「派手でメディア受けがいいビジネス」はリスクが高い…安易に手本にしてはいけない成功企業の共通点
プレジデントオンライン / 2024年9月21日 15時15分
※本稿は、中村陽二『インサイト中心の成長戦略 上場企業創業者から学ぶ事業創出の実践論』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。
■能力拡大に取り組み続ける意義としない場合の恐怖
企業は新たな能力獲得に常に取り組むべきである。事業環境によって必要な能力は遷移するため、同じことばかりしていては、企業の持つ能力は次第に不必要なものになっていく。
常に能力を獲得し続けなければ、企業は活用不可能な資産しか持たない状態になり、利益の創出能力は削がれていく。
それではどのようにして、日常的な能力獲得に取り組んでいけばいいのだろうか。それは常に新しい顧客を獲得し、新商品を出し、新規事業を作り続けることにある。
特定の顧客のみを対象とし、過去のヒット商品に依存する収益構造を取っている企業が向かう先は衰退である。現在収益の柱となっている顧客層や商品と新たな顧客層や新商品とを比べてどちらが簡易かつ効率的に売上や利益を得られるかといえばもちろん前者である。
しかし企業は新しい事業に取り組み、新たな能力を獲得することでしか、変化する環境に適応し続けられないのだ。
例えば大手企業の子会社・孫会社を思い浮かべてみよう。このような企業の多くが親会社から降りてくる仕事に依存しているが、親会社からの発注が減少し、自社での案件獲得や自社事業が必要な状態になっているところは多い。
■「粗利」より「新しい儲け方をつくった」を評価に
しかし長年習慣的に続けてきた事業と顧客に依存してしまっているため、この状態からの脱却は容易ではない。危機感を抱き、急いで新規事業で突破を図ろうとしても、十分な実行戦力が養われていないため、どのような戦略を描いたとしても実現困難なのである。
自社がそうである、と感じたなら強い意思を持ち、長い時間をかけて脱却を図るべきではないだろうか。
最初は実行戦力がないため、大変苦労することになるが、取り組み続けることで新規採用・育成両面で能力を獲得していくことができる。
能力拡大を日常化させるため、評価体系に取り込むことも有効だろう。筆者が取引を長期間している企業の中には「新しい儲け方をつくった」ことが高く評価される仕組みになっているところもある。
眼の前で生み出した粗利のみが評価されるような環境では、能力拡大は日常化しづらい。新たな取り組みは非効率的だからだ。
筆者としては、例えば「新規事業を立ち上げたが利益の観点では全く成果を出せずに2年で撤退」したとしても、新規事業に全力で取り組んだ結果、過去実現しなかった重要な能力獲得を実現したのであれば評価すべきではないかと考える。
スタートアップであれば経営陣が筆頭に立ち、新規事業開発・顧客開拓を続けることで能力拡大を図ることが多い。
■SaaS企業として生まれ変わった人材会社
ここで筆者が過去経験した段階的な能力獲得の事例を紹介させていただきたい。
筆者は事業再生を目的とし、15名ほどの社員がいた人材系の広告・イベント会社を買収して代表に就任した。買収時点ではエンジニアは在籍しておらず、デジタル系の事業もゼロである。
新規営業方法は主にテレアポだ。ここから会社を成長させる必要性が発生した。事業再生案件なので赤字であり、投資能力は乏しい。
コスト削減と既存事業の成長施策を実行したが、既存事業の成長には限界を感じた。そこで会社を成長させるために新領域への進出が必要となり、方針としては以下を掲げた。
□人材業界内におけるデジタル技術を活用した新サービスを自社で運営する(人材業界に閉じたデジタルサービスの企画・開発能力獲得)
□自社のデジタルサービスを支える技術を他の人材会社へ販売する(人材業界に閉じた外販可能なデジタルサービスの企画・開発・販売能力獲得)
□人材会社以外へもその技術をパッケージ化しSaaSとして販売する(非人材業界におけるデジタルサービスの企画・開発・販売能力の獲得)
このようなプロセスを経て人材会社はSaaS企業として生まれ変わり売上約2〜3億円・営業損失3000万円であった売上は7年間で売上20億円・営業利益11億円まで成長した(この変革を作り出したメンバーらには感謝してもしきれない!)。
■対象部署もチャネルも営業スタイルも全てが異なる
当時強く意識していたのは、はしごを登るようにして両手両足を段階的に動かし、能力の獲得と事業化を進めるということであった。
例えば人材会社が最初から第三段階目であるSaaS事業に参入するというのは、非常に高いリスクを持った戦略であり、実現できると思えなかった。
斜めに進むのではなく、事業領域と自社が保有する能力を段階的に拡大させるジグザグ走行をするべきだと考えていた。(図表1参照)
作ったこともない商品を新しい顧客層へ売りに行くのは極めて不確実性が高く、赤字状態を継続することになる。目的が明確であり、スピード重視ということであれば商品開発と新規営業を行ってもよいが、高いリスクを許容しなければならない。
毎回新たな能力獲得には大きな苦労があった。人材の媒体やイベントを売ることとSaaSサービスを売ることでは、対象部署もチャネルも営業スタイルも全てが異なり、それぞれゼロからの能力獲得が求められた。
このときにオウンドメディア運営能力、展示会の使い方、手紙の活用方法、顧問の活用方法など多くの知見を得て「SaaSの販売・マーケティング能力」を獲得するに至った(今思えばアドバイザーなどに入ってもらえればより効率的にできた)。
