教室は不足し、「救急医療はギリギリ」と専門医が危機感 …「人口が毎年1万人増」のさいたま市で起きている異変
プレジデントオンライン / 2024年9月19日 17時15分
■“異例の人口増加”を続けるさいたま市
2003年に政令指定都市となり、20年が経過したさいたま市では、人口の流入が続いている。
移り住んだ人に話を聞いてみると、都心からおよそ30分という利便性の良さや、水害や地震などの災害が少ない地域であること、教育環境が整っていることなどが魅力だという。さいたま市によると、10年前の2014年に125万人余りだった人口は、2018年には130万人を突破した。2024年6月時点では134万9000人と、毎年およそ1万人のペースで人口が増加している。
全国の自治体のほとんどが人口減少に頭を抱えている中で、異例とも言える人口増加を続けているのだ。実際に、2024年2月に発表された民間の住宅情報サイトが行った東京、神奈川、埼玉、千葉、茨城の1都4県の「住みたい街ランキング」でも、さいたま市の人気が際立つ結果となっている。
この調査は、1都4県の20代から40代の9000人余りに、インターネットで住みたい街を駅名で選んでもらったもので、さいたま市の「大宮」が2023年よりも順位を一つ上げて過去最高の2位、さいたま市の「浦和」も順位を二つ上げて10位にランクインしている。こうしたさいたま市の人気を支えているのは、子育て世帯の転入だと考えられている。
総務省が住民基本台帳に基づきまとめた「人口移動報告」によると、転入者数から転出者数を差し引いた転入超過は2023年に7631人と、全国のおよそ1700市町村の中で第6位となっている。
特に顕著なのが0歳から14歳までの子どもの転入超過だ。14歳以下に限ると、転入超過は988人と全国第1位となっていて、2015年から2023年まで9年連続で全国第1位の転入超過数となっていることから、さいたま市が子育て世代に選ばれていることが見えてくる。こうした人口増加などの影響で、個人市民税の税収はこの10年で500億円あまり増えるなど、市の財政にも好影響を与えている。
■子ども増えすぎて小学校が対応しきれていない
ところが、取材を進めると、人口増加のしわ寄せとも言える事態が起きていることも見えてきた。その異変の一つが、地域の学校現場だ。マンションの建設が相次いでいるさいたま市の中でも、タワーマンションの建設が続いているエリアの一つがさいたま市南区である。
JRの武蔵野線と埼京線が交差する武蔵浦和駅周辺の市街地再開発事業では、これまでに6街区で開発が完了し、8棟のタワーマンションが建設され、主に住宅として活用されている。
さらに、現在、市街地再開発準備組合を立ち上げて事業の実施に向けた検討を進めているエリアもあり、こちらも現状の計画では、住宅用のタワーマンションとなる方向で調整が進められていて、今後もタワーマンションの建設が続く地域だと言える。都心へのアクセスの良さなどから、子育て世帯が増加しているのだ。駅周辺には、5つの小学校と4つの中学校がある。
このうち、小学校は12から24クラスの適正規模校が1校、25から30クラスの大規模校が3校、さらにそれを上回る過大規模校が1校となっていて、中学校も1校が大規模校に位置付けられている。
さいたま市の推計では、今後もクラスを増やして対応しなければならないことが見込まれていて、子どもの増加への対応が急務となっている。
■児童数と校庭の広さが見合っていない
このうちの一つの学校が、さいたま市立浦和別所小学校だ。
児童数は1200人ほど。クラスの数は40に上っていて、国からは大規模校をさらに上回る過大規模校と位置付けられ、国の指標では抜本的な対策が求められる基準を大幅に超えている。
また、この学校の児童一人あたりの校庭の面積は4.5平方メートルと、市内の小学校平均の16.6平方メートルのおよそ4分の1となっていて、子どもたちの活動にも制約が出ることもあるという。
昼休みにのぞいてみると、校庭で遊ぶことができない子どもたちが教室に残っていた。取材で訪問したこの日に校庭で遊べるのは、2年生と5年生。それ以外の4学年は、教室や図書室などで昼休みを過ごしていた。
校庭で遊んだ後の5年生の男の子に話を聞いてみると、「今日はみんなでだるまさんが転んだをしていました。ボールで遊ぶのが本当に楽しい。日によるんですけど、ドッジボールとかバスケットボールとかたまにやります」と額に汗を浮かべながら答えてくれた。
一方で、校庭で遊べず、教室で友人とじゃんけんなどをしていた4年生の男の子は、「外で遊べないから、中で遊んでます。(外で)遊びたいです。走り回りたい」とのこと。
