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知事が変わるだけでリニアはこんなに進むのか…川勝知事退任で結論を180度変えた「御用学者」の無節操

プレジデントオンライン / 2024年9月16日 8時15分

JR東海が試験しているリニアモーターカー。一般の人を乗せて走る時の最高速度は時速500キロの予定です=2020年10月、山梨県都留市の山梨リニア実験センター - 写真提供=共同通信社

「リニア妨害」の川勝知事が退任してから、静岡工区のリニア問題はどれほど進んでいるのか。ジャーナリストの小林一哉さんは「懸念の一つだった残土置き場問題がまたしてもあっさり解決した。知事が変わるだけでこれまでの議論が覆される会議の存在意義を疑う」という――。

■リニアの「未解決事案」がまたひとつ解決

川勝平太・前静岡県知事の「リニア妨害」の象徴のひとつだった「トンネル工事の残土置き場問題」について、静岡県は9月6日に開いた地質構造・水資源専門部会で、これまでの姿勢を一変させて、従来の計画をそのまま容認した。

JR東海は、リニア南アルプストンネル静岡工区工事で発生する土砂を約370万立方メートルと見込んでいる。

そのうちの97%、約360万立法メートルの発生土を処理する大規模な「ツバクロ残土置き場」はトンネル工事現場近く、大井川左岸に面した燕沢(つばくろさわ)上流付近に建設される。

深層崩壊が懸念されるとしたツバクロ残土置き場計画地
筆者撮影
深層崩壊が懸念されるとしたツバクロ残土置き場計画地 - 筆者撮影

残土置き場が決まらなければリニアトンネル工事に入ることはできないため、JR東海は、2018年夏から始まった地質構造・水資源専門部会で、燕沢付近の崩壊対策などを詳しく説明してきた。

構造物の排水、安全性・耐震性、背後地山・周辺地形の確認、深層崩壊の確認、施行管理、維持管理、異常時対応などに問題がないことを具体的に示した。

さらに過去の論文等を基に燕沢付近での深層崩壊の可能性が非常に低いことも説明している。

■専門部会は結局「政治」に左右される

ところが、川勝知事は2022年夏になって突然、「深層崩壊について検討されていない。熱海土石流災害を踏まえても極めて不適切だ」などと横槍を入れて、ツバクロ残土置き場を認めない方針を示し、この問題はこじれた。

これを受けて、2023年8月3日に開催された地質構造・水資源専門部会で、塩坂邦雄委員(株式会社サイエンス技師長)が「下流域に影響を及ぼすリスク(危害・損害などに遭う高い可能性)」を問題提起した。

さらに、「広域的な複合リスク」として、多発的な土石流が発生するリスクや斜面崩壊の発生リスクもあるとした。

専門部会はツバクロ残土置き場の位置選定に問題があるという意見で一致した。

ところが、川勝知事がことし5月に辞職したことで大きく潮目が変わった。

昨年8月以来、これまで残土置き場に関する議論は行われていなかったが、ほぼ1年後に開かれた9月6日の専門部会で、静岡県はJR東海のツバクロ残土置き場計画をそのままあっさりと認めたのだ。

川勝知事の退場によって、県の姿勢が180度変わったことになる。

いくら専門部会が科学的・工学的な議論を行っているといっても、実際は、いかに「政治」に左右されているかがわかる。

■川勝知事の「言い掛かり」の発端

2022年8月8日、川勝知事はツバクロ残土置き場が計画される燕沢付近を、大勢の取材陣を引き連れて視察した。

視察には、地質構造・水資源専門部会の森下祐一部会長(静岡大学客員教授)、塩坂委員が同行した。

ツバクロ残土置き場予定地で、森下部会長は「JR東海が行った土砂流出のシミュレーションの条件に問題がないのか、南海トラフ地震が発生しても問題ないのかを議論する必要がある」などととんでもない言い掛かりをつけた。

森下部会長の発言を受けて、川勝知事は、地震発生後の土石流によってできる天然ダム(河道閉塞)の懸念を挙げた。

JR東海担当者は「前回の専門部会で地震に対する安全性の検討結果を示している」と強調したが、塩坂委員が「懸念しているのは、地震によって大規模な土石流が発生することだ」などとJR東海の説明を無視した。

2022年夏の視察でツバクロ残土置き場を不適切とした川勝知事
筆者撮影
2022年夏の視察でツバクロ残土置き場を不適切とした川勝知事 - 筆者撮影

その結果、川勝知事が「2人の専門家の意見を聞いて、深層崩壊について検討されていないことが初めてわかった」と驚くべき発言をした。

その上で、「熱海土石流災害を踏まえて燕沢付近に残土置き場を造成するのは極めて不適切であり、不適格だ」などと強硬に反対することを宣言したのだ。

■マスコミも利用した「連係プレー」

川勝知事と森下部会長、塩坂委員との見事な「連係プレー」だった。

牽強付会(けんきょうふかい)な理由を挙げて、燕沢付近の位置選定に問題があるとして、「燕沢付近の残土置き場をやめろ」を求めたのである。

知事視察の本来の目的は、当時議論の焦点となっていた東京電力の「田代ダム」だった。

ところが実際には、「ツバクロ残土置き場をやめろ」を報道陣の前で表明し、大きく取り上げてもらうことだった。

28人もの犠牲者を出した2021年の「熱海土石流災害」を持ち出すことで、テレビなどが飛びつき、大きく取り上げることを川勝知事はわかっていた。

川勝知事得意の「情報操作」が功を奏した。

■熱海土石流災害と比較し不安を煽る

この視察以降、川勝知事は「リニアの発生土は多くの方が犠牲になられた熱海土石流の60倍を優に上回る。これを燕沢付近に積み上げるというが、燕沢付近は、国交省の深層崩壊の最も頻度の高いところに指定されている。これをどのように解決するのか、いまの最大の課題だ」(2023年6月13日定例会見)などと発言した。

