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「スーパードライ頼み」のアサヒとは真逆の戦略で勝つ…17年ぶりの新作「晴れ風」をヒットさせたキリンHD社長の覚悟

プレジデントオンライン / 2024年9月20日 9時15分

キリンホールディングスの南方健志社長・最高執行責任者(COO) - 撮影=門間新弥

キリンビールが4月に発売した新ブランド「キリンビール 晴れ風」が好調だ。当初の販売目標である430万箱から1.3倍に上方修正した。アサヒビールとしのぎを削るビール市場をどうやって勝ち抜くつもりなのか。キリンホールディングスの南方健志社長・最高執行責任者(COO)に、ジャーナリストの永井隆さんが聞いた――(前編/全2回)。

■半年間で50カ所の社員と対話を重ねてきた

――キリンはもともとはビール会社ですが、いまは酒類、医薬、ヘルスサイエンスと3事業を展開する会社へと変貌しようとしています。社員の会社や事業に対する考え方に変化はありますか?

【南方健志(みなかたたけし)】事業構造の変化に対する社員の理解は深まっています。(3月に)社長に就任してから、これまで国内の50カ所以上をまわり、一回につき平均10人を対象に1時間半程度の対話を重ねてきました。

3つの事業は、キリングループが進めるCSV(社会と共有できる価値の創造)の考え方をベースとしています。支店に勤務するビールの営業社員が、医薬やヘルスサイエンスについて質問してくるケースは多い。他人事としてではなく、自社のこととする意識は高い。

ただし、経営側からの発信はいまだ十分ではないと考えます。3つの事業カテゴリーをまたいでの異動はいまや普通にありますし、新しい領域でチャレンジできる人が増えればと願っています。

■なぜビール会社が「医薬」に進出したのか

〈キリンは、1972年から85年までビールのシェア(市場占有率・販売ベース)が6割を超えていた。しかし、73年以降は独占禁止法により、これ以上シェアを上げると会社が分割される危機に直面する。

そこで、1981年から経営の多角化に着手。84年に社長に就任した本山英世氏は医薬やエンジニアリング、バイオ、花卉、外食、スポーツクラブ運営など、多角化事業を具体化させていく。

この中で成功を収めたのが医薬。米ベンチャーと提携し、1990年には腎性(貧血治療)貧血治療薬の発売にこぎ着ける。

2024年中間期(1月~6月)におけるキリンHDの事業利益は931億円だが、医薬は411億円を占める。ちなみに、サントリーも80年代に医薬に進出したものの、撤退してしまう。

キリンにとって、医薬はビール絶頂期に独禁法の回避から始めた事業だったのに対し、ヘルスサイエンスはビール類(ビール、発泡酒、旧第3のビール)市場が縮小を続ける2019年に、主要事業と位置づけられた。ヘルスサイエンスで中核となる人の免疫機能を維持するプラズマ乳酸菌は、ビール醸造の大敵となる乳酸菌の研究から独自開発された〉

■17年ぶりの新商品「晴れ風」好調の要因

――祖業のビール類ですが、2026年10月の酒税改正によりビールと発泡酒との酒税は統一されます(ビールが下がり、発泡酒は上がる)。商戦の中心はビールになっていきます。主力の「一番搾り」をどう位置づけますか?

【南方】「一番搾り」は、キリンの基幹ブランドです。あらゆる層のお客さまから支持されています。「一番搾り」のブランド力を高めていくのは、最重要課題。投資を続けて、幅広くお客さまを取り込んでいき、より深いお付き合いをしていただけるよう商品の魅力を上げていく。今年6月の製造分から、リニューアルをしておかげさまで好評を博しています。

――今春には17年ぶりとなるビールの新商品「キリンビール 晴れ風」を投入しました。売れていますか?