■教室が不足し、仮設校舎を設置することに
学校では、子どもたちにのびのびと学校生活を送ってもらい、昼休み時間を楽しんでもらいたいという思いはあるものの、児童数が過密となることなどから子どもの安全を第一に考え、昼休みに校庭で遊ぶ学年を、曜日によって絞るという運用を行っているという。浦和別所小学校の持木信治校長も、複雑な思いを打ち明ける。
「非常に子どもたちが多い。ただ施設面は限られている。なんとか子どもたちが困らないように学校生活を進めています。そこは努力しています。子どもたちが多いので、すごく活気はあるのですが、すぐに校庭を広くするとか子どもたちの人数を減らしてほしいということはできないので、今ある環境でなんとか工夫して子どもたちの教育環境を整えられればということを、我々は考えています」
この学校では、児童数の増加に伴い教室が足りなくなったため、数年前には仮設校舎を建設した。中学年の一部のクラスが仮設校舎を学び舎にしている。
ただ、仮設校舎から本校舎までは50メートルほどの渡り廊下を渡らなければならず、本校舎にある図書館が遠いことなども考慮し、仮設校舎にも図書コーナーを設けるなど学校運営を工夫しているという。
■小中一貫の公立校を新設する予定だが…
一方で、現場の工夫だけで子ども数の増加に対応することにも限界がある。このためさいたま市は、児童の増加を踏まえて、新たに小中一貫の義務教育学校の設置を予定している。
市は、義務教育学校について3カ所の校舎を活用して運営を行う方針で、既存の小中学校2校の校舎を活用するのに加えて、新校舎を整備する計画だ。新たに整備されるのは沼影校舎で、この予定地になっているのが市の沼影公園と沼影小学校の一部の敷地である。
2024年度に実施設計、2025年度に着工、2028年度の開校を目指している。市は、義務教育学校全体で子どもの数が3600人ほどの規模を想定していて、このうち、沼影校舎には、5年生から9年生までのおよそ2000人が通う想定だ。
そのほか、現在の浦和大里小学校を浦和大里校舎、そして内谷中学校を内谷校舎として、それぞれ1年生から4年生までのおよそ800人ずつが通う想定となっている。この校舎の一部として活用されることが決まっている沼影公園は、ウォータースライダーや流れるプールなどがあり、地域の子どもたちに親しまれてきた場所でもある。
子どもの教育環境を整備するための学校の建設で、子どもの遊び場が減ってしまう。こうした矛盾に、一部の市民からは反対の声が上がり、沼影公園の存続を求める署名活動なども行われてきた。
■市民プールを解体して新たな学校に
一方で、さいたま市は沼影公園の解体で不足する公園用地について、市南部地域で代替用地の確保を目指している。
すでに、2024年度から沼影公園の屋外プールなどの解体工事は始まっているのだが、取材した2023年9月当時のさいたま市の担当者のインタビューを紹介しよう。さいたま市都市公園課の川名啓之課長は以下のように語ってくれた。
「沼影プールはやはり皆さんにとって貴重な施設ですし、夏の思い出づくりのための施設という認識もありますので、なんとか残してほしいという声をいただいているのは事実です。ただ、子どもたちの教育環境という部分では学校も必須というところで、今回こういった形で沼影公園を廃止しまして、学校をつくっていくという決断に至った次第です。子どもたちの教育環境を大事にしたいという部分で皆様方には丁寧に説明をして、ご理解をいただきたいと考えております」
さいたま市は、再開発の進む武蔵浦和駅周辺地区では、学校の建設用地の取得が不可能だとして、苦渋の決断だったと話す。
新たな小中一貫の義務教育学校の開校は2028年度の予定だが、これによって周辺の大規模化している小学校や中学校の校庭や体育館が手狭だといった学校規模の課題の改善が図られる見通しだ。
さいたま市教育委員会は、子育て世帯が増えて、さいたま市が移住先に選ばれていること自体は大変ありがたいが、人材確保やハード面の整備が課題となっており、今後も子どもたちの教育環境の整備に取り組む必要があるとしている。
■教育だけでなく、医療分野にも大きな影響が
さらに取材を進めると、人口増加の影響は市民生活に欠かせない医療分野にまで及んでいることも見えてきた。
都内からさいたま市に移り住んだ30代の女性とその家族のケースから考えてみたい。この女性は、さいたま市は子育てがしやすい街だと聞き、2021年に家族で都内からさいたま市内のマンションに移り住んだ。
仕事の関係で都内に住んでいたが、夫婦ともに地方出身だったことから、都心ではなく郊外で子育てがしたいと、引っ越しを検討していた。埼玉県だけでなく千葉県なども検討していたが、実際にさいたま市の街を下見で訪れたときに、街の雰囲気が気に入ったという。