これを実現したメンバーは買収時点で在籍していたわけではなく、AI事業立ち上げのために採用した新規採用者が主である。
■「驚くようなビジネスモデル」はハイリスクな選択肢
販売能力を拡大させるには、従来と異なる顧客基盤に対して自社の商品を販売することを考えよう。
新規営業は多くの人が避けたがるため、リーダーが強い意思を持たなければルート営業だけしかできない組織になってしまう。この状態を続けた結果、新規開拓能力を失ってしまっている企業は多い。
新たな顧客へアプローチするには、新たなマーケティングチャネル(媒体など)を使う必要性が出てくることもある。常に新たなチャネルを使いこなすよう挑戦することで、販売能力を日常的に拡大できる。
企画・開発能力を拡大させるには、自社と強い関係性を持つ顧客に対して新たな商品を売ってみるといい。
パートナーと共に共同パッケージを組成し、売り込みにいくのももちろん良いだろう。この過程で顧客のニーズに敏感になり、開発を行って新たな提案をし、オペレーションを組み上げていくという能力が拡大できる。
新商品・新規事業というと「驚くようなビジネスモデル・イノベーション」を思い浮かべてしまうかもしれないが、yutoriがアパレルではなくコスメを販売したように、自社の能力から距離の近い妥当な領域に迅速に展開することを基本と考えよう。
「驚くようなビジネスモデル」は派手でメディア受けも良いが、事業として成功する確率は低く、ハイリスクな選択肢でもある。
能力拡大は常に不確実性を伴い、多くの場合は時間も必要とする。ナイルがBtoBのSEO支援から変革を試み、自社でメディア事業を運営する能力を持ち、さらに自社で金融商品を開発して販売可能になるには10年近い時を要した。
ナイルのような機動力がある企業であっても、長い時間が必要だったのだ。自社を変えるためには時間が必要であることを認識し、いま能力拡大に取り組んでいないのなら、早速着手するべきではないだろうか。
■リスクをとった能力急拡大事例
能力獲得は早いほうがよい。当然である。しかしながら速い速度での能力獲得は同時に、リスクを増大させることを受け入れる必要がある。メルカリは成功の確証はないテレビCMに15億円を投資した。ビズリーチも同様に、テレビCMに多額の資金を投資した。
これは「テレビCMを活用して有効なマーケティングを実現できる」確証はないが、その不確実性を受け入れたということである。例えばプログリットが過去行ったようにTVCMを行ってもマーケティングに寄与しなかったということも十分考えられるのだ。
上記2社は成功例であるためリスクを受け入れ成功した素晴らしい会社として挙げられるが、投資が失敗した結果、事業閉鎖に追い込まれた事業は数えきれないほどある。
むしろ成功例のほうが少数である。高いリスクを受け入れられるからこそ、スタートアップというハイリスクだが稀に大成功するという経営スタイルが存在する。
生存した少数の企業のみを見て、リスクの取り方としてベストプラクティスであると評価するべきではない。
■フリマ市場に参入したいが2年度目から黒字化は極めて厳しい
上はTVCMだけの例を挙げたが、スタートアップは通常複数のリスクを同時に取る。「レスポンス高速化のために1億円投資をしたなら、その分LTV(ライフタイムバリュー)の向上に貢献するのか」「同時に日本以外の多数地域へ進出し、3分の1以上の国において成功できるのか」など、計算できる範囲を遥かに超えたリスクを受け入れる。
検証を段階的に進めるというプロセスをスキップすることにより、低い確率ではあるが高いリターンを実現しようとするものなのだ。この考え方は『ブリッツスケーリング』(日経BP)を読むと学ぶことができるだろう。
メルカリに代表されるが、トップシェアを取った企業が利益を独占してしまうという市場構造の都合からこのような動きを取らざるを得ない状況は存在する。
このようなリスクはそもそも許容できないが、メルカリのようなハイリスクな動きを求められるビジネスに参入する計画を描いているなら、そもそもの対象領域を誤っているということだ。
フリマ市場に参入したいが2年度目から黒字化する必要がある、という制約条件を持っていたなら極めて厳しい戦いになったであろう。
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ストラテジーキャンパス代表取締役
東京大学工学部卒・同大学院工学系研究科修了後、2014年新卒でマッキンゼー・アンド・カンパニー入社。2015年退社後、事業再生を目的とした株式会社サイシード設立、代表取締役に就任。人材・広告会社を買収し代表として事業再生を行う。事業再生の後、会社を売却し、売却先の取締役に就任。2017年より新規事業としてAI事業を立ち上げ売上20億円・営業利益11億円に到達後、投資ファンドへ売却。2021年、取締役として東証グロース市場へ上場。2021年、エンジェル投資先企業の東証グロース市場への上場を経験。現在はストラテジーキャンパスの代表として、国内および海外を対象とした新規事業・投資に関するアドバイザリーに多数取り組んでいる。
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(ストラテジーキャンパス代表取締役 中村 陽二)
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