【南方】売れています。発売時の4月2日に掲げた年内の販売目標は430万箱(1箱は大瓶20本=12.66ℓ)。売れ行き好調なので7月、550万箱に目標値を上方修正しました。

「一番搾り」で取り込みにくい層、特に20代や30代の若い人たちを「晴れ風」で取り込んでいきたい。2026年10月の(税額)一本化に向けて、基幹ブランドの「一番搾り」、第2ブランドの「晴れ風」という布陣で、ビールカテゴリーの商戦に臨んでいきます。

キリンビールが今年4月2日に発売した「キリンビール 晴れ風」
写真提供=キリンホールディングス
キリンビールが今年4月2日に発売した「キリンビール 晴れ風」。スタンダードビールとしては実に17年ぶりの新作投入となった - 写真提供=キリンホールディングス

■市場は“ビール復権”が鮮明に

〈酒税改正は2020年10月、23年10月、26年10月と三段階で実行されていく。ビール、発泡酒、旧第3のビールと三層だった酒税は、26年10月に350ml缶で54.25円に統一される。昨年10月の第2回で旧第3のビールはなくなり発泡酒に組み込まれた(発泡酒②)。2006年5月から20年9月まではビール77円、発泡酒46.99円、旧第3のビール28円だったが、現在はビール63.35円、発泡酒46.99円。税額に16.36円の差がある〉

――1994年10月にサントリーが発泡酒を発売して以来、大手4社は税額が低い分安価な発泡酒、旧第3のビールの新製品投入に力を入れてきました。バブル経済が崩壊し、デフレが進行するなかで、サラリーマンの給料は増えずに安価なものが求められていました。

【南方】そういう流れでした。しかしいまは、(3段階で減税されている)ビールの構成比は大きくなっています。

〈23年のビール類市場はビールの構成比が、6年ぶりに5割を超えたと推計されている。酒税改正からキリン「晴れ風」のほか、アサヒビールは昨年10月アルコール度数を3.5%に抑えた「スーパードライ ドライクリスタル」を、サントリーは昨年4月「サントリー生ビール」を発売するなど、各社ともビールの新製品投入に力を入れている〉

キリンホールディングスの南方健志社長・最高執行責任者(COO)
撮影=門間新弥

■王者「スーパードライ」とどう戦うか

〈新製品を投入すると、自社商品同士で競合し合うカニバリズムは、どうしても発生する。このため、キリンは主力の「一番搾り」をリニューアルして、カニバリに備えたといえよう。現実に、17年ぶりの新製品ビール「晴れ風」の登場にかかわらず、「一番搾りは8月まで前年比プラスを維持している」(キリン)という〉

――「一番搾り」の23年の販売量は2920万箱(前年比5.4%増)で、24年は同数(同0.0%)の販売計画です。一方「スーパードライ」は23年が7278万箱(同5.2%増)、24年は1.6%増を計画しています。販売量に2.5倍ほどの差があります。どう縮めていくのでしょう?

【南方】いたずらに数字だけを追うのではなく、「一番搾り」の新しい付加価値を提案し続けていくことが大切だと考えます。結果として、ブランド間の競争になることはありますけど。

〈ビールNo.1ブランドのアサヒ「スーパードライ」は1987年3月発売で、現在までリニューアルは2022年の一度だけ。No.2の「一番搾り」は1990年3月発売で、2009年に麦芽100%ビールに変えたのを皮切りにリニューアルは今回で6回目を数える。商品政策は対極である〉

キリンホールディングスの南方健志社長・最高執行責任者(COO)

■アサヒとは対照的に複数ブランドで臨む

〈アサヒは「スーパードライ」への依存度が大きく、キリンは「一番搾り」以外にも複数の定番商品を持つ(発泡酒No.1の「淡麗」、健康系ビール類で初めてヒットした「淡麗グリーンラベル」、発泡酒②「のどごし〈生〉」など)。

ちなみに、スタンダードなビールで年間1000万箱以上を販売する最後のヒット商品は「一番搾り」。34年以上もスタンダードビールのヒットはない。「晴れ風」も、来年も売れて定番になれるかどうかが、実はポイントだ。また、キリンは家庭用に強く、アサヒは飲食店向けの業務用に強い。