「駅に降りてみて、すごく空が開けている。街がきれいだったり、歩道が広く並木道になっていたりしていて、雰囲気が気に入ったことが一番最初にありました。都内に住んでいたころは、歩道が狭かったり人が多かったりしてもそんなに気にならないと思っていたのですが、一度広々としたところに住んでしまうともう戻れないなという感じで、思っていたよりも快適です」
さいたま市に移り住んだ当初は夫と子ども2人の4人暮らしだったが、その後、3人目の子どもが誕生し、今は子どもが3人、合わせて5人で暮らしている。
■子どもが多すぎて小児科がキャパオーバーに
ところが、移り住んだ当初は想定していなかった事態に直面しているという。
「小児科がすぐ埋まってしまいます。ウェブでの診療予約で、予約の空き枠がないと出てきてしまう。インフルエンザなどが流行った時は全然予約が取れず、ちょっとしんどそうでも、まあ水分とって寝させて、という感じです。
逆に最近は、周りでそういった発熱の子が少ない時にうちの子が発熱すると、今なら予約が取れそう、ラッキーと思ってしまう自分がいて、何かおかしいなみたいな……。ママ友の間でも、あの病院は1回診察してもらわないと発熱の子どもは受け入れていないとか、うちはどうしても診てもらいたい時はタクシーでどこどこに行っているという話をします」
女性は、さいたま市への移住については総じて満足しているが、医療については改善してほしいと感じているという。
実際に、さいたま市内で小児科医として働く医師も、子どもの増加を実感しているが、全員を診ることはなかなか難しく、もどかしい思いを抱えているという。与野駅が最寄りのにしむらこどもクリニックの西村敏院長に話を聞いた。
「みんな診たいのですが、診きれないのは、もうどうにもなりません。体が二つあるわけではないですから、キャパ以上はできない。働き方改革などで職員の労働時間も厳格化されており、8時間以上の労働は昔のようにはできないのが現状です。残念ながら、みんな診たくてもできないということで、ジレンマを抱えています」
■一時的に医師を増やすことは現実的ではない
さらに、ここ数年はコロナ禍で発熱外来の対応が求められ、患者一人あたりの診療に時間がかかることも現場の負担につながってきたという。そのうえで、次のように指摘した。
「地域で急に子どもが増えても(医者は)増えない。あと今、少子化になっていますから急に(子どもが)増えたからそこに(医師を)増やそうとしても、マンションの場合、十何年経つと子どもも巣立っていきます。一時期だけそこで開業してまた別の場所に移るというのも現実的ではありません。
だから、同じタイミングでファミリータイプの大規模マンションが建ち、お子さんが急に増えれば、それは対応しきれなくなる可能性がある。だから計画的に開発していっていただければベストです。行政と小児科医会の連携があってもいいのかもしれませんが……」
■救急搬送で13件の医療機関を断られた男性も
また、命に直結する救急医療の現場でも人口の増加が医療体制のさらなるひっ迫を招いているという指摘がある。救急医療の最前線を担っているさいたま赤十字病院は、県内初の三次救急の医療機関として、地域の医療の核を担う存在だ。
しかし、その病院の最前線では今、綱渡りの対応を余儀なくされている。
取材したある日、救急の現場では、救急隊員による搬送依頼の電話が何度もかかっていた。
「(受け入れを)10件断られて、うちに要請がきているのですが、今、救急病棟が残り1床で満床になります。ベッド状況的にはかなり厳しい」
「かかりつけとかない感じ? クリニック?」
「クリニックレベルです」
「○○病院はまだ当たってないってことです」
「そこだけ当たってもらって、どうしようもなかったらもう1回電話してと言って。その場合、受け入れるしかないのかもしれないね」
十数分後……。
「13件目……」
「じゃあ対応しましょう」
さいたま市在住の高齢男性だというこの患者は、13の医療機関に搬送を断られてしまい、受け入れ先がないとして、さいたま赤十字病院に無理を言って再度搬送を依頼した。
医師たちは、この患者を受け入れ対応することにした。
このように、新型コロナの感染拡大が落ち着いた今でも、夜間の救急搬送で受け入れた患者でベッドが埋まり、日中に病棟を移ってもらったり、転院の調整をしたりして、なんとか空きを確保しており、連日満床の状態が続いているのが現状だ。
■災害は起きていないのに、救急医療はギリギリ
この地域で20年にわたって救急医療に携わる、田口茂正医師は危機感を募らせている。
