NPOや地主が参入している事業領域はやめたほうがいい…「好き」をビジネスにすることの意外な落とし穴
プレジデントオンライン / 2024年9月20日 15時15分
※本稿は、中村陽二『インサイト中心の成長戦略 上場企業創業者から学ぶ事業創出の実践論』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。
■「好き」をビジネスにすることの意外な落とし穴
一見楽しそうに見えるが、生半可な情熱では通用しない方法が「情熱」から始めることである。
アパレルD2Cのyutori創業者の片石貴展氏は15歳から古着カルチャーに浸かっており、アパレルに関するビジネスに取り組むのは自然なことであった。
筆者はよく「好きなものをビジネスにしたい」と相談されると「まず顧客と競合を見よう」と推奨している。
以下の問いに答えられるだろうか。
□顧客はあなたが提供したいと思っているサービス・商品に十分な対価を払うか?
□あなた以外にもそのサービス・商品を好きな人はいる。その人たちより長期間、高い情熱で取り組み続け、格段に良いと思えるサービス・商品を提供できるか?
これに対して「他社が何をやっているかは調べていないし、どうやったら対価を貰えるかは想像できない。他社よりも優れたものを作れる自信が明確にあるわけではない」のであれば、ビジネスとして検討する遥か手前にいることを認識する必要がある。
筆者自身、好きな趣味は多いが、競争が過剰になる傾向があるため、趣味をビジネスにしようとはほとんど思わない。趣味であれば、趣味と割り切ったほうがよいだろう。
先行者を調べて見たところ、NPOや地主が趣味で行っているような事業(カフェに代表される)が多いようであれば収益性に乏しい可能性が高い。構造的な収益性の限界を突破するには「好き」だけが根拠では心もとない。
「他人にとっては面白くなさそうだが、自分にとっては大変面白いテーマ」を見つけるのが理想だ。筆者自身が経験した事業では「カスタマーサポート・BPO」はがそれに該当する。カスタマーサポート・BPOを趣味としている人はあまりいないだろう。
ただ、カスタマーサポート・BPOの市場規模は比較的大きく、筆者にとっても技術活用という観点で興味深いテーマであったため「好き」と考えることができた。
■長期間競合よりもやり抜く覚悟が必要
様々な事業を検討したプログリット創業者の岡田氏が最終的に事業領域として選んだのは、「英語教育」であった。
岡田氏は過去に英語に対して苦手意識を持っていたが、英語学習に励んだ結果英語力が上達して人生が変わったという経験を持っていたため、このテーマであれば自分は競合企業よりも長期間、熱意を持ってやり抜けるという自信を持つことができたという。
最終的には「長期間情熱的にやり抜ける」ことが持続的な優位性の源泉となる。特に英語教育やアパレルのようなコンテンツがぶつかり合うビジネス(以下アパレル、ゲームなどスペックで比較されるよりも特定のブランド・商品が持つコンテンツが重要な競争力となるビジネスをコンテンツ系ビジネスと呼ぶ)では細部まで情熱とこだわりを持ち続けられるか否かが業績を大きく左右する。
yutoriの片石氏は過去撤退になってしまったブランドを振り返ると、その要因について「ブランドプロデューサーが細部までこだわってクオリティを追求できなかったから」だと振り返る。
特にコンテンツ系のビジネスにおいて細部のこだわりに欠けるサービス・商品は、より強いこだわりを持った競合に負けるのが必然だ。
これはスクール、アパレル・アクセサリー、音楽、イベントのように、体験の良し悪しが事業の成否そのものになるビジネスにおいては決定的である。
■情熱を持てない領域へ参入した事例
逆の例を挙げると、TWOSTONE&Sonsの高原氏が参入した高齢者旅行事業がある。これは同社の展開する受託事業と同じく、自社サービスを立ち上げるための資金集めを目的に考えた事業である。
高原氏は「高齢者が増えるなら彼らに向けたビジネスをやるべきだ」というシンプルな考えのもと、高齢者に特化したバスツアー事業に参入することにした。事業立ち上げ時は主にチラシなどを使って集客し、一定の成果を得られた。
しかし最終的には、このビジネスを自分たちはやり続けられないと判断したのだ。
高齢者に特化した旅行事業は長期に渡り努力をするからこそ、安定した顧客基盤が確立でき、利益を上げ続けられるものだった。裏を返せば短期的に取り組んでもあまり儲からない。
このような事業に必要なのは「情熱」である。長期間、情熱を注ぎ続けることが成功の条件となるが、それほどの情熱を自分たちは持ち続けられるだろうか? 高原氏はこの問いについて真剣に考え、最終的に撤退という判断を下した。
安定した需要がある事業は、継続すれば能力と顧客基盤の両面が強化されていくが、長期間情熱を注ぎ続けられるかどうかが必須条件なのだ。
■ヒット&アウェイ系の参入例と限界
