日本は「普通の人」のレベルが普通ではない…ジョージア大使がザ・日本企業に就職して驚いたこと【2024上半期BEST5】
プレジデントオンライン / 2024年9月16日 8時15分
※本稿は、ティムラズ・レジャバ『日本再発見』(星海社新書)の一部を再編集したものです。
■早稲田大学を出て、老舗企業のキッコーマンに入社した
私がキッコーマンに入社したのは、学生向けの新卒採用枠ではなく、外国人採用枠でした。早稲田大学を卒業する前、一般的な就活シーズンはとっくに終わっている時期に、たまたま見つけたのです。私の父は発酵の研究もしていましたから、醤油という大豆を発酵させて作る調味料のメーカーに多少の縁や興味を感じなかったわけはなく、運良く最終面接まで進むことができました。
こんな私を拾ってくれたキッコーマンは、非常に懐が広い会社だと思います。
と同時に、明治20年(1887年)に結成された野田醤油醸造組合を前身とする歴史ある日本企業だからこそのしきたり、組織の力学が強固に存在していました。
日本には大企業が多く、ジョージアは中小企業が多いのですが、両国の違いはそれだけではありません。ジョージアでは、ソ連崩壊によって体制が変わったとき、それまでの企業が解体される事態も起こりました。ですから日本のように100年、200年続いている長寿企業がほぼ存在しないのです。ほとんどの企業は1990年代初頭に独立した後に設立された、新しい会社なのです。したがって社内ルールも意思決定プロセスは日本の老舗企業のように複雑ではありません。
■ジョージアには少ない「100年企業」の次元が違う集団行動
私がキッコーマンで最初に衝撃を受けたのは、集団行動に対する意識の高さです。「これが日本企業か」と感じました。
私は幼少期から約15年にわたって日本に住んでいましたから、ほかの日本人と同じくらい日本のことがよくわかっているだろうし、十分になじめるはずだと思っていました。学生時代には早稲田の和敬塾で寮生活も経験し、「これで日本社会で求められる集団生活について、だいぶわかった」と思っていたのですが、会社に入ってみると、さらに一線を画す視界が会社生活では広がっていたのです。「これはまた次元が違うな」と面食らいました。
たとえば、会社で何か説明があると、それを行動に移したり、何かをこなしたりする必要が生じます。キッコーマンでは会社のメンバーみんなが一瞬ですべてを理解してうまく担当を割り振り、実現に向けて阿吽(あうん)の呼吸で動いていました。最初の方針説明自体は、受け取る個々人によって解釈の幅があるように私には感じられたのですが、組織内で齟齬(そご)が出ないように管理職が咀嚼(そしゃく)・調整して現場に伝播し、役割分担していくのです。
■日本企業の高度に分担されたタスクをサクサクこなせる同期たち
これには衝撃を受けましたし、ついていけない場面がよくありました。キッコーマンという会社組織のことがまだわかっていないからできないのかなと思って同期を見ると、私以外は最初からうまく振る舞い、仕事を上手にこなしていたのです。
これは私が中高時代の部活や大学のサークル活動やアルバイトで経験してきた組織行動とはレベルが異なるものでした。集団行動で本気を出す姿勢に驚嘆しましたし、周囲と比べると私自身は「どんなことをやらなければいけないのか」というタスクを飲み込み、自分がそれをやる意味を見いだして着手するまでに労力が必要であるのにも驚きました。
日本人は個人としてやりたいとかやりたくないということを抜きにして、「組織としてこれをやる」「だからあなたはこれをやりなさい」と決まると、サクサク仕事を楽しんでこなせる人が多いのか、と改めて気づかされました。
■会社が好きで、会社のことなら一通りわかる人間が求められる
私は子供のころに部活でハンドボールを好きでやっていました。だから情熱を持てたし、チームを強くしたいという気持ちがあって、無我夢中で集団行動もできました。
ところが仕事では、必ずしも自分が好きなものに取り組むわけではありません。日本ではいわゆるローテーション人事が象徴するように、「私はマーケティングの仕事が向いている、この道のスペシャリストになりたい」と思っていても、人事異動で全然別の部署に配属になることがざらにあり、どんな場所でも一定以上の成果を挙げられるジェネラリストが高く評価される会社も少なくありません。
このような人事のスタイルは「どこの会社でも通用するプロフェッショナル人材を育てる」ものではなく、「その会社のことなら一通りわかる人間を育てる」ことに向いています。「この会社のことが好き」なら一生懸命になれる人にフィットし、「このタイプの仕事が好き」という人は異動先によっては苦労するしくみだと言えます。
私は入社時点ではキッコーマンという会社のことが特別好きだとは思っていませんでしたし、メンバーの一員として組織に貢献したい気持ちも育っていませんでした。だから目の前の業務に取り組もうにも、気持ちが付いてこなかったのです。
■決定事項はすぐに実行されるが、決まるまでは時間がかかる
また、面食らったのは、一度「やるぞ」と決まったことについては、先ほど述べた通り集団で驚くほど早く動くのですが、決まるまでの意思決定のプロセスはきわめて慎重で遅いというギャップに関してもです。しかも物事を決める際にも、決まったあとにも、各個人の意思や裁量はそれほど大事にされていないような印象を受けました。これはその個人が集団に対してロイヤリティが高く、考えや価値観が一体化していることを暗黙の前提にしているからではないでしょうか。
