでも物価上昇などを背景にEV需要は減少した。
■「バッテリー問題」がGMとトヨタのシェアに表れている
EVには、従来から指摘されてきた問題点がある。EVに搭載されている、リチウムイオン系のバッテリーの安全性に関する懸念だ。8月、韓国インチョンのマンションの駐車場で、中国製のバッテリーを積んだメルセデス・ベンツ“EQE350+”から発火し、大規模火災が起きた。ベンツにバッテリーを提供しているCATLはバッテリーの安全性に問題があることを認めている。
この火災問題以前にも、韓国LGエナジーソリューションなどが開発したバッテリーを搭載した米欧企業のEVで発火問題が起きた。充電設備を含め、EVバッテリーの発火がいつ、どのようにして起きるか、根本的な原因は解明されていない。
社会全体で安心、安全にEVを利用するインフラの整備も遅れた。自動車による長距離移動が多い米国では、充電ステーションの不足などからEVよりもHVなどを選好する消費者は増えた。1~8月期、米市場でトップのGMのシェアは前年同期比0.3ポイント減の16.4%、第2位のトヨタは同1.1ポイント増の14.8%だった。EV利用に関する消費者の不満、懸念がGMとトヨタのシェアの差に影響したようだ。
■充電ステーションの少なさ、冬季の運転リスク…
洋上風力発電などを使ったEVの生産と普及を重視した欧州市場でも、充電ステーションの設置は遅れているという。わが国でも充電ステーションは少ない。EVシフトが進んでいる中国でさえ、旧正月などの連休中にEVで帰省したものの充電ができないケースが報じられた。
EVの航続距離は相対的に短い。充電インフラの不足に加え、異常気象による寒波や熱波の発生によってEVの航続距離は短くなる。カタログ上400km程度の航続距離を持つEVの場合、気温が氷点下6度に下がると航続距離は60%程度に落ちることもあるようだ。
また、EV貿易戦争のリスクもある。欧州委員会や米国政府は、中国製EVに対する関税率を引きあげた。その背景には、中国は産業補助金などを拡充して過度な価格競争を引き起こし、自国の雇用を脅かしているとの批判がある。EVの値崩れ、関税などのリスクに対応するため中国でEVを生産し、輸出する体制の見直しを余儀なくされる主要先進国の自動車メーカーも増えるだろう。
■トヨタはBMWにエコカー技術を全面供給
精密な“すり合わせ製造技術”に不安のある海外の自動車メーカーにとって、EVシフトは弱みを補完する重要な方策だったはずだ。しかし、EV需要の伸び悩みで、欧米の大手自動車車メーカーがEVだけで成長を目指すことは難しくなっている。
わが国の自動車産業界は、次世代の動力源の実用化に取り組む企業が多い。トヨタはEVの安全性と、航続距離向上の切り札といわれる“全固体電池”に関する研究開発を重ね、2027年頃の商業化を目指している。同社は、“究極のエコカー”と呼ばれる水素自動車の普及も重視している。
トヨタは独BMWに燃料電池車(FCV)の水素タンク、燃料電池などの重要部品を全面供給する。新しいエコカーの商業化に向けた提携の増加は、水素の生産、安全性の高いタンク製造などの供給網の整備、コスト引き下げに必要だ。
■日本車メーカーの「全方位戦略」は正しかった
ただ、今後、世界経済が減速するようだと、自動車市場の厳しさは高まるだろう。中国では、不動産や本土株の下落などの懸念から個人消費が停滞気味に推移するだろう。米国では労働市場が軟化し、徐々に自動車の需要は減少すると予想される。11月の大統領選挙後、米国政府は日欧などの自動車メーカーに米国内での生産増加を求め、応じない場合には制裁関税を課す恐れもある。
そうしたリスクに対しわが国の自動車業界は、HV、PHV、電動車など全方位の姿勢で事業戦略を執ることになるだろう。雇用や下請け、孫請けと連なる取引構造など、わが国の自動車産業の裾野は広い。
自動車分野は、近年の国内景気の持ち直しを支えた重要な要素だった。世界経済の減速リスクに対応し、国内自動車メーカーが豊富なエコカーの選択肢を世界の消費者に提示して収益性を高めるか否かは、わが国経済の中長期的な動向に重要な影響があるはずだ。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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