今年上半期のビール類商戦は、サッポロビールだけが前年同期の販売量を上回った(1%増)。新製品を投入せず、主力の「黒ラベル」を中心に既存ブランド育成に集中したことが奏功したといえよう。キリンは2%減、トータルの販売量を公表していないアサヒは2%強の減少とみられ、サントリーは5%減だった。

この結果、4社合計のビール類市場は2.5%減の約1億5000万箱と推計される。首位アサヒと2位キリンの差は40万箱強の僅差であり、両社のシェアは35%前後で前年同期に比べ0.1ポイントほど縮まったとみられる。

キリンは2020年、11年ぶりに首位を奪取。コロナ禍が収束に向かい業務用が復活してきた22年、アサヒが再び逆転しいまも攻防が続いている〉

キリンホールディングスの南方健志社長・最高執行責任者(COO)

■イオン「バーリアル」は「お金だけの関係ではない」

――2026年10月の税額が統一された後も、エコノミーな商品は残ると予想されます。安価な商品へのニーズはあるからです。特に大手流通のPB(プライベートブランド)は店頭での売価は安く、増えていくはず。メーカーにとって、PBは工場稼働率を上げられる反面、商品の自主権がありません。売れなければ、打ち切られてしまうリスクも伴います。PBをどう位置づけていますか?

【南方】PBを任せていただける、という(流通企業との)信頼関係が大切だと考えます。単純に造って納めるというだけではない、PBをきっかけとしたパートナーシップを築いていくのです。キリンが造るPBが人気になれば、スーパーやコンビニに来店するお客さまに喜んでいただけますし、(発注先である)流通企業の企業価値向上に、間違いなくつながりますから。造って売るだけの、お金だけの関係ではないのです。

〈キリンのPBのなかでも生産量が大きいのが、イオン向けの「バーリアル」。2018年6月、イオンは「バーリアル」(当時は旧第3のビール)の受託生産先を韓国大手のOBビールからキリンに切り替える。しかも、キリンとイオンは卸を介さない直接取引で始まり、「バーリアル」の店頭価格は80円台となった。卸からは「俺たちを、何だと思っている!」と当初は反発があったが、6年以上が経過してキリンとイオンの直接取引は定着する(なお、PBはすべてが直接取引ではない)〉

インタビューは東京都中野区の本社で行われた
撮影=門間新弥
インタビューは東京都中野区の本社で行われた - 撮影=門間新弥

■醸造の専門家として考える「技術者の手腕」

〈昨年の酒税改正を経て、「バーリアル」は発泡酒となる。さいたま市内のイオン系ディスカウントストア「ビッグ・エー」で調べたところ「バーリアルグラン リッチテイスト」350ml缶の店頭価格は消費税別で108円。同じ発泡酒のNB(ナショナルブランド)「淡麗グリーンラベル」は同138円、発泡酒②の「のどごし〈生〉」とサントリー「金麦」はいずれも同128円だった。

「PBメーカーは、自動車産業の部品会社と同じ立場。コストダウン要請はきついはず。このため、装置産業の代表でもあるビールだが、工場の稼働率を上げさえすれば利益を生める、という方程式はもうなくなっている」(ビール会社元役員)という指摘はある〉

【南方】私は醸造の技術者出身ですが、店頭でNBだけでなく「バーリアル」などのPBも、さらには他社製品を買って、味をチェックしています。同じ設備、同じ酵母を使っても、実はその時々で味は微妙に変わるのです。これをハンドリングして同じ味にしていくのが、技術者の手腕なのです。PBもキリンのブランドと捉え、高品質な商品を供給しているのです。NBだけを造るのがベストでしょうが、必要とあらばPBもやっていく。互いの信頼をベースにです。

キリンホールディングスの南方健志社長・最高執行責任者(COO)
撮影=門間新弥

■「金でひっくり返される」業務用をどう戦うか

――ビール類市場に占める飲食店向けの業務用は、かつては3割でしたが、コロナ前の19年で2割5分、コロナが明けたものの現在は2割程度と見られています。業務用の大半はビールですが、大手居酒屋チェーンとの契約更新時には大きなお金が動くこともあり、収益への貢献は決して高くはないとされます。業界平均よりも業務用比率の低いキリンは、お金のかかる業務用をどうしていくのでしょうか?

