「その食材が出た日をもって番組終了だと考えていた」松重豊が明かす"トラウマ級の食べ物"の名前
プレジデントオンライン / 2024年10月10日 9時15分
※本稿は、松重豊『たべるノヲト。』(マガジンハウス)の一部を再編集したものです。
■これをトラウマと呼んでもいい
デパートの大食堂で白い大噴射
かつて嫌いな食べ物をお互いに食べ合って、相手の苦手なものを当てるというバラエティ番組があった。出演することなくその番組は終わったが、何かの番宣で出ていたとしても間違いなく僕は相手に悟られてしまっただろう。いやむしろ口にした途端、烈(はげ)しくえずいて吐瀉(としゃ)し、醜態をさらして放送不可能になったに違いない。いまだそれを口に入れることなど想像すら出来ない。実は、10年続く例のグルメドラマでも僕は好き嫌いがないことで通しており、その食材が出た日をもって番組終了だと考えていた。これをトラウマと呼んでもいい。
■子供の頃に連れて行かれたデパートの大食堂
子供の頃、母親に連れられて繁華街のデパートに行った。目的地より道中のチンチン電車に乗ることだけが楽しみだった僕にとって、母親の買い物は長く退屈だった。人混みに酔い上気した僕は、両手に買い物袋を下げ満足げな母に6階の大食堂へ連れて行かれた。入り口の売り子さんからサンドイッチの食券を買い中へ入る。当時のデパートはどこも最上階にこのような大食堂があって、和洋中なんでも頼めた。中はワンフロアぶち抜きでテーブルが並べられ圧巻だ。すかさずウエイトレスさんがやってきて水と引き換えに食券を半分ちぎって持ち去る。
しばらくするときれいに並べられたサンドイッチがやってきた。添えられたパセリとポテトチップスから都会の風を感じる。手で持って食べていいと言われ、わくわくしながら一口囓(かじ)った。ところがその瞬間、鼻腔(びくう)を突き抜ける臭いと得体の知れない味に我を忘れてしまった。「うぇぇい」と言いながら吐いた。大きくえずいた。悪いことにそこは大食堂の真ん中の席。周囲の客が一斉に見る。口から出した白い棒状の物体を恨めしそうに見つめる僕に向かって母が言った。「あら、中にアスパラの入っとったとね」。その時以来、僕は缶詰のホワイトアスパラガスを口にしていない。
本稿の挿絵画家あべみちこさんから初夏になると旭川産アスパラガスが送られてくる。「緑」は当然好物だが、半分は「白」。最初は当然躊躇(ためら)った。食べたことにしてお礼を書こうとさえ思った。騙されたと思って食べろと女房に脅された。騙されて正解、「白」は「緑」と違った趣で実に美味い。トラウマ解消と言いたいとこだが、缶詰のそれを口にする勇気を持てる日はいつなのだろう。
■竹の子を食べてみようと思った先祖に一目置きたい
爪楊枝の無い店では要注意
今放送中(2023年)の大河ドラマ「どうする家康」でも食事のシーンがある。殺伐とした戦国の世にあっても、夕餉(ゆうげ)を囲むと心が和む。演者もそれなりに楽しみにしているのだ。ちなみに昨日の撮影シーンの献立は雑穀米に里芋の煮っころがし、なます、竹の子の煮物であった。どこかのオーガニックレストランのランチの如(ごと)くである。なますにニンジンが入って無いのは、当時まだ日本に入ってきていなかったからだそうだ。今後もブロッコリーやエリンギなどは乱世の食卓に並ぶことはない。そこに竹の子がいることで春のシーンだということがひと目で分かる。
しかしこの竹の子という食べ物、昔から食べられていたそうだが、野菜でも果物でもない、謂わば木材に近い。それを食べてみようと思った先祖に一目置きたい。当然堅いし、独特のえぐみがある。食べられないと判断してしかるべきだ。しかしなんとか食べる方法はないか。土から顔を出す直前なら柔らかくはないか。そしてついに糠(ぬか)で茹(ゆ)でるというアクの抜き方までたどりついた。はたしてそこまで何百年かかったことだろう。おかげで僕らは春のこの時期、香りと食感を楽しむことが出来る。
■今でもメンマを身体が無性に欲する時がある