知事会見ではほぼ毎回、熱海土石流と比較した上で、同様の発言を繰り返してツバクロ残土置き場を否定した。

熱海土石流の約5万5000立方メートルとツバクロ残土置き場の約360万立方メートルを比較して60倍以上になるという理由だけで、大規模なツバクロ残土置き場の適格性を問題にした。

だが、この単純比較は不適切だ。

熱海市伊豆山で土石流災害となった盛り土は、ただ単に土を盛っただけであり、何らの対策も取られていなかった。

本来の盛り土は国土交通省の求める厳しい安全基準に従い、崩れないように擁壁や排水施設などを設けて土を締めて固める。

ツバクロ残土置き場は、高さ65メートル、長さ290メートル、奥行き600メートルで、トンネル工事で発生する約360万立方メートルを盛り土する計画である。

■「川勝理論」では静岡空港も危険だが…

もし、ツバクロ残土置き場を問題にするならば、静岡県が牧之原台地を削って造成した「静岡空港」(島田市、牧之原市)の盛り土のほうの危険性が高いことになる。

静岡空港は高さ約75メートル、総盛り土量は約2600万立方メートルで、ツバクロ残土置き場より10メートルも高いだけでなく、その7倍以上もの発生土を盛り土として積み上げている。

JR東海は、南海トラフ地震などの地震時の安定性について、空港や港湾といった重要インフラの設計で実施されるFEM(有限要素法)を使った動的解析を行っている。

この結果、ツバクロ残土置き場計画では、地震時に静岡空港の10分の1以下の揺れの大きさにしかならないという結果を説明している。

南海トラフ地震時のツバクロ残土置き場が問題ならば、大規模盛り土構造物の静岡空港の周辺への影響のほうが大きいことになる。ツバクロ残土置き場と違い、静岡空港周辺には人家等が多数点在するからである。

2022年夏の視察時、JR東海が静岡空港の盛り土を説明しようとすると、川勝知事は即座に、JR東海の説明をストップさせてしまった。

■「勘違い」を貫き通した威勢はどこへやら

昨年8月3日の県専門部会では、塩坂委員がツバクロ残土置き場に関する課題について、川勝知事と視察したときと同じ説明をした。

2023年8月の地質構造・水資源専門部会
筆者撮影
2023年8月の地質構造・水資源専門部会 - 筆者撮影

塩坂委員は国交省の「深層崩壊推定マップ」「深層崩壊渓流(小地域)レベル評価マップ」を挙げて、南アルプスは、深層崩壊が発生する頻度が「特に高い地域」に区分されているとして、燕沢付近が残土置き場にふさわしくない理由に挙げた。

だが実際には、国交省の「深層崩壊渓流(小地域)レベル評価マップ」では燕沢付近は4ランクのうち、下から2番目の「想定的な危険度のやや低い地域」に区分されていた。

川勝知事らは勘違いをそのまま「ツバクロ残土置き場をやめろ」の理由にしていたに過ぎない。

ツバクロ残土置き場計画の見直しをJR東海に求めるのにはあまりにも無理があった。

それなのに、川勝知事在任中のことし2月5日、静岡県は、リニア問題に関してJR東海との「対話を要する事項」の中に、川勝知事の言い掛かりすべてを入れてしまった

ツバクロ残土置き場を巡っては、土石流の同時多発の可能性等の広域的な複合リスク、対岸の河岸侵食による斜面崩壊の発生リスク、土石流の緩衝地帯としての機能低下などを今後も議論することになっていた。

しかし、9月6日の専門部会では、JR東海が今後リスク管理と対策を示すという「宿題」こそ残されたが、位置選定に何ら疑問は示されず、ツバクロ残土置き場問題は解決してしまった。

■知事の顔色ばかり疑う会議は「茶番」

ことし6月、鈴木康友知事は、「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」という川勝知事の言い掛かりを、山梨県の長崎幸太郎知事の強い要請を受け入れるかたちで、すべて解決させた。

2024年夏、ツバクロ残土置き場計画地を視察した鈴木知事
写真=静岡県提供
2024年夏、ツバクロ残土置き場計画地を視察した鈴木知事 - 写真=静岡県提供

山梨県のリニア工事に続いて、川勝知事のまいた混乱のタネを刈り取った。

川勝知事の時代にはてこでも動かなかったリニア問題がまた一つ簡単に動いたことになる。

とはいえ、専門部会の委員の構成などがほとんど変わっていないにもかかわらず、県のトップが変わっただけで、結論が180度変わるのはいかがなものなのか。

川勝知事の退場で御用学者は役目を失い、数年にわたる議論が一気に「茶番」と化した。

県政最高責任者の知事の「権力」があまりにも大きいことを痛感する。

逆に言えば、もし川勝知事がそのまま知事職に居座っていたならば、リニア問題は何ひとつ解決しなかったかもしれない。

数年にわたり積み重ねてきた会議が「知事の顔色」ばかり伺っていたというのは、静岡県民のひとりとしてはあまりにも悲しい。

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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。

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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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