【南方】飲食店は、消費者がビールを体験する場。なので、業務用市場はとても大切。ワインやウイスキーなど他の酒類を含めたキリンブランドを育ててもらうパートナーが飲食店です。大手の居酒屋チェーンや外食企業に対してもメニューをはじめ、お客さまを呼び込むための価値ある提案をキリンが行い、互いにウィンウィンになる関係を築ければと、願います。

ただし、業務用市場での戦いは厳しい。営業にとって、競争の激しい戦場なのです。一定の経済合理性を求めないと、関係は長続きできません。一時的に、キリンブランドを扱っていただいても、すぐに切り替えられてしまう。

――業務用営業では、「金でひっくり返したところは、金でひっくり返される」などとも言われます。

【南方】やはり大切なのは、信頼関係だと思います。キリンと飲食店との。キリンブランドを楽しんでいただくファンを増やしていくため、互いにタッグを組んでいく。適切な資源配分をしていく必要がある。(ライバル社との)競争ではあるけれど、決して無理はしない。後になって、ビジネスが成り立たないような事態であってはならないのです。

■経営は決して楽ではないが…

〈2019年10月1日の消費増税の後、ビールが減税される第一回酒税改正を1年後に控えた同年10月から年末にかけては、業務用をめぐり協賛金や出資金が飛び交うなど商戦が荒れた例は過去に多い。

大手居酒屋チェーンが扱うビール銘柄は、たいてい1つで毎年更新する。ビールがひっくり返ると、洋酒やワインなども連動して変わることは多く、取引金額も大きい。「契約更新の3カ月前から、眠れない日々が続く。商談先でアサヒの営業マンを見かけると、気になって仕方なかった」(キリンの元業務用営業マン)という告白もある〉

――ビール類市場は、ピークだった1994年を100とすると、2023年は58.5の規模に縮小しています。これは1977年から78年のレベルに相当する。人口減少、Z世代など若者のビール類離れ、さらにはキリン「氷結」のヒットに始まる缶チューハイなどのRTD(レディー・トゥー・ドリンク)との競合など、いくつもの原因はあります。

【南方】直近を申し上げると、コロナ前の水準には戻っていないものの、市場に活気は出てきています。

確かに、業務用の外食業界は人手不足な上、長時間労働も制限され、さらにお客さまのニーズは広がっている。なので、経営は決して楽ではありません。キリンとしては(8割を占める)量販市場に注力していく。投資を継続させて活路を拓いていきます。(後編につづく)

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永井 隆(ながい・たかし)
ジャーナリスト
1958年、群馬県生まれ。明治大学経営学部卒業。東京タイムズ記者を経て、1992年フリーとして独立。現在、雑誌や新聞、ウェブで取材執筆活動をおこなう。著書に『キリンを作った男』(プレジデント社/新潮文庫)、『日本のビールは世界一うまい!』(筑摩書房)、『移民解禁』(毎日新聞出版)、『EVウォーズ』『アサヒビール30年目の逆襲』『サントリー対キリン』『ビール15年戦争』『ビール最終戦争』『人事と出世の方程式』(日本経済新聞出版社)、『究極にうまいクラフトビールをつくる』(新潮社)、『国産エコ技術の突破力!』(技術評論社)、『敗れざるサラリーマンたち』(講談社)、『一身上の都合』(SBクリエイティブ)、『現場力』(PHP研究所)などがある。

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(ジャーナリスト 永井 隆)

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