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「子供が小さいから専業主婦」はあまりにリスキー…「女性の階級」研究者が指摘するアンダークラス転落の現実

プレジデントオンライン / 2024年9月25日 9時15分

出典=『女性の階級』、筆者作成

517万世帯にいる専業主婦(2023年統計)は「働かなくてもいい」恵まれた立場なのか。階級構造について研究する早稲田大学人間科学学術院教授の橋本健二さんは「女性の階級を20カテゴリーに分けたとき、最も大きい割合を占める“多数派”は、労働者階級の夫をもつ専業主婦とパート主婦。しかし、彼女たちは再就職や正規雇用が困難なので、夫と離別・死別すればたちまちアンダークラスに転落してしまう」という――。

■男性で年収ゼロの人はほとんどいないが、女性は10%以上いる

私は昭和34年生まれ。石川県の経済的に貧しい地域の出身で、日本に貧困層が存在するというのは幼いころから肌で感じていました。その後、お金持ちの子が多い都市部の高校に進学したことで「この世には格差がある」と実感し、東京大学に進んで格差について、学び始めました。以来、40年以上にわたってこのテーマを研究し続けています。

30年ほど前からは、特に女性たちの間の格差に関心を持つようになりました。日本は先進国の中でも韓国と並んで男女格差の大きい国ですが、実は女性だけにフォーカスした場合も、女性たちの間には男女差以上と言えるほど大きな格差があるのです。

もちろん、男性の間にも正社員とフリーターなどの格差はありますが、大多数は正社員・正職員で、途中で辞めることなくずっと働き続けています。また、最も収入が少ない層でも個人年収が完全にゼロという人はごくわずかです。

ところが女性の場合は専業主婦が一定数いることから、無職の割合が男性よりずっと多く、副収入や年金などを含めても個人年収が完全にゼロの人は全体の10%強にのぼります。有職でも、男性の正社員と非正規の割合がおよそ8対2であるのに対して、女性はほぼ半々となっています。

男性とは働き方がまったくと言っていいほど異なっていて、階層が無職、非正規、正社員の3つにくっきり分かれている。こうした状況の下では、必然的に女性内部の格差は男性のそれより格段に大きくなります。

■「労働者階級の夫を持つ主婦」が女性の多数派という現実

私の著書『女性の階級』(PHP新書)では、SSM調査という社会調査をもとに、女性を30のグループに分けて分析した結果を解説しました。グループ分けは、本人の職業の有無と、資本家階級(事業を営み人を雇う立場の人々)や労働者階級(資本家階級に雇われて働く正規・非正規雇用の人々)などの所属階級、さらには夫の有無と、夫がいる場合はその所属階級をもとにして行いました。

SSM調査は1955年から10年ごとに行われているもので、最新は2015年、調査対象は日本全国から均等に抽出した20〜69歳の女性2885人です。この調査結果の中で、全体に占める比率が10.8%といちばん多かったグループは「労働者階級の夫を持つパート主婦」でした。

パート主婦とは、非正規雇用、かつ扶養の配偶者控除の限度額(年収103万円)以内で働く主婦を指します。生活を支える収入は夫に依存しながら家計補助のために働く人たちであり、子どもが少し大きくなって時間に余裕ができたものの、夫が家事育児をしないためフルタイムで働くのは難しいというケースが多くを占めています。

■未成年の子をもつ専業主婦の家事労働はもはや過労死レベル

このグループは、労働時間と家事育児時間を足すと非常に忙しい人たちでもあります。忙しい上に経済面でも住宅ローンを抱えていることが多く、自分の余暇や文化活動には時間もお金も割かない、あるいは割けていない――。アンケートからはそんな姿が浮かび上がりました。

次いで多かったのが、10.1%を占める「労働者階級の夫を持つ専業主婦」です。夫の収入が多くて働く必要がない人たちだろうと思うかもしれませんが、必ずしもそうではありません。このグループの夫の平均年収は406万円で、先ほどのパート主婦の夫の年収を10万円程度しか上回っていないことがわかっています。

ではなぜ専業主婦なのか。最大の理由は「子どもが小さいから」です。まだ手がかかるけれど夫が仕事で忙しく、家事育児のほぼすべてを自分が担わざるを得ない。その意味では、働きたくても働けない人たちと言っていいでしょう。

実際、この人たちは全グループの中で最も家事時間が長く、平日に家事をする時間は507分、週末は486分にものぼっています。さらに18歳以下の子どもがいる人に限れば、それぞれ725分、703分にも達します。12時間近くにもなり、一般的な会社員の労働時間の場合でいえば明らかに過労死レベルです。

赤ちゃんを負ぶい、子供と話しながら調理する母親
写真=iStock.com/monzenmachi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/monzenmachi

■「女性は家庭に入るべき」と信じて主婦になったわけではない

この2グループの人たちは、自らパート主婦や専業主婦を望んだのでしょうか。これも必ずしもそうではありません。労働者階級の夫を持つパート主婦と専業主婦が「男性は外で働き女性は家庭を守るべき」という古い価値観を持っているかどうか調査したところ、そう考える人の割合は前者で約23%、後者では約32%でした。他のグループに比べれば高い割合ではあるものの、実に7〜8割の人はそう思ってはいないのです。

一方で、女性の就業率は年々高まっています。例えば1975〜84年生まれの女性は、2015年の調査時点で31〜40歳。この世代の結婚2年前の就業率は約88%。しかし、結婚1年後には49%にまで、長子出産1年後には約34%にまで急落しています。