「救急の患者さんが入るべきメインベッドが基本的に全部埋まってしまっている。災害だったら限界があるため、トリアージが行われる。そうした災害は起きていないのに、普段からギリギリです。本来は一人ひとりに最善の医療を提供してあげたい。それがこの地域に住んでいる人たち、市民の皆さんとか県民の皆さんが安心して暮らせるということだと思う」
さいたま市の人口10万人あたりの医師数は199.4人で、埼玉県内のほかの二次医療圏と比べると多いのだが、政令指定都市の中では最下位となる。また、さいたま市消防局によると、2022年の救急車の救急出動件数は8万365件と、前年より1万3925件、およそ21%も増加している。これに伴って、救急搬送が困難とされたケースも7400件を超えていて、これまでで最も多くなった。
この病院では、救急医療の処置をしたあと、リハビリや療養を行うための転院先となる病院も慢性的にひっ迫していて、ベッドが空けられない事態に陥っているのだという。
「(患者の)行き先がいつも満員になっている。そうするとこういった救急病院も常に満員になって、八方ふさがりというのですかね……」
■再開発と医療体制の増強は同時に行うべき
さいたま市の担当者は、市内の現状について、次のように認識している。
「さいたま市では、人口の増加と医療ひっ迫は直結しないと考えており、また市内で医療ひっ迫が起きているという認識は持っていない。小児科は、インフルエンザなどの感染症の流行期には一気に受診者が増えるため、季節によって受診する患者数にばらつきがあると考えている」
一方で、救急医療の最前線にたつ田口医師は、まちづくりの観点に医療の視点が必要だと考えている。
例えば、病院においても、周辺に大規模なマンションが建設される際には、事前に情報を把握できれば、医療スタッフの増員を検討したり、場合によっては病床数を増やす必要があるか検討したりするなど、準備できることがあるのではないかと感じている。実際に、大規模なタワーマンションが建設されれば、1000人単位の住人が新たに移り住んでくることになり、医療を必要とする場面もそれだけ増える。
ただ現在は、マンションの建設や再開発などを行う民間事業者などから病院への情報提供の仕組みは整っていない。空き地があったとしてもマンションが建つのか、どれくらいの規模のマンションなのか、ファミリー向けのマンションなのか、それとも単身者向けなのかといった情報を共有するシステムは全国的にも整備されていないのだという。
■「人が増えるとどうなるか」を具体的に想像すべき
田口医師の言葉だ。
「さらに開発は進むのだと思うし、人口が増加していく見通しもあるので、学校、道路、公園など、そうしたインフラと同じような形で、医療の計画も併せて考えれば、もっと住みやすい街になっていくと思う」
街の再開発やまちづくりは、地域の価値を高めたり、人を呼び込み活性化させたりするための起爆剤になりうる。その一方で、こうした再開発はデベロッパーや再開発組合が主体となって進められる場合が多く、行政などとの情報共有が必ずしも十分とは言いがたいのが現状だ。
大規模なタワーマンションが建設されることによる周辺への影響――例えば多くの人が移り住むことによる交通渋滞や、保育園や放課後児童クラブの不足、医療資源の不足などについて想像力を働かせることが大切だと感じる。
後追いではなく、事前に協議することで対策を講じることができれば、もともと住んでいる地域住民も、そして新たにタワーマンションに移住してきた人々もそれぞれの暮らしの満足度を高めることにつながるだろう。
街は開発をして終わりではなく、人々の生活はそこから紡いでいかれる。学校も医療も生活に欠かせないインフラだ。だからこそ、まちづくりにおいては人が移り住んだ後についての想像力を十分に働かせること、まちづくりの情報共有や連携の仕組みづくりが必要だと言えるだろう。
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NHKさいたま放送局 記者
1992年愛媛県生まれ。2017年NHK入局。盛岡局で県警や県政取材のほか、東日本大震災からの復興や福祉分野などを取材。NHKスペシャル「定点映像10年の記録~100か所のカメラが映した“復興”~」や「あなたの家族は逃げられますか? 〜急増 “津波浸水域”の高齢者施設〜」などを担当。2022年からさいたま局に赴任し、行政やまちづくりなどの取材を担当。
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(NHKさいたま放送局 記者 二宮 舞子)
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