キッコーマンでは社員に対してはものすごくぬくもりを持ってくださり、私が退職するにあたって一番聞かれた質問は「何が合わなかったの?」でした。これは逆に言うと、価値観や職場の人間関係、あるいは業務とフィットさえしていれば人間は仕事を辞めないと考えている、ないしは、辞める理由として「合わない」ことを挙げる人がそれまでも多かったからこそ出てくる発言でしょう。仮に待遇に不満を抱いて辞める人が多かったりしたら、「合う/合わない」の問題だという聞き方はしないでしょう。そのくらい会社と従業員が「合う」ことを重視しているようです。
■老舗企業は社員を「家族の一員」として面倒を見るが……
しかし私はそもそもその「従業員は会社が大好きである」「会社と従業員は一体化した存在である」という価値観になじめませんでした。私が日本企業の良さでもあり問題点でもあると思う点に、社員を家族のひとりとして見るような文化があります。
キッコーマンもほかの日本の大企業同様に福利厚生がしっかりしており、しかし初任給や若手の給料はボーナスを含めても高くありません。ほかの先進国と呼ばれている国、たとえば欧米の企業と比べても給与水準は低いです。基本給はそんなに出ない、しかし手当が厚いのが日本の大手企業の給与体系の特徴です。たとえばスーツ代や家賃に少し補助が出たり、交通費が出たり、会社の株を良い条件で買えたり、さまざまな手当が用意されている。
そんなにあれこれ手当を作るくらいなら基本給を上げればいいのではとも思う一方、なぜそんな制度なのかと考えると、おそらく社員を家族のひとりとして見ているからではないでしょうか。遊ぶお金に関しては積極的に出さないけれども(特に若いうちは)、働く上で、生きていく上で必要なことにはお金を出すよ、だって家族の一員だもの、と。そして長年ずっといっしょに過ごす家族と捉えているから、個々人の能力や成果、業務内容がどうであれ、一般的に子供の教育費などで一番お金のかかる40代、50代の時期に給与が高くなるように設計されているのです。
■若手は少しずつしか成長できないという前提の人事制度設計
日本の老舗企業は、手取り足取り、赤子が大人になるまでの面倒を見るように、従業員ひとりひとりがしっかり仕事を覚えていくことにフォーカスしています。若手は少しずつしか成長ができない前提の制度設計です。仕事がろくにできなかった私が言うのもなんですが、一人前になるまでにものすごく時間がかかるシステムだと感じます。従業員に対して猶予を与えすぎではないかと思うくらい、結果を出しても出さなくてもとにかく「勉強しなさい」と言うのですね。
ひとつひとつの作業に関しても、よく言えば非常にこまやか、悪く言えばバカ丁寧です。簡素化できることを知りながらもあえて時間がかかるやり方を選択しているから、遅いのです。私と親しいある駐日大使は、日本人の仕事ぶりをこのように形容していました。「efficiency with no speed」――つまり「速度のない効率性」だ、と。よく言ったものだと思います。
■「スローで丁寧なやり方」が人手不足になっても通用するのか
その丁寧さがお中元やお歳暮、接待であるとか、手紙は気持ちを込めて手で書くといった気遣いの文化にもつながっているのですが、少子高齢化で人手不足が深刻になるなかで、どこまでこれまでのスローで丁寧なやり方でいけるのか、日本の伝統的な会社文化の良さを残しながら今の時代に、そして国際的なビジネスのスピード感に合わせていけるのかが、日本社会の課題のひとつでしょう。
仕事のスピード感の問題もありますが、私がキッコーマンを辞めたもっとも大きな理由は、先ほども少し触れた通り、会社から求められるものに対して情熱が持てなかったからです。おそらく情熱を持ち、「私もこの会社の一員なんだ」と思えていれば、他の社員のように一生懸命にできたでしょうし、会社の考えを察し、ゴールに向かって私がやるべきことを自ら考え、行動し、成長もできたでしょう。しかし私は会社の一員として、また、日本社会の中の一員として自分を見ることがどうしてもできませんでした。
ところが日本企業は一体感を前提に仕事をすることを求めます。「違う存在」として仕事に取り組むようなスタンスがあまり許容されていません。当たり前ですが新人である私には、自分なりのやり方を試したり、自分のアイデアやオリジナリティと結びつけた仕事に取り組んだりする裁量もありません。ここがもっともつらかったポイントです。日本の会社は、「私」が「公」の上に立たないようなしくみになっていて、それが私には合わなかったのです。
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ジョージア出身。1992年に来日し、その後ジョージア、日本、アメリカ、カナダで教育を受ける。2011年9月に早稲田大学国際教養学部を卒業し、12年4月キッコーマンに入社。退社後はジョージア・日本間の経済活動に携わり、18年ジョージア外務省に入省。19年に在日ジョージア大使館臨時代理大使に就任し、21年より特命全権大使。著書に『大使が語るジョージア 観光・歴史・文化・グルメ』(星海社、共著)など。
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(駐日ジョージア大使 ティムラズ・レジャバ)
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