もし、対象とする事業が参入直後から儲かるような状態になれるのであれば、「儲かる」というモチベーションだけを武器に戦うこともできる。
参入直後から儲かる場合、それはその時点で持っている能力でその事業を運営できるということである。筆者もこのような事例は多く知っている。
例えばオンラインスクール事業がある。この事業が儲かると聞いて、広告運用に長けていた人が講師と組んで参入したという例が2023~2024年には多く見られた。
テーマとしては占いスクールからキャリアスクールまで実に様々である。「あれ儲かるよ」という話を聞いて即実行し、3カ月後には月粗利1000万円に至るような事例は特に広告、高額無形商材関係ではそれほど珍しくない。
もちろん、即立ち上げ可能である事業は、誰にとっても参入は極めて容易であることを意味する。そして多くの場合、参入した実業家らもこの事業を長期間続けようとはあまり考えていない。
だから儲からなくなればすぐに撤退し、他の事業に注力をするという機動的な切り替えを行う「ヒット&アウェイ」を繰り返す。
このような事業は年間利益では数億円程度が上限値となることが多いため(特に大手オンラインキャリアスクールの売上はピークでは25億円程まで到達していた)、より大規模な事業を志す場合はいずれにせよ、長期間の情熱が必要になる。
■情熱を武器に未成熟市場で戦ったアカツキの事例
市場が未成熟であれば、明確な競争力を持っている企業は少ない。このような未成熟な領域において競争力に差がつくのは、創業者らの「情熱」である。
確な強みを持った状態でないにもかかわらず、大きな成長を実現できたアカツキのスマホゲーム事業を見てみよう。
アカツキ共同創業者の塩田元規氏はDeNA出身であったものの、経験していたのは広告営業であり、ゲームに関しては完全な素人だった。共同創業者である香田哲朗氏も当時はコンサル大手のアクセンチュアでエンジニアをしていたため、やはりゲームに関しては塩田氏同様に素人だった。
企業の成功に「強み」が必要であると解釈するならば、アカツキの成功の要因はどう考えればいいのだろうか。
これはスマホゲーム市場が勃興する「不確実性が高く、競合が比較的弱いタイミング」で参入し、情熱を原動力とし高速で能力を作り上げていくことができたからだと考えられる。
創業者らが持っていたエンタテインメントとビジネスに対する情熱は成功の大きな原動力となったのである。このような「未成熟事業への参入タイミング」と「熱意」という2点で、特別な強みを持たないプレーヤーが成功した例は、他にも民泊などがある。
近年成立した市場においてリーダーとなったのは明確な「強み」を持たない学生起業家などであった。市場の発見は偶発性が高く、戦略的に狙うことは難しいが、現時点で自分に競争力はないが今後急成長したいと考えるなら、勃興する市場を発見し、高速で能力の獲得を進めるべきだろう。
■情熱だけで追撃できるわけではない
逆に成熟した市場に対して「情熱」だけで大きな突破を図れると考えるのは楽観的である。例えば2024年時点のスマホゲーム市場に、情熱「だけ」を持った完全な素人が参入するとどうなるだろうか。
年齢や性別国籍などを問わず誰でもプレイできるハイパーカジュアルゲームのようなゲームで成功を収める可能性はゼロではないが、アカツキのように成功できるかといえば、その難易度は過去よりも格段に高くなっていると考えるべきだろう。
情熱が事業の成功に重要な要因であることは間違いないが、必要条件であって必要十分条件ではない。
競争戦略を無視し、情熱のみで勝ち抜けると考えた企業の多くは撤退・閉鎖に追い込まれた。市場の成熟に伴い競合は能力を獲得し、高いモチベーションを持った人を集めていく。情熱を持っているのは自分たちだけではないのだ。
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ストラテジーキャンパス代表取締役
東京大学工学部卒・同大学院工学系研究科修了後、2014年新卒でマッキンゼー・アンド・カンパニー入社。2015年退社後、事業再生を目的とした株式会社サイシード設立、代表取締役に就任。人材・広告会社を買収し代表として事業再生を行う。事業再生の後、会社を売却し、売却先の取締役に就任。2017年より新規事業としてAI事業を立ち上げ売上20億円・営業利益11億円に到達後、投資ファンドへ売却。2021年、取締役として東証グロース市場へ上場。2021年、エンジェル投資先企業の東証グロース市場への上場を経験。現在はストラテジーキャンパスの代表として、国内および海外を対象とした新規事業・投資に関するアドバイザリーに多数取り組んでいる。
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(ストラテジーキャンパス代表取締役 中村 陽二)
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