【図表】結婚・出産前後の女性の就業率(出生コーホート別)
出典=『女性の階級』、筆者作成

それ以前に生まれた女性と比べても、最初の就業率こそ高いものの長子出産1年後の就業率は大差なく、数%程度しか変わりません。ここ5年ほどでようやく出産後も働き続ける女性が少し増えてきましたが、1984年以前に生まれた女性では、大半が結婚や出産を機に仕事を辞めています。

■根底にあるのは、家事や育児を担えない男性の長時間労働

そうして主婦になった女性たちの中には、「女性は家庭」という自らの価値観に沿って仕事を辞めたのではなく、続けたくても続けられなかった人もたくさんいるのです。夫が家事育児をしない、あるいは労働時間が長くて家庭に割く時間がないからこんなことになってしまったのだろうと思います。

調査結果によると、多くの女性が結婚・出産を機に退職して専業主婦となり、そして子育てが一段落した後で再就職しています。しかし、再就職で正規雇用の職に就くのは難しいため、多くの女性が低賃金の非正規労働者、つまりパート主婦となっています。

労働者階級の夫を持つパート主婦と専業主婦。この2つの階層に属する人が今から再び正社員になるのは、現在の日本では絶望的に困難と言っていいでしょう。労働者階級の中途採用はまだ一般的になっているとは言えず、男性ですら狭き門になっています。ブランクが10年ほどもある女性ならなおさらです。

残業している男性が即席めんで腹ごしらえ
写真=iStock.com/PonyWang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PonyWang

■配偶者がいなくなったというだけで、簡単に貧困層に転落する

では、こうした女性たちにはどんな未来が待ち受けているのでしょうか。『女性の階級』では、女性の非正規労働者のうち夫のいる女性をパート主婦、それ以外をアンダークラスと位置づけました。女性アンダークラスの収入は全グループの中で最下層であり、現代日本における貧困層のひとつの典型になっています。

そして、専業主婦やパート主婦はアンダークラスに陥るリスクが極めて高いのです。正社員の夫と離婚したり死別したりするとたちまち生活に行き詰まりますが、再就職しようにも現状では非正規労働者になる以外の道がほとんどありません。

配偶者がいなくなったというだけで、いとも簡単に貧困層に転落する。これは女性特有の現象です。結婚・出産後に仕事を続けなかった、あるいは続けられなかっただけで、危険と隣り合わせの危うい立場になる原因をつくってしまったということになるのです。

離死別経験のある女性アンダークラスの職業経歴を見ると、結婚直前までは無職は約23%に過ぎなかったのが、結婚直後には60%近くにまで跳ね上がっています。正規雇用で働いていた女性の大部分が退職して無職、つまり専業主婦になったのです。そして離死別1年前には、専業主婦からパート主婦に移行する人が増え、無職の割合は36%程度にまで低下します。

■主婦から正規雇用の職に就けるのは100人に4人しかいない

この数字は離死別1年後になると大きく動き、無職の割合は10%程度にまで急降下します。つまり、女性のうち無職だった人の大部分が生計を立てるために仕事に就いたわけですが、このうち正規雇用は4%ほどしかいません。ほとんどの人は非正規雇用、つまりアンダークラスです。

【図表】離死別経験のある女性アンダークラスの職業経歴
 出典=『女性の階級』、筆者作成
橋本健二『女性の階級』(PHP新書)
橋本健二『女性の階級』(PHP新書)

無職の比率はその後も減り続け、離死別3年後にはわずか6%程度に。ここからは、専業主婦の多くが離死別をきっかけに非正規の仕事に就いてアンダークラスに流入したこと、またパート主婦の多くが夫のいない非正規労働者、すなわちアンダークラスに移行したことがわかります。

正社員を辞めて専業主婦やパート主婦になるのは、それほどまでにリスクが大きいのです。これこそ、私が『女性の階級』でいちばん伝えたかったことです。

本来は20〜30年前に、女性が妊娠・出産しても仕事を辞めなくて済む仕組みがつくられるべきでした。そうすれば彼女たちはこんなリスクを背負わずに済んだはずです。そのうちの多くが再就職の難しい年齢に差しかかってしまった今となっては、社会によるどんな打ち手もほとんど手遅れと言っていいでしょう。

■政府が対策を講じるべきだったが、女性に知っておいてほしいこと

これから結婚・出産する世代の方は、どうかこのリスクを知っておいてください。専業主婦やパート主婦の方は自分がリスクの高い立場にあることを認識し、娘さんがいる場合はこの現実を伝えてあげてください。

そして、今正社員として仕事と子育てを両立している女性は、働き続ける上で職場でも家庭でもさまざまな苦労をしてきていることでしょう。後輩の女性たちが同じ苦労をしないで済むように、また退職せずとも済むように、声を上げ助言を送り続けてもらえたらと思います。

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橋本 健二(はしもと・けんじ)
早稲田大学人間科学部 教授
1959年石川県生まれ。東京大学教育学部卒業、東京大学大学院博士課程修了。専門は社会学。著書に『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)、『アンダークラス―新たな下層階級の出現』(ちくま新書)、『〈格差〉と〈階級〉の戦後史』(河出新書)、『中流崩壊』(朝日新書)、『アンダークラス2030』(毎日新聞出版)、『東京23区×格差と階級』(中公新書ラクレ)などがある。

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(早稲田大学人間科学部 教授 橋本 健二 取材・文=辻村洋子)

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