下北沢と世田谷代田(だいだ)の中ほどにボーナストラックという若者が集うエリアがある。様々な店が軒を連ねていて、僕が本を出版した時にその中の本屋さんでイベントをやらせていただいたこともある。実は昔、この辺りには大きなメンマ工場があった。あたり一帯に妖しい香りを漂わせていたエリアだった。メンマ臭というやつは厄介ですぐさま中華が食べたくなる。バイト先のラーメン屋で賄いを食べてきたはずの僕にとってもしかりだった。
今でもメンマを身体が無性に欲する時がある。そんな時は丸の内の地下に車を停めて、丸ビルの6階に向かう。そこの「赤のれん」というラーメン屋、実は歴史が古く、僕がまだ小学生だった頃、福岡箱崎に「赤のれん」という老舗のラーメン屋があってそこからのれん分けされた店だ。流行のバリバリに硬い麺ではなく、少し平たい優しい細麺と、細切りのメンマとの相性が抜群。トッピングのメンマに麺を絡ませて豚骨スープを啜る。あぁ旨い。竹を食べるための工夫に苦心した先祖に思いをはせながら。
■天むすに添えてある「きゃらぶき」の魅力
蓮根蕗これが子供の弁当とは
撮影も深夜を迎えると全体の士気が下がる。働き方改革の波は映像関連の現場までは及んでおらず、いまだに労働時間は相変わらずだ。そんなよどんだ空気漂う前室に製作部が段ボールを運び込む。みんなの目は釘付けになる。そこに夜食が入っているからだ。特別休憩時間を設けるわけではない。お腹が空いたらセットの隅でパクつくも良し、帰りのタクシーまで我慢してそこで食べるも良しだ。
内容は王道のカツサンドから、海苔巻きやおいなりさん、豪華なものはカニ飯まで多岐にわたる。最近は「キンパ」という韓国海苔巻きをよく見かけるようになった。しかし僕のお気に入りは「天むす」。小さなおにぎりに海老の天ぷらが頭から突っ込んである名古屋名物の食べ物だ。と言っても深夜にエビ天を食べる歳ではない。はじに添えてある「きゃらぶき」が食べたいのだ。江戸発祥の佃煮も今では全国で食べられるが、このふきの佃煮だけは天むすの横でしか目にすることは無い。こんなに美味しいのに。
■パウンドケーキに入った「アンゼリカ」が大好きだった
子供の頃に食べたパウンドケーキと言えば、断面からのぞく具は今のようにドライフルーツの類いではない。チェリーの砂糖漬けやアンゼリカがちりばめられてあった。原色の鮮やかな色使いこそ子供が好きなものだろう的な押しつけを感じる。しかし僕はこの緑の物体アンゼリカが何故か大好きだった。それだけをほじって集めて食べていた。大きくなったらこの緑部分だけ集めて大人食いしようと心に決めていた。しかしその物体がふきの砂糖漬けであることを知り呆然(ぼうぜん)とする。ふきと言えば華やかなパティシエの世界とは縁遠い、おばあちゃんの煮物的立ち位置の食材だ。なんならその辺に生えている。
時季になると川沿いの土手の辺りに自生していて学校帰りに摘んで帰った。犬が小便をしていないような奥まった場所のものを選んだ。細身のものを「ツワ」太いのを「フキ」と呼んでいた記憶がある。母親がゴリゴリと板ずりをしてアクを抜いていた。自分で取ってきたから美味しく感じてはいたが、はたして子供の味覚にとってはどうなのか。しかし童謡「おべんとうばこのうた」の締めの食材は「筋の通ったふーき」なんだよな。
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俳優
1963年生まれ、福岡県出身。蜷川スタジオを経て、映画・舞台・ドラマで幅広く活躍。FMヨコハマ「深夜の音楽食堂」のパーソナリティを務める。テレビ東京開局60周年連続ドラマ「それぞれの孤独のグルメ」が10月4日から放送。また、主演・監督・脚本を務める『劇映画 孤独のグルメ』が2025年1月10日に全国公開。松重豊公式YouTubeチャンネルでは、本書の朗読「しゃべるノヲト。」も公開中。[写真=伊藤彰紀(aosora)]
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(俳優 松重 豊)
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